表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

婚約者が浮気相手と自分を陥れる計画を話しているのを聞いてしまったら記憶が蘇った

作者: 七茶
掲載日:2026/05/12

私は学園の中庭の脇を通る廊下で、凍りついたように立ち尽くしていた。

薔薇の香りが漂う休憩時間には生徒に人気の優雅な中庭で、私の婚約者ディオスがアマンダという名の女と交わす会話はあまりにも醜悪だった。


「…散々評判を落とし尽くした後で、破棄されても文句が言えない様にこれまでのいじめのでっち上げ程度じゃなくてアマンダを暴漢に襲わせようとした事にしよう。そこまですればさすがに公爵もシャーロットを公爵夫人にする事を諦めるだろ」


ディオスの声はいつもの全てがつまらなそうな面倒そうな口調とはまるで違う、傲慢さを滲ませた自信に満ちたものだった。


その瞬間、私の頭を鋭い痛みが走った。

まるでダムが決壊して溜まっていた水が一気に下流に流れ込む様に記憶の洪水が押し寄せてきたのだ。


『前世』私は別の世界で、平凡ではあるが誠実に生き最後は病で亡くなった女性だった。

その記憶が、今の私シャーロット・ヴァロア侯爵令嬢の魂の奥底でずっと眠っていたのだ。

それが今、鮮明に蘇った。

そして何故か前世の記憶と共に前世で読んだとある恋愛小説のストーリーが鮮明に脳内に浮かぶ。


【愛されないと思っていた第三王女は幸せを掴む~実は国唯一の聖女でした~】

主人公は国王が愛妾に産ませた城内でもあまり良い立場では無い第三王女。

このまま政略でどこかの家に降嫁するのだろうと思いつつ暮らしていたが…

心の支えでもあった幼馴染の伯爵令息が学園で侯爵令嬢が婚約者に陥れられそうになっていたところを助けているのを見て初恋に気付く。

そのままその2人が婚約しようとしているという噂を聞いて居ても立っても居られず、昔母に隠すように言われていた「治癒」の力を国王に披露して聖女として立場を向上させた上で婚約者に幼馴染を指定する。

国王からの打診で2人の婚約を止め、自分の婚約者にした事で相手に愛されないと思いながら迎えた初夜で実は伯爵令息も王女が好きだったが叶わないと思い諦めていたと伝えられる。

侯爵令嬢との婚約は王女を諦められない気持ちも理解してくれる公爵令嬢との契約結婚だったというのだ。

すれ違いに気付けた2人は2度とすれ違わないと誓って幸せになる。


…はい。お気付きですね。

この婚約者に陥れられそうになってなんとか回避したのに次の婚約者も王女に持ってかれる侯爵令嬢が私ですね。

やってられないとはこの事か。


幸運だったのは、アマンダがすでに些細なことで私に「いじめ」の言いがかりをつけていたことだ。

ディオスは「君はそんな事をしないと信じているけど」だとか「アマンダはただの友達だよ。やましいことなどない。シャーロットなら信じてくれるよね?」などと言っていたがあれは全て嘘で、共犯だったという事だ。

ディオスは信じている、信じてくれと言っていたが何かあった時の為にアマンダの陰湿な言いがかりに備えて、私は学園内での行動を全て記録する小さな魔導具を身につけていた。

ディオスの計画の全容は音声も映像も、完璧に記録されていた。

「証拠」を用意しようだなんて、蘇っていなくても前世の影響があったんだろうか…偉いぞ、さっきまでの自分。


「自画自賛ね」と一人自嘲すると、2人に気付かれない様にその場を後にした。

記憶が戻った今、この茶番劇にいつまでも付き合っている。


その日寮に帰らず実家に戻り、両親の前に証拠の結晶を置いた。

父である現侯爵の顔が怒りで紅潮し、母は静かにしかし揺るぎない怒りをたたえていた。

「すぐに取り計らう。」

父の一言で、ディオス・ランドル家との婚約は、あっけなく解消された。

ランドル家のご両親は教育不足を誠心誠意謝ってくださって、家同士の繋がりはこのままとなった。


この婚約には色々とこの国の制度や公爵家の問題、うちの両親とランドル家の関係などが絡んでいる。

まず我が侯爵家の本家である公爵家であるヴァーミリオン家には子供が居ない。

ご夫婦は分家からの離婚や第二夫人の進言を全て跳ね除け、公爵の弟である我がヴァロア家の娘の私を養子とし、家を継がせる事を決めた。

ところがこの王国では、女性には家督相続権がない。

私は夫を迎え、その夫が妻の存命中のみ爵位を称し、私たちの間に生まれた子が次の侯爵を継ぐ。つまり、「引継ぎの夫」が必要だった。

そこで選ばれたのがうちの両親と家族ぐるみで付き合いのあった父の親友のランドル家の三男ディオスだった。

年が近く親同士の関係から幼い頃から顔見知りであり、早々に公爵家の教育を受けられるという事で決まった婚約だった。


それが無くなった。

という事は、私には後継者教育の事も考えると早々に次の婚約者が必要だ。


そして私は彼を選んだ。

ジェイデン・クロフォード。

同級生でその実務能力の高さは学園中に知れ渡っているが、乱雑な栗色の髪といつも少し大きすぎる制服に学者のような丸眼鏡が災いしてまったくもって女性人気のない男。

けれど入学した当初、ふとしったきっかけで話してみるととても馬が合ったのだ。

今まではディオスが居たので、それ以降2人きりで話したりする機会は無かったけれど…

魔法工学の話もとても魅力的で惹き込まれた。思えばそれも前世の科学に近く無意識の影響だったのかもしれない。

当然例の伯爵令息は選ばない。王女は王女で勝手に頑張って欲しい。


図書館の奥で魔法工学の古書に没頭している彼に、私は直球で言った。

「私の次の婚約者になってくれない? 契約結婚で構わないから」


ジェイデンはゆっくりと顔を上げ、丸眼鏡の奥の知性的な灰色の瞳が一瞬見開かれた。

そして、彼は首をかしげた。


「シャーロット…契約結婚なんて面白くないと思わないか? もし僕がなるなら、それは『本当の』夫婦になりたいからだ。」


彼の言葉は計算や打算の一切ない、ただまっすぐなものだった。

胸の奥が記憶が戻って以来初めてほんのりと温かくなった。




すべてが順調に進んでいると思った矢先だった。


学園の広々としたラウンジでジェイデンとランチを取っていると、騒がしい気配が近づいてきた。

ディオスだ。そして相変わらず彼の腕にしがみつくようにまとわりついているアマンダ。

何やら大きな声で話す2人にラウンジ中の視線が集まる中、ディオスは私達の前で立ち止まると得意げにそして憐れむように私を見下ろした。


「やっと思い知ったかシャーロット? いじめの罪を認めて身を引いたのは良い心がけだ。俺が公爵になったら貰い手の無さそうなお前を雇ってやってもいいぞ」


私は呆然とした。

何を言っているのだろう? 彼は何を勘違いしているのか…

それにしても、私の前で取り繕うのはもう止めたのね。


ディオスの存在自体がもうどうでもよすぎてそんな事を呑気に考えていると、私の横でジェイデンが静かにナイフとフォークを置いた。

そして落ち着いたしかし良く響く明確な声で言った。


「ディオス、君は大きな誤解をしている。君が公爵家の後継ぎ教育を受けていたのは『シャーロットの婚約者』という立場だからであって、君が跡継ぎだからではない。婚約が解消された今、次期公爵として教育を受ける権利は、新しい婚約者である僕に移行する。」


ディオスの顔が一気に紅潮した。


「何を馬鹿な事を! 俺は8年も後継者としてやってきたんだ! 公爵閣下も俺を後継者だと認めているはずだ」


ディオスがそう叫んだ直後、ラウンジの入口が開いた。

そこからは何故かヴァーミリオン公爵が書記官を伴って入ってきた。

厳格な顔でラウンジを見渡し、そのまま私達の方へと歩いて来てすぐ横で立ち止まるとディオスの方へ視線を向け、はっきりと強い口調で言い放った。


「認めているはずだ? とんでもない。8年かけても核心をまるで理解できていない。だからこそこのような愚かな勘違いに陥るのだ。次期公爵はお前などではない。我が娘シャーロットの新しい婚約者、ジェイデン・クロフォードだ。今しがた、彼の学費を当家で負担する届けを提出してきたところである。」


ディオスの顔から血の気が引きアマンダは突然腕を離し、一歩後ずさった。

周囲からは囁きとそしてどこか嘲笑にも似た視線が注がれる。


「むす…め?」


「私、すでに公爵家の養子となっておりますので。けれどお義父様に頼んで卒業までは侯爵家を名乗らせていただいております」


「ふざけるな!そんな事!一言も言ってなかったじゃないか!」


「一番最初にお前達だけでなく三家で集まって取り決めをした際に説明しておるわ。馬鹿者め」


公爵閣下がいらっしゃるのを今の一瞬で忘れてしまったのか、私に詰め寄ったディオスに横から呆れた溜息と共に公爵が言う。

その声に一応まずい事をしたという意識はある様で黙って縮こまるがこちらへ向ける視線には今だに怒りが含まれて見える。


「だったら、婚約は戻してやるよ。それで全て元通りだろ?」


ここへ来てまだそんな事を言っているのかと呆れたが、せっかく公爵閣下も居るここでしっかりはっきり全てを終わらせておきたいと思いまっすぐディオスを見る。


「いいえ。先程ジェイデンもお伝えしましたが、私の婚約者はすでにジェイデンです。浮気相手と共に私にいじめの冤罪をかけて辱めようとする様な方と婚約しなおす理由がどこにもありません」


「浮気だなんて言いがかりを付けてもう次の婚約者が居るなんてお前の方が浮気してたんだろ。それにいじめが冤罪?事実だろ。自分が公爵家の養子になったからって強気になってるのか?素直に婚約を戻せば良いのに」


鼻で笑う様にして如何にもこちらを馬鹿にしていますという様子を隠しもしないで言うが、どこからの自信でそんなに強気な態度で居られるのか。

いえ…記憶が戻る前の私は、一度もディオスに言い返す様な事をした事が無かった。

だからなのだろう。


「あなたと一緒にしないでください。アマンダさんとの件は証拠と共に三家に提出済みですし。ジェイデンとはあなたとの婚約が解消してからお話させていただいてます。婚約を戻す事は絶対にありません」


私はテーブルの下でそっと手を伸ばした。目の前で理解不能な事を言われたかの様な表情を浮かべるディオスに気付かれない様に隣に座るジェイデンの手をしっかりと握りしめた。

彼は少し驚いたように私を見たが、すぐに優しい力でその手を返してくれた。

何かを言い返そうとしたディオスだが、言葉が出る前に閣下が「その通りだ」と肯定した事で何も言えなくなった様だった。


「いじめの冤罪についても、我が家から証拠と共に正式にランドル家とアマンダ様のお家へ抗議させていただきますので」


「どうしてうちまで!?」


今まで気配を消していたアマンダが悲痛な声をあげるが、他人に冤罪をかけておいて自分には何もお咎めが無いと思っていたのだろうか、似た者カップルだな。


「アマンダと言ったか?当然の措置だろう。我が公爵家からも通達がいくから心しておくように」


閣下の言葉に、言葉にならない悲鳴を上げてアマンダはその場に座り込んでしまった。

握った手の熱に意識を向けながら、この人が居てくれて良かったと思う。


かつては欺瞞に満ちた婚約者に気付けずに婚約者を信じて自分も信じて貰える様にと冤罪の証拠を残そうとしていた私。前世で味わった人生の終わりの体験と、今生で経験した裏切り。

それらすべてを経て今、この人のこの温もりだけが紛れもない真実だと感じられた。


その後、侯爵家からディオスのご両親が飛んで来て謝罪してくださった。

どうしてこんな素敵なご両親に育てられて三男だけあぁなってしまったのかと思っていたら、ご両親と一緒にいらした前夫人にその謎が全て詰まっていた。


上の2人より天然気味な三番目の孫を殊更可愛がっていた前夫人が、ご両親が頑張って教育しているのに影で甘やかし、婚約の件も「ディオスが優秀だから公爵の目に止まったが、形上血縁を入れる為にシャーロットが当てがわれた」と虚言を吹き込んでいたし、アマンダの件も「シャーロットはディオスと結婚できる事をありがたがる気持ちが足りない。愛人ぐらい何人でも我慢して当然なのに自覚が足りないから今のうちに立場を分からせておくべき」とディオスのでっちあげを増長させていたそうだ。

どうやら孫が可愛かったのに加えて我が家のお母様を息子の嫁に望んでいたのにうちの父に奪われたと一方的に恨みに思っていたのもあるそうだが、迷惑過ぎる話だ。


そんなこんなはあったものの、ディオスは結局祖母から引き剥がし、両家の同級生だという辺境伯の元で見習い騎士から始めて根性を叩き直して貰うのだとか…騎士になればその収入から今回の慰謝料を返済するらしいけど、なれるのだろうか…

前夫人は領地から出ない様に厳命され、領地の全使用人に今回の件を周知された上で見張られる事になり、アマンダについては公爵家から正式に慰謝料請求と今後公爵家の関わりのある商会からの締め出しを勧告されて一家で行方不明らしい。




「そういえば…」


自分の事で手一杯で忘れていたが、王女様はご機嫌いかがだろうかとふと思い立つ。

自分のせいで物語が始まらないかもしれないから…と思ったところで、自分が幸せになれそうだからこんな事を思うんだなと少し自分の現金さに笑ってしまった。


「どうした?」


隣で魔導回路をいじっていたジェイデンが手を止めてこちらを見る。

以前は全く見た目に気を遣わなかったはずが、今は髪型も服装もすっきりして見間違える様になったと思う。

私に相応しくありたいと言ってくれた時には恥ずかしい様なくすぐったい様な嬉しくて幸せな気持ちになったものだ。


「なんでもない。ちょっと思いついた事があって…後でまとまったらジェイデンに話すね」


せっかくの前世の記憶なので、今後の領地運営等にも生かせる様に便利そうなものはジェイデンに伝えて実現できる様に2人で研究中だ。

結婚して爵位を継ぐまでまだ3年ある。それまでにいくつか形に出来たら万々歳だ。





「ちょっと!そこの侯爵令嬢!!どういう事よ!」


……。

ちょっと思い出しはしたが、全くの想定外だった。

目の前で怒りに目を吊り上げた第三王女殿下が仁王立ちしていらっしゃる。

そういえば、自分という実例があるのだから他に転生者がいる可能性も十分あったのだ。


「あなたが物語を進めないから!直接セルディにアタックしたら!やんわり振られたんだけど!」


「あ。ちゃんとご自分でアタックされたんですね」


思わず口にしてしまってから不敬かと口に手を当てて口をつぐむ。

セルディというのは例の物語の王女の幼馴染の伯爵令息だ。

でも、私に伯爵令息に頼って後で振られなさいというタイプの方ではなく、国王頼りでもなくご自分で頑張る方の様だ。

文句は言って来てるけど…

それはそれとして…


「あの…伯爵令息は、片想いを素直に告げられずに王からの打診に頼って結婚初夜まで後悔し続けてしまう様なちょっとネガティブで気の弱い方が好みのタイプだったのでは…?」


「ハッ…!」


記憶の中の物語を思い出しながらそちらの第三王女殿下を思い描くが、どう考えても直接アタック出来る勇気がある方では無さそうだったと思いそう進言してみると今気付いたという様に動きを止める王女殿下。


「言われてみれば確かにそうね」


解凍された様に動き出すと、顎に手をやり納得した様に頷いている。

なんというか…素直で可愛い方だ。


「ありがとう!セルディの事はきっぱり諦めるわ」


「諦めてしまうのですか?」


文句を言いに来た割にあっさりした態度に思わず問い返してしまうと、王女殿下は笑顔で頷いた。


「だって、性格を偽って結ばれたって全然幸せじゃないじゃない?私は今の私に合う相手を探す事にするわ!ねぇ!それより普通に返してくれたけど転生者って事でいいのよね?お友達になって!」


「ぜひ!」


勢いのままに手を握ってねだる王女がとっても可愛くて即答してしまう。

改めて話してみると前世の話が出来る事もあって本当に気も合うし楽しくて、それからというもの一緒にお出かけしたり憧れのパジャマパーティーを開催したり前世も含めてもう1番の親友かもしれないと思える関係になっていた。

最近、王女殿下と出かけ過ぎじゃない?とちょっとジェイデンが妬いてくれたぐらいだ。


婚約者の裏切りを知った瞬間前世の記憶と物語を思い出した時には、こんな幸せが巡ってくるとは思ってもいなかった。

あの瞬間のおかげで今があると思うとこれで良かったと本当に思える。

信頼できる婚約者と親友と、これから前世の知識も使いながら幸せになっていければ…


「おい!シャーロット・ヴァーミリオン!どういう事だ!」


…デジャヴかな。

そこには怒りを目に宿して仁王立ちする伯爵令息の姿。



私は自分で頑張る女の子は応援するけど、女の子をフッておいて文句を言いに来る男の味方はしないぞ。




この後原作の王女は好みじゃなかったからフッてしまったけど、王女がどんどん自分の好みになって目が離せないのにフッてしまった手前どうしたらいいか分からない伯爵令息と、振られたから諦めて次の男を探してるけど密かに伯爵令息にも気持ちが残っている王女に振り回されつつ楽しい日々が続いていくのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
微妙に変な男に絡まれ易いシャーロットさん。女もか。第三王女も婚約者横取りすると分かっててストーリー通り進めろと割と酷い。よく親友になれたな。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ