手がかりと臨戦
*
鬱蒼とした森の中を、四人分の足音が進んでいく。
ストレの森は大陸の中でも五本の指に入るほど、入り組んだ森だった。
街の北西を覆うように広がるこの森は、その昔は自然の要塞としてラカスタン城を南下してくる敵国から守っていたこともあった。
深くまで入ると出てこられなくなる危険性があるから、ベテランの冒険者でも、人の手で開拓された道からは、離れすぎないように、注意して入っていく。
北の崖は、開拓された道からは、かなり離れた所にある。歩いていけば、半日程はかかるはずだ。
「ほんと、薄暗い所ですねぇ……」僧侶(女)が辺りを見回して言う。
「確かに、他の所よりも危険な雰囲気だ」戦士(男)がつぶやいた。
「それに、方位磁針も効かないなんて、どういう理由なのかしらね」
魔術師(女)もつぶやく。すると、一番後ろを歩く俺を三人が振り返った。
「……たしか、一説では、この辺りの地盤が磁性を持ってるからとか。それが単純な地質のせいなのか、地中の魔素のせいなのかは、よく分かってないらしい」
自分の大陸百科事典に書いてあった内容を思い返して俺は言った。
つまるところ、迷いやすく、戻りにくく、はぐれやすく、敵も多い。そんな森だ。
ときたま、森の中で樹々がぽっかりとない開けた場所に出る。ストレの森のように難易度が高いエリアでは、良い休憩ポイントとなるから、他の冒険者たちとも出くわすことは多い。
日が一番高く上った頃、休憩ポイントへたどり着き、ひと休みすることになった。魔術師(女)は浮遊魔法を使って、現在地と北の崖の位置関係を確認していた。戦士(男)は瞑想するように草の上で座って目をつむっている。俺は、地図を見る振りをして、逃亡計画の修正を続けていた。
いやしかし……。手首の鎖の刻印が、ヒシヒシと俺にプレッシャーを与えていた。
戦士(男)から、どうにかして情報を引き出してみるか。その方が良いかもしれない。
でも瞑想を邪魔してしまって、怒ったらどうしようか……。
迷った末に、俺は草の上をコソコソと移動して戦士(男)の近くに行った。気配を感じてか、戦士(男)はおもむろに目を開いた。
「何かあったか?」射るような目で戦士(男)がこちらを見る。
「いえ、そういうわけでは……」
腕を組んだ戦士(男)に向けて、俺は愛想笑いを振りまいていく。
「こっから先は、結構難所みたいだからさ。リ、リラックスする為に雑談でも、どうかなと思って」
「……リラックス」
と、戦士(男)は繰り返して、口を一文字に閉じた。普通はリラックスせず、気を引き締めるべき所だと自分でも思いながらも、俺は戦士(男)の反応を固唾を飲んで待った。
「確かにそれも一理あるな。さすが、道具屋だ」
戦士(男)は腕を解いた。
「では、何を話す?」
俺は眼鏡を光らせた。――もう、背は腹に変えられない。突っ込んで聞いてしまえ。
「……例えば、そうだな。いままで気になった異性のタイプとかは?」
「僧侶(女)」
即答が返ってきて、俺は一瞬反応に遅れた。いたって真剣な顔で戦士(男)は俺を見ていた。そういえば、初恋だと言っていた。
「じゃ、じゃぁ、外見とかって好みのタイプあったりする?」
「フワリとした髪型は好みなのかもしれない。僧侶みたいな」
めげずに俺は質問を重ねた。
「好みの料理とかは……?」
「フライドポテト。酒場とかで僧侶がよく食べて、分けてくれる」
俺は、ハハハと乾いた笑いをこぼした。
すると、ふと気づいたように戦士(男)は言った。
「戦いの好みの話であれば、性別関係なく強い奴のことは好ましく思っているぞ」
「あぁ、そうっすか……」
笑いの裏で、俺は汗がにじむ気がした。
この話をそのまま、あの女に伝えるわけにはいかない……。
ここまで見込みがないというか、見向きもされていない状態で、「会話が弾んだ」とご機嫌だった昨日の魔術師(女)を思い出す。むしろ憐れみすら感じてくる。
「……? あ! あ、あれ、みてください」
突然、僧侶(女)が声を上げた。
「あの鳥、くちばしにくわえてるのって……」
俺も目を凝らして、木の枝に止まった鳥を見る。くちばしに、しぼんだ花と渦状の花のガク片が見えた。同じく目を細めて鳥をみた戦士(男)が言った。
「新種のガク片か」
「やっぱり、この辺りにあるんですよ!」
僧侶(女)が、はしゃいで言うと、魔術師(女)が上空から戻ってきた。
「何かあったの?」
「どうやら、近くに例の新種があるみたいだ」
戦士(男)が言うと、魔術師(女)は明るい声を出した。
「それ、ほんとなの? 崖の位置はここからおよそ北東に一時間くらいよ」
「あの鳥も、崖から来たのかもしれません。予定通り、崖に行ってみましょう」
僧侶(女)の言葉に、魔術師(女)も戦士(男)も微笑んでうなづいた。
俺も口元に笑みを浮かべて、ゆっくりと荷物をリュックにしまい直す。
まずい――。まずいぞ――。どうする、俺――。
仮に、このまま新種の群生地が見つかってしまっては、どうなる……。
自然と、頭の中に、映像が浮びあがっていく。
――夕暮れの町を歩いていくふたり。オレンジ色の光を反射した川沿いを歩きながら、僧侶(女)と戦士(男)の、穏やかな会話が聞こえる。
『クエストも無事終えて、良かったですね』
『あぁ』
『報酬も沢山頂けて、本当に良かったです』
『あぁ』
僧侶(女)が頬を膨らませる。
『もぅ、ちゃんと聞いてますか? どうして、そんな上の空なんですか?』
『あぁ、すまない。でも、話はちゃんと聞いている』
戦士(男)が謝ってから、立ち止まる。僧侶(女)も、それに合わせて立ちどまった。
『話がある。聞いてくれるか』
ふたりが面と向合って、視線を合わせる。
『俺は、僧侶(女)の事がずっと……。俺と、付き合ってくれないか?』
と、戦士(男)が手を差し出す。
その手には、小さくも可憐なヘイル・トームの花束が握られていた。驚いたように、丸い瞳をさらに丸くして、僧侶(女)はそれを見つめていた。
『……』
僧侶(女)は言葉を出さず、しかし、その頬を真っ赤に染めてから、戦士(男)の胸に飛び込んでいき――。
――ダメだ!
頭を振って、俺はその未来予想図をかき消した。
正直、あのふたりが付き合おうと、どうでも良い。でも、魔術師(女)がその事実を知るのは、俺がいなくなってからでないと困る――。
パーティーの一番後ろで、鬱蒼としたストレの森をさらに奥へと進みながら、意味もなく眼鏡を拭いたり、爪を噛んだりして、なんとか打開策を考えようと俺は必死になった。
「キャァァ――」
突如として、森に叫び声が響き渡って、俺は現実に意識を戻した。
他のメンバーも、警戒して森の先を見ている。茂みを掻き分ける音の後に、冒険者らしき男女が樹々の間から飛び出してきた。
「おい、逃げろ。ヤバい魔物が……」
重装備の剣士(男)が俺たちをみて叫んだと同時に、彼の足下が光り輝いた。
地面に、みたこともない不穏な魔法陣が浮びあがり、次の瞬間――。
烈風と琥珀色の熱線が地面から柱となって立ち上り、剣士(男)を飲み込んだ。
ストレの森に悲鳴が響いたあと、地面と周囲の樹々が大きく振動した。
何か巨大なものが近づいている音だった。
「あいつが、追って来た……」
剣士(男)の連れだった治癒魔術師(女)が、おびえて目に涙を浮かべた。
再び、大きな足音が鳴り響く。
合図をするでもなく、俺たちは互いに真剣な顔を見合わせた。
「いったん、さっきの場所まで引き返すわよ」
魔術師(女)が短く言うと、俺たちは休憩ポイントまで退却し始めた。
剣士(男)は全身に重度の火傷を覆っていた。しかし、装備がしっかりしていたのと、事前に耐火魔法がかけられていたことで、なんとか一命は取り留めていた。今は僧侶が怪我の状況を確認して、痛み止めの魔法をかけている。
治癒魔法士(女)はまだ新米らしく、絶望的な顔をしながら必死で治療を試みていた。何も考えずとも、俺は彼女のコマンドウィンドウをながめながら、神妙な顔をしていた。
「道具屋」と、いつの間にか真後ろにいた魔術師(女)から声をかけられる。
「はい。いや、ま、まだ彼の情報は……」
「ばか。敵のことに決まってるでしょ。さっきの魔法……」
俺はさきほどの光景を思い返す。見覚えのない魔法陣と、尋常ではない強力な熱線だった。めずらしく魔術師(女)は真剣な様子だった。
「気をつけなさい。もし、あの魔法を使う奴なら、厄介かもしれない」
「知ってる魔法なんすか……?」
魔術師(女)が答えようとしたとき、戦士(男)からうなり声のような低い声がした。
その場の空気が一瞬張りつめる。彼がこの声を出すときは、相当に緊迫したときだ。
一瞬の静寂、その後、突然草むらに黒い影が現れた。
フッと影が濃くなると、地震のような揺れと共に、巨大な魔物が空中から俺たちの目の前に着地した。
〈しょうたいふめい が あらわれた〉
初めて見る魔物……。俺は、記憶の中の大陸百科事典のページをめくっていくが、どこにも合致するものはない。眼鏡を直して、敵を観察していく。
体長はおよそ八メートル。球形の黒い身体に、手足がついている。体型はゴムまりみたいだが、甲冑の兜のようなマスクと、マントも装着していた。巨大なゴムまりの手品師に見えなくもない。
戦士(男)が魔物を見上げる。
「……こいつは、あんたらを追ってきたのか?」
「そうです……。崖の近くから、私たちをずっと……」
おびえきった様子の治癒魔術師(女)が言った。
魔物は白い手袋をつけたような手で、俺たちの方を指差した。
すると、僧侶(女)と治癒魔術師(女)の足下に、あの魔法陣が現れた。その瞬間、戦士(男)が人並みはずれた動きで僧侶(女)と、治癒魔術師(女)たち三人を抱えてその場から離れた。
さきほどよりも強烈な熱線が立ち上り、俺の眼鏡が光で真っ白になった。
煙が上がる中、俺の隣で、魔術師(女)が苦々しく言った。
「あの姿に、この魔法。やっぱり、間違いなさそうね」
「この魔法って……?」
「一部の魔族が使う特殊な魔法よ。こちらの大陸では、初めて見るわ」
魔法陣のあった草むらは黒こげの消し炭となり、地面には隕石が落ちたような大穴があいていた。にやにやと笑みを浮かべた巨大なゴムまりのような敵を、魔術師(女)が見上げる。
「あのデカブツ……ボールウィザードと呼ばれてる奴らよ。あいつらは強力な魔法を使うけど、話が通じる種類じゃない」
「でも魔族の仲間なんだろ?」
「魔族……とも少し違うけど。あんたたちが作る機械と似たようなものよ。それが自我を持って増えてった感じ」
魔術師(女)がボールウィザードを見上げて、とても嫌そうな顔をした。
「知能が高いわけじゃないけど、プライドだけはくそ高くて、基本的にえげつないほど性格が悪い」
性悪のこいつが言うなら相当なんだろうと俺は思ったが、言葉にはしなかった。
「なんで、あの連中を追ってるんだ?」
「それは、私にも見当はつかないけど……。この状況で逃げるのは厳しいかもね」
ボールウィザードが俺たちの方へ顔を向けて、ドスんと一歩近づいた。
「戦うぞ」
戦士(男)が武器を構えて、皆へと呼びかけた。




