10代から20代に書いた詩
初めまして、天川裕司です。
ここではシリーズでやってます『夢時代』と『思記』の原稿を投稿して居ります。
また、YouTubeドラマ用に仕上げたシナリオ等も別枠で投稿して行きます。
どうぞよろしくお願い致します。
少しでも楽しんで頂き、読んだ方の心の糧になれば幸いです。
サクッと読める幻想小説です(^^♪
お暇な時にでもぜひどうぞ♬
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【YouTubeドラマにつきまして】
無課金でやっておりますので、これで精一杯…と言うところもあり、
お見苦しい点はすみません。 なので音声も無しです(BGMのみ)。
基本的に【ライトノベル感覚のイメージストーリー】です。
創造力・空想力・独創力を思いっきり働かせて見て頂けると嬉しいです(^^♪
出来れば心の声で聴いて頂けると幸いです♬
でもこの条件から出来るだけ面白く工夫してみようと思ってますので、
どうぞよろしくお願いします(^^♪
『Fashion』
現在、「女」が奇麗になるのは一体、何の為か?果して、純粋に男に魅せる為だけの事なのだろうか?もしかすると、ルネサンス辺りから変わり始めて居たかも知れない。美についてのルネサンス、唯、産業革命、近代化時代、そう言った物理的なものだけにそうして居る訳ではないのかも知れず、俺は、後者を支持。TV等に映って居る女の表情を見て居ると否応までも、とにかく鮮やか過ぎるくらいに輝いて光って居るのだ。必要以上に、と言う処に何かある。そう、男に無いものを以て居る故に、どう言う生き物なのだ?と疑問に思わなくてはいけない。もっと考える事もやはりしかし、必要と言うものだ。男、メディアはその手を必死に支持しながらにして、遂にその者の手の届かない存在となってしまった様だ。何の為に今まで支持し続けて来たのか。平和の様な男女平等と言う名目を掲げて、掲げ続けて来た挙句に結局、女なるものにこの世界を次は「女王」と言う形で奪られてしまった。そう、乗っ取られて行く訳だ。家の中にあった苦の宝物が外を一人歩きし始めて、今まで散々それについての安全策を講じて来たが為に、それが守られるべく構築したその物は今やもはや完璧となり、ちょっとやそっとじゃもはや倒れない。こうなると、少しの事でミスとして挙げられ罰せられるのはやはり男の方で、次第に生きにくくなってしまった。何も飾らないのが女じゃないのか?と言う根底が全く揺ぎ無く崩れないものになったのは、こうした現状を目一杯に見せ突けられ、社会で連続して行われてゆく行事毎の、盲目的な試練の様な苦しみを味わったからこその、男の心内の讃美が在ったからでもあるのだ。日本人、これは一体何なのだろうか。アメリカでもイギリスでも、況してやインドでもない。理由など何処にも無い様に思える今日の現代流行。ここへ来て、分らないものに成ってしまった。
『現代~遊んで死んで行くしかない~』
アメリカから、日本人の心が無くなってしまったのでは・・・?と囁かれる事が日常となってしまった。これは一体、どう言う事実が奏して、こう言う現実を創り出したと言うのだろう。日本人が日本人じゃなくなった?日本人らしい言葉を遣わなくなった文化、ツール、伝統、価値観・・・自ず全てか、この産業社会がそうさせてしまったとでも言うのか。よくそこから脱するかとでも言うべく「私は旅に出ます」という言葉を聞く。フランスへ、イギリスへ、インドへ・・・ルパン三世の漫画にはよくそう言った事が無責任の型で表されて居て、見た時に一定の感動を与えてくれた。しかし、それはその後も続いて残り、我の糧とも成って居る訳だ。シェイクスピアなる人物の恋に落ちたかどうかは知らないが、色々な文学を独学で生み出し、後世に語り継がれた。しかしそれは彼のみではなく、日本でも文化が生き続けているこの現状の中で、死なない(これ以降は暫く、字が汚過ぎて読めないので写真掲載とする)。
画像
『無題』
「Won't you, stay. Won't you, stay...」幾ら甘い恋を試しても、私には、似合わなかった。きっと、彼氏、彼女も、このブレインで、身体をよじらせそうである。階下で、母親のテレビ嗜好に付き合わされて、僕だって、そんなに嫌な方じゃないのだけど、しかし続けば、時々、うんざりする。本来、「嗜好」なんてもの、食べ物や飲み物に遣うものだのに、こんな時雨の様に遣うとは。僕は、先ほど立ち上がって、あれこれこの文章を書く為にと、参考書をと思ったのだが、代わりに持って来たのが「小泉今日子の写真集(文作集)」、所要の物にしては詰らない。いよいよ体も怪しくなってきて、僕の溜息もよしんば、白々しいものになって来る。「よしんば」と書いたが、僕は自分の言ってる言葉が解らない。どのようにしてこの身体の奥底から、この口まで到達したのか、その空間も解らない。叩き上げでこの闘いまで来たのだ。何が作法で、何が憂いなのかさえ、てんで想像尽きやしない。「I know, I know」と人はよく、この言葉を口にするけれども、畳み掛ける様に、その真意を尋ねたら、きちんとした言葉を選べるのはほんの数人である。名前を一々覚えてられない。一日、一人を覚えれば、その一日の善悪が煩って、虹の様に、消えてゆく。一緒に無くなったその友人は、きっともう二度と、その逃げ口から引き返して来ない。ここに、文字の誤りを直している、二軍の文士が居座っている。蛹、さながら文字の悟りを身に付けて、砂漠のこの世街を歩いて行くのだ。その姿は、同じ古郷の者同士、互いに傷付け合う姿に似ている。悲しい目をして、白々、それを眺める里の人。
天井に、女郎蜘蛛が這う、こんな事を想像して居た。白い空間からは、詰らぬ打撃を受けたが、その時の僕も又、真面目だったのだ。ここまで書くのに、四苦八苦している。もはや、どうしようも無いのではないか。何か一つ、才能が欲しかった。CDデッキから流れて来る一人の歌手の声に乗せられて、日頃の、ぜんまい仕掛けが切れたのか。途端に、影響の二文字に包まれて行った。誰かをスケッチしているようだ。「sketch」この言葉は、非常によく出来ている。憧れの最先端である。僕も、あと云年若かったら、と思う程である。僕は、身体こそは二十代なのに、精神が四十代の様である。それ程、老けていた。哀しい。この身体を愛惜しく思った。歴史に刻み込みたいと思う。割愛。幾多のスケジュールは、我に無く、友に在り。・・・煙草を吹かしては、下手な文章に明け暮れている。隠居にも成れず(歳の所為)、ダンディにも成れず(成長の成れの果ての所為)、助平にも成り切れず(吹っ切れない)、才能にも成れない。
幼い少女の様に、成りたい。この文章も、誰彼が見る訳でなく、唯一人、自分が自分の部屋で、見るのだ。気が向いた時に、電気を消して。この年齢になって、男とは、他人に見られる事を意図して、くすぐったい「杜撰」を描く様になった。優れているスワン(swan)は、木陰の様な大木に身を隠して、残ったのは、この僕だけなのである。
風邪を引いた。何も、来ない。誰か、楽しませて欲しいのに、誰も来ない。いつもの通りである。でも、僕は恵まれているに違いないのだ。母親が階下で、唯一人、心配してくれた。今日はその母親と、母親の友人の近所の主婦さんを乗せて、近くのスーパーまで買い物に行った。僕は足としてである。その時の僕のキャロル(車名)は、よく動く。今日も、行けて良かった。機械的に、僕の心は移ってしまうのである。よく学校の提出物なんかで、レポート(論文)を書けと言われているが、実のところ、僕はまだ一回としてそのまともなレポートを出した事がない。単位が貰えず、四苦八苦している。更衣室で、時代の服に着替えるのだが、どうも光陰矢の如し、駄目な様である。新しい顔を見た。時代に映った顔である。皆はそれを見て喜び、僕はそれを見て嗚咽した。競争も、激しかったのである。何度か思想家(詩想家)達が、僕の所まで訪ねて来た様だった。僕は時代に縋るので、精一杯だったのである。時代にスカウトされる男は、得てして要領の悪い男である。その思想家達に、心を見透かされて、僕にはあわよくば詩世と絶縁をさせられる事を余儀なくされそうだった。接吻する聖と、時代の速さは、石火の如く、痛々しい我が身は無精に、放擲するしか無かった。他に策は無いものかと、妬んだ程である。安かれ、とその言葉が、嘘の様だった。
自棄糞になって、毎日の生活を続けたのである。泥だらけになった。心も身体も、みんなボロボロになりそうだったのだ。夜行列車に乗って、どこかへ行ってしまいたかったのだ。夜行列車、一言呟いてみた。結構、遠回りをして来た自分に気付き、野暮ったくなる。あの才能達はどの様にして、毎日、文章を書いているのだろうか、死ぬ物狂いで、それを見付けたかった。何を言ってやがる、そう言う自分も確かに居るのだが、今は前者の自分の方が比重が大きかった。
優しい人に会いたい。優しい人に会いたい。唐突な安らぎを、突き止めてくれる人に。笑ってみましょう、笑ってみましょう。台所で、食べ物を作っている姿を馬鹿にしている弁慶でさえ、笑って居るんですもの。僕の居るべき沿岸は、どこにあるのだろうか。ぼろぼろになった心で、そう思う。
菓子屋が、東京の女に恋をした。葬儀屋が、東京の女に恋をした。消えそうな灯りを点した床屋は、その東京の女に興味を持たれた。裸出の恋。辣腕を振るうラッパ吹きは、東京の女に恋をした。深淵の情。寺の僧は、東京の女に惹かれた。東寺に住んでいた小僧も、東京の女に心奪われた。静穏な心情で言ったそうな。「東京の女子は、どうしてあんなに奇麗のか」と。精魂込めて織り成した聖果も、水の泡になった。都会が曲げたのだ、と思って居たが、恥ずかしさに隠れていた素性を見て気付けば、その信仰の歪曲は、歴史が曲げたのだった。無責任な有名歌手が我が才能を盾にと、好き勝手を絵にしている。シンクロ・ジンクスである。
赤頭巾を被った女が、竦んだ足を引き摺りながら、歩いて行った。救い難き我の罪を偏に被り、我には一言も隙を見せず、生来潔白の様にその身を美しいものにした。僕を見ていた人は泣いてる。僕もそのとき泣いた。貰い泣き。道化の道をも、偏にそれを全うしようと思えば、死と頭角の程の荒行を、見定めなければ成らぬと思う。赤頭巾の女は、それ以来、見ていない。あの後ろ姿だけが、我の心奥に置かれた琢磨と言うべきか。後にも先にも、縛られるものはなく、又、それ以上それ以下が無い。驕り高ぶったこの欲の世を、濁世と呼び、食気失せたその時に、我が心に素早く速記をする如く、即決なその愚問を延々、延々、注ぐのだ。その時に際して、娼婦だてら、女が現れる。心の隙を上手く突いて、仕様も無い荒くれを我に浴びせ掛けるのだ。なんとか消してしまおうと、試みてはみるのだが、流石にこの世の獲物はしぶとい。余程の決心が必要であると、心に余裕を作ろうとしても、我を惰夫にさせてしまったその娼婦達は、頗る群れを成して、我の身体の上を往復して行く。勢いも何も、始めから無かった我の上質の夢なるものが、一瞬、々、時の中に破片を落として破れて行く。「ネバー・ギブアップ」「エバー。アイ・ウィルドゥ」二言呟いたが、無情に終わるのか。果して、世界が違うのか。次元が違うのか。昔々の、遠い空の彼方から、赤いシグナルを背景に我を見て泣いている顔が、人の形を借りて現れたのを知っている。そいつのその顔が、何を言いたかったのか、解らない儘だったが、我は疲れる仕事をする間に間に、解らないその顔の意味を、なお考え続けた。その顔の意味は、よもや子守唄の様かと最近気付いた。華やぐ、憧れ。
又、熱が出て来たようだ。風邪になれば、決まっていつも、高熱を出すのが僕である。閉じ塞ぐ事を得意とする僕は、必死に辿り着いた二階の窓から女の子と男の子が喋って居るのを眺めた。退屈な音楽を、部屋の中に充満させながら、この世から又、繋いでいた線を切って行った。否、それはピアノ線で、その線を延ばして行ったと言う方が正しいかも知れない。いつ切れるか分からず、冷や冷やものなのだから。ふうと煙草を吹かした。陰険な空気がそこを流れる。そこから眺めた男女は、年頃で、ふと、自分の歳と同じ頃だと勘違いしてしまう。自分の年齢は自覚してる、寄る年波も、みとせで、その数は偶数年である。偶数は、ろくな事が無い。際になって嗜みを増やして、奇数の歳に成ろうと、努めて気張るのである。
人と話をして居て、飽きる事がある。まるで、そう、食べ物を食べるのに飽きる、と言うのに似ている。年下の子と喋るのも、年上の輩と喋るのも、この頃、非道く淡々していて、喋って居ても大敗を喫した様に帰って来るのだ。こう言えば、なんだ、そんな事を言いながら君も人並にそれ等の労苦を味わっているんじゃないか、と笑われそうだが、それは違うのである。良く言えば、美貌のザリガニ、昔、何人かの友達と田圃を駆け回って、小さな洞穴があるのを見付け、「やや、これは、あれだ。ザリガニの巣だ。よし、見とけよ、俺が取ってみせたるから」とリーダー格の主坊が言い、忽ち取り出されたのはザリガニで、その右のハサミと違って左のハサミが異様にデカいのを記憶している。「やや、なんやこのザリガニ。皆、見てみぃ、変なザリガニが釣れたぞ!近寄るな、病気が移るぞぉ!」ブチっと言って、その大きい方のハサミをその主坊が引きちぎった思い出があるのだ。僕は、そのザリガニをとても美しく思った。痛い、痛いとその花守が泣いていたのだ。また悪く言えば、台無し。華が無い。油断ならない金持ちの嫌らしさである。乞食の体を知らない。ふと知った振りをして、語り始めれば、いよいよ悪くなってゆく花形の最期。断末魔。
せめて体だけは健康で在りたいと、願い続けて居る。体から来る精神の病も在るには在る。他人と話す時、自身が不健康であっては、これはいけない。相手は健康なのだから。予期せぬ言葉が口からポロっと出てしまう事もある。昔の文士に憧れる。自身の健康もさえ、パロディを垣間見る様なあの口調で、文字巧みに不健全を更生して行くのであるから。我の、理想である。(中途)
少しでも楽しんで頂き、読んだ方の心の糧になれば幸いです。
サクッと読める幻想小説です(^^♪
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