良太郎①
こんにちは( *´艸`)
やってまいりました花浅葱です。
今回は、三人のうち最後の主人公、良太郎のお話です。
最後のほうに動物虐待の描写があるので、お気を付けください。
それでは始まります。
「お願いだ…頼むからやめてくれ」
俺は、目の前で震えるそいつに血で染まったナイフを揺らして見せた。
俺に命を握られているそいつは、俺の行動の一つ一つに過剰に反応する。
面白い。
人は、命の危機に晒されたときこんな表情をするのか。
自分以外のクラスメイトは皆俺に殺されてしまったというのに、こいつはまだ命乞いをしている。馬鹿ったらありゃしない。
その様子を観察するのも飽きてきたので、俺は持っていたナイフでとどめを刺した。
目が覚めた。体中に汗をぐっしょりとかいている。
「夢…か」
俺はなんという夢を見てしまったのだろう。
自分のクラスメイトを次々と殺していく夢。しかも夢の中で俺は笑っていた。
……いいや気にするな。ただの夢だ。
学校に行けば、俺が夢の中で殺したあいつらは何事もなく登校してきて、またくだらない下ネタでも話しているのだろう。
俺は自分の両頬を力強くたたいた。
ぱちん、という軽快な音がした。心がもやもやしているときはいつも、こうして
リセットさせている。
よし、大丈夫だ。いつも通りだ。そう自分に暗示をかけて俺はベッドから起き上がったのだった。
俺が幼いころから考えていることがある。
「なぜ人を殺してはいけないのか」
人間ならば、生きていく中で一度は辿りつく疑問だろうが俺の場合、
この難問に執拗に憑りついてしまって、離れられない。
なぜ、俺がこの疑問を抱くようになったか。
あれはいつのことだったか。小学生の頃か、幼稚園の頃か。
まあどちらでもいい。
家族ぐるみで、友人らと山の中の宿泊施設に泊まった時のことだった。
かくれんぼをしていた時、俺はしげみの中で身体中をめった刺しにされた死体を見つけた。普通なら悲鳴を上げて逃げるところだが、俺は「それ」をじっと見つめていた。どんな風にこの人は殺されたのか、殺されるときどんな気持ちだったのか。
友人が俺を見つけ、次に俺が見ていた死体を見つけて失神するまで、俺は何かに憑りつかれたように死体を見ていた。
警察や消防がやって来て、俺たちは第一発見者として子供ながらに色々と事情を聞かれた。俺の友人は全員泣いていて、その子たちの親も皆ハンカチで口を抑えるなりそれなりにショックを隠せないようだった。
しかし俺だけは、冷静かつ忠実に警察の事情聴取に答えていたようだ。
死体について、話しているとき何故だかは分からないが笑みがこぼれてきた。
その事実に俺自身は全く気付かなかったのだが、それを偶然見ていた友人の母がこう言ったのだ。
「この子はサイコパスなんじゃないの?」
今考えると、この一言が俺を今でも悩ませる難題の誕生のきっかけとなったのだろう。
警察に「死んだ人を見て、ショックだったろう、可哀想に」と憐れまれたところ、「いや、全然怖くなかったよ。むしろ、人を死なせるのってどんなかなって気になっちゃった」という子供らしからぬ異常な返答をしたのもまずかったのだろう。
俺が死体を思い出して笑みをこぼしたという噂は広まり、現場には来ていなかった俺の両親の元まで届いた。彼らは俺を心配し、精神科にまで連れて行こうとした。
俺は焦った。
このままでは、俺の人生がめちゃくちゃになってしまう。一生、サイコパスというレッテルを貼られたまま生きていくことになる。そこで俺は決めた。
完璧な優等生という外面を固めて、感情がないという内面を隠して生きていこう、と。
そうして出来上がったのが今の俺だ。
周りから見れば、万人受けする外面を持っているだろう。だがその外面が完成していくにつれ、俺の悩みは深まっていくばかりだった。
そして、「人殺しはなぜいけないのか」という悩みが
「俺はサイコパスだからこんなことを考えてしまうのではないか」という新しい悩みに発展してしまった。
「良太郎?どうしたのよぼーっとして」
気付くと母が心配そうに俺の顔をのぞき込んでいた。
「ああ、何でもないよ母さん」
「そう?ならいいけど。それより良太郎。あんた前回のテスト学年一位じゃないの。さすが私の息子ね」
「ああ…、いつものことだよ。次も頑張るからさ」
「期待してるわよ‼」
母との他愛ない会話もほどほどにしなくてはならない。
俺は誰よりも早く学校に行って、あの人に会わなくてはならないのだから。
美術室の古ぼけた扉を開いた。中からは、ペタペタという絵の具でキャンパスに何かを描いている音がする。
「せんせ、おはよ」
俺は背後から軽く先生に抱き付いた。
「なーに書いてんの?」
先生はゆっくりと振り返り、微笑を浮かべた。
「心象風景」
「なんだよ、それ」
「心の中に浮かんだ風景を絵にする。そのまんまだよ」
キャンパスの上に描かれていたのは、少年の裸体に人の腕のようなツルが絡みついている絵だった。
「ふーん、じゃあこれは、今先生が考えてることなんだ?」
「だめか?」
「いいんじゃね?てかそのために俺、いつも早く学校に来てるんだし。
また抱きたいんだろ?俺のこと」
先生の唇が俺の唇に重なる。
「先生、朝からがっつきすぎ。やっぱり奥さんじゃ物足りないの?」
「妻にもう愛はないんだ。僕が愛しているのは良太郎、君だけだ」
嫌味を言ったつもりだったが、俺は情けない。
その返答に大きく心を揺さぶられてしまった。
「俺いっつも不安になるんだけどさ、先生は本当に俺のこと好きなの?先生
若くてイケメンなんだからさ、もっとほら、ピチピチの女子高生に欲情したりしねえの?俺なんか抱くより、やっぱ女のほうが気持ちい…んっ」
キスで言葉を封じられた。
「喋りすぎだぞ良太郎。僕は、愛することに性別など関係ないと思っている。いつも言っているだろう?」
先生の舌が俺の舌に絡みつく。熱くてとろけてしまいそうだ。
「んっ…先生、奥の部屋行こ」
先生はふらつく俺の、肩を支えながら美術室の奥にある準備室に連れて行った。
先生が俺を机の上に横たえた。俺はすぐさま先生の首っ玉にしゃぶりついた。
「どうした良太郎、今日はやけに甘えてくるな」
「ん…、今日、変な夢見ちゃってさ。ねぇ、忘れさせてよ」
「可愛いな、良太郎。愛してるぞ」
この言葉がこの人の口から聞けるだけで俺は全身の力が抜けて、世界が一変も二変もしてしまうんだ。
「俺もだよ、先生。まだまだ時間はあるし、ゆっくりヤろうよ」
「ああ」
俺は再び、先生の胸元に顔を埋め、目をつむった。
先生と事を成し遂げた後、俺は自分のクラスに戻った。
宙を眺めながら何とはなしにぼうっとしていると、教室の扉が開いた。
俺が振り向くと、クラスメイトの女子が入ってくるところだった。
彼女の名前はたしか桜塚杞憂。
クラスでもあまり目立たなく、男子とはよほどの用がない限り話さないような少女であった。
俺が挨拶をすると、桜塚は俯きがちに「おはよ」とだけ言って自分の席に座ってしまった。
桜塚も朝、俺ほどではないが学校に来る時間は早いほうだ。
なので、先生に会うため早く学校に来ている俺とは教室で二人きりになることが多い。
黒髪におさげ、いつも俯きがちな視線におどおどした態度。
地味にしていなければ、顔立ちは整っている方だと思うのに勿体ないよな、
なんて考えていると、桜塚が大きなため息をついた。
俺の考えていることが桜塚に見透かされたとは思っていないが、なぜか後ろめたくなり、俺は彼女に話しかけてあげた。
「桜塚っていつも早いよな、なんで?」
「それは…鹿目くんも同じでしょ?なんで?」
それは確かにそうだなと思った
意表を突かれて俺はつい笑ってしまった。
「俺は…会いたい人がいっつも早いから、かな」
「えっ、それってどういう…」
言った後に、しまったと気付いた。
なぜこんなことを口走ってしまったのだろう。
「あー、何でもない。気にしないで。てか、やべー、今日単語のテストじゃん。勉強しなきゃ、うひぇー」
おちゃらけて、誤魔化した。いや、誤魔化せて…いるのか?
桜塚みたいな大人しい奴ほど案外洞察力に優れていたりするもんな。
しかし、俺の心配とは裏腹に桜塚はそれ以上詮索してこなかった。
とりあえず一安心だ。これからは口を滑らせないように気を付けよう。
八時を過ぎると、生徒が次々と登校し始めた。
その様子を何とはなしに眺めていると、いきなり肩を叩かれた。
振り返ると、クラスメイトの野田だった。俺が夢の中で殺したクラスメイトの一人だ。
「俺さ、昨日何できたと思う?」
野田はにやけながらこう切り出した。
「その様子からしてどうせ彼女だろ?おめでと、人生初じゃん」
「違えし‼二回目だって」
「なーに話してんの二人ともー」
同じくクラスメイトの奴らが俺の周りに集まってきた。
野田が、「ん~、俺に彼女ができたって話」と得意げに言った。
「ふーん、彼女な。てかさー、良太郎モテるだろ?
なのになんで彼女いないんだよ」
「ほんっと、文武両道の優等生野郎。モテるのが分かるよ。うらやましいぜこのっ」
クラスメイト達は野田の話には食いつかず、いつものように俺に絡んできた。
野田が、「面白くねぇ」と言ってそっぽを向いたのをなんとなく目で追いながら、俺は今日見た夢のことを思い出していたのだった。
部活が終わるのが遅くなってしまい、辺りはすっかり暗くなってしまった。暗くなっても帰宅しないと両親が警察に電話しかねないので、俺は足をよりいっそう早めた。その時だった。
目の前を一匹の薄汚れた猫が通った。
あんな小さな動物でも、感情を持っているのだろうか。
ふと思ったとき、恐ろしい考えが浮かんだ。
「何かの命を奪うことで、俺を昔から悩ませている疑問は解決するだろうか」
俺はサイコパスで感情がないから、命を奪うことに魅力を感じるのだろうか。それを確認するために尊い命を奪うなど、外道のすることだ。
いや…、尊い?そんなの誰が決めた?そうだ。こんなのは大人が良い子供を教育するための戯言だ。
俺は自分の心臓が激しく鳴り動いていることに気付いた。
もう、ブレーキは効きそうにない。
そう確信したとき俺は、「もしもの時に身を守るため」という建前でいつも鞄の底に入れて持ち歩いているナイフを取り出していた。
まさか、これを使う日が来るとは。本当は「身を守るため」などではない。
こんな風に、何かの命を奪えるチャンスを待っていたんだ。
猫が、俺の存在に気付き逃げようとした瞬間、俺の右足が動いた。後ろに反動をつけた足で思い切り猫を蹴り飛ばした。
猫はおよそ猫らしからぬ声を上げて空中に放り出された。
道路に投げ出されたと同時に猫は逃げようとしたがそんな力はもう
残っていないようだった。
俺は持っていたナイフを猫の首元をめがけて振り下ろした。
今日で分かったことがある。
命は、確かに尊い。
誰かが手を下せば、簡単に奪える。
その瞬間は実に儚くて、あっけない。
そしてもう一つ分かったことがある。
俺には慈悲というものがないらしい。
俺は多分
サイコパスなのだろう。
いかがでしたでしょうか。
これで第一部が完結となりましたので、次話からはまたふりだしに戻り、
杞憂ちゃんの視点から物語を進めていきます。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました‼