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(おまけ)酒場の夜

ep.9の酒場での様子

(特にオチはないです)

 夜も本番になった〈銀牢の酒場〉の店内は、にぎやかな冒険者たちの声に溢れかえっていた。クエストを成功しようと失敗しようと、一日の終わりを酒を酌み交わしながら楽しんでいた。店の外では酔った音楽隊が自由気ままに楽器を鳴らし、陽気な空気が店の中まで流れ込む。

 テーブルの上には、見事な脂の乗ったスペアリブが青豆とジャガイモのサラダを添えて運ばれてきていた。他にも、香草入りのオニオンスープ、肉汁がつまった大ぶりな揚げ餃子、香ばしい匂いを漂わせるピラフの皿、それに空になった酒のグラスとジョッキが、ところせましとテーブルに並んでいる。

 赤ワインをくいっと飲んで、魔術師(女)が陽気に手を挙げて言った。

「はーい、はい。じゃぁ、私、ここで、とっておきの魔法をお見せするわ」

 ほんのり桃色に染まった顔で笑いながら、むにゃむにゃと何か呪文を唱える。

 ポン、と音がしたと思うと、道具屋は揚げ餃子を口に運ぶ途中で、目を見開いた。

「じゃーん。魔物に変身ーなんちゃって」

 青黒い色の肌にアメジスト色の瞳に、ぐるりとねじれた二本角……。

 目の前で、魔術師(女)が本来の姿、つまり魔族の女の姿になっている。

 道具屋は餃子を皿に戻して、戸惑いながらパーティーと酒場の面々を二度見、いや三度見した。正体バラしていいのか。こんな大衆の面前で。というかパーティーの……戦士(男)の目の前で。

 魔術師(女)は今や舞台に立つように、スツールに立って、注目の的になっていた。

 だが不思議なことに、魔術師(女)の姿に、誰も驚いた様子はなかった。むしろ、近くのテーブルの中年冒険者たちは、髪をかきあげた彼女に口笛を鳴らしているくらいだ。理解できずに、道具屋は眼鏡の奥で目を瞬いた。隣に座った戦士(男)に、コソッと聞く。

「え、あ、あの。あれ、良いの? 魔物の姿って……」

「ん? 魔術師のいつもの芸だろう」

 道具屋は眉をひそめた。芸……? 

「酔いが回るとよくやっている。あなたは飲みに来ないことも多いから、知らなかったのかも知れない」

 と、戦士(男)が大きな口でスペアリブにかぶりつく。確かに道具屋は仕事外はあんまり付き合いが良い方ではなかった。テーブルの回りを再度確認する。

 やはり、魔術師(女)が姿を変えたとて、誰も動揺している様子はない。

 僧侶(女)は魔術師(女)と同じようにケラケラと笑って、はやし立てている。いや、ただ酔っているだけだろうか。魔術師(女)の角を僧侶(女)が触って、ふたりしてキャッキャと騒いでいた。周囲の客たちも不審な目で見てくるようなこともなかった。本当に冗談のひとつとして、とらえられているようだ……。

 道具屋はビールを一口飲むと、ひとつ気になることが頭に浮かび、ジョッキを握ったまま、戦士(男)に再びコソッと尋ねた。

「あんたから見て、あの姿はどうなの?」

 戦士(男)は食べる手を途中で止めて、魔術師(女)を一度真剣に見つめてから、道具屋を向いた。

「凄く魔物っぽい。俺から見ても。さすが、腕の良い魔術師は違うなと思う」

 本物だからな。と、道具屋は心の中でつぶやいた。

 すると、そのとき、後ろから声がした。

「ちょっと、男だけしゃべるのやめなさいよぉ」

 と、次の瞬間、またポン、という音が聞こえると、道具屋の視線の先で、一角獣のような角がヒュッと伸びた。道具屋は、口を開いて驚きを見せた。

 戦士(男)の額から角が生えている。さらに肌の色も赤黒い色になり、牙が伸びて、顔には不気味な入れ墨のような紋章が浮んでいる。

 そう。戦士(男)の姿も魔族のものに変化していた。

 道具屋は眼鏡をずらして、冷や汗をこぼした。その横から、魔術師(女)が前のめりに顔を出した。

「あら、魔族になっても、すっごくイケメンよ。目元なんか、とっても勇ましいわ」

 嬌声をあげながら彼女が言うと、道具屋を押しのけて戦士(男)の腕をとった。床に尻餅をつきながらも、ジョッキのビールをこぼさず握りしめて、道具屋は悪態をついた。

 ひとしきり戦士(男)に絡み終えると、機嫌も良さげに魔術師(女)はカウンターへ追加の注文をしにいって、道具屋は再びもとの席に座った。すぐに、コソッと聞いた。

「いいの、それ?」

 戦士(男)は樽ジョッキのビールを飲むと言った。

「大丈夫だ。彼女が酔ったときに、よくやられているから」

「よくやられてるのか……」

「まぁ、バレてないから。別に問題はない」

 そういう話なのか……いや、そういう話なのかも、と道具屋は考えてしまった。道具屋の顔を見て、戦士(男)は不安そうな顔をしてると感じたようだった。安心させるように言った。

「大丈夫だ。心配ない。本当の俺は、角が二本ある」と、親指で自分の額の角を差した。

「……そうか。なら、いいかな」

 なんだか悪酔いしそうな気分だった。

 考えるのをやめるように、道具屋もビールを飲んだ。


 少しして戦士(男)が席を立つと、入れ違いに魔術師(女)が戻ってきて、道具屋の隣の席にどかっと座った。いまだ魔族の姿のままだった。太ももを見せるように足を組んで、新しく注文したボトルからグラスに酒を注ぐ。道具屋は辺りに気を遣いながら、尋ねた。

「……いいんすか。そんなはっきり正体見せて」

 グラスを傾けて、魔術師(女)は口の端をあげて笑った。鋭い光を眼に宿す。

「バカね。私が簡単に正体見せるわけないでしょ」

 いつか宿屋の裏で見せたのと同じ、完璧な魔族の姿で足組んで、彼女が言った。

 ……何言ってんだコイツ、と道具屋は心の中でつぶやいた。すでに見た目以上に、酔っぱらってるのかも。

「じゃぁ、今、見せられてるのは……」

「酒を飲んだ余興として、この姿を見せる。つまり、これは冗談の種として認識される。ということは、この姿は私の正体ではないという認識になる」

 勝ち誇ったように魔術師(女)が言う。

「この姿を定期的に見せることで、万が一、正体を見られたときの予防線を張れるってわけよ。人間なんて単純なものよ。そう簡単に魔族が変装して入り込んでるなんて思わないもの。あと、飲んでる時くらい、たまには本当の姿で過ごしたいのよ」

 結局、最後の所が重要なのでは、と道具屋は思ったが、何も言わないことにした。

 クスクスと笑いながら、魔術師(女)は道具屋に顔を近づけて言った。ワインの匂いと、彼女の髪の匂いがする。

「それにしても、さっきの彼の姿見た? どう思った?」

「魔族っぽいな、と」

「そう……。とってもキュートで似合ってたわ。そう思わない?」

 だれかにそれを言いたくて仕方がないように、彼女は身体をくねらせた。

「本物の魔族にも、あんないい男、なかなかいないわ」

 感嘆の息をもらすように、魔術師(女)が言うと、再びグラスを傾けた。そのとき、彼女の後ろに人影が近づいた。

「内緒話ですかぁ」

 酔った声色で僧侶(女)が魔術師(女)の肩にもたれ掛かった。魔術師(女)は意地悪そうな笑みを見せると、道具屋を顎でさして言った。

「そうよ。こいつの秘密を暴いてやろうと思って」

「ずるいですよ。私も混ぜてください」


 戦士(男)は追加の樽ジョッキをテーブルに持ってくると、スツールに腰掛けた。

 ジョッキの縁で揺れる泡に口を付けて、ビールを喉に通す。こちらの大陸のビールは、元の大陸の物よりもアルコールが低く酔いにくい。だが、豊な苦みなのか、鼻に抜ける甘い香りなのか、向こうにはない後味があって、飽きがこない。最近では、これも悪くないと思い始めていた。

 もう一口、ビールを飲みながら、テーブルの様子を見た。

 パーティーのメンバーが、にぎやかに食事をしながら話をしている。

 普段、仲があまりよくなさそうな道具屋と魔術師(女)も、今は顔を近づけるようにして和気あいあいと話していた。のけ者にされたと思ったのか、僧侶(女)がふたりの間に入って、今度は三人で楽しそうな会話が始まる。それを見ると、安らかな気持ちさえ浮んできてしまう。

 不思議なものだった。戦いだけを考えていた、ついこないだまでは、食事中にこんなことを考える余地などなかったはず。

 いまだに戦うことは、楽しく血が滾る。だが、こんな時間も悪くはない……。

 そのとき、ポンと音がした。続けて、明るい笑い声が上がった。

「あはは、似合ってるわよ」

 魔術師(女)に言われて、僧侶(女)が両手を挙げると楽しそうに低い声を出した。

「うへへ、かわいい子は、この魔物が食べちゃいますよー」

 戦士(男)は鋭い目を僧侶(女)へ向けて、動きを止めた。

 僧侶(女)の肌の色が青黒く変わり、角はないが、両耳が柔らかな毛で覆われて、獣人のような魔族の姿になっていた。笑った口元からは牙がちらりと見えている。

 肌の色が変わっても酔ったと分かる頬の染めかたで、冗談めかして魔術師(女)へ、にじり寄っている。

 戦士(女)は、ゆっくりと目を閉じて、ジョッキを傾けた。

 かわいい――。

 魔族の姿になったところで、あの外見……。

 戦士(男)は目の前の僧侶(女)の姿を直視できずにいたが、さきほど見た姿を思い返して余韻に浸った。ただ、端から見たら、険しい顔にしか見えない表情であった。

 その顔に気づいた道具屋が隣に近づいて、小さく尋ねた。

「……あの、なんかあった? 気に入らないことでも……」

「いや……」

 戦士(男)は一瞬言葉を切って、道具屋を向いた。

「いや、本当にいい夜だ。あなたも飲め、食え」

 つぶやいて、戦士(男)は、道具屋の皿にスペアリブを乗せていく。それから自分も料理に手を伸ばしてビールを飲んだ。

 〈銀牢の酒場〉の時計の針は、夜が更けるのを淡々と刻んでいる。いつの間にやら、外の音楽隊は演奏をやめていた。しかし店内は、メロディのない音楽が流れるように、楽しい空気に包まれていた。いまだ酒場は眠ることなく……。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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