杞憂①
はじめまして、花浅葱といいます。
この小説は、三人の視点から進んでいき、最後には繋がっていく予定です。
みなさんに楽しみながら、そしてハラハラしながら読んでいただければこの上なく幸いです( *´艸`)
学生なので、テスト前などは更新が遅れたりしますが、できるだけ頻繁に更新していきたいと思っています。どうか最後までお付き合いくださいませっ‼
人間って案外単純だと思う。
「愛してるよ」。
この一言だけで満ち足りて、世界が一変も二変もしたように感じられてしまうから。
いや、単純なのは人間ではなく私だけなのかもしれない。
私は、自分の身体に絡みつく父の腕をほどき、台所に水を飲みに行った。
「暑いか、杞憂」
「ん、ちょっとね」
父は愛おしそうに微笑むと、こちらへ歩いてきて、また私を背後から抱きしめた。
「ん、ちょっとお父さん、いま私水飲んでるでしょ」
「ううん…、ちょっとだけだから。杞憂が足りないんだ」
父のごわごわとした髭が首に当たる。
熱い吐息が私の耳元で疼いた。
ほんのりと煙草のにおいがする。
それに乗せられた甘い、罪深い言葉が耳をくすぐった。
「愛してる」
この言葉を初めて父の口から聞いたのは、私に向けてではなかった。
思い返してみれば、もう二か月以上も前になる。
「杞憂、起きて早く」
いつもなら耳をかち割らんばかりの目覚まし時計(以下、兵器とする)の音が
私を起こす。しかし今日は珍しく母が私を起こそうとしている。
普段なら私が、遅刻するまで寝ていても放ったらかしでパートに
出掛けるくせに、今日に限って何なのだろう。
ただ本当に寝ていたかったのと、普段への反抗の意味を込めて、私は寝たふりをしていた。
その時、腹に激痛を感じた。
「起きろっつてんだろ馬鹿が‼寝たふりも大概にしろよクズッ」
ここで怒るのはあまりにも理不尽だ。
しかし反論したところで倍の暴力をくらうことは分かっていたので、私はゆっくりと布団から起き上がった。
「何、お母さん」
「ふん、まあいいわ。今日はあたし機嫌いいからこれ以上怒らないであげる」
母はセットした髪をいじくりながらこう、言った。
「再婚するから、あたし」
「さい、こん?」
「そ、分かった?あんたが学校から帰ってきたら相手、もう来てるから。じゃ、パート行ってくる」
私は唖然としたまま、なんとか状況を理解しようとしていた。
しかし、呑み込めそうになかったのでとりあえず学校に行くことにした。
私の朝は早い。
登校時間は七時前後だ。一刻も早くあの家から出たいが為に、私はいつも学校に逃げる。
学校へ行く道には誰ひとり生徒がいない。先生方の車もない。
それだけ早く来ているというのに、「彼」はいつも私より早く来ている。
重く、古い教室の扉を開けると、彼はいた。
鹿目良太郎。
成績優秀、容姿端麗、おまけにスポーツ万能で同性からも異性からも好かれる、漫画から出てきたような奴だ。
地味で大人しい私とは正反対。そして、私が苦手なタイプだ。
「おう、おはよう桜塚」
「お、おはよう」
こんな地味な私の名前まで覚えていてくれるような人だ、人気があって当たり前だろう。
私はひとつ、大きなため息をついた。
それを気にしてか、鹿目くんは私に話しかけてきた。
「桜塚って、いつも早いよな。なんで?」
「それは…鹿目くんも同じでしょ。なんで?」
鹿目くんはそうだな、と言って笑うと、少し寂しそうな顔をして呟いた。
「俺の、会いたい人がいっつも早いから、かな」
「えっ、それってどういう…」
「あー何でもない、気にしないで。てかやべー、今日単語テストじゃん。勉強しなきゃ、うひぇー」
そう言って鹿目くんは、勉強にふけってしまった。
何かを誤魔化された気がするが、気にしないでおこう。
会いたい人の為、か。
もしそれが本当だとしたら、彼はなんて幸せ者なのだろう。
私なんて、会いたいと思う人も、大切だと感じる人すらいない。
そうやって、大切な人がいると、人気者になれるオーラが出るのだろうか。
愛する、愛さないなど、私には手の届かない話なのに。
八時を過ぎると、次々と生徒が登校してくる。
その様子をただ傍観しているのもなかなかいいものだ。
「おっはよ、杞憂」
友人の梨絵が、私の肩をぽんと叩いた。
私の数少ない友達の中の一人だ。彼女も大人しく、決して目立つ方とは言えない。いわゆる「地味グループ」に属するだろう。
私は朝の母の言葉をずっと考えていたが、一度それを振り払い、笑顔でおはよと言った。
「どうした、杞憂。なんか元気なくない?」
「実は…母がいきなり再婚するとか言い出したの。今日の朝だよ、朝。」
「えっ…えっ…えええーーー⁉」
梨絵はただでさえ大きな目を更に見開き、オーバーリアクションをしてみせた。
「え、杞憂んちって、母子家庭だったよね、確か」
「うん、私が二歳の時に離婚して、それで」
母が私を産んだのは15歳の時。当時、土木作業員だった父と駆け落ちのような形で結婚したらしい。
どこで知り合ったのかは知らないが。
梨絵は腕組みをして、うーんと唸った。
「そっかー。そんなこと、いきなり言われてもねぇ~。ま、新しいお父さんが出来るんでしょ、良かったじゃん」
良かったのかは正直分からない。家にいきなり知らない異性が住むことになるなんて、考えられないのだ。しかし母に逆らったところでいつものように蹴りをくらうだけなので、反論するわけにはいかない。
私はこれからは今まで以上に部屋に閉じこもっている時間を増やそうと決めた。
いざ、家のドアの前に立つと、どうしても開けるのをためらってしまう。
ここは、いつもの私の家ではないのだ。
既に、母と知らない男の愛の巣と化している。私はそこにひっそりと住まわせてもらっているゴキブリだ。
そう考えると少し、気が楽になった。
私は深呼吸し、とうとうドアに手をかけた。
「ただいま」
ドアを開けリビングに入ると、思った通り見知らぬ人がいた。
私はその人物に目が釘付けになった。
そこにいたのは、私が想像していた姿とはかけはなれた人であった。
母が夜、いない時に会っているであろう中年の男でもなく、いかにも女慣れしていなように見える
若い男でもなかった。そのにいたのは、テレビや雑誌から出てきたような美しい男だった。
今どきのアイドルのような真っ黒くてサラサラの髪、整った目鼻立ち、お洒落な服装。
まだ二十前半にしか見えない。
「初めまして。千恵子、いや…お母さんから聞いてます。
娘さん、ですよね。よろしくね、杞憂ちゃん」
男に握られた手が、今までにないくらい熱く火照った。
耳まで赤くなっているのが、バレていないだろうか。
私はうつむいたまま、はにかみながら「よろしくお願いします、お父さん」と言った。
すると、奥から母が出てきた。
「ふふ、清くん、これがあたしの娘。
杞憂、清さん。あたしの夫よ。そしてあんたの新しい父親。すごいでしょ、まだ二十一なのよ。」
「ちょ、千恵子、娘さんが見てる前で抱き付くなって」
「ふふふ、いーでしょ?杞憂なんていないものと考えちゃっていいわよ」
目の前で母と清さんが仲良くしているのを見て、余計に身体が火照ってきた。
ああ、このヒトは母のモノなんだなぁと、「所有物」なんだと、知らされた瞬間だ。
「ん、まあ俺は若くて全然頼りにならないけど、心から千恵子を、愛してる、から結婚したんだ。
ああ、もちろん杞憂ちゃんのことも愛するよ、俺の娘として…ね」
「ダメよ清、あたしがイチバン、でしょ?」
「千恵子、分かっていることを言わせるなよ」
私は苦笑すると、走って自分の部屋に飛び込んだ。
これから、あんなにかっこいい人が一緒に住むなんて。
やっぱり私も女の子だった。今まで恋をしたことがなかったのはきっと、
小学生の頃、同年代の男子にいじめられたからだ。
だから、年上の男性を見てときめいてしまったのだ。
これはきっと気の迷いだ。
あのヒトは私を「娘として愛する」と言った。
でも、その温かいコトバは所詮、温かい。
母に対する愛とは違う。母への愛は温かいのではなく、熱い。
分かっていたことのはずだ。それどころか私は、新しい父親とできれば関わりたくないと考えていたはず。なのになぜ私は体中が熱いのだろう。
きっと緊張したからだ。そうだ、そうに違いない。こんなのは
一瞬の気の迷いだ。
いかがでしたでしょうか。
次は、杞憂とは真逆の性格のサワコという女の子が主人公です。
物語の構成上、グロテスクな描写などが入るので、苦手な方はお気を付けください。ここまでよんでいただきありがとうございました‼
次回もお付き合いいただけたら嬉しいですっ( ;∀;)