道具屋の仕事
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一〇〇年ほど山にこもっていたのではないかと疑うほどの白髪と白ヒゲの医学魔術師のじいさんから一日一回、診察と回復魔法と処方箋を受けて、道具屋は二日後には、なんとか歩けるようになった。包帯を外すと、まだ両脚の肌にはポツポツと変な色の斑点ができていたが、黒こげの炭になっている部分は見当たらなかった。完全にもとに戻すには、このあと数ヶ月は苦い薬を飲む必要があるらしい。
俺は川沿いの道を城下町の郊外まで歩いて、古びたレンガの壁に蔦の張った二階建ての古びた宿の前までたどり着いた。緊張を深呼吸で紛らわしてから、大きな帽子をかぶり直して、眼鏡もかけ直した。
ペンキのはげた扉を、ゆっくりと開ける。
「……あら、いらっしゃい」
受付で本を開いていたエレナが、視線をあげて薄く笑った。俺はその微笑を真っすぐに見返しながら、中へ入っていった。エレナが本を閉じる。
「群生地は見つかったの? それに……ほかの面子は、どうしたのかしら?」
「今日は、少し話し合いの場を設けてもらいたい」
俺は受付のカウンターの上に、ヘイル・トームの二色の蕾を置いた。エレナの眠たげな目が一瞬、ギラリと光った気がした。俺は折り畳んだ羊皮紙を右手に見せた。
「見つけた場所は、この地図に示してある」
「さすがねぇ。昔から、こそこそ素材集めるのは得意だったものね」
と、エレナが地図へ手を伸ばして来た瞬間、俺はひょいとそれを遠ざけた。
「なんのつもり」エレナが鋭い視線を投げつける。
「言っただろ。話し合いだ」
眼鏡を直して、俺は言った。
「新種の植物の群生地を見つけるだけで、報酬は六万ゴールド。普通の相場に比べて断然高い。ストレの森の危険度を加味してもなお、特筆すべき金額だ。普通、こういうときには理由がある。植物が見つかる見込みが極めて低いか、植物自体に超希少な価値があるか……」
俺は言葉を切って、エレナをみた。
「この花を使って何をするんだ? このまま売るのか?」
「依頼に直接関係のない質問は、受け付けてないわ」
事務的な口調でエレナは言ったが、表情は苛立ちまじりで俺から目をそらしていた。
「分かった。なら、俺から説明する。あんたらは、それを加工して売りさばくつもりだ。俺のパーティーの、向こうの大陸……に詳しい奴が言っていた。この種類のヘイル・トームには、幻覚作用があるって」
エレナは表情を変えなかった。魔術師(女)の話を思い出して、俺は続けた。
「通常の環境では一般種と同じだが、外的な負荷がかかると、防衛反応で幻覚作用をもたらす魔素を含んだ花粉を生成する」
『効果としては、極めて強い部類よ。魔物に対して強いレベルだから、人間相手ならもっと強いでしょうね』
「花粉を発生させた花を集めて乾燥させて蒸留すれば、違法な薬の完成だ。新種の植物からできた、誰も使ったことのない新種の薬……。その販売価格は六万ゴールドがはした金に見えるくらい、超高額になる。それでも売る相手はいくらでもいるんだろうな。下流貴族に中流貴族、成金の経営者や、賭場に出入りしてる小悪党共……」
いままでの「薬」とは違う物珍しさに惹かれる人間や、新しい刺激を求める人間は、どこにでも、いくらでもいる。ひとつの花の効果が強いなら、濃度を薄めても従来のものと同じくらいの品質にだってできる。つまり、一輪あたりの薬のコストは下がって、大量に生産することもできるかもしれない。どちらにせよ、売る側の利益は増える。
俺の話す声にも自然に力がこもった。
「発見した群生地を自分たちの支配、管理下に置いて、この大陸での薬の流通の根元を牛耳ろうって計画……なんじゃないのか?」
一息に俺が説明を終えると、宿屋に静寂が流れた。自分の心臓が、鐘を鳴らすように音を立てているのが分かった。
ちなみにボールウィザードが想像以上に強敵だったのも、この花が原因だと魔術師(女)は考えていた。ボールウィザードには幻覚作用が効きにくい。そのため、群生地にあったヘイル・トームを大量に摂取したことで魔力と集中力だけが大幅に上昇したのではないかということだ。
エレナはしばらく黙ったあと、唐突に笑い出した。
「は! だからなんなの? ご明察って褒めてほしいわけ? クソ覗き魔のヘタレが」
本性を現したようにエレナは汚い言葉を俺に投げつけた。
「その花を何に使おうが、あんたには関係ないでしょ。報酬の金は渡すわよ。あんただって、金は欲しいんでしょ? なら、さっさと、地図をよこしなさい」
刺すような瞳のまま口元に笑みを浮かべて、彼女が言った。
「それに、忘れたわけじゃないでしょうね。あんたがやったこと。私たちとやったこと! いまさら善人ぶろうっていうなら、そのことを思い出してみなさいよ」
胸の内側をナイフでえぐるように、エレナは言い捨てた。
俺は地図を遠ざけたまま、彼女の勢いに気圧されながら、こめかみに汗をたらしていた。
それでも、エレナを見て、ゆっくりと尋ねた。
「なんで……そんな仕事ばっかりやってるんだよ」
エレナは怯んだようにキュッと口を閉じてから、手を握りしめた。俺は続けた。
「いや、単純に気になって……。昔から、なんでもっと普通の冒険者みたいにやらないのか……」
俺は力を抜いて、地図を持った手をだらりと下ろした。
エレナは昔から、どこかやさぐれた所はあった気がする。しかし、根っからの悪党と言うには、少し違う気がしていた。
覚えているのは、昔いた城下町で見た光景だ。クエストも詐欺の仕事もない休日、路地裏の階段でエレナを見た。貧しい子供たちに囲まれて、宝石占いを見せていた……。
そのときに見た子供たちの嬉しそうな表情も、エレナの柔らかな表情も、覚えている。
「……今度は説教ってわけ。冒険者さまは、偉くてすごいわね」
すれた声を出して、エレナは鼻で笑った。俺から視線をそらすと、乱暴な舌打ちを零す。しかしそのあと、おもむろに低い声を出した。
「あんたみたいに『変わろう』と思える人間と、そうじゃない人間がいるってことよ」
俺は驚いて、眉をひそめた。
「変わろうって、俺は別に……」
「よく言うよ。そんな図鑑手に入れて」
皮肉な笑みを浮かべて、俺の腰のホルダーに入った大陸百科事典を目で示した。
「昔、言ってたやつでしょ。上級道具屋の証のアイテム、とかなんとか」
俺は面食らってしまった。そんなこと、覚えていたのか……。パーティーを組んだ本当に初期の頃、将来の目標を話したことがあった気がする。
「なんだっけか……試験を受けて課題をこなして、限られた優秀なやつだけが渡される。あんたの経験とも連動して更新される、魔導具みたいなもんでしょ」
「……そう。いまの俺の商売道具だよ」
エレナたちのパーティーから逃げ出したあと、俺は勉強に明け暮れた。眠ると、自分がだまして破滅へ導いた人たちが夢に出た。だから夢も見ないように、眠る間も惜しんで勉強した。自分の中の劣等感と罪悪感と戦うように。そうしないと惨めさに蝕まれて心が保たなかったように。
変わろうとしていたというには、その気持ちは、暗澹としすぎていた気がする。
エレナはカウンターの上の、自分の手を見つめていた。
「私は、あんたとは違うから。知識もないし、金を稼ぐ力もない。戦う能力もない。あるのは少し整った顔くらい。……わたしみたいな人間は、こんな仕事をするしかないのよ」
初めてエレナの本心を聞いた気がした。
「生きる為には金を稼ぐ必要がある。当然のことでしょう。でも今の『仕事』を知ってしまったら……『普通の冒険者』じゃ、もう生活できない」
言わんとすることは分かった。一度贅沢を知ってしまった人間が、生活レベルを下げるのは難しい。楽して金を稼げる方法が目の前にぶら下がっていたら、当然のこと。
ふてくされたように頬杖をついて、エレナは顔を窓の方へ向けた。
「普通になれれば、どれだけ良かったか。あんたみたいにね」
俺はジッとエレナを見つめた。窓から昼の陽の光を浴びながら、人形のような横顔に陰が落ちている。あの頃に、こうやって話せていたら、何か変わっていたのかとふと考えた。
窓の外から、桟に停まった小鳥の群れが鳴く、チチチ、という声が続いていた。
「おれだって……普通って言っても、面倒なことだらけだ」
ぼそりと言うと、エレナはこっちを見てから、小さく笑った。
「またパーティーで揉めてるんだ」少しだけ角がとれた声色だった。
「……揉めてるわけじゃないけど。三角関係のいざこざっていうか」
「へぇ? ……分かった。あんたとガタイのいい戦士の男ふたりで、僧侶の子を奪い合ってるんでしょ。で、あんたは、性格キツそうな魔術師の女に気を寄せられてる。どう?」
急にエレナは生き生きと話し出した。
その状況もキツそうだな、と俺はボンヤリと想像する。
「いや、それじゃ四角関係だろ……」迷ってから、俺は続けた。
「魔術師、戦士、僧侶の順で三角形ができてる。それで、分かるか?」
「あぁ、なるほどねぇ」
微笑を浮かべて、エレナは再び頬杖をつきながら、窓の外を見た。
「そのうち、誰かを応援してるとかあんの?」
「……半強制的に、協力はさせられてる」
「なんだそれ」
楽しそうにエレナが笑った。まるで久しぶりのリラックスした会話ように。
その笑顔が本心から出てきたものに見えたが、気のせいだろうか。確信はなかった。
「ま、誰かに肩入れすると、誰かが不利になるもんね。関係悪化するのは間違いないか」
「……俺は、そういうの詳しくないから。でもまぁ、あいつらの恋愛が成就すると、めんどうなことになるのは目に見えてる」
「パーティーなんて、そういうもんでしょ」
エレナが言って、ポケットから取り出した煙草をくわえた。
無言で俺にも、煙草のケースを向けてくる。
俺は断って、彼女が火をつけた煙草の煙を吸込んだ。
銀牢の酒場の入り口の人ごみをすり抜けて、店に入る。中を見回してから、俺は火のついていない暖炉の前の、隅っこのテーブルへ向かった。
「ご苦労さま。どうだったの?」
魔術師(女)が頬杖をついて聞いてきた。パーティーの他のふたりも、席についている。
「まぁ、なんというか……」
俺は頭をかいて、皆を見回した。戦士(男)は口を真一文字に閉じて、僧侶(女)も固唾を飲んで見守っていた。
「……すまない! 今回の報酬は、なしで」
テーブルの上に地図を置いて、深々と頭を下げた。
エレナには、群生地の情報は渡さなかった。違法な薬の製造とか流通に加担するわけにはいかないし、エレナをあのままのめり込ませるのも、気が引けた。
一応、エレナには言いたいことは言ったつもりだった。
彼女がこれからどうするかは、俺には分からないが……。
頭を下げたまま、しばらくしても皆の反応がなかった。や、やっぱり怒ってるのか……。床を見つめながら、俺は不安で汗をにじませて、眼鏡を曇らせていた。その時だった。
「あんだけ戦闘して報酬無しとはねぇ」魔術師(女)が少しおおげさにため息をつく。
「俺は……道具屋が決めたことなら、尊重する」戦士(男)が腕を組んでうなづいた。
「まぁまぁ、人助けもできましたし。今回は徳を積んだってことで」僧侶(女)がいつもの無垢な笑顔で言った。
「ゆ、許してくれますか……?」
俺が恐る恐る言うと、魔術師(女)がピンと俺の額を指で弾いた。
「戦士くんも言ったでしょ。あんたは、このパーティーのクエスト交渉を任されてるの。わたしらは、それを信頼してるってことよ」
皆が俺のことを柔らかな笑顔で見ていた。
俺は胸にジンと感じる物があるのを、表情に出さないように、必死に眉間にシワをよせた。魔術師(女)が、パンと手を叩いて言った。
「さて、こいつも帰ってきたから、注文しちゃいましょう」と、メニューを僧侶(女)に渡す。
「お腹空きました! 久しぶりに、お酒も頼みましょう」
「よし。俺もビールをもらおう」
三人は料理と飲み物を決め始めて、俺は椅子に座るように促された。
椅子に座って、俺は深いため息をついた。
必死で考えたパーティー離脱計画は、大失敗。恐らくこれから新しく計画を練るのも、難しいだろう。いやでも、いまこのタイミングで、パーティーを抜けると言い出すことだってできるはず。眼鏡を拭きながら、俺はパーティーの面々をチラリと見回した。
……。再び、ため息をつく。
まぁ、仕方ない。今は腹が減った。飯を食って考えよう。
〈クエスト:新種のヘイル・トームの生息エリアの測地〉
〈クエストは失敗した〉
酒場の女性従業員が持ってきた料理と飲み物をテーブルに並べて、あっという間にごちそうが目の前に広がった。戦士(男)が、なみなみと注がれたビール樽のジョッキを掲げる。
「じゃぁ、始めよう」
「何に乾杯?」魔術師(女)が赤いワインが揺れるグラスを掲げる。
「それはもちろん。クエストを終えて、皆が無事である事を祝して!」僧侶(女)が言う。
「まぁ、俺の足は黒こげになったけど……」
俺がジョッキをあげて言うと、束の間の沈黙のあと、皆が大声で笑った。
『乾杯!』
ジョッキとグラスのぶつかる音と、酒が揺れる瑞々しい音が鳴り響いた。
にぎやかな酒場の中で、料理に舌鼓を打ちながら、会話が弾んでいく。
「それより、さっき新しいクエスト見てきたの。これ見てよ、狙い目かも知れないわ」
「わ! 報酬凄い高いですね!」
「護衛のクエストか、悪くない……。あなたは、どう思う? 道具屋」
戦士(男)に尋ねられて、俺は苦笑いをこぼした。
戦闘もできない。メンバーは人間じゃない。それでも、このパーティーは悪くない。かもしれない。
そう思いながら、クエストのメモ書きを手に取った。
酒を片手に、あぁだこうだと、話は尽きず夜は続いていた。
次の日。
久しぶりに飲んだ酒の酔いが残っているのか、頭がズキズキしながら俺は宿を出た。午前中は何もする予定がないから、散歩でもしようと城下町を歩いていく。
雑貨屋や骨董屋が並ぶ区画を歩いていると、目の前に戦士(男)が現れた。
俺が口を開く間もなく、戦士(男)は勢いよく俺を建物の間の路地裏に連れ込んだ。
「な、なに……。なんですか?」
恐怖で頭痛も冷めていた。薄暗い路地裏で、戦士(男)が眉間にシワをよせた険しい顔を、俺に近づいている。何か、気に障ることをしたか……。昨晩に酔って、逆鱗に触れることをしてしまったのか……。
「クエストは終わった。あれから一週間が経った。俺が彼女に告白する期限だ」
そ、そうだった――。と、俺は今になって思い出した。
まさか、僧侶(女)に告白してしまったのか。それは恋愛の告白だけか、それとも種族の告白も済ませたということか……。というか別に、期限というわけでもないだろうに。
俺の頭が急速に回転するが、それをさえぎるように、戦士(男)が言った。
「それで、ついさっき、告白を前にして、町の路地裏で偶然出会った占星術士に占ってもらったのだ。そしたら、どうだ。〈今は焦るべからず〉と、言われた。星の回りの説明と共に、俺の最近の行動も当てたのだ。きっと、あの占い師は本物だ。信憑性が高いと俺は考えた」
「なにより――」と、声を大きくして、俺の両肩をつかんだ。
「焦るべからず――これは、最初にあなたが言っていたのと同じだ! さすがだ」
まるで戦闘中のように、顔色が昂っていた。
固まった俺の肩から手を離して、戦士(男)が腕を組んでうなづいた。
「焦るまい。どのような戦いでも焦りは隙をうむ。俺はそんな基本的なことも忘れていたようだ」
戦士(男)の、人の物とは思えない大きな手が、俺の手をつかんだ。
「これからも、よろしく頼む」
戦士(男)は、そう言い残して、大きな背中を見せながら路地裏を去っていった。
とりあえず、危機は脱したのか。それとも、危機が継続したのか。
いまいち分からないが、俺もゆっくりと路地裏を出て行った。
戦士(男)から解放されて、気を取り直して雑貨屋街に入っていく。花屋の花の香りと、小さな雑貨屋たちの古くさい埃の臭いがする中、肩を叩かれた。
「何よ、その表情」振り返った俺の表情を見て、魔術師(女)が怪訝に言った。
「いえ、何でもないです」
俺は首を左右に振って、愛想笑いを零した。昨日の飲みで、コイツにも何か変なこと言ってしまっていないか不安になっていた。
すると、魔術師(女)は俺の腕をぐいと引っ張って、ひそひそと言った。
「聞いてよ、道具屋。さっき路地裏で、初めて見る占い師がいたの」
この辺りに占い専門の路地裏でもあるのか思いながら、俺は口をはさまずに聞いた。
「彼が占いが好きだっていうから、私も色々調べてる最中だったのよ。ちょうどいいと思って、占ってもらったわけ。そしたら、どうだったと思う?」
魔術師(女)が、こらえきれない笑顔を零した。
「私の恋愛運は上昇中だって! それに、その占い師、凄いの! 最近の私の行動もズバズバ当てて、若かったけど、きっと相当な修行を積んだ人間よ」
つい最近聞いたことがあるような話に、デジャブを覚える。魔術師(女)が続ける。
「それでね、恋愛運をさらに上昇させるラッキーポイントが、秘密を守る仲間を大事にすることらしいの」
秘密を守るの部分を強調して言いつつ、魔術師(女)は瞳だけをアメジスト色の魔物の瞳に変化させていた。俺はあわてて、言った。
「信じてほしいんだが、俺は、秘密は言ってない……ですよ」
「知ってるわ。あんたの首がついてるからね」
「良かった――。って……首が……?」
おもむろに魔術師(女)が指先で俺の首筋に触れると、ジジッと首に熱を感じた。
「アッツ――」
「ここにも条件魔法をかけといたの忘れていたわ。何かの拍子で私の秘密を言ってしまったら、首が飛んでいっていたから」
ガラス窓に映った自分の姿を見る。首にぐるりと縄で括ったような青い魔法の痕がついている。手首の鎖の魔法と同じだ。ゾッと背筋が凍った。
・アイフェルス……発動トリガーとなる行動を指定して、魔法をかけられた対象がその行動をとった時に攻撃を行う、条件魔法(大陸百科事典より)。
「おま……おまえ、そんな魔法をかけて……何が仲間だ!」半分泣きながら、俺は抗議した。
「だから、いま解除したでしょ。文句言うのは止めなさいよ」
俺がまだ抗議の言葉を投げかけようとすると、魔術師(女)の手が俺の頬をつかんだ。人間の姿だが、爪が食い込んで痛かった。
「ねぇ、道具屋。私たち、仲間よね。だから、これからも協力してくれるでしょ?」
魔物の瞳が瞬きもせずに俺を見つめる。
こんな脅しに屈してなるものか。はっきりと拒否の意思を示すべきだ。
……でも、やっぱり怖くて、俺は力なく答えた。
「……できる限りは協力いたします」
「ありがと。代わりに気に入らない人間がいたら、私に言ってくれていいわよ。消し炭にしてあげるから」
「いえ、それは勘弁願います……」
路地裏から出て行きながら、上機嫌な魔術師(女)は独り言のように言った。
「それにしても、あの占い師。見覚えあったのよね。どこで見たのかしら。名前を聞いとくべきだったわね。別の町であったら、もう一度頼まないと」
城下町の西のエリアの路地裏、石造りの階段の途中で、手作りのちゃちな看板を立てた占星術士が客と向合っていた。
「お嬢さん。とても運気が上がっていますね。それに、星回りと合わせて手相を見ると、凄い幸運の持ち主です」
「ほ、本当ですか?」僧侶(女)は、顔を赤くして喜びを表した。
フードをかぶった占星術士の女は優しげな笑みを浮かべた。
「本当ですよ。お嬢さんの最近の事も占ってあげましょう。星を見れば、過去、現在、未来が見えますから――。……深い森が見えますね。あぁ、最近何か失敗があったみたいですね。骨折り損のくたびれもうけという奴……それに、もう少しで町を出る予定では?」
「は……はい、その通りです。す、凄いです!」
目をまん丸に丸めて、僧侶(女)は驚いた。
「これが仕事ですから」
占星術士が僧侶(女)の手を静かに離すと、金髪の髪がこぼれるようにフードから垂れて、きらりと光った。占星術師は星図を指でなぞりながら、ゆっくりと続けた。
「注意点がひとつ。仲間を大切にすること。それだけで、貴方はきっと望む以上の未来が手に入るでしょう」
僧侶(女)はプレゼントをもらった子供のように笑みをこらえながら、頭を下げた。
代金を払ってから、僧侶(女)は、どこかせがむように占星術士に尋ねた。
「ずっと、この町にいらっしゃるんですか? また来た時、お会いできますか?」
「この町はそれなりに長いですが、そろそろ次の所に移るかもしれません。ご縁があれば、またどこかでお会いできるでしょう」
道具を片付けながら、占星術士が答えた。僧侶(女)は少し残念な気持ちになりながら、立ち上がって路地裏の階段を下りようとした。そこで、ふと思い出したように立ち止まって、振り返った。
「あの、お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
階段の上の占星術士に聞くと、彼女は一瞬口を開いて、少し考え直してから、答えた。
「ソニアと申します。ご縁があれば、また、ご利用ください」
*
ラカスタン城下町の西門を抜けた、街道のひとつ。
爆発音の後に、叫び声が響いていた。
「道具屋ぁー!」
魔術師(女)は、前衛で長い髪の毛を逆立てるようにして、怒りの声を上げている。
俺は冷や汗を流しながら、慌てて逃げる準備をした。
後衛で待機しているときに、また後ろからゾンバナナの状態異常攻撃を浴びてしまい、混乱した状態で戦闘をかき乱してしまった。完全に、俺の不注意が原因だ。
当然、魔術師(女)はおかんむり。
戦士(男)は敵を倒した斧を背負い直しながら、僧侶(女)はおろおろとしながら、俺たちを見ていた。
俺は混乱が残る体を動かして、走り出した。
〈コマンド〉
たたかう
とくぎ
もちもの
▶にげる
「待て! 一回ちゃんと分からせないと、いけないみたいね」
「わざとじゃない! 悪かったと思ってるから! 魔法は止めろ」
叫びながら、俺はふらふらと走りつづける。チラリとコマンドウィンドウが見える。ヤバい、本気で詠唱を始める気だ……。
目指す先は、西の街道の向こう、新たな町アイエイシュカー。
パーティーは前途多難だった。
了
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




