表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
箱舟の独裁者  作者: NN


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/18

第7話:事業再構築(リストラクチャリング)



 ドォォォォォォン!!


 十六回目の衝撃音。

 世界がひっくり返る。


 ……痛みはない。

 恐怖もない。

 僕の心拍数は、平常時と同じ六十前後を維持している。


 暗闇の中で目を開ける。

 右足首の捻挫、確認。肋骨の違和感、確認。

 生存者十二名、確認。


 前回のループで、僕は彼らを焼き殺した。

 その感触が、手のひらにまだ残っている。

 熱かった。臭かった。美咲みさきの首が落ちる感触は、柔らかかった。


 だが、今の僕には、その記憶さえもただの「過去のデータ(ログ)」だ。

 吐き気など催さない。

 泣いている暇などない。

 感情コストをかけている場合じゃない。


 僕は瓦礫を押しのけ、無言で立ち上がった。

 パニックの合唱が始まるまで、あと十秒。

 この十秒が、勝負を決める。


 僕は迷わず、車両の中央へ走った。

 そこに転がっている、権藤ごんどうのスポーツバッグ。

 中身は水と、工具類。

 僕はそれをひったくり、自分のバッグに詰め込んだ。


 次に、時田ときた夫妻の元へ。

 老夫婦はまだ、衝撃で呆然としている。

 僕は夫人の手から、バッグを強引に引き剥がした。


「あ……?」

 夫人が声を上げるより早く、僕は中身を確認する。

 インスリン。飴玉。乾パン。

 全て没収。


「泥棒……!」

 誰かが叫んだ。矢部やべだ。

 彼は状況も把握できないまま、本能的に僕の行動を咎めようとした。


 僕は振り返り、矢部の顔面を、奪ったばかりのペットボトルで殴りつけた。


 ゴッ。

 鈍い音。

 矢部が鼻を押さえてうずくまる。


「騒ぐな」

 僕は低く、短く告げた。

 威圧ではない。事実の通告だ。

「騒げば酸素が減る。酸素が減れば死ぬ。死にたくなければ黙っていろ」


 一瞬で、場が静まり返った。

 圧倒的な暴力と、迷いのない行動。

 それが、混乱した羊たちを沈黙させる最短の手順だ。


 僕は車両の連結部――最も安全で、全体を見渡せる場所――に陣取った。

 手元には、全員分の水と食料、そして工具。

 ライフラインの独占モノポリー


 以前の僕は、話し合いで解決しようとした。

 前回は、権藤という暴力装置を利用しようとした。

 だが、どちらも不確定要素が多すぎる。


 だから、今回は僕がやる。

 僕自身が暴力装置になり、管理者になり、神になる。

 中間のプロセス(人間関係)をすべてリストラし、結果(生存)だけを追求する。


「……おい、てめぇ」

 瓦礫の下から、権藤が這い出てきた。

 彼は血走った目で僕を睨みつける。

「人の荷物盗んで、タダで済むと思ってんのか……!」


 彼はまだ気づいていない。

 自分の右足が瓦礫に挟まれ、クラッシュ・シンドロームの時限爆弾が作動していることに。

 僕は冷ややかに彼を見下ろした。


「権藤さん。あなたの右足は死んでいます」

「あ?」

「瓦礫に挟まれていたでしょう。毒素が回っています。放っておけば二十四時間以内に心停止します」


 ハッタリではない。未来の事実だ。

 権藤が顔色を変えて自分の足を見る。


「助かる方法は一つ。……足を切断することです」

「な、なに言って……」

「僕の手元に、止血帯と消毒液、ノコギリがあります。……命が惜しいなら、僕の指示に従いなさい」


 嘘だ。

 この不衛生な環境で切断手術などすれば、ショック死か感染症で確実に死ぬ。

 だが、彼を従わせるには十分な餌だ。

 僕は彼を「生かす」つもりはない。彼が死ぬまでの二十四時間、労働力として最大限に搾取し、使い潰すつもりだ。


「……わかった、従う」

 権藤が脂汗を流しながら頷く。

 野獣が、首輪を受け入れた瞬間だった。


 これで体制は整った。

 食料は管理下にある。

 暴力(権藤)は制御下にある。

 ノイズ(矢部)は排除した。


 完璧だ。

 前回までの、泥臭い交渉や葛藤が嘘のように、スムーズに事が進む。

 心は凪のように静かだ。

 良心? 倫理?

 そんなものは、前回の炎と一緒に燃え尽きた。


 僕はふと、車両の隅を見た。


 美咲。

 彼女は、いつもの定位置で膝を抱えていた。

 白杖がない。僕が回収していないからだ。

 彼女は、暗闇の中で一人、震えている。


 胸の奥で、微かな違和感が走った。

僕はそれを、なかったことにした。

 切り落としたはずの感情が、脳の錯覚で痛んでいるだけだ。


 僕は彼女に歩み寄る。

 彼女の手を取るためではない。

 彼女を「管理」するためだ。


「……相馬さん、ですか?」

 美咲が顔を上げる。

 その見えない瞳が、僕を捉える。


「はい」

 僕は短く答えた。


「……違います」

 彼女は首を横に振った。


「え?」

「声は、相馬さんです。……でも、音が違います」


 彼女は、まるで見えているかのように、僕の胸元に手を伸ばそうとして、空を切った。


「前の相馬さんの心臓は、泣いていました。……でも、今のあなたは」


 彼女は言葉を詰まらせ、恐怖に顔を歪めた。


「……音が、しません。まるで、機械みたいに」


 僕は彼女の手を空中で掴み、ゆっくりと下ろさせた。

 その手は温かかった。

 けれど、僕の皮膚はその熱を感じない。断熱材のように、心が分厚い氷で覆われているからだ。


「それでいい」

 僕は彼女の耳元で囁いた。

「泣く相馬和也は死んだんだ。……ここにいるのは、君たちを生かして返すための『システム』だ」


 美咲が息を呑む。

 僕は彼女から離れ、冷たい床に座り込んだ。


 リストラは完了した。

 ここからは、効率化された業務サバイバルの時間だ。

 誰も愛さない。誰も信じない。

 ただ、数字だけを積み上げて、生存という黒字プラスを叩き出す。


 たとえその結果、僕自身が人間でなくなったとしても。

 それは必要な経費コストだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ