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生贄の巫女 ~偽りの巫女と仮面の守護者~  作者: 雨包おん
第9章 王都:命の証明
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第56話 再会



「動いた」


 朧に支給される金属棒の振動で仲間からの連絡を受け取り、男が路地裏から顔を出して宿の入り口の方を確認すると、丁度半面を着けた管理神官が一人で宿から出てきた所だった。どうやら一人らしい。


 そのターゲットは先日大怪我を負ったはずだが、歩く姿は普通そのもので、違和感はない。


(どうやら、ほぼ完治しているようだ。つまり、ターゲットが走り出す事も考慮に入れる必要がある)


 ターゲットがどこで誰と会い、何を話すのか。目下、彼らの最重要任務はその調査に設定されている。現在六名で後ろから、前から、先回りし、さらにその先回り等、あらゆる方向から補足しているが、それ以外にも、街の住人として暮らしながら情報収集を行っている仲間もいる。


(管理神官だか何だか知らないが、この監視網から逃れるのは無理だろうよ)



 幾つもの角を曲がり進むターゲットを、音無き笛で仲間と連絡を取り合い、確実に補足する。一時的に自分の視界から外れたとしても、仲間の誰かがその位置を捕らえ、共有する。


 方向から察するに、男は都市の中でも富裕層の多い区画に向かっているようだ。しかし、どうにも不自然に角を曲がる事が多い。横道にそれたかと思うと、再び角を曲がって元の道に戻る、ということを繰り返している。


 これは恐らく、尾行を警戒しての動きだと思われるが、その程度で巻けるほど朧は甘い組織ではない。


(さぁさぁ、さっさと誰かと接触しろよ)


 ――と、突然ターゲットが細い路地に飛び込んだ。慌てて後を追い、続けて路地に入るが、その路地裏には誰の姿も見えない。


「なっ!?」


 その細い道の真ん中には、半ば道を塞ぐようにして古い井戸があった。石造りのそれは、通常井戸の上に設けられている木製の屋根が撤去されており、井戸自体も、時間の流れを感じさせる木板で塞がれていた。恐らく、使われなくなって相当時間がたっている物だろう。


 ターゲットを見失い、軽くパニックになるが、この路地裏の出口の通りにも仲間がいる事を思い出し、落ち着きを取り戻す。


 取りあえず仲間と合流する為に路地を抜けようと、彼が古井戸で狭くなった箇所を通り過ぎようとした時、井戸の死角から突然人影が飛び出してきた。


「!!」


 管理神官が一気に距離を詰めて男の首を片手で掴み、そのまま背後の建物に叩きつけるように押し付けた。

「お前、さっきから俺を付けているな? 誰の指示で動いているか吐いてもらおうか」


 咄嗟に懐のナイフに手を伸ばすが、ナイフを掴む前に、その手に管理神官の拳が直撃し、そのまま胸部にめり込んだ。


「グホッ!!」


 同時に首を絞める手に力が込められ、慌ててもう片方の手でターゲットの腕を掴むがびくともしない。

(まずい……!!)


「おい! 何をしている!!」

 路地の入口から仲間が大声を上げながら駆けてくるのがチラリと見えると、管理神官は舌打ちし、男を投げ倒すと通りに逃げ出した。


「おい! 大丈夫か!?」


 むせ返りながらも必死で頷き、路地の入口を見るも、既にターゲットの姿は見えない。必死で音無き笛を吹きながら走り出す仲間に遅れまいと、よろけながらも走り出す。



 そして、再び路地には誰もいなくなった。




「それで、結局アガナタはどこにもいかず、そのまま宿に戻ったのか。誰とも接触せずに……」

「申し訳ありません。我々の尾行に気づいたせいで、千載一遇のチャンスを逃しました」


 太陽がもう少しで天頂に差し掛かろうとする頃、窓の外では、白い雲が真昼の青い空を泳いでいた。暖かな陽気が、開け放たれた窓から風に運ばれカーテンを揺らす。そして、そのまま、ソファに腰掛ける女のブロンドの髪を撫でた。


 ニアティが髪をかき上げ、教会内の執務室で報告を受けている。彼女は、足を組んで気怠そうな顔で部下の男の言葉を咀嚼し、思考を巡らせていた。


(アガナタは朧の存在を知っている。尾行が付いている事など、初めから分かっていた筈だ。それを、態々示威行為を行うというのは……。上手く尾行を巻けずに苛立ったか? いやいや、そんな短慮な男では無かろう。それとも、尾行があまりに露骨で無視するのが不自然と判断したのか?)


 アガナタと多少なりとも会話を交わしたニアティからすれば、彼のその行動に違和感を感じずにはいられなかった。


(その行動には何か意味がある。……それは一体何なのか?)



 思考を遮るように、唐突にドアがノックされる。

「失礼します!!」


 許可を得て室内に入ってきた副官の男が、息を切らせながら報告する。


「ユラーカバネが王都を発ち、そのまま行方を眩ませました!」

「……どういうことだ。状況を説明しろ!」


「ユラーカバネは供の男二人と馬に乗り、北の街道を城塞都市ロソルネイ方面に向かったのですが、途中、突然馬で全力疾走を始めたため、見張りも馬で後を追いました。しかし、しばらく行くと彼らが突然馬を止めたことから、やむを得ずそのまま通り過ぎました。


 密かに監視する必要があることから、その場で止まることはできず、少し先で待っていたのですが、ついぞ彼らは現れず、完全に見失いました」


「チッ! こっちも監視に気づいているか。まぁ、態々姿を現す位だ、何かしら思惑があっても不思議ではないが。さて……」


 ニアティは落ち着きを払ったまま考える。

(再び巫女と接触することなく姿を眩ませた。つまり、奴らが現れたのは巫女を救う為と考えるのが自然。そこまでは良い。


 だが、次の手が見えない。各町で目を光らせるのは当然やるが、変装されれば気づけない可能性もある。つまり、そちらにあまり人手を割いても徒労に終わる可能性が高い……。しかし、このままではレシュトロ姉は納得しないだろうなァ)


 ニアティは溜息を吐き、ソファから立ち上がると指示を出す。

「止むを得ん。ユラーカバネの捜索にもっと人手を回せ。巫女の方の監視人員を多少回しても構わん。変装を警戒すると共に、街道を外れた所に隠れ家が無いかも含めて捜索しろ!」


 横目でチラリと窓の外を眺めると、大きな雲が太陽をゆっくりと遮り、見る見るうちに日が陰ってゆく。先ほど迄の勢いを無くした日の光とは対照的に、ただ、カーテンだけが変わらず揺れ続けていた。


(やれるだけやったというポーズの為に人手を割くなど愚行だが、仕方ない……)


 人生はままならない事で溢れている。だからと言って悲観するようなニアティではないが、かと言って、本質からあまりにも遠ざかる事に徒労を感じない程鈍感でもない。


(忍耐の時だな。だが、それが自覚できていれば変に焦る事もない)


 そう自分に言い聞かせつつ、再び溜息を吐いたニアティは、酒が飲みたいと、そう思った。




 アガナタが朧と争った路地裏。


 そこに、一人の男が足を踏み入れる。それは、ユオーミを身代わりの巫女として差し出した、あの村長だった。


 村長は路地の真ん中にある古井戸に近づくと、注意深く周りを見回し、誰も見ていないことを確認してから慎重に石組みの古井戸の、その石の隙間を調べた。そして、そこに差し込まれた紙を見つけて顔色を変える。


 彼はアガナタに「お願い」され、あれからすぐ王都に向かい、毎日、朝昼晩三回、この井戸の隙間に何か隠されていないかを確認していた。渡された金が尽きるか、ここに隠されるメッセージを指示された相手に届けるまで、という命令だったが、遂にその日が訪れたことを知り、彼は安堵すると共に、極度の緊張を覚えた。


 何故なら、この手紙を渡す相手として指定されていたのが、王家御用達の大商人、ヨリヨニアリだったからだ。彼は、アカネイシア王国で手広く商売を行う、王国内屈指の商人だ。通常、田舎村の村長など、一生お目にかかる事もないその人物に会いに行かねばならないと思うと、彼は、胃がキリキリと痛むのを感じてその顔を歪める。


 何もかも投げ捨てて逃げ出したい気持ちを抱え、彼は無意識に自分の腕を抱き、強く目を瞑った。その時、瞼の裏に浮かんだのは、一人娘のナァラと、妻の姿。そして思い出される家族の記憶。


 恐れ、憐憫、怒り、喜び、虚しさ、悲しみ。――そして、愛着。


 一瞬で体中を駆け巡る様々な感情に胸が苦しくなり、思わず天を見上げて目を見開く。


 狭く、暗い路地から見上げる眩しい空はどこまでも青く、そして、酷く遠く感じられた。


 ふと、彼は我に返る。一体、王都のこんな路地裏に一人で立って何をしているのだろうか? 彼は、自分が酷く場違いな所にいると感じた。自分の居場所は、ここではないと。


(そう、自分には帰る場所がある。そのためならば……)

「この仕事を終わらせて、やり直すんだ」


 震える手でその紙を石の隙間から取り出し、辺りを警戒しながらそれを懐に仕舞う。


 そして、ふらつきながら歩き出し、日の当たらない狭く暗い路地から、その先にある、眩しくてよく見えない表通りの光の中へと、その姿を消した。




 翌朝、ユオーミは馬車で奉献の徒が待つ宿まで送られて来た。


 宿の前に居並ぶ奉献の徒。馬車から降りる彼女の手を取り優雅に迎えるアガナタは、しっかりとユオーミの瞳を見つめる。そして、見つめ返すユオーミ。


 離れていたのは十日程だろうか。互いに、離れ離れとなって一月ひとつきは過ぎているような心持ちだったが、こうして何とか無事に再会する事ができた。その事実が、数多の困難を抱える彼らの心に、彼らが思っていた以上の救いをもたらす。


 村長の家で愚図と罵られ、ただ使用人として扱われていた彼女。王都ではアガナタ達が傍におらず、ふとした時に、自分はここにいて良いのかと、酷く心細くなりもした。


 だから、皆と離れ、自分で自分を励ましながら一人戦い続けていたユオーミは、アガナタの顔を見て、張り詰めていたものが一気に切れてしまった。

 自分でも訳が分からない位、後から後から涙が溢れ、戸惑い、けれどその涙を止める術が見つからない。


 そんなユオーミに慌て、何と声を掛けてよいか迷い、上手い言葉が見つからずに絞り出すようにして言葉を告げるアガナタ。

「お待ちしていました。……本当に、よく頑張られましたね。もう大丈夫です」


 言いたいことの百分の一も上手く言えず、歯がゆい思いを抱えつつも、彼は胸の内にじわりと広がる温かさを噛み締めた。


「巫女様、お帰りなさい!!」

 気を利かせた赤の守護神官が、大きな声でそう言いながらユオーミに駆け寄り、手巾を手渡す。それが合図となり、他の奉献の徒も集まってくると、ユオーミを取り囲んで口々に再開の喜びを告げ、嬉しさを表現する。


 泣きながらも、皆に囲まれ歓迎されたユオーミは、さらに涙が溢れさせた。


 村長の家で、誰にも必要とされず、息を潜めて生きていた少女はもういない。ここにいるのは、困難と苦しみの果て、皆の思いに報いたいと奮い立ち、自ら道を選び取った少女。


 多くの仲間に囲まれ、次々と温かい言葉を投げかけられた彼女は、胸の内に確かな温もりの存在を感じ、戸惑いつつも、久しく忘れていた感情に打ち震える。


(私は、ここにいていいんだ……。ここに、いたい!)


 まだやらねばならないことは残ってはいたが、彼女は、逃げることなく困難に立ち向かえた自分を誇らしく感じ、また、自分を快く迎えてくれたこの仲間たちを、心底愛おしく思った。


 そして同時に、彼女は、失うことを恐れる気持ちをはっきりと自覚した。



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