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ストレの森

 〈クエスト:新種の植物ヘイル・トームの生息エリアの測地〉――三日目


 ラカスタンの東の街道から少し離れた所にある、ストレの森を俺たちは調査していた。

 この三日、収穫はほぼゼロに等しい。

 エレナ……いや、依頼主の女が所望する植物自体は、めずらしい物ではない。よく探せば、そこら辺の日当りの良いところに花を咲かせている。

 しかし、今回の新種は、その花の色が特徴的で、ガク片の部分の形も独特だった。渡された写真と覚え書きを見る限り、花弁は青と赤の二色に分かれており、ガク片は八つに分かれて、渦を巻く形になっている。

 俺は茂みの前にしゃがみ込んで、なんとなしに草花を見つめた。

 今現在、俺の頭の中の優先事項は、新種を見つけることではない。

 少し前方で、同じく茂みを探索しているパーティーの他の面子をながめる。

 今は、戦士(男)が僧侶に話しかけようとしてるが、声をかけられずにもじもじしている。僧侶(女)は、野生のトカゲを探す子供のような必死な顔をして、草むらの植物に目を凝らしている。戦士(男)が意を決して僧侶に話しかけようとした。その瞬間、魔術師(女)に、ボディタッチとともに話しかけられてしまっていた。

 戦士(男)は少し面倒そうな顔をしてるようにも見えてくる。

 昔は単に無愛想なだけだと思っていたが、色々と事情を知ると、見え方も変わってくるもんだ。

 再び茂みに目を戻して、花を探しているふりをしながら考えた。

 ……残り、四日の間にひとまず、計画の準備を進めなければいけない。

 俺の逃走計画は、すでに大枠は出来上がっている。だから、あとは詰めの部分を練らなければ。 

 それにしても、あの女は戦士(男)にウザがられていると気づいているのか……。

「道具屋」

「いや、なんにも思ってないです」

 思わず弁解してしまい、魔術師(女)は怪訝な顔をしていたが、気を取り直して言った。

「新種の方は、何か見つけたかしら?」

「……特には、見つかってません」

「ふふ。ご自慢の図鑑と知識も、今回ばかりは役に立たないみたいね」

 魔術師(女)は嘲るように言った。機嫌が良い。さきほどの戦士(男)との会話がお気に召したようだ。

 それにしても、腹の立つ言い方だ。だが、的外れではないのが、さらに腹立たしい。

 俺の自慢の大陸百科図鑑にも膨大な動植物のデータは載っているが、これまで見つかったものだけ。植物なんかの新種となると、今までの常識から外れた生態を持つことが多いのだ。

 ……正直な所、このまま新種を見つけることは難しいだろう。見つかる可能性はゼロではないが、完全に運による状態だ。

「何か見つけたら、すぐ言いなさいよ」

 魔術師(女)は、鼻歌まじりに再び戦士(男)たちの方へと歩いていった。

 俺はため息をついて、足下の植物をながめた。

 ――しかし、この状況は俺の予想通り。三日前に徹夜で考えた逃亡計画は、こうだ。

 一、広範囲を探す為と理由をつけて、二組に分かれる。

 二、魔術師(女)と戦士(男)をペアにする。

 三、僧侶(女)とペアの俺はタイミングを見て、パーティーを抜け出す。

 ストレの森の中には川が流れている。その川を南へ下っていけば、別の町へとたどり着く。川を下る為の舟も、近くの荷揚げ場で手配できることは調査済みだ。あの魔族ペアを川から離れたエリアの調査にあてがえば、移動中に見つかる可能性も低い。僧侶(女)は、ある意味で頭の中がお花畑だから、俺が故意に抜け出したとは疑いもしないだろう。

 さらに——。念には念を入れて、あの魔族のふたりが俺の逃亡を邪魔しようとした時の為の対策も別に考えてある。人型の魔族の弱点として知られてることを整理して、攻撃手段を紙にまとめてある。倒すことは無理だろうが、時間稼ぎくらいにはなるはずだ……。

 直ぐに新種が見つかったらどうしようかと、一番危惧していたが、この調子なら問題ない。

 そもそも……一週間以内に新種が見つからなければ、戦士(男)の告白も延期になるのかもしれない。そうなれば別に焦る必要もないのか……。いや、いやダメだ——と俺はひとりでに首を振った。

 こんなパーティー抜けると決めたのだから、やり遂げなければ。

 明日か、明後日あたりが、計画を実行するには頃合いかもしれない。

 その瞬間、前方から僧侶(女)が大急ぎで駆けよってきた。

「道具屋さん、道具屋さん! 聞いてください。大ニュースです!」

 顔を赤らめて、目をきらめかせている。

「新種のヘイル・トーム、ここから北東の崖辺りで見た人がいるそうです! 明日、そっちの方に向かいましょう。きっと見つかりますよ」

 俺は気づかれないように宙を仰ぎ、眼鏡を光らせた。

 どうしてこうも上手くいかないのか。


 その日は、日が暮れる前に町に戻って、次の日に備えることになった。

 宿屋の自室で俺は計画を書き直した。晩飯に買ってきた固いパンとサバの缶詰を食べながら、紙に向けてペンを走らせていく。

 この状況……二組に分かれての分担調査を提案するのは、厳しいかもしれない。

 計画は変更せざるを得ない。新種が見つかる前に、逃げる段取りを考えなければ。

 いっそ逃げるタイミングを、クエストの後にすることも、考えた方が良いか……。

 しかし、そうだとエレナに再び会うことになるし、それは気が引ける。でも、会わずに逃げるというのも、なんだか気が引ける。

 すると、ドアがノックされて、声がかけられた。

「道具屋」

 魔術師(女)の声だ。俺は急いで机の上の紙を片付けてから、ドアを開けた。

「な……なんでございましょうか」

「中で話があるわ」

 断る術もなく、魔術師(女)は我がもの顔で部屋に入り込み、椅子に座ると、とんがり帽子を外した。

「彼に関する情報は? 現状の進捗を聞かせてもらいたくてね」

 やっぱり、それか……。俺は兵士のように窓際に立ったまま、身体の後ろに手を組んで、目をそらした。

「えぇと……。有用かどうかは、まだ判断しかねますが、彼の最近の好みがひとつ」

 魔術師(女)の目が真剣に光った。かすかに前のめりになる。

「好み? それはなに?」

「意外かもしれないが……占いとかが好きみたいで。その、ざ、雑誌とかにある……」

「雑誌ですって?」

「そう、大衆雑誌の『エヴァー』とかの最後に載ってる、星座占いとか……」

 魔術師(女)は俺から視線を外して、床を見つめながら考え込むと、ひと言答えた。

「なるほど、わかったわ。その調子で進めなさい」

 なんとか切り抜けた――。俺は心の中だけでつぶやくと、どっと疲れた気がした。

「彼にしては意外な好みだけど、そういうところも可愛いわよね。ふふ」

 げっそりとした俺に構わず、魔術師(女)は椅子から立ち上がる様子は見せなかった。

 まだ帰るつもりはないのか。

 ずいぶんと機嫌が良さそうに見える。さきほどの情報のおかげだろうか。

 魔術師(女)がコマンドウィンドウを表示する。

〈コマンドウィンドウ〉

  ▶持ち物

   ▶爪磨き

「そういえば、あんた、前のパーティーでも道具屋だったんでしょ。どんなことしてたの?」

 つやめいた爪を磨きながら、なんとなしに尋ねてくる。俺は目を伏せた。

「別に、今と変わらない。道具屋として、売買の交渉したり、素材の吟味したり……」

 ベッドに座って、俺は尋ね返した。

「何でそんなこと聞く」

「別に、暇つぶしよ。それに、私のことだけ話すのもフェアじゃないでしょう?」

 磨き終えた右手の爪に息を吹きかけてから、魔術師(女)は楽しそうに言った。

「当ててあげましょうか。あんたのその『覗き癖』が原因で、人間関係がこじれてパーティーを抜けざるを得なくなった」

 残念だが、半分当たりだった。半分は間違いだが。

「抜けざるを得なくなったわけじゃないけど……」

 俺はため息をついて、鼻先にずれかけた眼鏡を直した。

 話の続きを待つように、魔術師(女)は長い足を組んでこちらを見ていた。

 はいそうですよ、と適当に嘘を吐いた方が良かったかと、早くも後悔していた。

「……大した話じゃないけど」

 そう断って、俺は話し始めた。昔のパーティーについて。


 あのパーティーに加入したのなんでだったか。酒場で募集を見かけたとか、そんな感じだったと思う。まだ、冒険者になって三年目程度だった。

 ありきたりなパーティーではあった。経験豊富とまではいかないまでも、若くやる気に満ちた冒険者の男女が揃ったパーティーだった。

 リーダーの剣士(男)は見た目もよく、頭の回転の早い奴だった。武闘家(男)はリーダーとは以前から行動をともにして、腕っ節が強かった。それと、占星術士の女……当時はソリアと名乗っていた。

 俺は道具屋として、物品の売買交渉や、素材の鑑定や新アイテムの開発なども任された。

 組んで半年程。覗きがバレた。

 その当時から道行く人のコマンドウィンドウを見て、欲求を満たしていたが、その時は若かったこともあり、パーティーメンバーへも触手を伸ばしてしまった。占星術士(女)のコマンドウィンドウを覗いたのが運のつきだった。

 持ち物欄は、女らしい物が多かった分、「それ」が目をひいた。

 それは、「顧客リスト」という名の、謎のリストだった。

 俺は気づかれないように、その時はそれ以上、覗くのを止めた。

 誤算だったのは、リーダーの剣士(男)が俺の行動に気づいていたこと……。

 話を一度切って、俺はおもむろに尋ねた。

「リオナ・ベルクって知ってるか?」

「聞いたことはないわね」

 リオナ・ベルクは当時はやっていた増強アイテムだった。ルビーに似た鉱石のアクセサリーで、集中力と筋力の一時的な急増が期待できて、肉体派も技術派も魔法派もこぞって使っていた。

 しかし、副作用が大きいことが以前から指摘されていて、注意喚起がでていた。つまり、大っぴらに販売や購入ができる物ではなく、裏のルートで取引される代物だった。

 リーダーの剣士に連れられて入った部屋で、「顧客リスト」の中身を見せられた。

 リストには、多くの冒険者や貴族などの名前が、様々な数字と共に書いてあった。そのリストには、必要素材と書かれた表も載っていた。

 その表を見て、さらに最近パーティーで採集した素材の種類を思い返して、俺はようやく理解した。

 オオヒノキの樹液、ヒャクメリンゴの皮、ガラスカラスの爪……。

 それらを、ある手順で合成すると、鮮やかな赤い石ができる。

 それはリオナ・ベルクと見た目がよく似ており、加工もしやすい。削って形を整えて磨けば、どちらが本物か何も分からないほど……。

 その頃、巷では偽造リオナ・ベルクを売りつける事件が多発していた。

 つまり、俺以外の三人は、裏取引で偽造品を売りさばき、荒稼ぎをしていたってわけだ。

 占星術士として人心掌握に長けたソリアが、リオナ・ベルクの入手ルートを酒場やクエストで知り合った人間に紹介する。紹介されたリーダーと武闘家が、仲介を買って出て、偽造品を売りつける。そんな流れだった。

 ただの偽造品ならば、まだマシだっただろう。代替材料で作るまがい物の、たちが悪いところは、増強効果はほぼないにも関わらず、副作用だけは本物以上に出ることだった。

『お前のその特技は役に立つんだ。好き勝手に覗いて、カモになりそうな奴らの目星をつけて、俺たちに教えろ。な、協力しろよ。おれたちはパーティーなんだからよ』

 俺は、そいつらの片棒を担がされることになった。

 言葉では仲間のようなことを言っていたが、実際はそうじゃない。奴隷のようなものだ。あいつらの指示に従わないと、俺は突き出されただろう。ソリアが被害者、他のふたりが証人として、俺はマナー違反のクズと認定されてギルドからは追放処分になる。

 冒険者としての、俺の未来はあいつらが握っていた。

 そこまで話を聞いてから、魔術師(女)は、フンと息を吐いた。

「情けないわね……。力づくでも、抵抗すれば良いでしょ」

 魔術師(女)はイラついている様子だった。

 力がある人間にとっては、まどろっこしく思うのかもしれない。こいつは人ではないが……。

「それで、どうなったのよ?」

「それで、俺は詐欺の手伝いをやらされてたんだが、商売が大きくなると被害も大きくなって、噂が立つようになった。結局、犯行が国や王家、それに裏取引を仕切ってる奴らにもバレて、パーティーが拠点を移すことになった。そのタイミングで、俺はようやくパーティーを抜けた」

 とはいえ、俺が与えた情報で、奴らはさぞ仕事がしやすかっただろう。なぜなら、騙す相手の不安、不満、性格……その情報が文字通り手元にやってくる。少しだけ、その不安を突いてやれば、顧客リストに追加だ。

 リストに、自分が陥れた人の名前を追加するときの、暗い気持ちを思い出していた。

「……ふん。あんたらしい、腰抜けの結末ね」

 魔術師(女)は立ち上がった。

 ドアの前で立ち止まると、振り返ることなく、こう言った。

「明日行く北の崖は、あまり情報がない所よ。気を抜かないようにしなさい」

 ばたんと、閉められたドアをみて、俺は口をとがらせた。

 俺の話のせいで機嫌が悪くなったみたいだ。しかし、いいさ。

 どうせ、強い奴には、俺の気持ちなんて分からない……。

 エレナが吸っていた煙草の煙の匂いがなぜか、鼻先に思い出された。

 今になって、その詐欺師の女と再会した俺の気持ちも、あいつらは知るまい……。

 なんだか部屋の空気が悪くなった気がして、窓を開いた。ため息をついて、俺は再び机に紙を並べていった。

「あ、そういえば――」

 と、唐突に魔術師(女)が再びドアを開いた。

 窓から急に夜風が入り込んで、まるでイタズラのように机の紙を吹き飛ばしていった。

 そのとき、俺の回りの動きがスローモーションになった気がした。

 ひらりひらりと俺が数日かけて整理した紙が、部屋の入り口へ、魔術師(女)の方向へ飛んでいく。足下に散らばった紙を魔術師(女)がゆっくりと拾い上げる。彼女が、その紙の内容を目で追っていく。

 次の瞬間、紙から顔を上げて、瞳孔を開ききった魔術師(女)の両目が俺を見つめると、部屋の扉と窓とカーテンがひとりでに勢いよく閉まっていった。

 逃亡を邪魔された際の対策が、人型の魔族の弱点をさぐった内容が、その攻撃方法を調べたことが――。

 それが、いまバレた。

「お前……裏切ろうとしているんじゃあるまいな——」

 魔術師(女)が地の底から聞こえるような声を出した。

「人型魔族の弱点……有効な攻撃方法……なるほど、なるほど……」

 握りつぶされた紙が焦げ始めて、魔術師(女)の手の中で灰も残らず煙になった。

 その体が魔族に変化していき、禍々しい魔素が全身から噴き出していた。一歩、また一歩と彼女が近づいてくる。

「自分の立場が分かっていないようだな……。貴様ごとき、いつでも、骨ごと消し去ってもいいんだぞ……」

「誤解です、本当に、おれ、私は何も裏切るなんて――」

 俺は震えながら部屋の中を後ずさって、ついには背中を壁にぶつけてしまう。

 その壮絶な怒りからか、彼女の声が人とは全く異なる、おぞましい声に変わっていく。

『最後のチャンスをくれてやろう。明日の日没までに、私に有益な情報を、十個見つけろ』

 魔術師(女)の姿はいまや、巨大な黒い影のかたまりのようだった。

『まさか、無理とは言わないな? 命がかかってると思えば、簡単なことだろう。なぁ、道具屋ぁ——?』

 俺は壊れた置物のように、何度もうなずいた。血の気が引きすぎて、顔は青ざめ、脳みそは今にもストップしそうだった。そのとき、グッと魔術師(女)が俺の両手首をつかんだ。それと同時に、声をあげてしまいそうになるほどの熱を感じた。

『怪しい動きをひとつでもしたら……そのときは、お前のその両手に別れを言うことになる。肝に銘じておくことね』

 そう言い残して、魔術師(女)は背を向けると人の姿に戻り、部屋を出て行った。

 俺の両手首には、まるで鎖を巻かれたような刻印がつけられていた。以前、この魔法で魔術師(女)が敵の首を吹っ飛ばしたのを、一度だけ見たことがあった……。

 部屋に残された俺は、自分の首が残ってる安堵とともに明日への不安でいっぱいになっていた。


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