境界〜美味しいご飯のある世界
勢いだけで書いてみた。
山に囲まれた村の夜は暗くて、
だからこそ、月明かりは、白く、はっきりしている。
窓の外では、
風にゆれる木の影が、ゆっくりと壁をなぞっていた。
――その影のあいだに、
ひとつだけ、影にならない光があった。
月明かりよりも、少しやわらかくて、
火の明かりよりも、静かな光。
それは、窓のそばにとどまって、
中をのぞくように、揺れている。
その光に気づく者はいない。
家の中では、小さな火がついて、絵本が開かれていた。
表紙はすり切れていて、
どんな色だったのかも、もうよく分からない。
家には、他にももっと綺麗な本があるのに、ユウはその本が好きだった。
「……むかしむかし、世界はね」
声は、いつも少し低くて、
眠くなると、やわらかくなる。
「人と、異形とが、
いっしょに暮らしていたんだよ」
毛布の中で、ユウとナナはころりと転がりながら、
その声を聞いている。
目を瞑っていてもわかる。
角のあるひとと、人の子どもが、笑顔で同じ鍋をのぞきこんでいる挿絵。
月の光と、
火のゆらぎと、
鍋の残り香と、
ページをめくる微かな音。
そして、
窓のそばで揺れる、名もない光も。
それらを、同じように聞いていた。
やがて、
火が小さくなって、
ページの音が止まって、
ユウとナナの呼吸が、ゆっくりそろっていく。
そのとき、
窓のそばの光が、ほんの少しだけ強くなって、
とても小さな声で、言った。
「……あったかい」
少し、間があって、
「……わすれちゃ、いけない」
誰に向けたのかも分からない、
寝言みたいな声だった。
部屋の中で、
誰かが、静かに立つ。
その横で、
ナナが小さく身じろぎした気配がする。
「……おともだち……」
息みたいな声で、ナナは言った。
「……いっぱい……」
布が、すべる音。
月の光が、窓から消えた。
カーテンが閉められたのだと、
ユウは、眠りの底でぼんやり思う。
それで、少し、あったかくなった。
∞∞∞
朝、村の人たちは畑に行き、
牛や鶏の鳴き声が、ときどき聞こえてくる。
そんな中を、ユウはナナの手を引いて、村の入り口に向かっていた。
「今日の冒険、楽しみだねー」
どこで拾ってきたのか分からない枝を振り回しながら、ナナは言う。
「おっちゃーん、行くよ! 起きて!!」
村の入り口には、昔は見張り台だったという古い家がある。
いつ倒れても、雨漏りしてもおかしくない見た目なのに、
なぜかこの家は、台風が来ても倒れないし、雨も入らない。
村の子どもたちの七不思議のひとつだ。
大人に聞いても、
「おっちゃんだから?」
という答えしか返ってこない。
ただ、子どもたちが知っているのは、
おっちゃんが村の外から来たことと、
それから村が、少しずつ便利になったことだけだった。
「おっちゃん、起きて!!」
ナナが、寝ているおっちゃんの布団を引っぺがす。
もそもそと枕を抱えこもうとする前に、
ユウがそれを取り上げた。
「おっちゃんがいないと、村の外に出られないんだから。
早くして。晩ごはんに帰ってこれないよ!」
おっちゃんは、頭をかきながら、ぼやいた。
「過去の俺、なんであいつらに魔法なんか教えたんだよ……
ちょっと便利になればいいだろって、
畑に水やったり、薪に火つけたりぐらいならって教えただけなのにさ……」
魔法=冒険。当然である。
ただ、行く前に村が大騒ぎになって、何故か村全体の腕相撲大会が開かれて…負けたおっちゃんが「腰を痛めてさえいなけりゃ」とうなだれていたって、ユウには関係ないこと。
そのかわり、子供達には3つの約束ごとが出来た。
・冒険に行く順番は仲良く決めること
・冒険に行かない子供は、ちゃんと大人達のお手伝いをすること
・そして、冒険には危ないものは持って行かないこと
文句を言う子供達におっちゃんは一つ一つ指を立てながら説明してくれた。
「皆んなで行ったら、それは冒険じゃねぇ。ただのピクニックだ。大人達の手伝いにしてもそうだ。ちゃんと働かねぇものは、美味い飯も、あったかい布団も何もねえってこった。で、最後の一つだが…」
そこでおっちゃんはニヤリと笑った。
「お前ら、魔法が使いたいんじゃなかったのか?」
それでも文句を言う子供達に、おっちゃんは自分史上最高にカッコいい装備でくること。ただし大人の許可付きという条件をだした。
だから、今日のユウはいっぱい考えて、頭にお鍋を被り、手にはお玉を持っている。
ちなみにナナは魔法使いと言えば杖でしょとばかりに枝を自慢げにおっちゃんに見せている。
村の外の、少し開けた場所には、簡単な雨よけと、真新しいベンチが置かれている。
そこに、
「うぉーい、まっちょったぞい」
「まちくたびれて、お迎えが来るかと思ったわい」
と、声が飛んできた。
村の近くの薬草畑に行くのを日課にしている年寄りたちだ。
「護衛クエスト〜!」
ナナが駆け出し、いちばん近くにいたおばあちゃんに抱きつく。
これも、大人たちが出した条件だった。
これには、子どもたちが猛反対した。
ピクニックと何が違うんだと。
「お前ら、何言ってんだ? 冒険者にクエストはつきものだぞ?」
(そのあとのおっちゃんの話は長かったので、ユウはあまり覚えていない。)
なんだか、うまく丸め込まれた気がしないでもない。
でも、「護衛クエスト」という響きだけは、かっこいいのが分かる。
ほんの少し、胸がわくわくした。
それは、ほかの子どもたちも同じだったらしく、結局その護衛クエストは、冒険に行く子どもたちの仕事になった。
(そのときに出される、ちょっと豪華なお弁当に釣られたわけでは、決してない。)
薬草畑へ行く道をリアカーがゴトゴトと音を立てて進む。
最近すっかり足腰の悪くなったおじいちゃんと、もろもろの荷物を乗せたリアカーを引いているのは、おっちゃんだ。
その周りを、ほかの年寄りたちが、思い思いに話をしながら歩いていく。
いちばん後ろは、ユウとナナだった。
「ねえ、おっちゃんってさ」
目はしっかりと、友だちに自慢するためのお宝を探しながら。
内緒話みたいな小さな声で、ナナが言う。
「ほんとうに、冒険者だったのかな?」
リアカーを引く、おっちゃんの背中を見る。
初めて会ったときの、山賊だか熊だか分からない姿。
村の人たちに怒られて、泣きながら洗濯をしていた姿。
そして、なぜか子どもたちの前では偉そうに説教する姿。
どれも、ユウの思う「かっこいい冒険者」とは、ちょっと違う。
だから、
「たぶん、料理人か、大工さんだったんじゃないかなあ」
そう、答えておいた。
薬草畑は、風もないのにさわり……さわりと葉が揺れている。
ここで年寄り組とは一旦お別れだ。
ユウ達は、ここからもう少しいった湖の1番綺麗な所でお弁当を食べて、再び薬草畑に戻って来る予定。
「ほんじゃあ気をつけての」
リヤカーから降ろしてもらいながら、おじいちゃんは言う。
「風もないのに葉が揺れる言うことは、嵐の前触れじゃ。はよう行って、はよう帰ってこい」
後ろでナナは、地面に置いたそれまでに見つけたお宝の選別に忙しい。
だから、ユウだけでも薬草畑にいるおっちゃんを呼びに行こうとして、
「おっちゃん?」
後ろ姿はいつものおっちゃんだ。
でも、なんだかいつもより遠い、知ってるおっちゃんじゃないような気がしてつい、疑問形になってしまった。
「お、ちゃんとじいちゃんも降ろせたのか。やるな」
そうやって振り返ったおっちゃんは、いつものおっちゃんだ。
その事に安心したユウは、薬草畑がほんのり光を増したことに気づかなかった。
湖を歩いてしばらくして、
「ぷはあ、食った食った。やっぱり働いた後の飯は美味い」
腹をさすりながらおっちゃんが寝転ぶ。
ちゃんと綺麗な場所を見つけられて良かった。おっちゃんの言う通りにしてたら、変なキノコだらけの場所とか、木のウロの中でご飯を食べていたかもしれない。
でも、と今日を振り返る。
楽しくなかった、と言えば嘘になる。
いつもと違う所に行って、美味しいご飯も食べた。
「これ、冒険じゃない」
そう、行く前に感じていたドキドキが無いのだ。
「んなもん、無い方がイイに決まっとる」
目を瞑ったまま、おっちゃんは答える。
ほほを流れる柔らかな風、足元には綺麗な花、目の前には、全てのキラキラを詰め込んだような湖。そして…
全ての音が消えた。
「ま、まずいっ」
おっちゃんの声より早く、
「あ、ちょうちょ〜」
ナナののんびりとした声だけがやたら鮮明に響く。
「おいっ、ナナ!!そんなでかいちょうちょはってあいたあ」
ゴキリという音とともに、起き上がりかけたおっちゃんが再び倒れ込む。
「おっちゃん!ナナ?」
2人を見比べたのは一瞬。
「先に行くよっ」
近くにあったお鍋とお玉を抱えてユウは走り出す。
これ以上、ナナの背中が小さくならないように。
体感にして、10分、5分、いや、もっと短かったかも知れない。
もうこれ以上走れない、という先にナナはいた。
「ちょうちょ、どっか行っちゃった」
ナナも追いかけていたものを見失ったらしい。
「大人の言うことは聞けってあれほど」
ブツブツと腰をさすりながら、おっちゃんも合流した。
「ねえ、あそこ…」
夢中になっていた時には気づかなかった洞窟が目の前に姿を表した。
「あれは、あれほど探しても見つからなかったのに、何故こんなとこに、」
なにやら自分の世界に入っているおっちゃんは放っておいて、ユウは洞窟を覗き込んだ。
中は、すぐ近くでも先が真っ暗で見えない。もう少し奥を覗こうとして、肩を掴まれる。
「やめておけ、帰れなくなる」
いつになく真剣なおっちゃんの様子にユウは頷くことしか出来ない。
「あ、いた〜」
ナナが指差した先には、ちょうちょ?…?
「ナナ、あれはちょうちょじゃない、ドラキーと言ってだな」
おっちゃんがうんちくを垂れ流す前にナナは、そのドラキーの近くに行った。
「ねえ、遊ぼ?」
突然のことに固まるドラキー。
「だって、1人じゃつまんないでしょ?だから、遊ぼ」
ナナは、ドラキーの腕、羽?を掴むとくるくると回り出す。
「だから、それはモンスターでって、聞いちゃいねえ」
頭を抱えるおっちゃん。
「あ、そうだ。オヤツがあったんだ。ちょっと待ってね」
放心状態のドラキーを他所にポシェットの中を漁るナナ。
「あげる。これ、美味しいよ?」
ナナが取り出したのは、クッキー。いつもユウがちょうだいと言っても絶対くれないナナの大好物だ。
ドラキーは、助けを求めるようにユウ達を見、やがて覚悟を決めたように匂いを嗅ぐ。そして、恐る恐る端っこの端っこを口に入れた。
「!!」
クッキーはドラキーの口にも合ったらしい。
二口目は、ナナの手を齧る勢いでパクッと。
「ね?」
ニッコニコのナナ。
「ドラキーを手なづけやがった。もう、意味わからん」
唖然とするおっちゃん。
その時、何処からともなく、声がする。
「ねえ、それ、私のも、ある?」
不思議と、心が温かくなるような声。
「あと一枚しか無いけどあるよー」
無邪気に答えるナナ。
「もう、何が起きてもおかしくねえ」
今度はブツブツつぶやくおっちゃん。
ナナの手の上の前に光が収縮する。
それは、知っているような、知らないような、懐かしいような懐かしくないような。
でも、心の奥が温かくなる光。
「ありがとう」
クッキーが光の中に消えて、ただの光なのに笑っているのがわかる。
「綺麗だねぇ」
まるで光と会話しているようなナナ。
ユウの頭の中は疑問符で一杯だ。
「おいっ。薬草が光ってる」
おっちゃんの声に足元を見ると、薬草がまるで呼応するかのように光出す。
それは、光の絨毯のように次々と光っていき、
「薬草畑が、光ってる」
いつのまにか、少し小高い丘の上に立っていたらしい。
麓にある薬草畑が光を受けて輝き始めている。
「年寄りどもが心配だ。帰るぞ」
おっちゃんに言われるまでもなく、帰り道へ戻ろうとした時、
ドーン
と、洞窟の奥から地響きのような音がした。
ユウ達の中で気持ち悪いような頭がグラグラするようなそんな感情が湧き上がる。
地面が揺れて立ってられなくて、でも頑張って踏ん張って、このよくわからない感情が嫌で涙が出そうになる。
「くそっ」
おっちゃんの舌打ちが聞こえたかと思うと、目の前には大きな背中。
呼吸が、楽になる。
「俺はなあ」
おっちゃんが洞窟へ向かって叫ぶ。
「竜の守護者、コーディ様なんだよお」
その後小さく元だがなと言う言葉は聞かなかったことにしてあげた。
「だから、境界とやらに負ける訳にはいかねぇんだよ。子供達の前ではな」
一歩下がるたびに、おっちゃんは一歩を踏み出す。
こんな冒険想定してない。頭の中は逃げ出したい気持ちで一杯だ。
「おっちゃんって、本当に冒険者だったんだ」
ナナの言葉にハッと我に返る。
まだ、膝はガクガクしてる。
でも、頭のお鍋の重みを思い出して、お玉をキュッと握りしめる。
その時、温かい光が隣にそっと寄り添う気配がする。
大丈夫、って言われた気がした。
闇の声が再び聞こえる。
「羨ましいだろう?」
首を振る。違う。
隣の光が揺れて、闇がパチンと弾ける音がする。
後に浮かび上がるのは、ナナとドラキーがニコニコと踊っている姿。
「妬ましいだろう?」
それも違う。首を振る。さっきよりも強く。
また光が揺れて闇が消えて映像が現れる。
「欲しいだろう?」
「違うっ」
今度は声で。
ひかりがゆれる、闇が消える、映像が現れる。問はどんどん加速する。息継ぎする暇もないくらいに。
そして、最後に
「じゃあ、お前の欲しいものはなんだ?」
今度は映像の方が先に現れた。
そう、角のあるひとと、人の子どもが、笑顔で同じ鍋をのぞきこんでいるあの絵。だから、答えは
「美味しいご飯!」
お玉を掲げて堂々と言い切った。
「おま、なんだよそれ」
おっちゃんが脱力したように言う。
「美味しいよね、ご飯」
ナナはニコニコと相槌を打ち、ドラキーも同意するようにくるりと一回り。
いつの間にか真っ暗だった空は戻っている。
「いいだろう、その答え。また、問いにくる。お前がもう少し大人になった頃にな」
問いかける声はすーっと洞窟の奥に消えていった。
「お腹空いたー」
ナナの能天気な声におっちゃんも帰るか、とユウとナナをそれぞれの肩に担ぐ。
「おっちゃん、腰」
ユウが問えば
「あいたたた」
こけるおっちゃん。
その後はちゃんと予定通りに薬草畑によって年寄り組と合流して、リヤカーの上でおじいちゃんがここで、ペカーとなといきなり立ち上がって。
そして、夜は村のみんなで鍋パーティ。
ナナとドラキーは子供達に囲まれてお宝自慢。
おっちゃんは、年寄りたちにお酒をいっぱい飲まされて、死体と化してる。
そしてユウはと言うと、
「みんなで食べると美味しいね」
光のルミ(パーティが始まる前の腕相撲大会で決定)と仲良く鍋を分け合ってた。
そんなあの日の夜のような月明かりが見守る夜でした。




