光と影20
女神官は鉄格子に手をかけ、悲しげに目を細めた。
またか、とディリーアはため息をついた。
「クロフの命を救えるのは、あなたしかいないのです。そのための見返りは十分にいたしましょう。だから」
女神官は石の床に膝をつき、真っ直ぐな目で見つめる。
「どうして、わたしが」
ディリーアは青く冷たい瞳で女神官をにらむ。
女神官はディリーアの鉄格子の前から動こうとしない。
「それは、あなたが、太陽の女神の神託にある、水の女神であるからです。これは神殿内でも、ごく一部の者しか知らないことです。火の神の生まれ変わりであるあの子クロフと、水の女神であるあなたは、共に手を携えて同じ道を歩く存在であると、太陽の女神様はおっしゃっているのです」
女神官は鉄格子の前に拳を差し出す。
その手には牢の鍵が握られている。
「もしもあなたが彼の命を救ってくれるのでしたら、この牢から出してさしあげます」
ディリーアは女神官の手に握られた鍵を黙って見つめている。
「わたしを牢から出して、素直にお前達の言うことを聞くと、本気で思っているのか? お前が牢から出してくれた後、逃げ出すかも知れない、お前に斬りつけるかも知れない。そうとは考えないのか?」
女神官は辺りを見回した。
「たとえ、そうであったならば、あなたの立場がますます悪くなるでしょう。あなたは、自分の立場をこれ以上悪くするほど愚かではないはずです」
ディリーアは肩をすくめた。
「そもそも、なぜわたしがあいつを助けなければならない。お前達神官が助ければいいだろう? それともお前達は人一人満足に助けられないというのか?」
女神官は牢の鍵を握っていた手を引っ込め、うつむく。
「わたし達にあの子を救ってやることは出来ないのです。わたし達があなたを救う方法を見つけられなかったのと同じように、あなたにしかあの子は救えないのです」
女神官は石の床にひざまずき、何度も何度も頭を下げた。
白い衣が汚れるのもかまわず、頭巾からのぞく長い金の髪を石の上に散らす。
「お願いです。どうかあの子を助けてあげてください。お願いします。お願いします」
ディリーアは女神官から目をそらし、長い息を吐き出した。
「どうして、あいつのためにそこまでする。仮にも天上の神々に仕える誇り高い神官だろうに」
ディリーアはこめかみに指を当て、痛む頭を押さえる。