第2話 人生のどん底ドツボ。
顔をひきつらせて青ざめた茜は、すぐにキツい顔になって「なんで今更!?」、「好きって言ってくれたのに!」、「愛してるって言ってたのに!」と声を荒げた。
「じゃあ茜は?」
「好きよ!愛してる!」
「ならなんで、俺だけ束縛して茜は自由なの?」
「束縛なんてしてない!」
「してるよ。全部仕切ってきて何もかも決めようとしている」
今回の真緒瑠璃の家に行く事で、多少思い当たる節のある茜が、返事に詰まったタイミングで碧は次の質問をした。
「俺の金を全部使って、住む場所も家具家電もロクな話し合いもなく、全部欲しい物にしようとして、住む場所で言えば、ウチの実家には乗り換えが必要になって行くのに1時間、茜の家には乗り換えなしで30分。今ならどっちも乗り換えなしで50分、なんでアンフェアにしたの?」
「そ…、それは…素敵な部屋がたまたまそこにあったから…」
目が泳ぐ茜。
「ならこの近くで、茜の言う素敵な2LDKを探そうよ。いいよね?勝手に決めないで」
「え…、でも…」
部屋は本当だが、何か別の理由がある事に気づく碧が追及を続ける。
「それにそっちからだと俺の通勤が酷くなる。電車が止まったら帰れなくなる」
「それは…」
「それは?気にしてなかったの?」
「気にしてたけど…」
「けど?」
碧は言葉に詰まる茜に問い詰めて行くと、だんだん概要が見えてきた。
茜の母親が裏で手を引いていた。
言質を全て引き出したとは言えないが、話をまとめると、碧の貯金をゼロにするのは立場を悪くしても離婚できなくする為で、茜自身もアンフェアを感じても居心地が良ければと受け入れていたと言う。
しかも根本が許せなかった。
茜の母が結婚で後悔と苦労をしていて、娘可愛さから始まっていればまだ良かったが、自分は身内から爪弾きにされた天涯孤独に近い夫を手に入れて、自分の両親の庇護下でお姫様生活を満喫したから、娘にもそれをさせたいというふざけた理由だった。
あり得ない。
この先もそんな親がついてくるならと思った碧は、茜に母と自分で最後に選ぶのはどちらかと聞いた。
答えられない茜との結婚は白紙にしようと、もう一度告げたのは、真緒家に行ってから17日後の話だった。
そうしたら毎晩茜からのお気持ちレシートと、茜の母からの鬼電話が始まってしまった。
鬼電話はもう全部碧が悪いという内容で、一度聞いたらお腹いっぱいだったし、以前のお気持ちレシートはこの母が監修しているとすぐにわかる。
そして茜の新作お気持ちレシートは、結婚を白紙に戻さないでほしい気持ちと、何とか落とし所で、母監修から母アドバイスくらいにするから、これからも美味しい所どりをしたいというもので、一応彼女という事で、朝の通勤時に感想文を返しているが夜には新作が届く。
だが碧は強気になっていて、遠慮のないメッセージを返していた。
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今も茜のお母さんから電話がかかってくる。
取ると全部俺が悪いと言われる。
金を全額茜に渡して奴隷になれと言われる。
家の事なんかは茜と茜のお母さんが決めるから、黙って婚姻届に判を押せ、黙った働いて金だけ入れろ、家の事に口出しをするなって言われてる。
そんな人が居たら結婚なんて無理だ。
茜がお母さんとキチンとしてくれないと無理。
今のギスギスしたまま結婚なんてできる訳ないだろ?
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茜はこれまでとは違うトーンでメッセージを返してくるようになった。
それは最初よりはましだが、まだ甘い。
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お母さんには言ったよ。
碧は奴隷なんかじゃないって。
お母さんは一度話がしたいからって電話かけてきてるの。
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これで電話を取れば「よくも私の茜ちゃんに余計なことを言ったわね」と言われる。
その事を茜に告げても茜は上手く立ち回れずに、[お母さんには言った]、[やめてって言っている]、[結婚は辞めたくない]ばかりが届き、朝昼晩お構い無しに電話は鳴る。
もう修復不能だった。
[これじゃあ付き合うのも無理じゃない?]
この一言で会う事なく関係を終わらせた。
今も電話がじゃんじゃん鳴るのは茜からの復縁希望の電話と、茜の母からの考え直して奴隷になると言えという強迫電話だった。
だが碧には瑠璃が居ると思い、瑠璃に[結婚やめた。彼女とも終わった]と連絡して、[久しぶりに飯行かね?]と送ったら、歯切れの悪い返事が返ってきたものの食事には行く事になる。
・・・
その場の雰囲気次第では、あの日の手を取って見つめてきた瑠璃の気持ちを聞いて恋人にならないかと言うつもりでいた。
真緒家との仲は悪くない。
碧の両親も瑠璃を可愛がっている。
同棲もしても構わないどころか、何の問題もない。
だが宴もたけなわなタイミングで、碧が「本当、瑠璃がやめなって言ってくれたおかげだよ」と言った時に、瑠璃はバツの悪い顔で「あー…、ごめん。この前の事って…、そんな…だったよね?」と歯切れが悪い返事が返ってくる。
碧は「ん?思っていた流れと違うぞ?」と思っていると、瑠璃が申し訳なさそうに「先週…、告白してもらってさ…、職場の人…、付き合う事に…なったんだよね」と言われてしまう。
これはお互いに幼馴染としての意見で、2人には何もない、瑠璃の気遣いと碧の気のせいでしたで済ませようと瑠璃側から提案している訳で、追い込んでも泥沼化する。
瑠璃が「彼氏にやっぱりゴメン」とは言いにくい。
碧も「瑠璃が言うから別れたのに」なんて言えるわけもない。
「そ、そうだよな。良かったじゃん」
「…う…うん。ありがとう」
物凄く気まずい終わりで食事は終わり、碧は家に帰るとベッドにスマホを放り投げてビール片手にベランダに出ていた。
茜は昨日[うん。わかった。今までありがとう]と送ってきてからは何も届かなくなった。
今もジャンジャカ鳴っているのは、茜母からの鬼電話だけで、多分取っても「なんでウチの茜ちゃんを泣かせるのよ!アンタ如きが!」くらい言われる。
人生のどん底ドツボ。
よくもまあここまでタイミングが悪くなる物だと碧は夜空を見上げて呆れてしまった。




