光と影19
男は顔をくしゃくしゃにして腕を振り上げた。
奴隷達は皆口々に喜びの言葉を叫び、牢の前を階段へ向かって歩いていった。
「これでいい」
ディリーアは牢屋の石壁にもたれかかり、独り言のようにつぶやく。
すると一人残っていた奴隷の少年が、不思議そうに牢の中をのぞき込んでいる。
「何だ? まだわたしに何か用があるのか?」
少年は何も答えず、じっとディリーアを見つめている。
「お姉ちゃんの青い目、とってもきれいだね」
ディリーアは呆気にとられた。
森に住むようになって、人にこのような言葉をかけられたことなど、たった一度しかない。ディリーアはそれを思い出し、胸が痛んだ。
「青くて、とってもきれい。あのお兄ちゃんの赤い目も、同じくらいきれいだったよ」
少年の言葉を聞いているうちに、ディリーアの目に温かいものがあふれてきた。
「すまない」
ディリーアは鉄格子に手を伸ばす。
「すまない、わたしのせいだ。全部、わたしのせいなんだ」
少年は小首をかしげる。
「どうして、お姉ちゃんが謝るの?」
ディリーアの頬を涙が伝い、その口から嗚咽が漏れる。
「泣かないで。泣かないで、お姉ちゃん」
子供は戸惑いながら、鉄格子の隙間から小さな手を差し入れた。
奴隷達が牢を去ってから、どのくらい時が経っただろう。
ディリーアの頭の痛みは消えず、月の神の使者の気配も消えてはいなかった。
それはすなわち、クロフの状態も変化が無いと言うことだった。
ディリーアは痛む頭を押さえ、冷たい石の床に寝ころんだ。
ふっと目を閉じると、静かな暗闇が落ちてくる。
このまま消えてしまえたらどんなにいいか、とディリーアは考えた。
しかし静かな暗闇は、石の上に響く靴音にかき消され、長くは続かなかった。
ディリーアは物音に顔をしかめ、のろのろと起きあがった。
靴音を響かせ牢屋の前までやってきたのは、白い衣を着た中年の女神官だった。
女神官はディリーアの牢の前で立ち止まり、鉄格子越しに見下ろした。
「どうか、クロフを救ってはくれないでしょうか?」