第7話:事業再構築(リストラクチャリング)
ドォォォォォォン!!
十六回目の衝撃音。
世界がひっくり返る。
……痛みはない。
恐怖もない。
僕の心拍数は、平常時と同じ六十前後を維持している。
暗闇の中で目を開ける。
右足首の捻挫、確認。肋骨の違和感、確認。
生存者十二名、確認。
前回のループで、僕は彼らを焼き殺した。
その感触が、手のひらにまだ残っている。
熱かった。臭かった。美咲の首が落ちる感触は、柔らかかった。
だが、今の僕には、その記憶さえもただの「過去のデータ(ログ)」だ。
吐き気など催さない。
泣いている暇などない。
感情をかけている場合じゃない。
僕は瓦礫を押しのけ、無言で立ち上がった。
パニックの合唱が始まるまで、あと十秒。
この十秒が、勝負を決める。
僕は迷わず、車両の中央へ走った。
そこに転がっている、権藤のスポーツバッグ。
中身は水と、工具類。
僕はそれをひったくり、自分のバッグに詰め込んだ。
次に、時田夫妻の元へ。
老夫婦はまだ、衝撃で呆然としている。
僕は夫人の手から、バッグを強引に引き剥がした。
「あ……?」
夫人が声を上げるより早く、僕は中身を確認する。
インスリン。飴玉。乾パン。
全て没収。
「泥棒……!」
誰かが叫んだ。矢部だ。
彼は状況も把握できないまま、本能的に僕の行動を咎めようとした。
僕は振り返り、矢部の顔面を、奪ったばかりのペットボトルで殴りつけた。
ゴッ。
鈍い音。
矢部が鼻を押さえてうずくまる。
「騒ぐな」
僕は低く、短く告げた。
威圧ではない。事実の通告だ。
「騒げば酸素が減る。酸素が減れば死ぬ。死にたくなければ黙っていろ」
一瞬で、場が静まり返った。
圧倒的な暴力と、迷いのない行動。
それが、混乱した羊たちを沈黙させる最短の手順だ。
僕は車両の連結部――最も安全で、全体を見渡せる場所――に陣取った。
手元には、全員分の水と食料、そして工具。
ライフラインの独占。
以前の僕は、話し合いで解決しようとした。
前回は、権藤という暴力装置を利用しようとした。
だが、どちらも不確定要素が多すぎる。
だから、今回は僕がやる。
僕自身が暴力装置になり、管理者になり、神になる。
中間のプロセス(人間関係)をすべてリストラし、結果(生存)だけを追求する。
「……おい、てめぇ」
瓦礫の下から、権藤が這い出てきた。
彼は血走った目で僕を睨みつける。
「人の荷物盗んで、タダで済むと思ってんのか……!」
彼はまだ気づいていない。
自分の右足が瓦礫に挟まれ、クラッシュ・シンドロームの時限爆弾が作動していることに。
僕は冷ややかに彼を見下ろした。
「権藤さん。あなたの右足は死んでいます」
「あ?」
「瓦礫に挟まれていたでしょう。毒素が回っています。放っておけば二十四時間以内に心停止します」
ハッタリではない。未来の事実だ。
権藤が顔色を変えて自分の足を見る。
「助かる方法は一つ。……足を切断することです」
「な、なに言って……」
「僕の手元に、止血帯と消毒液、ノコギリがあります。……命が惜しいなら、僕の指示に従いなさい」
嘘だ。
この不衛生な環境で切断手術などすれば、ショック死か感染症で確実に死ぬ。
だが、彼を従わせるには十分な餌だ。
僕は彼を「生かす」つもりはない。彼が死ぬまでの二十四時間、労働力として最大限に搾取し、使い潰すつもりだ。
「……わかった、従う」
権藤が脂汗を流しながら頷く。
野獣が、首輪を受け入れた瞬間だった。
これで体制は整った。
食料は管理下にある。
暴力(権藤)は制御下にある。
ノイズ(矢部)は排除した。
完璧だ。
前回までの、泥臭い交渉や葛藤が嘘のように、スムーズに事が進む。
心は凪のように静かだ。
良心? 倫理?
そんなものは、前回の炎と一緒に燃え尽きた。
僕はふと、車両の隅を見た。
美咲。
彼女は、いつもの定位置で膝を抱えていた。
白杖がない。僕が回収していないからだ。
彼女は、暗闇の中で一人、震えている。
胸の奥で、微かな違和感が走った。
僕はそれを、なかったことにした。
切り落としたはずの感情が、脳の錯覚で痛んでいるだけだ。
僕は彼女に歩み寄る。
彼女の手を取るためではない。
彼女を「管理」するためだ。
「……相馬さん、ですか?」
美咲が顔を上げる。
その見えない瞳が、僕を捉える。
「はい」
僕は短く答えた。
「……違います」
彼女は首を横に振った。
「え?」
「声は、相馬さんです。……でも、音が違います」
彼女は、まるで見えているかのように、僕の胸元に手を伸ばそうとして、空を切った。
「前の相馬さんの心臓は、泣いていました。……でも、今のあなたは」
彼女は言葉を詰まらせ、恐怖に顔を歪めた。
「……音が、しません。まるで、機械みたいに」
僕は彼女の手を空中で掴み、ゆっくりと下ろさせた。
その手は温かかった。
けれど、僕の皮膚はその熱を感じない。断熱材のように、心が分厚い氷で覆われているからだ。
「それでいい」
僕は彼女の耳元で囁いた。
「泣く相馬和也は死んだんだ。……ここにいるのは、君たちを生かして返すための『システム』だ」
美咲が息を呑む。
僕は彼女から離れ、冷たい床に座り込んだ。
リストラは完了した。
ここからは、効率化された業務の時間だ。
誰も愛さない。誰も信じない。
ただ、数字だけを積み上げて、生存という黒字を叩き出す。
たとえその結果、僕自身が人間でなくなったとしても。
それは必要な経費だ。




