杞憂②
第二章の始まりです(^_^)/
今回は長いですので、紅茶でも飲んで休憩を挟みながら読むことをおすすめします(笑)前の杞憂ちゃんの話から二か月後の話です。
今回も楽しんでいただけたら号泣します( ;∀;)
新しい父親、清が家にやってきてもはや二か月になる。
母は相変わらず私を虫けらのように扱うが、父は違った。
仕事が休みの日には勉強を教えてくれたり、水族館などに連れて行ってくれる。
その度に母の機嫌が悪くなるのはお決まりなのだが。
今夜は母が、高校時代の友人と夕飯を食べる約束があると言って出掛けてしまったので、父と私は家に二人きりだ。
夕飯はいつも父が作る。
「今夜はパエリアだよ、杞憂」
父が両手に二人分のパエリアを抱えながら台所から出てきた。
「さすがお父さん。私パエリア大好き」
そうか、良かったと言って笑う父。
その瞬間、私は胸の奥を強く握られたように苦しくなった。
そうだ。
私は今もまだこの人、父に惹かれている。
最初は曖昧だった思いは、この二か月でより明確なものとなっていた。
勿論、この思いが叶うことはないと分かっている。
私に対する父の愛情が、男として女に向けるものに変わることはないと。
しかし、簡単に諦められるほど軽い気持ちではない。
愛という言葉のはざまで私は苦しみ続けている。
「杞憂、食べようか」
「うん」
いただきます、と手を合わせながら目をつむる。
目を開くと、父と目が合った。
照れくさくなって目をそらすと、父は不思議そうな顔をした。
「どうした杞憂、顔赤いぞ」
どうしたもこうしたも。
ああ、本当にこの人は、ずるい。
私は愛しい人の作ったパエリアを口に運ぼうとした。
しかし私は手に持ったスプーンを床に落としてしまった。
父の一言が、私を絶望におとしめたからだ。
「杞憂、大事な話がある。千恵子と僕の間に子供が出来たんだ」
一瞬、父が何を言ったのか分からなかった。私が混乱していると、父は食卓から離れ、棚の引き出しから一枚の写真を取り出した。
「ほら」
それは…お腹の中の胎児の写真だった。
ああ、そういうことか。最初から、
私が母と父の間に入る余地なんてなかったんだ。
「そっか、そうなんだ。私も兄弟が出来てうれしいな」
全くの嘘だ。
父だって見ず知らずの男の血が入っている「他人の子」よりは
自分と、愛する女の間にできた子のほうへ深く愛を注ぐだろう。
当たり前のことだ。
私は所詮、幸せな家族の輪を乱す部外者、いや、害虫でしかなくなってしまうのだろう。
そして…分かってはいたが、父は母を抱いたのだ。
あの指で、舌で、母の身体を隅々まで愛撫したのだ。
「母が父の子を妊娠した」という事実を聞いて、今まで目を背けていた現実に引き戻されてしまった。
私に対する愛は、家族愛でしかなくこれから先はきっとその愛ですらも赤子に
奪われてしまうのだろう。
いいよ、諦められるチャンスだ。
そう考えようと試みるが、身体は正直なものでみるみるうちに瞳が涙でうるんでくる。
耐え切れなくなり、私は席を立った。
「ごめんね、お父さん。今日はなんか…具合が悪くて食欲ないや。せっかく作ってくれたのに、ごめん。部屋戻るね。」
「え…杞…」
父が何か言いかけたが私は、何でもないふりをしてその場にいられるほど強くなかった。
階段を上り、自室のドアを開けた。
「待てよ杞憂」
私の心臓が跳ね上がった。後ろには父がいた。
「なに、お父さん。なんで追ってきたの?」
強い口調で言ったつもりだったが、情けないことに語尾が震えてしまった。
その時、父からいつも香る、微かな煙草の香りが鼻を突いた。
愛しい、父のにおい。
気付くと私は、父に抱きすくめられていた。
「ちょっ…⁉お父さん、なにして…」
「愛してるよ、杞憂」
やめてほしい。
その言葉は私にとっては残酷でつらいだけだ。
「私だって…愛してるよ」
本当だよ、お父さん。
「杞憂も俺のことを愛しているんだろう?ほら、同じじゃないか」
同じではない。
父は、「お互いがお互いのことを家族として愛している」のが同じだと思っている。でもね、違うんだよ。
私があなたに抱いている愛は、家族愛じゃなくて異性としての愛なんだよ。
でも、このことを父に伝えてはならない。
せかっくの父との幸せな日常が崩壊してしまう。
私は父と、家族として一緒にいられるだけで十分だから。だから、
私はまたひとつ
「うん、同じだね」
嘘をついた。
「そうか、ならよかった」
父は、私の肩をつかんで自分のほうを向かせた。
そして、自らの唇に私の唇を重ねた。
十秒ほどの、長いキスだった。
父はゆっくりと唇を離し、呆然とする私の唇に、また自分のそれを重ねた。
唇を割って入ってきた舌が、私の口内を愛おしそうに舐め回した。
もう一度唇を離し、私の下唇を噛んだ。
ぽかんと開けたままの私の口から顎を伝っていった唾液も、すぐさま舐めとった。
私はされるがままになっていた。
しかし私はそのうち立っていられなくなり、その場にへたり込んでしまった。
父は微笑むと、私を抱きかかえた。
私は父に抱きかかえられたまま、自室のベッドに横たえられた。
「杞憂の、心も身体も愛したい」
父のその一言で我に返った。
「ちょ、ちょっと待ってお父さん‼こんなことしたら、お母さんが悲しむ。
私は……大切な人が泣くとこ見たくないよ」
「嘘だよそれは」
「どうしてそんなこと分かるの?」
「だって…」
父は私のパジャマを胸の上までめくり上げた。
「やっ…やだ。恥ずかしいよ…」
私は両手で自分の顔を隠した。
父は険しい顔で言った。
「杞憂は、自分に暴力を振るうような母親が笑おうと悲しもうと、知ったことじゃないと考えているんじゃないか?」
私ははっとして父の顔を見た。
「言ってごらん。この、お腹にあるのは?」
「……お父さんに初めて会った日の朝、ベッドで蹴られた痣」
「この、背中にあるのは?」
「……幼いころ、反抗したら椅子で殴られた傷」
「この、腕や太ももに何か所もあるのは?」
「…パチンコに負けた腹いせに押し付けられた煙草の跡」
私は、幼いころから母親に暴力を受けてきた。
「どうして…それをお父さんが知ってるの?」
「杞憂が、長袖や長ズボンを着たがらない理由。千恵子に対して異常なまでの従いよう。」
「………」
「そして時折、杞憂の部屋からからすすり泣きが聞こえるのも。考えていったらそれしか浮かばなかった」
そうか。お父さんにはすべて、お見通しだったという訳か。
「可哀想に。自分の娘にこんなことをするなんて…千恵子、いや、あいつは
どうかしてる」
「お母さんのこと、愛してないの?」
「最初は、愛してた。でも今は杞憂、君のことしか見えないよ…」
私は生まれて初めて家族からかけられた優しい言葉に、心を強く打たれた。
そしてそれは涙となってあふれ出した。
「泣くなよ、杞憂。これからは僕が杞憂を愛してあげるから。ほら、こんなところにも傷が…。これも、千恵子か」
私は父に触れられた場所をを見た。そこには、何か月か前にできたような大きな痣があった。
「あれ…こんなの、どこで作ったけ。ていうかあったっけ…えっと…」
「いいよ、思い出すな」
父は私を抱きしめた。その温もりに私の涙はより一層流れ出す。
「抱くよ…杞憂」
「うん………」
その夜、私は自分の部屋のベッドで、父親のものになった。
次の日の朝。空は快晴だった。
雲ひとつない青空を見上げながら私は伸びをした。
いつものように、通学路に生徒は一人といない。
私は道端にシロツメクサが生えているのに気付いた。
しゃがんで、それをそっと摘んだ。この花をもし父に見せたらどんな反応をするかと想像した。
「かわいいね。杞憂に似合ってる」なんて言ってくれるだろうか。
私は頬がまた熱くなるのを感じた。
立ち上がり、歩き出そうとすると「よう」と声をかけられた。
「あれ、鹿目、くん」
そこに立っていたのは鹿目良太郎だった。
「桜塚。今日はなんかいつもより早くねえか?」
「えっ、そうかなぁ」
「うん、だっていっつも俺が教室に着いてしばらくたった後に桜塚が来るだろ」
それもそうだな、と思った。
昨夜父に抱かれ、その興奮で夜も眠れず、結局一睡もせずに朝を迎えた。
だから時間の感覚が鈍っていたのだろう。
そうだった。私は昨夜、お父さんと……
「どした?桜塚、顔赤くね?」
「えっ、えっ、違っ‼」
「てかさ、なんでシロツメクサ持ってんの?」
私が先ほど摘んだ花だ。
「なに、誰かにあげるわけ?」
「あ、うーん…どうしよっかな。今摘んでもしおれちゃうしな」
「やめたほうがいいぜ。お前さ、シロツメクサの花言葉知ってる?」
私はかぶりを振った。
「復讐」
「えっ…」
初めて知った。もっと、恋とか愛とか夢のある言葉だと思ってた。
「なんか、不吉だね」
父に渡さなくてよかった、と心から思った。
しばらく無言で私たちは歩いていた。
ふと私は前に鹿目くんが言っていたことを思い出し、聞いてみようと思った。
「ねぇ、前に鹿目くんが言ってた、会いたい人って…」
言いかけたとたん、私は別のものに気をとられた。
「どうしたの、桜塚。なに見て…」
鹿目くんも「それ」に気付いたようだ。
公園にあるしげみの中。何十羽という烏が「何か」に群がっているのに。
「なんだろ、カラスがあんなに。ねぇ鹿目くん、行ってみようよ」
鹿目くんはうなずいて、私と一緒にしげみの中に入った。
カラスは私達が近づくと、一斉に逃げてしまった。
しげみの中に入るにつれ、何日も放置された肉が腐ったような臭いがしてきた。
鹿目くんも「うわ、なんだこのニオイ」と呟く。
しげみをかき分けて私達が見たもの、それは
人間の、死体だった。
「う、うそ…これ…死んで、るの?」
私は動揺し、鹿目くんの腕にすがった。
死体はカラスについばまれ、おまけに死後何日か経過しているようでひどい状態になっていた。
「落ち着け、落ち着け桜塚。大丈夫だから、警察を呼ぼう」
鹿目君が私をなだめるものの、パニックのあまり私は息が出来なくなっていた。
「大丈夫だから、桜塚は見るな」
もはや彼の言葉は耳に入らず、私は目の前の恐ろしいものから目が離せなくなっていた。
その瞬間、頭の中になにかが浮かんでは消え、浮かんでは消えた。
この、死体となったヒトが死ぬ瞬間、自分を殺そうとしている相手に向かって
したであろう表情と、言ったであろう言葉。
泣きじゃくりながら「やめて、お願い助けて」と叫んでいた。
なぜ見たこともないそれが浮かんだのかは分からない。
次の瞬間私は目の前が真っ暗になり、意識が薄れやがて…無くなった。
気が付くと、私はベッドの上にいた。
そして、鹿目くんが心配そうに私の顔をのぞき込んでいた。
「あれ、ここ、どこ?私、何してたの?」
「病院だよ。死体を見てしまって、ショックだったんだろうな。気を失ったんだよ」
鹿目君は困ったように微笑んだ。
そうだ…私、死体を見て…
私はその状況を思い出し、枕の上に嘔吐してしまった。
「あっ、大丈夫か桜塚⁉あっ、看護師さーん‼桜塚さんが吐きましたー‼」
鹿目君が叫ぶと、看護師さんが二、三人慌てて飛んできた。
私は胃にあるものを全て吐きだした。
私がある程度落ち着くと、警察が次々とやってきて、死体を見つけたときの状況を詳しく聞かれた。私はほとんど「はい」と「いいえ」でしか答えられなかったが鹿目くんはそのときの状況や死体の状態までもを冷静かつ忠実に答えていた。
私は彼のことを心底尊敬した。
一通り、警察は話を聞くと、「忘れなさい」や「私達が必ずこの事件を解決しますから、安心して」などと口々に言って帰っていった。
私と鹿目くんは病室に二人きりになった。
私は鹿目くんに話しかけた。
「ありがとね、学校休んでまで私に付き添ってれて」
「ううん、気にするなって。仕方ねぇじゃん」
沈黙が流れた。私はもう一度話しかけた。
「鹿目くんって、すごい人だよね」
「ん、なんで?」
「だって、あんなに恐ろしいもの見ても私みたいに失神するどころか冷静に警察まで呼んで。私一人だったらきっと逃げちゃってたな」
鹿目くんは無言のままだ。
「鹿目くん、本当にすごい人。ていうか、優しいんだね、きっと」
鹿目くんは伏し目がちになってしまった。
私はなにかおかしなことを言っただろうか。不安になっていると、鹿目くんがようやく口を開いた。
「俺は…優しくなんてないよ」
「え、なんで…」
「いい。引くから」
「大丈夫、私絶対に引かない」
鹿目くんは顔を上げた。
またしばらく無言になった後、ゆっくり話し始めた。
「俺はさ、狂ってるんだよ。最低な奴なんだよ。
実はあの死体見つけた時だって、本当は落ち着いてなんかいなかった。
すごい目を奪われて、でも怖いなんて気持ちはひとつもなくて。
あの後、桜塚が倒れたあともしばらく死体、観察してたんだよ。警察は呼ばずに…。俺はきっと、サイコパスなんだよ。昔っから人を殺すことに物凄く興味があって。で、二か月くらい前かな。俺、一匹の猫を殺したんだ。
でも…なんも感じなかった。ふつうなら、罪悪感とか、憐れみ、とか感じるだろ?一つの命を奪ったってことはさ。でも俺は…殺すとき、楽しかったんだよ。
ほら、狂ってるだろ?俺と…もう関わりたくないって思っただろ。
分かってるよ、もう。こんなの異常だって」
鹿目くんは全てを話し終えると、また伏し目がちになり黙り込んでしまった。
私は不思議と彼を怖い、とは思わなかった。
「鹿目くん…」
鹿目君はビクッと体を震わせた。
「大丈夫。私引いたりしてないよ」
鹿目くんは顔を上げた。目を見開き、信じられないものを見るかのように驚いているようだった。
「確かにね、普通ではないかもね。でも、そうやって悩んでいるってことは、サイコパス…じゃないんじゃないかな。本当にそうだったらそんなこと考えないよ、きっと」
「桜塚…」
「私だって完璧な人間じゃないから正直何て言っていいか分からない。でもね…やっぱり理由もなく命を奪うのはいけないよ。理由とか問われたら…困るけど。それがきっと正義なんじゃないかな。あーでも、愛かな、それは。ああ~、もうよく分かんないや。とりあえず」
私は一呼吸おいてからこう言った。
「私なんかに心開いてくれて嬉しかった。だからといったらなんだけど…私と友達になってくれる?」
鹿目くんは下を向いたままだ。
そして、しばらくしてから「ああ」と言うと、荷物を持って病室から
出て行ってしまった。何か気に障ることでも言ってしまっただろうか。
私が的確なアドバイスをしてあげられなかったから…。
私は再び落ち込んでしまった。鹿目くん…戻ってきてくれないかな。
しばらくして、病室に誰かが入ってきた。
私は期待して起き上がったがそこにいたのは看護師さんだった。
「あら、ごめんなさいね。さっきの彼じゃなくて。彼ね、帰っちゃったわよ」
「そう…ですか」
私はうつむいた。
「あ、でもね、なんか彼、泣いてたわよ」
私は驚いて看護師さんの顔を見た。
「泣いてたけど…嬉しそうにしてた。なんかあった?」
そうか。私の気持ち、ちゃんと届いてたんだ。
私は小さく「いえ」とだけ答えると、看護師さんに微笑んだ。
「じゃ、私そろそろ帰ります」
「え、大丈夫なの?」
「はい」
私が礼をして病室を出ると、警察の方とぶつかった。
「おっと、大丈夫?」
「あ、はい…」
大きな図体をした中年の刑事だった。
「君、ちょうど良かった。遺体の身元の確認が取れてね。
近いうちニュースやなんかで報道されると思うが、一応第一発見者の君に報告をと思って」
「あ、そうでしたか。鹿目くんにはしたんですか?」
「ん?ああ、君と一緒にいた男の子ね。今夜電話でするつもりだ」
「分かりました」
刑事はノートのようなものを取り出すと、話し始めた。
「ゴホン、えー、遺体は、相川美保、十六歳。煙草の火を押し付ける、性器に異物挿入等の拷問を受けた末、銃殺された」
「あの、彼女を殺しそうな人物の目星とかってついているんですか?」
「あー、彼女な、高二のくせに毎夜渋谷とかをうろついていたらしいからな。
今、一番怪しいのは彼氏?だっけな、の川端匠じゃないかって話も出てる。十九歳って未成年のくせに刺青も入れてるわスプリットタンってのもやってるわの不良男。どうせ男女間のイザコザだろ。本っ当に最近の若者は…」
ぺらぺらと話し続ける刑事を、隣にいた刑事が止めた。
おっと話すぎた、と刑事が笑った。そして、とんでもないことを言った。
「ま、本当に現代社会は恐ろしいってことよ。だって先程言った相川美保の恋人、川端匠も最近、渋谷の廃墟ビル内で死体で見つかってんだからね、ハッハッハ」
これには横にいた刑事も黙り込んでしまった。
私は苦笑いするしかなかった。
「そ、そうなんですか。早く犯人、突き止められるといいですね…ハハハ」
「ハハ、本当な。相川美保の死体の周りには、シロツメクサが散らされていたんだ。花言葉からすると、犯人は彼女に恨みがあったんだろうな」
シロツメクサと聞いて、私はドキッとした。
ちょうど死体を見つける前、私が摘んだ花ではないか。
偶然にしろ、いい気分ではない。
「ところで君、もう体は大丈夫なのか」
「あ、はい。体の方は…」
体のほうは。
元気になったが、いまひとつ気になっていることがある。
失神する直前、頭に浮かんだのは何だったのだろう。
もう鮮明には思い出せないが、嫌にリアルだった。
いいや、もう忘れよう。
そして温かい家に帰ろう。
私は刑事と看護師に挨拶すると、病院を後にしたのだった。
ありがとうございました‼
犯人…誰なんでしょうね。次の話で明らかになるので、お待ちください。
では、また次話でっ(´ω`*)