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正義中毒

作者: Y.
掲載日:2025/10/14

挿絵(By みてみん)

第1話 リビドー


この街では、正義が一番手軽なドラッグだった。

安くて、合法で、しかも簡単に手に入る。

スマホを開けば、すぐそこに「悪」が見つかる。

顔も知らない誰かの失敗や過ちが、

今日の娯楽になる。


人は怒るたび、少しだけ快感を覚える。

それは、フロイトが言ったリビドーの転位。

性の代わりに「怒り」や「正しさ」が、

人を動かすエネルギーに変わった。

かつて恋や欲望で燃えた場所に、

いまは炎上が灯っている。


コメント欄の中には、神も悪魔もいない。

あるのは「正義を語る快感」と

「叩かれる恐怖」だけだ。

誰もが誰かを裁き、そして次は自分が裁かれる。


それでもやめられない。

なぜなら、正義ほど気持ちいいものは、

他にないからだ。

第2話 境界線

―真実よりも「盛り上がること」―

報道の現場に、もう真実なんて求められていない。

必要なのは「燃える話題」だ。

“正義”はそのための燃料にすぎない。


ひとたび誰かが叩かれ始めると、

ワイドショーもSNSも、

まるで花火大会でも始まったかのように賑わう。

事実の裏付けよりも、

「怒れる群衆」をどれだけ集められるか――


それが視聴率であり、アクセス数であり、存在意義なのだ。

皮肉なことに、彼らは自分を「正義の代弁者」と信じている。

真実よりも“正義感の快楽”が優先される。


怒ることで、自分が清くなったような錯覚に酔う。

だがその“怒り”は、誰かが巧みに点火した感情の導火線だ。


コメンテーターは笑顔で語る。

「これは社会的に許されませんね」

だが、その表情の裏で思っているのは――

「明日の視聴率は取れるな」だ。


“境界線”を引くのは彼らではない。

彼らは線を“描き変える”。

炎上の方向に。

話題が冷めれば、次の標的を探す。

昨日の悪人は、今日の被害者。

昨日の英雄は、今日の裏切り者。


そこに、真実など必要ない。

必要なのは「盛り上がる構図」。

誰かを叩く者、庇う者、黙る者。

この三者が揃えば、あとは勝手に“物語”が動く。


世論とは、もはや意見の集まりではない。

感情のリサイクル装置だ。

人々は怒り、叩き、飽き、忘れる。

そして、また次の「悪」を求める。


それでも人は言う。

「これは正義だ」と。

けれど、その正義は、

境界線を踏み越えるたびに、

どんどん薄っぺらく、

どんどん心地よくなっていく。


第3話 群衆

―見に行くことが、参加すること―

ニュースが流れた翌週、

そのホテルの前には、人だかりができていた。


人々は口々に言う。

「ほんとにここなの?」

スマホを構え、建物を背景に自撮りをする者までいる。

かつて“ラブホテル”と呼ばれたその場所は、

いまや観光地だった。


いかがわしい場所、風営法管轄の小学校付近には建設できない施設。

子供に話せないといい叩いていたのに。家族連れで見物。

不倫疑惑の舞台。

ネットで何万回も再生された「罪の現場」。

だが、そこに立ち並ぶ人々の顔に、

怒りはない、怒ったフリをした者達。

真相は、好奇心と、どこか浮かれた笑いだけ。

――人は、罪よりも「話題」に群がる。


ニュースは決して、自らは終わらせない、燃料を投下する。

しかし、本気で、詰めたりしない。


逃げ道はやはり用意しないと最悪な自体を引き起こす。

所詮、エンタメなのだから。

そして。人々は。そこに“まだ何か起きる”と信じているかのように。

「ほら、ここで写真撮って」

「インスタに上げよう」

誰かが冗談めかして言う。

「“愛の聖地”とか、名前つけちゃえば?」

笑いが起きる。

それを、撮影クルーがさらに撮る。


炎上は熱を失っても、形を変えて燃え続ける。

町おこしの話まで出ているらしい。

「ホテルまんじゅう」「限定グッズ」――

嘲笑と商魂が、同じテーブルに座っている。


だが、群衆の誰もが、

「自分は正義の側にいる」と信じている。

「見に行くこと」は「批判ではない」と思っている。

そう、ただ“見に行くだけ”なのだ。


罪でも罰でもなく、参加でも責任でもない。

けれど、群衆の視線が集まる場所は、

たしかに人を壊す。

かつての“断罪”は石を投げた。

いまの“断罪”はクリックを投げる。

そして、その跡地に人が集まり、

スマホを掲げて笑う。

――群衆とは、いつも無垢な顔をしている。


罪悪感もなく、ただ「流れ」に乗っている。

だがその「流れ」こそが、

誰かの人生を押し流していく。


第4話 風化


騒ぎは去った。

ニュースの見出しは次々に消え、画面の端の小さな文字になった。

群衆のスマホも、もう別の話題を追っている。


かつて“愛の聖地”と笑われたホテルの前も、静かだ。

看板にほこりが積もり、まんじゅうも売れ残る。

写真を撮った手も、もうそれを追う群衆は、もういない。

残ったのは、静かに漂う虚像だけ。


人はすぐに忘れる。

そして、次の興奮を求めて動き出す。

善も悪も、正義も罪も、風化の中で等しく薄れていく。

――風化。それは、群衆が残す最後の痕跡。


第5話 真実

―真実は、誰のもの―

龍馬は笑う。

誰も彼の本当の心を知らない。

歴史の書き手も、物語の作者も、みな自分の目線で描く。

龍馬か、竜馬か、名前ひとつで印象は変わる。


魚の心も、同じだ。

水面に映る波紋を見て、心を読むことはできない。

泳ぐ姿を見ても、なぜそこを選ぶかはわからない。


現代の群衆も、スマホを手に同じ。

ニュースに触れ、炎上に参加し、写真を撮る。

誰も他人の心を知らず、ただ流れに乗る。

正義か好奇心か、罪悪感か笑いか、それすら自覚していない。

だが、理解できないからこそ、思いやる心は必要だ。


誰かの人生を押し流す波に、安易に石を投げないこと。

見えない心に敬意を払うこと。

歴史もニュースも、真実の断片しか見せない。

残るのは、私たちの解釈と行動。


そして、魚の心のように、他人の内面を想像する力だけが、


ほんの少しの真実を守る。

――真実は、誰のものでもない。

ただ、私たちの心がどう受け止めるかに委ねられている。

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