光と影9
作物が育たないと言われた沼地は開墾され、草木が生い茂り、作物の種が芽吹いていた。
南の王に申しつけられた一年という期限は、目の前だった。
そんなある日。
クロフ達が耕している畑の前を、白い衣を着、馬に乗った神官達が通りかかった。
クロフはその先頭を行く若い神官に見覚えがあり、畑仕事の手を休めまじまじと見つめた。
かつてクロフと西の神殿で共に学んだ数少ない同年代の友達だった。
若い神官はクロフの姿に気付いたのか、一団から離れ、クロフのいる畑の真ん中までやってきた。
白い頭巾の下からのぞく鋭い瞳は氷のように冷たくクロフを見下ろしている。
「お前、こんなところで何をやっている。神殿を飛び出し吟遊詩人になった次は、農夫の真似事か?」
神官はところどころで作物の新芽が芽吹いている畑を見回した。
「ロキウスこそ、こんな場所までやって来るなんて一体どういった用です? この先には沼地と、森と丘しかありませんよ?」
「おれはその森に用があるんだ」
北からの冷たい風が二人の間を通り抜けた。
春先とはいえその風は雪のように冷たく、クロフの頬には刺すように感じられた。
「なぜ、森になんて用があるんです?」
クロフは心の動揺を表に出さないように努めた。
「お前がいつまでも化け物退治をせず、神殿に戻ってこないからだ。国民の窮状を救うのが神殿の務め。業を煮やした神殿はおれを派遣し、一刻も早い問題の解決を望んだのだ」
ロキウスはクロフを鋭い目でにらむ。
「森の化け物を退治しても、問題は解決しません!」
クロフは声を張り上げる。
それはクロフが畑を通り過ぎる化け物退治の者達に何度となく話して聞かせたことだった。
ある者は一笑に付し、ある者は哀れみの目差しを向け、通り過ぎていった。
クロフはロキウスとの付き合いも長かったので、彼がクロフの言葉に耳を傾けないであろうこともよくわかっていた。
ロキウスはクロフの言葉を無視し、続ける。
「化け物の一件が片付いたら、お前には西の神殿に戻ってもらう。神殿では問題が山積している。いくら神殿を逃げ出したお前でも、役に立つことはいくらでもある」
クロフは黙ってロキウスの去っていく後ろ姿を見送った。
足元には、ロキウスの馬に踏みつぶされた作物の新芽が土に埋もれていた。