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生贄の巫女 ~偽りの巫女と仮面の守護者~  作者: 雨包おん
第9章 王都:命の証明
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第53話 糸



 深夜、教会の客室。薄闇の中、ユオーミは豪華なベッドに横たわり、上質な布団にくるまれながら物思いにふけっていた。



 告解の儀。これは本当に一体何なのだろうか?


 神より授かりし力なのか、人々はユオーミに対して自らの罪をさらけ出す。

 今までもそうだったが、ここ王都においてもその力は健在なようだ。

(……もしかして、私、神様に認めて貰えたのかな?)


 と考えて一瞬心躍り、けれど、その先にある生贄という運命を思い出して落ち込む。


「私……死にたく、ない」

 ポツリと呟いた言葉が、静寂に包まれた広い部屋に溶けて、消えて行く。


『君が巫女の務めを果たした後、生贄として死ななくても良い方法を探している。今は具体的な方法は見つかっていないけど、何とか見つけてみせる。……信じて任せて欲しい。』


 アガナタさんはそう言ってくれたけど、そもそも、何十年も続いている教団の重要な儀式に逆らうなんて、どうやるのか想像もつかない。


 もちろん、アガナタさんはいつも私が思いつかないような事を考え、そしてやってのけてきた。だからこそ、今、私はここにいるんだ。


 でも、これは、これだけは、簡単に信じられない。


 ううん、そうじゃない。信じたくないんだ。


 信じてしまって駄目だった時、立ち直れない気がするから。アガナタさんを信じないなんて、本当はそんなことしたくない。


 ……でも多分、これは彼の優しい嘘。


 私を不安にさせないため、そんな嘘を吐いたんだ。だけど、それってすごく残酷なんだよ? 死んじゃうのに、死なないなんて嘘。


「酷いよ……」


 もしそれを信じてしまったら、希望を持ってしまったら、多分、信じて待っていられなくなる。どうなった? ってしつこく、しつこく聞いてしまい、彼を困らせるだろう。だって……


「だって……死にたくないよ」


 旅で見た、様々な風景。いろんな人たちと様々な出来事。そして、奉献の徒の皆。知らない事ばかりで、時に辛い事もあるけれど、本当に、毎日が楽しくて。それが嬉しくて。生きていて良かったって……


 ――そして、失うのが怖い。



 自然と瞳に涙が溜まり、熱を帯びたそれが目じりから零れた。


 もちろん、彼が本気でそう考えていて、彼が嘘をついている訳じゃないって事、知ってる。でも、それでも、信じるのが、怖い。



「まだ、信じられないけれど、でも、手は離さないよ……」



 滲んだ眼に映る天蓋。信じられない位やわらくて、気持ちのいいベッド。こんなものがあって、そしてそこで自分が寝ているなんて、ちょっと信じられない気持ちだ。


 ふと寝返りを打つと、枕に涙がしみ込み、テーブルの上に置かれた蝋燭が見える。


 眠る時、こんな広い部屋で一人だと、暗くて怖いから明かりは残し欲しいとお願いしたら、毎晩、テーブルの上に蝋燭を置いてくれるようになった。



 まるで呼吸をしているかのように、僅かに揺らぎ、辺りをぼんやりと照らすその蝋燭を見つめながら王都での告解の儀を思い返す。



 今までの儀式と違って、あからさまな敵意を向けてくる人がいて怖かったけど、逆に、王族でも、私たちと同じように悩み、苦しんでいることにむしろ驚いた。


 王様のお願いを聞いて、それから二人の王子様の話を聞いたけど、二人とも、本当はお互いを思っている事が分かった。だから、この二人に和解してもらわないと。

 周りには良くないことを企んでいる人が沢山いるから、直接二人が会わないと上手くいかない気がする……。


 でも、どうしよう。もう私は二人とは会えないし、さすがに教団の人たちに王子様への伝言をお願いする訳にはいかない。


 でも、このままじゃこの国は大変なことになってしまう。私が動かないと……血が流れてしまうかもしれない。


 情けないけど、思い浮かんだのはアガナタさんの顔。

 アガナタさんに、相談したいな……


 でも、会えるのは儀式が終わってからで、そうしたらすぐに王都を離れる事になる。それじゃ、間に合わない。

 そして、私は自由に動けない。ただ、部屋と天幕を往復するだけ。


 アガナタさんにお願いするのは、ずるいかな? アガナタさんたちは、ずいぶん体調も回復したと聞いているけど、自由に出歩けるのかな?


 何とか、王子様たちと私を会わせてもらいたい。そのお願いを、何とか伝えないと。


 王子様、しかも二人同時に会わせて、ってよく考えてみたら、なんだか凄いお願いだけど、そんな事ってそもそもできるんだろうか。


 普通に考えて、アガナタさんがお城に行っても話は聞いてもらえないだろうし、そもそも見張りが付いているって言ってたっけ……。確か、規則違反をすると交代させられちゃうとか。


「うぅ……。どうしたらいいのか分かんないよ」


 でも、アガナタさんは一人で抱えないでって言ってくれたから、やっぱり相談しよう


 だけど、どうしたらアガナタさんにメッセージを伝えられるんだろう……。


 薄暗い明りの中で、自分の左手首に巻かれた紐飾りを見つめる。ずっと、わたしを支えてくれた紐飾り。


「お母さん、お願い。力を貸して……」


 様々な色の糸をより合わせ、編まれた紐飾り。大分色あせて汚れてしまっているけれど、大切な紐飾り。細い糸の中に一本だけ太い白い糸が使われていて、それがアクセントになっている。


 村長さんの家にいるときは、ナァラに取られそうになって途中で身に付けるのを止めてしまったけれど、この旅に出る時に再び足首に付け、山越えの際に、手首に付け替えた。


 こうやってじっと見つめるのは、いつぶりだろうか……。


 ん……?


 今までは全然思わなかったけど、改めて見ると、この太い糸、ちょっと太すぎてバランスが悪い気がする。アクセントにはなっているけど、何だか不格好なような。


 アガナタさんの紐飾りも、同じように太い紐が使われていた。逆に、だからこそすぐに同じだってわかったんだから。


 お母さんはこういうデザインが好きだった、と言えばそこまでなんだけど、何だろう、気になる。


 うーん。一度気になりだすと、何だかそればかり気になってしまう。


「……」


 心臓が、高鳴る。この太い糸に、何か意味がある気がしてくる。


 それは、いい案が浮かばずに追い詰められた私がヒントを求めて、些細な事にも意味を見出してしまっているだけかもしれない。


 でも、一度気になってしまった。それはつまり、これからもずっと気になるということ。……私は、遠くない未来に、居なくなってしまう。だったら、気になった今、やるべきだ。


 それに、もし勘違いだったら侍女さんに手伝ってもらって直せばいいよね!


 ごくり、とつばを飲み込み、私は、震える手で、その紐飾りを解き始める。

 そして、すぐに気が付いた。その太い糸は、小さな細長い布切れを丸めて作られているものだということに。


 その小さな布には、さらに小さな文字で、何事かが綴られていた。




「そ、そうか! 巫女ナァラは任務を継続し、アガナタ達奉献の徒も変わらず務めを果たしているのだな!」


 神官長アーオステニアは、宮殿内の廊下で偶然出会ったレシュトロに、「そういえば」と、巫女ナァラ達が処理されることなく、変わらず務めを果たすことになったことを告げられ、驚きと喜びに満ちた顔でそう言った。


 それを見て、レシュトロが眉一つ動かさずに感想を述べる。

「貴方のような人でも、そんな顔をするんですね」


 彼は思わず片手を口に当てて咳払いし、その口元を隠した。だが、口角が上がっているのを誤魔化しきれてはいない。


「隠せていませんし、叡智の宰相と呼ばれる貴方のような方が顔をニヤケさせているのは、見るに堪えないのでやめた方が良いですわ」


 強烈な言葉の拳に、アーオステニアは顔をしかめ、溜息を吐きながら応じる。

「相変わらず手厳しいな」


「私、博愛主義者なんです。だから、大神官様であろうと、その辺の蟻だろうと、差別致しません」


「いや、それは博愛主義とは言わんだろう?

 ……それにしても嫌われたものだな。お前に諜報の基礎を教えたのは私だろうに。あの頃はもっと素直だったと思うんだが、時間とは残酷なものだ」


 彼女は、昔話をしてチクリと逆襲してきたアーオステニアをじっと見つめながら、口元に微笑を浮かべて答える。

「感謝はしております。おかげでユスノウェル様のお役に立つことができていますので。

 けれど、別にアーオステニア様の事を嫌っている訳では無いのですよ。ユスノウェル様以外はただの有象無象だというだけです」


 頭を掻き、彼は溜息を吐く。

「……実際、お前は大導主の役に立っているからな。教団に朧は必要だ。まぁ、お前はお前の道を行くが良い」


「言われるまでもなく。しかし、妙に上から目線ですね、有象無象のくせに」

「……」


 彼女は誰にでもこんな毒舌な訳ではない。これは、相手がアーオステニアだからこそ出る言葉だった。


「冗談ですわ、『先生』。巫女ナァラたちは今アカネイシア王都で告解の儀の最中です。遠くないうちにこちらに到着するでしょう。そう、何事もなければ」


 彼女の周りには四種類の人間しかいない。ユスノウェルか、部下か、敵か。そして、アーオステニアか。

 彼女は誰よりも自分の影響力を理解していた。部下は彼女を敬いつつ恐れている。だから、こんな軽口を叩いたらそれこそ真に受けて大変なことになるだろう。


 ユスノウェルは尊敬と憧れの対象であり、彼女が同等以上に会話ができるのはアーオステニアだけ、という訳だ。そのため、彼女はストレス発散の為、よくアーオステニアに毒を吐いていた。もちろん、人がいない場所でのみだが。


 アーオステニアは、そんな彼女を、困った顔をしながらも受け入れていた。彼女は飛び切り優秀だったし、また、ユスノウェルに対する忠誠心は絶対的に信用できるものだったからだ。

 だが、それと同時に、子供の頃から知っている彼女の行く末を案じてもいた。


 レシュトロは、ユスノウェルに言葉通り心酔していた。ユスノウェルの作った孤児院で育ち、やがて、彼の役に立ちたいと身の回りの世話をするようになった。


 ある時、ユスノウェルが、今後の方針で悩んでいる時に、たまたまレシュトロが知り得た人間関係に関する情報を伝えたところ、問題解決の突破口となり、ユスノウェルにとても感謝される、ということがあった。


 彼女は人の心の機微に敏感だ。スッと他人の心の隙間に入り込み、表情や背景情報から真実に辿り着くことができる。


 その実力を買い、アーオステニアは彼女に諜報技術を教え込んだ。


 アーオステニア自身はそういう活動を得意としてはいなかったが、彼の持つ膨大な知識の中にはそういう類のものも含まれていたのだ。


 結果、才能のあった彼女は瞬く間に知識を吸収し、頭角を現していった。


 ただ、ユスノウェル愛が強すぎて、一度、諜報活動中にユスノウェルの悪口を言っていたターゲットを花瓶で殴り倒して作戦が失敗する、という事もあったが……。


 彼女の忠誠は、教団に対してではなく、ユスノウェル個人に向けられたものだ。その証拠に、彼女は決してユスノウェルの事を「大導主」と呼ばない。


 そんな訳で、彼は、三十半ばにして独身の彼女が、六十を過ぎ、老い先短いユスノウェル亡き後に希望を持って生きて行けるのか、心配していたのだ。



「先生。ユスノウェル様用にお作りいただいている薬ですが、どうやら効果は出ていないようです。何とかできませんでしょうか?」

 唐突に告げらるレシュトロに対し、顔をしかめるアーオステニア。


「そうか。少し配合を変えてみよう。ただ……」

「気休めでしかない事、分かっています。それでも、たとえ僅かであって効果があるのならば」


「分かった。やれるだけやってみよう」

 溜息を吐いて答えるアーオステニアの目をじっと見つめ、レシュトロは静かに続ける。


「それから、詳しくはお話しできませんが、今年の生贄の儀式、きな臭くなってきました」

 アーオステニアは一瞬目を見開き、すぐに険しい顔で応じる。


「ふむ。グルジオ帝国か? 可能な範囲で情報をくれ。元々あの国は野心を隠し持っているが、かといって一枚岩という訳でもない。付け入る隙もあるだろう」

「……」


 アーオステニアは、レシュトロが僅かに目を細めたのに気付かなかった。



 ユスノウェルは、家族の話題を極端に避け、ましてそれが人に知られるのを酷く嫌がる。だから彼女は、ユスノウェルの意に反して、ユラーカバネの件を彼に相談する訳にはいかない。


 だが、収まらぬ胸騒ぎが、彼女をより過激な行動へと駆り立ててゆくのに気づく者は、一人もいなかった。





お読みいただきありがとうございます。


<毎週 月・金 更新中>

【次回】第52話:傍観者の翻意

 1/30(金)19:00頃 更新予定です

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