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俺の癒しの場所


〈用語〉

 ・コマンドウィンドウ

アイテム、魔法、特技など、さまざまな行動を行う際に表示されるウィンドウ。

空間上に表示され、自分以外の者にも見ることができる。

 注:現在では、他人のコマンドウィンドウの閲覧に、暗黙のルールが存在する


 パーティーの日常は、危険と隣り合わせで、厳しいことも多々あるものだ。

 今回、ギルドから依頼された素材は、トゲキウイの種を二〇〇グラム。

 ラカスタン城壁の西の森――民間人立ち入り禁止区域で、獣のような声が響く。俺たちパーティーの目の前では、体長が推定三メートルのトゲキウイ(オス)がいきり立っている。隆々とした力こぶをつけた両腕を振る。敵意は剥き出しだ。

 トゲキウイは見た目は二足歩行の大猿のようだが、顔の部分が植物のキウイにそっくりだ。その顔のキウイの部分からは、本物のキウイ同様、種が沢山獲れる。

「俺が行く。援護を頼む」

 戦士(男)が地面を蹴って、巨体に似合わない俊敏な動きで跳び上ると、敵の懐へ飛び込んでいく。その後ろで、魔術師(女)が魔素の流れに長髪をなびかせて、魔法の詠唱を始めていた。俺の隣では小柄な僧侶(女)が息をのんで、戦闘を見守っていた。

 斧による重たい一撃。トゲキウイ(オス)がひるんだ。次の瞬間、正面から放たれた魔術師の炎魔法が、尾を引きながらトゲキウイ(オス)の顔に直撃する。

 轟音と共に、トゲキウイ(オス)の体が地面に倒れていった。

 〈トゲキウイ(オス)をたおした〉

「思ったよりも楽勝だったわね。そろそろ街に戻りましょう?」

 口元に笑みを浮かべて、魔術師が言う。魔法の衝撃で地面に尻餅をついていた戦士に手を貸して、立たせてやっている。いつも寡黙な戦士は、口を少し開けてぼそりと言った。

「ギルドの紹介では、もう少し危険と聞いたが、話が違った」

「楽なことはいいことよ。」魔術師が笑って、戦士の肩をポンと叩く。

「おふたりとも、さすがです」僧侶が小さく手を叩き、ねぎらいの声をかける。

 キャッキャッと会話が弾んでいた。

 俺は、倒れた魔物のそばにかがみ込んで、巨大なリュックを背中から下ろした。大きな丸眼鏡を光らせてアイテムを探し始めた。

 〈コマンド〉

   鑑定

  ▶採集

   もちもの

「えぇと……ひぃふぅみぃ……」さすが大物、結構な量だ。

「街で報酬をもらったら、ご飯に行きましょう」魔術師が言う。

「いいですねぇ。皆さんは何か食べたいものあります?」僧侶が左右を見る。

「……俺は特には」戦士がつぶやいた。

「で、こっちも、ひぃふぅの……」よしよし、いいぞ。

 普通の奴なら見落としがちな顎の下、歯の付け根、下の裏も、俺はちゃんと見る。ここを確認するかしないかで、得られる素材の量は結構変わる。道具屋としての仕事の丁寧さがでる部分だ。

「わたしは久しぶりにワインが飲めるところがいいわ。あと、おいしい鶏料理も」

「うん、俺も良いと思う。……僧侶は食べたいものはないのか?」

「私は、美味しいものならなんでも。ワインなら、酒場の北東にある〈双頭のオオカミ〉が良いって噂ですよ」

「決まりね。じゃぁ、東の酒場に行きましょう」

 よし、最後にもう一度、取り残しがないかを確認して……。

「ちょっと! いつまでかかってんのよ!」

 魔術師の怒声が響き渡って、俺はびくりと肩をすくめた。

 ――パーティーの中にも序列というものが存在する。

 簡単な話、戦闘に役立つ奴から序列の上位を占めていき、戦闘向きではない奴は侮られ、馬鹿にされ、蔑まれ、最後には虐げられることになる。

 俺のような道具屋は、間違っても戦闘向きではない。

 攻撃力、平均以下。

 防御力、平均以下。

 素早さ、普通。

 魔力、無し。

 体力、無し。

 コミュ力、無し。

 特技、鑑定、採集、各種交渉……。

 おれは眼鏡をなおして、ため息をこぼした。

 現在のパーティーメンバーは、俺以外、有能な奴らがそろっている。

 戦士(男)は無口で無愛想だが、岩のような巨体の通り、ものすごく強い。

 魔術師(女)は、性格がキツいが、魔法に関しては目を見張る物がある。

 僧侶(女)も、若干ほんわかしてるが、戦闘も治療もそつなくこなして、俺よりかは役立っている。

 しかし、おれたち道具屋という職業がなければ、効率的に素材の収集や、売買交渉を行うことはできない。そういうところを重要視しないというのは、この世の中おかしいとは思わないだろうか。今日のこの依頼だって、俺がいないと報酬の量がどれほど変わると……。

「ちょぉっとぉぉ?」

 魔術師の声が響き、俺は急いで回収した素材を片付ける。

「い、いま、今終わったから。直ぐ、行きます」


 エイルスタック城下町。大陸の東北に位置する、中規模の町はいつも多様な人々でにぎわっている。北へ向かえば、海峡沿いの港町で、東へ向かえば、大陸有数の大都市アイエイシュカーへ続く。要衝の町として、季節を問わず諸方からこの町に集まる人は絶えない。

 酒場前――ギルド依頼受付所は、城下町の東門から、大通りをふたつ越えた所にある。

 両開きの扉を抜けて酒場に入ると、煙草の煙と脂っこい食事と酒の匂いが、店中に漂っていた。

「ギルト報酬を……」

 俺はトゲキウイの種が入った革袋をカウンターに置いた。酒場のスキンヘッドの店主がグラスを磨く手を止めて、カウンターの下から分厚い帳簿を出すと、無言で革袋の中身を確認し始めた。一筋縄ではいかないギルドの面々を相手するため、店主の眼光は鋭く、冷たく光っている。

 〈依頼:トゲキウイの種集め……達成〉

 〈報酬:三百ゴールド+出来高、六十ゴールド〉

 重みのある袋を手に酒場を出て、俺は店の前でパーティーの面々に報酬を報告した。

「凄い。思ったよりも多いですね」ガヤガヤ……。

「うん。予想以上だ」ザワザワ……。

「良い仕事だったわね」ガヤガヤ、キャハハハ……。

 群衆の雑多な声に交じって、パーティーの面々が話していた。

 酒場はギルドのクエスト依頼の受付と報告の場所となっている。

 その性質上、店内だけでなく、酒場前も大変混雑する。

 店の前に張り出されたクエスト内容を吟味している者、店内でクエスト依頼中のパーティーメンバーを待ってる者、同じくクエスト報告を待ってる者、何となく人が多い所でブラブラしてる者……。四六時中いつも途切れることなく、とても人でいっぱいだ。

 入り口付近には、外での立ち飲み台として大樽が並べてあり、ひと仕事終えたパーティーが昼間から飲んでいるのも日常の光景だ。他のメンバーたちが俺抜きで、会話を弾ませる中、俺は深く空気を吸った。酒場前の風景を、なんとなしに見渡していく……。

 ここは、俺の癒しの場だ。

 人が多く、密集して、各々がリラックスして思うままにふるまっている。その様子には警戒心の欠片も感じない。俺の斜め後ろで飲んでいるパーティーも、ずいぶん盛り上がっているようだ。長髪の女性武闘家がビールを置いて声を上げた。

「あっ、ケガしてるじゃん。わたし、回復してあげるね。これでも、元僧侶だから」

 俺の眼鏡が陽の光を反射して、眼球が素早く動いた。彼女の指が、宙に浮ぶ画面に触れる。

 コマンドウィンドウ――!

〈魔法リスト〉

 ▶『回復魔法キュアール』 lv.12

  『状態回復魔法レオナレ』 lv.3

  『補助魔法アクセラ』 lv.5……

 その魔法リストの中のひとつに、俺の目が止まった。

 『補助魔法キヤユクナール』――。


 ・キヤユクナール……相手の皮膚に痒みを発生させ、行動を妨害する補助魔法(大陸百科事典より)。


 あの魔法は、魔物への状態異常効果もほぼなく、味方に使っても無意味で、一般的に無用の長物と化している。しかし、その「かゆくなる」という効果から、密かに卑猥な目的に使う輩が後を絶たないという……。彼女の回復魔法は、レベル12。それに比べて、キャユクナールはレベル11。何にそんなに使って、レベルを上げたというだろうか。

 脳内でさまざまな考えが走り抜けていく。

 つまり――僧侶のときに、「そういうこと」に使って、結構遊んでいたということか? 

 例えば――。


 夜も深い頃、男とふたりきりの寝室で、彼女(元僧侶)はベッドに乗り、笑いかける。

『ねぇ、今日も大変だったね? どう? この服、可愛いでしょ?』

 透けそうなほどに薄いネグリジェを身につけた彼女が、大胆にも男の上に馬乗りになる。艶っぽい笑みを浮かべて、彼女の柔らかな唇が男の耳元に近づく。

『もう準備できてるよ。「いつもの」かけてあげるね。あなたも、かゆくなってきた?』

 魔法を唱えて、すそをたくし上げる……。


 良い――。

 目をつむって、脳内の妄想に、俺は深い息をついた。

 人間の内面というものは、その人の持ち物や、習得した特技に現れる――。

 それは言葉や振る舞いを越えて、如実に虚実なく、内側を反映している。

 性格、癖、好み、能力、秘密、過去……得られる情報は数えきれない。

 俺は、そんな人の内面を知るのが、この上なく好きだ。

 そして、コマンドウィンドウほど、俺の知りたい「人間の内面」を含んだ物はない。

 魔法と特技を見れば、そいつの経歴が分かる。持ち物を見れば、趣向と性格が分かる。

 そう——。

 例えば、着飾った女の魔術師が、全く整理整頓できてない、汚いもちものを持っていたりする。

 例えば、超ベテランの中年武闘家が、女装用のアクセサリーを大量に持っていたりもする。

 外面で見える姿と、そのコマンドウィンドウから見えてくる、内なる姿が異なる程に、俺の欲求は満たされる。

 女武闘家(元僧侶)が体勢を変えたところで、サッと俺は視線をそらした。

 ……ただし、神聖なコマンドウィンドウには暗黙のルールが存在する。

 〈他人のコマンドウィンドウを見るのは、マナー違反〉――というものだ。

 勝手に個人情報を見られるのは、不快に思う人間が多かったということだろう。十年ほど前から話題にはなりつつ、今ではそのマナーは定着している。数年前からは、さらに規制が進んでいき、ギルドによってはマナー違反者にペナルティを課すところも多くなっている。

 というわけで、表立ってコマンドウィンドウを見ることはできない。変質者扱いされるし、入念にウィンドウを隠す奴らも大勢いる。

 だから俺は、こっそり見ることにしている。

 一般的にそれを『のぞき』と誹られそうとも、バレなければいい。そうとも。バレない限りは、誰にも不快感を与えることはない。自慢ではないが、さり気なく、自然な、のぞきのスキルに関しては、経験に基づいた自信があった。

 いまだ女武闘家(元僧侶)の妄想に口元を緩めている俺を、少し離れたところで魔術師(女)が怪訝な目で見ていた。

「……ひとりで笑って……気持ちわる」

 俺に聞かせるかのように、ぼそりと言って、魔術師は酒場から東の道へと歩き出した。俺は、ムッと眼鏡を曇らせて奴の背中をにらんだ。

 パーティーでの俺の立場が弱いことは、さっきも言った通り。

 しかし、特に、あの魔術師(女)……。あいつは、何かと当たりが強い。

 苛立を紛れさせて、俺は、ため息を吐き出した。空を見上げる。

 ――どうせ、仕事で組んでいるだけのパーティーだ。深く関係を持つ必要などない。

 そう心の中でつぶやいた。

 道の先から「置いていくわよ」と、怒声が聞こえて、俺は焦って三人の後を追った。


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