なんでこんなに面倒くさいんだ
*
ラカスタン城下町の北の通りは、昼の陽気に照らされながら、多くの冒険者たちが闊歩していた。道具屋たちパーティーは、城とは反対方向へ通りを進んでいた。
「酒場じゃ受け付けない依頼なんて、すごく変わってますね」僧侶(女)が言う。
「うん。こういうのは、初めてだ」戦士(男)が応じる。
「もしかして、すごい重要な依頼だったりして」
僧侶(女)が目を輝かせると、戦士(男)も微笑んだ。
魔術師(女)が前髪のかかっていない方の瞳で僧侶(女)をちらりと見る。
「重要って、例えば王家からの依頼とか?」
「可能性ありますよ。私たちの評判が良いからかも知れません」
僧侶(女)が張り切って言い、ハハハ……と、笑い声が上がる。
笑う気にもなれずに、俺は彼らの数歩後ろを歩いていた。
秘密の爆弾を抱えた状態だと、このなんともない会話すらも緊張感が感じられる。
緊張感は、主に〈正体〉に関してではなく、色恋の話に関してだが。
戦士(男)の好意が僧侶(女)へ一直線に向いていることに、魔術師(女)は未だ気づいていないだろう。そうじゃなかったら、こんな和やかな空気で話しているはずがない。
あの女の性格だ。事実を知ったら、方法は想像できないが、僧侶(女)への「ヤバい仕打ち」を実行するだろう……。
それに改めて戦士(男)の方も観察してみると、頑張って僧侶(女)へアピールしているようである。無愛想な顔をなんとかほころばせて、彼女との会話を続けようという意思が見てとれる。いつ、その違和感に魔術師(女)が気づくか、ヒヤヒヤして仕方がない。
「……ねぇ、ねぇってば!」
「はい!」
俺は勢いよく顔を上げて、ずれそうな眼鏡を直した。前を見ると魔術師(女)が振り返って、他のふたりもこちらを見ていた。
「次の依頼。酒場の受付は、なんて言ってたの?」
……あぁ、そのことか。と、俺はかすかに安堵した。
「事情はよく分からないけれど、秘匿性の高い依頼だから詳しいことは、先方に行って聞けって」
「ふーん。それだけなのね」
実際、俺も少しは気になっていた。情報を隠して依頼するクエストは、とてもめずらしいわけではないが、この辺りのクエストでそんな類いのものはあったかなと疑問に思う。しかしまぁ、色々とクエストの種類は日々増えている。だから、深くは考えなかった。
他のふたりが前を向き直してから、スルリと魔術師(女)が俺の隣に並んだ。
「上の空なんて、ずいぶん、余裕があるわね。例の件は、進んでいるのかしら……?」
俺は、ぎくりと体を強張らせた。魔術師(女)が俺の耳元に顔を近づける。
「あんまり気を抜いてると、穏やかな私も何をするか分からないわよ」
ぼそりとつぶやかれて、俺はだらだらと汗を垂らした。
「……一分一秒、無駄にせず、情報収集に勤しみます」
魔術師(女)は妖しげな笑みを浮かべてから、前のふたりの方へ歩いていった。
酒場で聞いた依頼主の住所は、ラカスタンを南北に流れる川を渡ってすぐの地区だった。城下町のはずれに位置する人気が少ない地区で、小さな鍛冶屋や貧しげな宿場があるだけでひっそりしていた。
指定されたのは古風な、というかボロい二階建ての建物で、二階が宿舎になっているようだった。
ガラスが煙った玄関を入ると、中には客らしき人もおらず、閑散としていた。
受付のテーブルには頬杖をついた愛想の悪い金髪の女が、だらしなくシャツから肩を出した状態で本を読んでいた。俺たちが入ってきたのに、顔も上げずに何も言わない。
戦士(男)が声をかけた。
「すまない。俺たちは〈銀牢の酒場〉の紹介で、クエストの依頼を聞きに来たんだが」
ようやく顔を上げた女が、ゆっくり戦士(男)を見上げてから、すれた声を出した。
「あぁ、あの件ね。客じゃなさそうだと思ったの。こんなに早く見つかるなんて……」
読んでいた本をパタンと閉じて、女はだるそうに欠伸をした。
「メンバーはここにいる連中だけよね。それじゃ……」
と言いかけて、ふと気づいたように、戦士(男)の後ろにいた俺に視線を向けて、女は一瞬言葉を切った。
次の瞬間、俺も女の顔を見て、心臓がつんざくような音を立てたのを聞いた。
金色の髪に、長いまつげ。栗色の瞳と、しっとりとした唇に子供のような鼻。それに、髪をかけるように耳に触れる「癖」……。
「ひとまず、そこらへんに座ってちょうだい」
受付横の待合所スペースの中、窓際の古びたソファを指差して女が言った。
他のメンバーが移動する中、俺も後についていき、どうにか鼓動と吐き気を抑えようと意識を集中した。
なんで、あの女がここに――。
顔を見ないように、自分の顔も見られないように、薄汚れた絨毯を歩いていった。
「依頼は簡単なものよ。この種類の花を見つけてほしいの。最近見つかった種類だから、まだ群生地の情報もなくてね」
依頼主の女は、モノクロの写真を数枚見せてから、煙草を口にくわえた。
「ふーん。酒場で情報を渡さなかったのは、それが理由かしら」
資料を見ながら魔術師(女)が尋ねると、机を挟んでマッチをこする音が聞こえる。
「ま、そんなところね」
マッチの火が消えて、代わりに依頼主の女の煙草から煙が漂い始めた。
僧侶(女)がコソッと俺に尋ねてくる。
「どういう意味ですか?」
「……。酒場で大っぴらに言うと、この新種の存在が広まるから……。おそらくは、それを避けたいのだと……」
他の連中に聞こえないように、小さい声で俺は言った。
依頼主の女は、埃っぽいカーテンの間からさしこんだ昼の光に金髪をきらめかせながら、煙草をくゆらせている。――いまは、エレナと名乗っているらしい。
魔術師(女)が続けて尋ねる。
「一番乗りで群生地を見つけて、そのあとどうするのかしら」
「依頼への詮索は、お断りしてるの。ごめんなさいね」
薄く笑みを浮かべながら、エレナは魔術師(女)へ視線をよこした。ふたりの女が、短くもどこか張りつめた無言の会話をかわす。
「それで、期限は?」
資料から顔を上げた戦士(男)が腕を組んだまま、尋ねた。
「そうね。早い方が良いけど、二週間ってところでどうかしら」
「他に依頼を受けたパーティーはいるの?」魔術師(女)が聞く。
「いいえ。だから、あなたたちにとってはチャンスと言って良いかもね。他に質問は?」
エレナがパーティーを見回してから、また薄く笑った。
〈クエスト:新種の植物の生息エリアの調査と測地 報酬六万ゴールド〉
依頼主の安宿を出て、城下町の中心へ川沿いの通りを歩いていく。西日がラカスタン城の尖塔を照らし始めていた。いつも通り、一番後ろを歩いていた俺の横に魔術師(女)が来て、話しかけてくる。
「ちなみに、あんたこの依頼どう思う?」
「……どうって?」
「きな臭い所は感じないわけ?」
帽子の回りに飛んできた羽虫を小さな火の粉で追っ払って、魔術師(女)は聞いた。
「いや、比較的めずらしい依頼だと思ってはいるけど、怪しいかと言われるとどうかな」
魔族の大陸から入り込んできた新種や外来種の植物は多い。そういうのは主に駆除対象が多いが、生態系を研究する人間も多いから、こういう依頼があっても不思議ではない。
まぁ、妙に報酬が多い所は気になっていたが……。
「そう。なら良いわ」
と、魔術師(女)は、何か考えるような表情で前髪を指に絡めていた。
話はそれだけかと思ったら、魔術師(女)は辺りを見回してから声をひそめた。
「もうひとつ、あんたに伝えておくことがあるわ」
魔術師の瞳が、ズズッと、恐ろしく色を変えた。
「このクエストが終わるまでに、彼に関する有用な情報を必ず手に入れなさい」
俺は口を開けて、汗をたらした。
「ど、どういうことですか。焦らないって、こないだは……」
「四の五の言うんじゃないわよ。いま、あたしが期限を決めたんだから、それが全てよ。できなかったら……」
次の瞬間、魔術師(女)の爪がにゅっと伸びて、俺の首筋に食い込んだ。
「あんたの命運もそれまでよ」
通告を終えた魔術師(女)は、前を歩くふたりへ向かい、猫なで声で話しかけていた。
俺は青い顔で、首筋に触れた。肌が裂けて、ちょっとだけ血が流れ出た。
その日の夕方。太陽が沈む前に、見事な夕焼けが、空とラカスタン城を染めていた。
ひとまず、調査は明日から開始する予定となった。それまでは各々、町で今回のクエストへの準備をすることになる。
俺は町で買いそろえる物は特にないから、一足先に宿屋に戻っていた。
どうする……。
部屋のベッドに仰向けに寝転びながら、俺は額に手を置いた。
魔術師(女)の様子は本気だった。情報を何か手に入れなければ、本当に消し炭にされてしまう。しかし、戦士(男)の秘密を明かすわけにはいかないし……。
クエストが終わるまでに、何か妙案を思いつかねば……。
そもそも、クエストについても考えないといけない。一応の期限は二週間だが、それで見つかる公算があるわけではない。なにか、調査の作戦を立てなければ……。
それに、あの女……今はエレナと言った。なんで今になって、また会ったのか。
頭の中に、金髪が揺れる横顔が蘇る。
そのとき、扉がノックされた。「俺だ」という戦士(男)の声がした。
俺が扉を開けると、「話がある」とかで、戦士(男)がゆっくりと部屋に入ってきた。
椅子に座った戦士(男)が思い詰めた様子で話し始めた。
「さきほど町の書店に寄ってきた。僧侶と一緒に」
「はい。書店ね……。何か、気に入らないことが……?」
魔術師(女)はそのときどこにいたのか気になったが、聞かないことにした。
「僧侶が、こちらで流行りだという、占いというものが載った雑誌を読んで、内容を教えてくれた」
懐から雑誌をだして、俺に見せてくる。マイナーな大衆雑誌だった。
「俺の運勢はこの一週間でピークに達するらしい。その後は低下傾向だ」
雑誌の最後のページ付近、戦士(男)が指差した八月生まれの今週の運勢の欄には、確かにそう書いてある。こいつは八月生まれだったのか。それは置いといて……俺は雑誌から顔をあげた。
「つまり?」
「つまり、行動を起こすならば、この一週間でやらねばならない」
嫌な予感がして、俺は眼鏡の位置を直した。
「このクエスト。期限である二週間よりも早く、一週間以内で完遂できたなら、俺は彼女に思いを伝えようと思う」
よくよく雑誌の占い結果を見てみる。
〈恋愛運……一歩踏み出すならば、今がチャンス! 次の機会はかなり先になりそう〉
「この機を逃すわけにはいかない。そう思うだろう」
ズイと戦士が顔を近づける中、俺の頭には昼間の魔術師(女)の言葉が思い出されていた。
「いや、やめ……」
言いかけたところで、戦士(男)の切羽詰まった顔が、さらに近づいた。
「そうだろう――?」
真剣な――獣みたいに歯を剥き出しにした恐ろしい顔に、俺は口を開いたまま言葉を切った。
「で……できることは、サポートします」
タイムリミットは一週間となってしまった。
夜になってから、俺はひとりで宿を出て行った。
宿屋の近くは、酒場が集まっており、外に出ると酒の匂いが立ちこめて、酔っぱらいたちの声が響いていた。俺は、にぎやかな通りを憂鬱な顔で歩いていく。
こんな気分でも、道行く人のコマンドウィンドウが視界に入れば、無意識にそれを覗き込んでいた。どいつもこいつも、無防備に開けっぴろげている。
さまざまな職業の、ざまざまな年齢の、その人間の生活が見えてくる。
いたって地味な顔の戦士の女の持ち物に、自分のブロマイドが大量に保存されていた。
我が物顔で粋っている若い騎士の特技に、レベルの低い技しかないのが分かった。
武器店の前の、格好つけた武闘家の男の持ち物に、高額の育毛剤があるのを見つけた。
ほんの少しだけ心が落ち着いた。
コマンドウィンドウを見て、人の内面を覗きこんで、俺は安心したいのかもしれない。他の奴らだって、完璧ではない。自分と同じように大したことない奴らなんだって。それが、分かると気休めになる。
その嗜好が予想外のトラブルを引き起こしているのは事実だが……。
この趣味が褒められたものではないことも、気持ち悪いと言われるのだって当然だと思う。でも、他の人間だって、多かれ少なかれ、俺と同じ、そういう部分がある。自分勝手で、自分が好きで、欲望に正直。
そんな醜い部分を隠しているだけだ。
道に面した店の中から、ぼんやりした灯りが石畳にこぼれて、俺はそれを踏みつけて歩く。ふと、前方に人影を感じて顔を上げた。
心臓が嫌な音を立てた。だらしない服の金髪の女――エレナがこちらを見ていた。
彼女は、俺が気づくと薄ら笑いを浮かべていた。
「偶然の再会ってやつだよね。まさか、あんたとこんな所で会うなんて」
俺は立ち止まったまま、帽子を少し深くかぶり直した。
エレナが続けた。
「それにしても、私からクエスト依頼を受けて金を稼ぐって……あんたもお笑いぐさよね」
四年経っているが、声は変わらない。かつてよりもやさぐれた印象は受けるが、昔から本心はこういう感じだったのだろう。人目を惹く端麗な顔立ちも、相変わらず。ただ陰を増していた。
ねぇ――と、嘲るように、エレナは目を細めた。
「まだ、あんたの癖は直ってないのかしら」
腹の中が変な音を立てて、俺は拳を握って我慢した。黙ったまま地面を見つめていると、つまらなそうなため息が聞こえてきた。
「……喋る気ないってこと。わかったよ……」
エレナは興味を失ったのか、そのまま俺の横を通り過ぎていった。
微かに煙草の匂いが鼻をなでていった。
酒場から漏れ聞こえる笑い声の中、しばらく石畳の上に立ちつくしたあと、俺はゆっくりと歩き始めた。
頭の中で、イガイガと悩み事がうごめいているようだった。
クエストのこと、パーティーのこと、エレナのこと、覗きのこと……。
なんで、こんなに面倒くさいんだ。
ふと立ち止まる。風が吹いて、通りに漂う酒の匂いが一瞬遠ざかって、俺はつぶやいた。
「そうだよ。忘れかけてたな……」
パーティーなんて、ただの契約で一緒にいるだけだ。
近づきすぎると、裏切られて終わりになる。
過去の教訓が、鮮やかさを取り戻すみたいに、俺の頭に浮んでいた。
……そうだよ。面倒なパーティーなんて抜けてしまえば良い。




