魔族だから
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「これも、あんたのおかげね。色々あったけれど感謝するわ。道具屋」
魔術師(女)は俺に微笑みかけていた。彼女の隣には屈強な体を朝日に照らした戦士(男)がいた。ふたりは視線を合わせると、お互いに微笑みあった。二人とも頭からツノを生やして、人間の姿ではなく、魔物の姿だ。
「私たち、これからふたりで生活していくわ。世話になったわね」
と、魔術師(女)が戦士(男)に寄り添って、腕をからませる。
俺はジンと胸が熱くなるのを感じた。解放感が、この上ない感動を呼び寄せていた。
そのとき、戦士(男)が魔術師(女)に耳打ちをした。彼女はうなづいて、俺をみる。
「……彼が、あんたに一緒に来てほしいそうよ。確かに、私たちの新居には使用人もいないから、あんたならちょうど良いわね」
え、待って、と俺は言った。けれど、何故か声がでなかった。魔術師(女)が俺の腕をとる。
「さぁ、一緒に行くわよ。これからもよろしく」
いやだ、せっかく解放されたのに……。すると唐突に、僧侶(女)の声がする。
「三人だけなんてずるいです。私も仲間はずれにしないでくださいよ」
後ろから服を引っ張られて、俺は振り返る。
僧侶(女)が額からツノを生やして、牙の生えた魔物の姿で俺の服をつかんでいた。
三人は俺の服を引っ張り合い、身動きが取れなくなって、俺は声のでない喉から、叫び声を上げる。
「あぁぁあ……!」
——そこで俺は目を覚まし、パチッとまぶたを開ききった。
心臓は速く脈打っていて、息が切れている。夢か……と理解して、安堵の息を漏らした。なんて夢だ。あんなふうに逃げ場がなくなるとは……。
と、汗をふいてから、自分の状況へと目を向けた。ここは、どこだろうか。
見覚えのある、古びた小汚い部屋だった。ツギハギのカーテンがかかった窓際に小机と椅子があり、扉の横にクローゼット、その横にどでかい帽子と大きな鞄が置いてある。宿屋の俺の部屋だ。鞄の上には大事な大陸百科事典も置いてあって、無意識に安堵する。ベッドの上で部屋を見回してから、右脚に激痛を感じる。そこで、ようやくストレの森での戦闘を思い出した。
そのとき入り口からノックが聞こえる。
「……ようやく、起きたのね」
扉を開けて、魔術師(女)が俺に言った。いつも通り、不機嫌そうな言い方だった。
魔術師(女)は部屋に入ると扉を閉めて、小机の椅子へ腰を下ろした。
「えっと、俺はどうなったんでしょう……?」
ジロリと観察するように俺を見てから、魔術師(女)は言った。
「あんたは戦闘が終わると気を失った。足のダメージが想像以上に酷かったから、僧侶ちゃんが必死になって回復をしながら、戦士くんが城下町まで運んでいった。町の医学魔術師のところへ連れてって、六時間半の緊急治療を受けたあと、眠った状態で三日経って、いま目を覚ましたところよ」
「三日も寝てた? まじか……」
俺は布団をめくって、自分の足をチラリとみた。ミイラみたいに包帯でグルグル巻きにされていた。内側がどうなってるのか考えたが、気持ち悪くなって想像するのをやめた。
「あ、クエストは? 新種のヘイル・トームは?」
魔術師(女)は足を組むと軽く手を挙げて、手品師のように、ポン、と指先に一輪の花を出現させた。まだ蕾状だが、二色の花弁に渦状のガク片が、茎の先端で揺れていた。
「北の崖付近で発見したわ。念のため、検めてちょうだい」
花を受け取って、俺は丹念に確認した。従来種のヘイル・トームの特徴もみられるし、エレナが渡した資料とも特徴は合致する。
そんなふうに俺が調べる姿を、魔術師(女)は頬杖をついて、じっと見ていた。
「……悪かったわね」小さくつぶやく声が聞こえた。
俺は驚いて、花から視線をあげた。魔術師(女)が目をそらしている。
「私のせいで、怪我をさせたわ。悪かったと思ってる」
「いや、でも結局、敵を倒したのは、あんたの魔法のおかげだし……」
魔術師(女)は首を横に振った。
「あんたに、無理難題を言った。そのことも含めてよ」
俺は目を瞬いた。
「あんたは、陰険で腹黒で姑息なうえに覗き魔だけど、パーティーのことを想ってるのは理解した。その部分を侮っていたのは、反省するわ」
俺は魔術師(女)の様子を見つめて、言葉に詰まった。
こいつは魔族だから。魔族なんか。魔族は……。
ずいぶんと魔族であることをいいわけに、魔術師(女)をちゃんとみてなかったのかもしれない。
俺の昔のパーティーに、こんなことを言った人間がいただろうか。
ふと視線を落とす。両手首にあった鎖型の魔法の印は、今は綺麗になくなっていた。
「……いや、まぁ」
俺もうつむきがちに、言葉に困ってしまった。思わず足に力を入れてしまい、顔を歪めた。
「とりあえず、話はこれだけよ……。いまは、ゆっくり休みなさい」
俺の手からヘイル・トームを摘み取ると、魔術師(女)が立ち上がる。彼女は、その花を小机のガラスの花瓶に差した。俺は、ふと尋ねた。
「ソニア……いや、あのエレナっていう依頼主には、もう伝えたのか?」
「……あの依頼主のこと、やっぱり知っていたわけ? ……まぁ、どっちでもいいけど」
魔術師(女)は片眉を上げてから、ため息をついた。
「新種が咲いているポイントは見つけたけれど、群生していると言えるかは微妙なレベルよ。まだ期日まで時間もあるし、依頼主には伝えていない」
少しほっとして、俺は息を漏らした。魔術師(女)は扉の前まで行ってから、おもむろに立ち止まった。
「ねぇ、あんた。本当にあの新種の花のこと、知らないの?」
「え……? 知らない……けど、どういう意味だよ」
魔術師(女)が、少しためらう様子を見せてから口を開いた。
「それ、私たちの大陸では、ある意味でとても有名な花よ」
カーテンの隙間から差した陽光に、ガラスの花瓶の水と、二色の蕾が照らされていた。
——俺は魔術師(女)の話を聞いて、半分口を開けたまま考え込んでしまった。
「交渉ごとだから、あんたに任せるけど……ま、怪我が治ってから考えるのね」
「あの花が……そうだとしたら……俺は。でも、アイツはきっと……」
ブツブツとつぶやく俺をみて、魔術師(女)が大きくため息をついた。指先を回すと、小さな雹を飛ばして、俺の額に命中させた。
「うじうじしても、何も変わらないわよ。考えてんのが過去のことなら、なおさらね」
俺は額をさすりながら、ぼそりと言った。
「……お前に何が分かるんだよ」
「残念ながら、分からないわね。魔物は今を生きる生き物だから」
まだ安静にしていなさい、と言い残して魔術師(女)は部屋を出て行った。
俺は口を尖らせて閉じた扉を見つめてから、ベッドに仰向けに倒れ込んだ。
エレナが新種をほしがる理由は、だいたい分かった。彼女が何をしようとしているのかも、一応想像はついた。だけど、だからって俺は何ができるのか。
あいつへ――依頼主へ、所望された品を渡すだけでいいはず。報酬の金をもらって、また次のクエストを受ければいい。
それとも、他に何かあるのか。
俺がするべきことがあるのだろうか。




