秘密と板挟み
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ギルドで紹介されるクエストは当然のことながら、各都市によって独自色を持っていたりする。冒険者とパーティーはそれぞれに得意分野があるため、一番効率的にクエストをこなせるように、得意なクエストが多く集まる都市に拠点を置くことが普通だった。
俺たちパーティーの得意分野は、その中でも素材採取系だ。
なぜなら、俺の道具屋としての本領が発揮されるから。大陸百科事典(第一版)を所持してる俺の能力が……。
〈依頼:北の草原に群棲している新種の花の種子を採取すること(種子の大きさと量によって、報酬アップ)〉
パーティーは散歩日和の穏やかな陽光のもと、城下町から北に伸びる森林街道を進んでいた。近隣に、森や林、山川といった自然を有するラカスタンは、素材採取系のクエストが多く紹介される。通商の街なので、色んな取引も盛んなことも後押ししていた。
俺はパーティーの一番後ろで、リュックのひもを握りながら、げっそりと地面の草をながめていた。ディジーリジーの菫色の花が咲いているが、これは新種ではなく、数年前から大陸から来た外来種だ。しかし、俺の頭を占めるのは、クエストの話ではなかった。
戦士(男)の情報を集めないといけない……。もしも、あの女の望むような情報が得ることができなかったら――。
『分かってるわよね……?』
地面の花の菫色から、恐ろしい紫色の瞳が脳裏に蘇る。背筋にぶるっと悪寒が走った。
そのとき、前を歩いていた僧侶(女)が立ち止まって、声を上げた。
「皆さん、敵です!」
彼女が指差した先、茂みからワラワラと幾つもの丸い影が出現した。
〈ヒャクメリンゴの群れが現れた!〉
ヒャクメリンゴ……体表に多数の瞳を持つ植物系の魔物。林檎に似た形状であるが、酸味が強く食用には向かない。
戦士(男)がぬっと前に出ていった。
「俺がやる。下がっていろ」
屈強な両腕で、重たい斧を構えて力を込める。全身の筋肉が隆起して、ピリッと空気が振動したような錯覚を覚える。
戦士(男)は魔法の類いは使えないが、使う特技は多岐にわたる。実戦で修羅場をくぐってきたのが、よく分かる。パーティーを組んでからそれなりに時間が経つが、俺もまだ彼の能力を全ては把握していない。
俺は少し横目に眼鏡を光らせると、ちょうど魔術師(女)と目があった。一切、瞬きもせずに、俺を見つめていた。
わかってるんでしょうね――。
と、その瞳から声が聞こえた気がする。汗で眼鏡がくもっていた。やるしかない。
戦士(男)が走り出した。それと同時に、コマンドウィンドウが表示される。
コマンドウィンドウを探るには、絶好の機会だ。この位置からならば見放題だし、敵からの攻撃を心配する必要もない。
動いている人間のコマンドウィンドウは、常人には視認するのが困難なものだが、それは問題ない。この状況も、長年の間に培われた俺の動体視力が、解決してくれるはず。
戦士(男)がヒャクメリンゴの前に跳び上った。コマンドウィンドウが切り替わる。
眼鏡の奥で、俺の瞳が見開かれる。いまだ――。
「火炎斬り――!」
〈こうどう〉
▶たたかう
特技
もちもの
んん……? たたか……?
困惑が広がる前に、戦士(男)の斬撃が炎を噴き出して、ヒャクメリンゴの一体がぷすぷすと燃えあがらせた。俺は自分を落ち着かせながら、戦闘を見続けた。
「薙ぎ払い――!」
〈こうどう〉
▶たたかう
特技
もちもの
「電光剣!」
〈こうどう〉
▶たたかう
特技
もちもの
低いうなり声と斬撃の二重奏ののち、魔物の群れは散り散りになっていった。
〈ヒャクメリンゴたちをたおした〉
勝利の音楽を鳴らすように、女性陣が歓声を上げた。
「やったわね」
「さすがです。戦士さん」
僧侶(女)や魔術師(女)は、戦士(男)を迎えながら、きゃっきゃと騒いでいた。
その少し後ろで、俺は頭を抱えたい気持ちで目をつむって、歯軋りしていた。
どういうことなんだ―――。
見えたことと見えたものを、組み合わせようとするごとに、頭が痛くなってきた。
落ち着け。落ち着こう――。俺は呪文のように、茂みに向かってブツブツと独り言をつぶやいていた。
その様子を、戦士(男)が横目で見ていたのを、俺は気づいていなかった。
北の草原の入り口付近にたどり着いた所で、パーティーはいったん小休憩をとることになった。本格的に新種のディジーリジーを探す前に体力を回復するためだ。
特に疲れていた訳ではないが、俺にはありがたかった。草の上に座り、太い大樹にもたれ掛かった体勢で身体の前に両手を合わせると、長い息を吐いた。
ふぅぅ――どうしたらいい。
こんなはずではなかった。あいつの妙な趣味や、特殊な嗜好が見つかるはずだったのに。
見間違いではない。確かにコマンドウィンドウは、『たたかう』を選択していた。
しかし、炎も出てたし、雷も走ってたし、尋常じゃなく薙ぎ払ってた。
でも、コマンドウィンドウは、選択した行動を「絶対に」表示するのだ。
一体、どういう現象だ――。
嫌な予感がしていたが、それを無意識に頭から追いやっていた。それに気づいたら、頭がおかしくなると無意識に理解していたのかも知れない。
そのとき、ガシリと肩に屈強な手を置かれて、俺は声も上げるのも忘れて驚いた。
「少し、いいか。話がある……」
振り返った先、いつの間にか後ろにいたのは、戦士(男)だった。
森の中に入ると、日差しがさえぎられて涼しげな空気を感じられた。少し離れた所では、野生の動物が見知らぬ来客を警戒するように、動いていた。
「あの……。話とは……な、なんでしょうか」
商店で金額交渉をするときと同じく、手をこねるようにして、俺は言った。薄笑いを浮かべながら、背中には汗がびっしょりだった。
切り株の上に座った戦士(男)は、いつもながら鋭い視線でこちらを一瞥した。
まさかコイツにも、覗き見がバレたんじゃなかろうか……。
戦士(男)の屈強な身体を間近で見る。丸太のように太い腕。その腕が、幾多もの魔物を軽々とノシてきた光景を思い出す。その対象が、自分になったら、どうしようか……。
どうやってこの場を切り抜けるかに、俺が脳みその全能力を使っていると、戦士(男)が重たい口を開いた。
「突然ですまない。だが、はっきりさせておきたいことがあって……」
俺は自分の愛想笑いが強張るのを感じた。戦士(男)が前傾姿勢になって、両膝にひじを置き、俺を見る。単純に視線の高さを合わせたのか。だが、ソファに座った借金取りが威圧してるのと同じにしか見えなかった……。ゆっくりと戦士(男)が言う。
「俺は、あんたを尊敬してる」
俺は無言で戦士(男)を見つめかえした。
「いつも自分の仕事を的確にこなし、無理難題を言われても、文句もこぼさない。クエスト依頼主との交渉も、見事だと関心している。あんたはプロフェッショナルだと思う」
「……。……そ、そうですか。えっと……褒めてもらって、どうも……」
次の瞬間、戦士(男)がグイッといかめしい顔を俺に近づけた。
「そこで、そんなあんたに聞きたいことがある」
俺は身体を強張らせて、冷や汗を垂らした。顔が恐い。
戦士(男)が息を止めて、再び吸ってから、言った。
「あんた……僧侶(女)のこと、どう思ってる?」
俺は戦士(男)を見て、眼鏡の奥で目をパチクリさせた。
僧侶さん……。なんで?
頭の中で質問を整理してから、俺は答えた。
「……パーティーメンバーとして、能力に申し分はなく、穏やかな子だと思ってますが」
「好ましく思っているとか……特別な関係があるとかは……?」
「ただの、パーティーメンバーですが……」
俺が答えると、あからさまに戦士(男)は安堵の息をもらした。
よくわからん……だが、どうやら、俺が懸念していた類の話ではないみたいだ。
それに、思った以上に、コイツは俺に対して良い印象を持っているみたいだ。
だとすると、これはいい機会かも知れない。俺は、自然な雰囲気を装って言った。
「あの、俺も実は聞きたかったことがあって……。〈特技〉とか、どんなのあるか知りたくてさ。可能なら、みせてくれたりする……?」
言ってみてから、単刀直入すぎたかと思った。だが、自分の見たことが間違いだったと安心したい気持ちを抑えられなかった。
俺の問いかけに、戦士(男)はもの言わずこちらに視線を送っていた。
だが、しばらくして、ピッと空間に指を当てた。コマンドウィンドウが表示される。
〈とくぎ〉
なし
――なし!?
見間違いか。眼鏡がおかしいのか。
「……さすがだな。俺のことにも、もう気づいているんだろう」
切り株の上で座り直りして、戦士(男)が言った。その身体が、どす黒いオーラをまとう。ズズッと肌の色と瞳の色が変わり、頭の側面から、二本のツノがねじれるようにして、のび出てくる。
「――俺は魔族だ」
「まてまてまてまて!」
思わず、俺は声をあげた。
「どういうことだよ。さっき、戦闘でいろいろ特技使ってただろう」
「いや。あれは、通常攻撃だ」
と、戦士(男)は、問いつめるような俺の様子に戸惑いながら答えた。
「特技を使えないと、人間たちはパーティーに入れてくれないと聞いたから。仕方なく、攻撃のときには適当な技の名前を叫ぶことにしているのだ」
「本当に通常攻撃……? あれが?」
先ほどの戦闘の光景を脳内によみがえらせて、俺は眉間によせた皺に指を当てる。
「火出てた」
「力を入れると、少なからず出るものだろう?」
「雷も出てた」
「素早く動かすと、よく出る」
常識を覆されたショックからか、俺は眼鏡を手で覆った。
「”あれ”が普通……?」
「通常攻撃だ」
と言うと、戦士(男)がふっと笑みをこぼした。
「……やっぱり、あんたはさすがだ。俺が魔族だと分かっても、普通に接してくれる」
俺は指の隙間から、じとりと横目で戦士(男)を見た。
普通に接してるつもりはないんだが……。
ため息を吐くとともに、いったん落ち着きを取り戻そうと努力した。
「……で、なんで人の振りを?」
戦士(男)はツノの生えた頭を小さく振った。
「話すと長くなるが、俺にはこうするしかなかったのだ」
戦士(男)は語り始めた。
〈戦士(男)の過去〉
俺は元の大陸にいた頃は、戦いの日々に身をおいていた。それは誰かに命令されたり、従ってやっていたわけではない。俺自身が、戦いを求めていた。
大陸の魔族は好戦的な輩は多く、相手自体はすぐにみつかった。しかし、いつからか俺は、それでは満足できないことに気づいてしまった。
刺激が足りない。もっと、経験したことのない戦いがしたい――。
そのころ、腕に自信のある連中は、こぞって海を渡って別の世界……新大陸へ足を踏み入れていると噂を聞いた。
俺は、刺激的な対戦相手を求めて、海を渡ることにした。
そこは元々いた大陸とは、極めて異なる世界だった。思い描いていた程、戦いにあふれた場所ではなかった。しかし、骨のある奴がいることは、確かだった。
そう。俺は人間との戦いに、新しい刺激を得た。
人間たちが使う技、連携、そして闘志。元の大陸にいたときには接することのなかった、それらと触れ合い、戦い合うことで俺は充実な日々を過ごしていた。
一対一を好んだが、ときには多勢を相手にした戦いにも勤しんだ。
老練な技術を持った人間、若く才に秀でた人間、恐れながらも勇ましく戦う人間。
そいつらと日々、全力で戦い、受け止め、倒してきた。
——あるとき、俺は戦う相手を探して森を歩いていた。
そこで、騒がしい声を聞きつけた。声のする方向を見やると、複数の男たちがだれかを囲んでいる様子だった。男たちは人相は悪いが、大して強さを感じなかった。とはいえ、剣呑な様子を感じ取ったこともあり、俺はひとまず、そいつらを蹴散らした。
男たちが囲んでいたのは、人間の女子だった。か細く可憐で、慈しみすら感じる、潤んだ瞳を持っていた。地面にへたり込んだまま、祈るように手を組んで俺を見上げていた。
僧侶服を着たその女子が、俺を見つめて言った。
『助けてくださり、ありがとうございます……』
初恋だった。
その声も、表情も、すべてが俺の経験したことのないものだった。
戦いにまみれていた俺の世界が、一瞬にして変わってしまった。
……近くの町に送り届けると、最後にもう一度丁寧な礼を俺に言ってから……彼女は去ってしまった。
俺は、再び戦いの日々に身をおこうと考えた。だが、無理だった。
幸い、ツテを頼って、魔術の類いが苦手な俺でも少し頑張れば、人間に変装することは可能だと知った。
ツノを隠し、人に変装した俺は、彼女がいた町から、あてもなく旅を始めた。
名も知らぬ、人間の彼女を探して――。
手がかりも、なにもない。しかし、俺の立っているこの新大陸に彼女もいるのだと、自分に言い聞かせた。くじけそうなときも、その考えだけが支えになった。
それから、どれだけ経った頃か覚えていないが、ランカスタンの町に来たときだった。
城下町で、後ろから可憐な声に呼び止められた瞬間のことを、俺は忘れない。
『あのっ、もしかして、こないだ助けてくださった方ですか? すごい、偶然ですね!』
そこで……ようやく、俺は僧侶(女)と再会した。
「——彼女は新しくパーティーを組むメンバーを探していたらしく、運良く俺は行動を共にするようになった」
切り株の上で膝を抱えるようにして座りながら、俺は話を聞いていた。
俺がパーティーに入ったときには、すでに三人は揃っていた。つまり、僧侶(女)と戦士(男)が初期メンバーで……多分、前任の魔術師が不運にも離脱〈させられて〉……そこに魔術師(女)が加わり、最終的に俺が入ったということだ。
「それで、僧侶のことを、俺にさっき聞いたのは……」
「あんたと彼女は、とても仲が良いように見えていた。いつも、ふたりで話していることも多いだろう」
それは、俺たちがどちらも補助の役回りだから、よく近くにいるということが大きいし、俺が攻撃を避けきれず治療してもらうことが多いからでもあるだろう。端から見たら、会話が弾んでるように見えるのかもしれない……。
「しかし、勘違いだったのなら、安心だ」
と息をついてから、戦士(男)は改まった様子で俺を見た。
「それで……もうひとつ、あなたの知見をみこんで、相談がある」
ゴクッと俺は緊張に喉を鳴らした。まだ、何か……。
「俺は、僧侶(女)に告白しようと思っている――」
それを聞いて、森の景色をぼう然と見ながら、自然と俺の頭に映像が流れ始める。
――真っ白の教会の前で、男女ふたりが陽光に照らされる。
『俺たち、交際することになった。冒険者は辞めて、町でふたりで暮らそうと思う』
『今まで、ありがとうございました』
にこやかな戦士(男)と満面の笑みの僧侶(女)が肩を寄せ合って、幸せそうに並んでいる。門出を祝うように、周囲にはフラワーシャワーの花びらが舞い、幸福を祈る鐘の音がリンゴーンと鳴り響く。
ギュッと手と手をつないだふたりが、背中を向けて歩いていく。
リンゴーン――。
とんがり帽子の魔術師(女)が、ふたりを見つめる。
リンゴーン――。
徐々にその顔が俺を振り向く。
リンゴーン――。
響き渡る鐘の音の中、大きく開かれたどす黒い目が、俺を見つめる。
「止めた方がいい! 焦るべきではない! うん、焦るべきじゃない」
俺は必死に言いすがった。困惑したように、戦士(男)は眉をひそめた。
「そうか。では、どうすればいい……?」
「それは……」
頭の中の脳細胞が、すぐ近くにあった言葉を口に渡してきた。
「俺が。お、俺がなんとかするから!」
大きな木の根元にひとり座りながら、俺は両手で顔を覆った。
――状況が悪化している。
とっさに、なんかとすると言ってしまったが、どうするつもりだ。
考えたくもないのに、頭の中にパーティー内の相関関係(恋愛)が図式化されていた。
いままで、パーティー内の人間関係には、極力関わらないようにして来た。メンバー間のトラブルを仲裁したこともほぼない。ましてや、三角関係を上手くおさめる経験など皆無だ。
眼鏡を曇らせて、俺は爪を噛んだ。どうする……。
「調子はどうかしら、道具屋?」
後ろから声をかけられて、俺は悲鳴を上げるのをなんとかこらえた。魔術師(女)が静かな笑みを浮かべながら、こちらを見ている。近づいた気配がなかった。
「何か話していたみたいだけど……彼の情報は何か分かった?」
「……いえ、まだ精査中でございます」
とりあえず、さきほどの会話を聞かれていたわけではなさそうだ。その点については安心だった。
本能的に、この女にだけは、先ほどの話を知られてはいけないとわかっていた。だとしても、いつバレるかは時間の問題かもしれない。一瞬で、げっそりと頬が痩けた気分だった。
そんな俺の様子を見て、魔術師(女)は片眉を上げていたが、俺は気づかなかった。
「これ、あんたの分よ。十分後に出発するわ」
ぽいと、携帯食を投げ渡される。俺が受け取ると、魔術師(女)はクルリと背を向けた。
「まぁ、焦らず着実に進めてちょうだい」
と言い残して、魔術師(女)は歩いていく。しかし、ふと立ち止まり振り向いた。魔族の冷たい瞳が、帽子の下から覗いた。
「……私のことバラさない限りは、ね」
脅迫めいた言葉に、俺の眼鏡の奥でホロリと涙が浮かぶ。
なぜこんなパーティーに入ってしまったのだろうか。