光と影16
体はまだ震えていたが、かろうじて正気だけは保っていた。
天上での月の神とのやり取りが、彼女の脳裏をよぎる。
周囲の耳の痛いほどの静寂に、彼女は覚えがあった。
「月の神シンドゥ」
ディリーアは体を両手で抱き、震えを止めようとする。
それは彼女が地上に生まれ落ちてから、森の化け物と呼ばれていた頃、何度となく遭遇した気配だった。
死に瀕した者に、月の神の使者が迎えに来るという話は、この国では一般的に信じられている話だった。
そのため、月の神は夜の安らぎをもたらすと同時に、死の恐怖を司る神でもあり、人々には畏敬の念で崇められていた。
ディリーアはこの城内のどこかに、死に瀕した者がいると考えた。
その気配をもっと詳しく感じ取ろうと、頭を軽く振り、こめかみ指を当てる。
そのうちに耳が痛いほどの静寂は消え失せ、周りの音が戻ってきた。
ネズミの鳴き声、人の声に混じって、数人の靴音が近づいてくる。
松明の明かりがちらちらと揺れ、数人の影が牢の前に立つ。
ディリーアはこめかみから指を放し、じっと鉄格子の外を伺う。
松明に照らされたのは、森へ討伐に来たロキウスとみすぼらしい身なりをした五人の奴隷達だった。
「お前が、今更わたしに何の用だ?」
ロキウスは牢の中のディリーアを険しい目つきでにらみ付ける。
「そんな姿になっても、まだ一人前の口をきくか、化け物。お前の毒で何人の神殿の者達が傷ついたか、知らないわけではないだろう。本当なら今すぐにでもその首をはねてやるのだが、まあいい。今日はこの者達の頼みがあってここに来たまでだ」
ロキウスは後ろに連れてきた奴隷達を牢の前へうながした。
五人の奴隷は年齢も様々で、年端もいかない子供から、腰の曲がった老人までいた。
五人に共通していることと言えば、皆がみすぼらしい服を着て、顔や髪、体が泥で汚れていることくらいだった。
「おれ達は、クロフ様のもとで働いていた者です」
体格のいい男が牢の前に座り込む。
男は石の床の上に膝をつき、頭を低くする。
「どうかクロフ様の命を助けてください。どうかクロフ様の呪いを解いてやってください」
ディリーアは青い目を見開いた。
「クロフが、どうかしたのか?」