光と影17
「はい、昨晩クロフ様は酒に酔った勢いか、城壁から足を滑らせて、大怪我を負ってしまわれたのです」
腰の曲がった老人が答える。
昨夜のクロフとの問答がディリーアの脳裏をよぎる。
「城の薬師も、みんなさじを投げてしまわれたのです」
若い男が引き継ぐ。
「だからクロフ様を助けてもらうために、こうしてあなたに頼みに来たのです。どうかクロフ様の命を助けてください」
ほっそりした女が牢の前に膝を付けて懇願する。
ディリーアは内心の動揺を抑え、黙り込んだ。
一番後ろに隠れていた奴隷の少年が、ゆっくりと鉄格子に近づいてくる。
「ねえ、お姉ちゃん。お姉ちゃんはクロフ様を助けてくれるの?」
あまりにも率直に尋ねられたので、ディリーアは一瞬だけ本心を取り繕うのを忘れてしまった。
「ああ」
小さくうなずいた。その途端、少年の丸い瞳が喜びに輝いた。
「本当ですか?」
「それならば、クロフ様の命は助かるのですね?」
奴隷達は口々に喜びの声を上げる。
ただ一人、石壁にもたれかかっていたロキウスだけは、鋭い目付きでディリーアをにらんでいる。
「さっそく、クロフ様の寝室に案内しましょう。時は一刻を争うんです。神官様、早く牢の鍵を」
体格のいい男が石壁の側にいたロキウスを振り返る。
ロキウスは不機嫌そうに鼻を鳴らし、牢の前に歩いてきた。
「やはり、地下に住まう神々を崇める魔女だったか。生かすも殺すも自由自在というわけだな」
ロキウスの小さなつぶやきを、ディリーアは聞き逃さなかった。
白い衣から牢の鍵を取り出したロキウスを、ディリーアは真っ向からにらみつける。
「誰が、あいつの怪我を治すと言った」
ロキウスは鍵を開けようとしていた手を止め、牢屋の中のディリーアを蔑むように見下ろす。
「あいつは、クロフは、城壁から足を滑らせたのではない。ましてや、わたしのかけた呪いなどであるものか。あいつは自分に、この世界に絶望して、自ら死を選んだのだ」
奴隷達の歓声も止み、辺りは再び静寂に包まれた。
「そんな男に、今更生きる価値などあるのか? 命を取り留めたところで、生きる意志などあるのか? それこそ時間と労力の無駄だ」