光と影25
くっくとさもおかしそうに笑う。
ディリーアは月の神を思い出し、よけい腹が立った。
「ふん、しかしそれは今ここでこいつが死ねば、だろう? まだ助かる見込みはあるのだから、そう考えるのは気が早いのではないか?」
青い影がゆらりと揺れる。
月の神の使者はディリーアに顔を近づけた。
使者が人の姿を取っていても、頭巾の下には目も鼻も口もなく、光さえ吸い込んでしまいそうな真っ暗な闇が広がっている。
「口の減らない娘だ。お前とて、生きる上で必要のない多くの命をつみ取って来たではないか。死の国でお前の犯した罪がどれほど重いか、その身をもって思い知るがいい!」
ディリーアは耳の奥で大鐘が幾つも鳴っているかのような、激しい頭痛に襲われる。
目の前の景色が揺らぎ、ディリーアは絨毯の上に座り込んだ。
「そんなこと、言われなくてもわかっている。ならば、こいつの代わりにわたしの命を月の神の元へ持って行けばいいだろう? こいつはまだ、この地上に必要な存在だ!」
月の神の使者は氷のような声音で言い放つ。
「必要か必要でないかは、我々の関するところではない。それを決めるのは地下におわす月の神をはじめ、多くの神々達だ」
部屋に集っていた人々は、ディリーアが怒鳴り散らしているのを目にし、気が狂ってしまったのかと考えた。
ディリーアはやがて諦めたように長い息を吐き出した。
「下っ端では、話にならんか」
ディリーアは痛む頭を押さえ、すっくと立ち上がった。
そしてこんどはクロフの寝台に身を乗り出す。
「まだ月の神の使者の手に、その魂が渡っていないと言うことは、そこにいるのだろう、クロフ。わたし達のやり取りが聞こえているのだろう? いつまでそのままでいるつもりだ?」
ディリーアは青白いクロフの顔をのぞき込む。
「お前は、わたしを助けると言っておきながら、自分はこの様なのか? 死んでもいいと思っているのか? ふざけるな!」
ディリーアはクロフにつかみかからんばかりの勢いで叫ぶ。
「お前はどうして死を選ぶ。生きようとしない。お前が生まれながらに火の神の宿命を背負っているからか? その重荷に耐えられなかったからか?」
ディリーアは月の神の使者が傍らにいるのさえ忘れ、周りに人々がいることさえ忘れてしまったかのように、今までため込んでいた気持ちを吐き出した。
「そんなもの、何もかも投げ捨ててしまえばいいだろう! お前がそうできなかったのは、その優しさのせいか? 周囲の人々の期待を背負ってのことか? わたしはそんなもの知らない。理解できない。しかし、その命はお前のものだろう? その一生はお前のものだろう? お前には、支えてくれる人間がいるだろう。悩みを聞いてくれる人間がいるだろう」