第50話 苦渋
巫女様、お初お目にかかります。第一王子のヨスホースと申します。
巫女様にお目通り叶い、また、その清き御姿を拝することができ、まことに光栄の至りです。
はい、そうですね。元々は兄が二人いたのですが、皆病で亡くなり、私が長男なのです。まだ二十八歳の若輩者ではありますが。
母上も、やはり病でなくなりました。血筋でしょうか、私もあまり体が強くなくて……。
いえ、いえ。巫女様に比べれば、私の苦労など大したことはありません。
……そうですね。ご存じのようなので隠しませんが、父上も病を患っております。
実は、私は、……父上が衰えてゆく姿を見るのが辛くて、一時期顔を合わせないようにしていたんです。ですが、今は、それよりも父上に会えない事が苦しい。
何でも絶対安静の為、父上が会いたくない、と言っているそうなのです。
自分から避けていたのに、いざ会えなくなってから後悔するなんて、自分の至らなさに嫌気がさします……。
理由ですか?……優しい父上なので、自分の衰えた姿を私に見せたくないのかもしれません。きっと、以前より衰えているでしょうから。
だからこそ、自分がしっかりしなければ、と思っています。内務大臣や義理の母上は、私は王に向かないと言っていますが、父上は私に期待をかけ、後継者として指名してくださいました。だから、私はそれに応えたい。
第二王子ですか? 彼は、実際の所、……私より優れていると思います。剣の才能もあるし、頭も悪くない。
彼を王に推す者達の方が多いのは知っています。ですが、父上の決定こそ絶対です。……ただ、彼が私の事をどう思っているのか、正直分からず、悩んでいます。
このままでは、国を二分する争いに発展してしまうのではないかと、それが、心配です。それだけは、絶対に避けなければ……。
私は、父上から引き継ぐこの国を守るため、遠くないうちに決断しなければいけないでしょう。王たるもの、時には非情な決断も必要だと、そう理解しています。
私は。私は弟を……
腰まで伸びる長い黒髪を後ろで一つに纏めたその黒マントの男は、酒場で一人黙って酒を煽っていた。
辺りではあまり柄の良くない男たちが酔っ払い、大騒ぎしている。
彼らの話題は、もっぱら湖畔の町に鬼神が現れた件で持ちきりだった。髭もじゃの大男が喉を鳴らし、上手そうに酒を飲みながら、赤ら顔で大声で言う。
「一人残らず皆殺しで、町は徹底的に破壊されていたそうじゃないか!」
目つきの鋭い細身の男が、唾を飛ばしながらそれに反論した。
「いやいや、俺の聞いた話ではそこまででは無かったぞ! もちろん沢山死んだらしいが」
盛り上がる彼らの話の内容は、次第に町の様子から鬼神そのものへと移ってゆく。
「ハァ? 鬼神なんている訳ねぇだろ? おとぎ話の読み過ぎだ。いい歳して馬鹿馬鹿しい!」
「じゃぁ、誰が町を襲ったって言うんだ?」
「盗賊じゃねぇの?」
「馬鹿! こんな大掛かりな襲撃をしたら国が黙ってないだろ。というか、あの辺にそんな大規模な賊はいないだろ。鬼神の仕業に違いない!」
盛り上がる会話の中心にいた坊主頭の大男。その場を取り仕切っているらしいその男が赤い顔で周りを見渡し、部屋の隅に座っている黒髪の男を見つけて近づいてきた。
「ヴァスロー、ここにいたのか。お前、日ごろから鬼神がどうのとか言ってるが、本当に鬼神がいると思っているのか?」
ヴァスローと呼ばれた男は、チラリと話しかけてきた男を見た後、ぼそりと言った。
「鬼神は、いるさ」
「ハハハハハ!! オイオイ! お前まで何言ってんだよ! そんなもんいる訳ねぇだろ! そんなんがいたら、俺たちゃとっくに鬼神にやられてるっつーの!」
男は馬鹿にした目でヴァスローを見下ろし、大声で笑う。すると、周りの男たちも空気を読みつつ、一斉に笑い始めた。
「こんな雑魚の群れ、鬼神が相手にする訳ないだろ」
「あ? ……何だとテメェ」
怒気を孕んだその男の一言を受け、一瞬で場が静まり返った。
ヴァスローは心底つまらなそうに坊主頭の男を見上げ、再び口を開く。
「雑魚はすっこんでなよ。あと、臭い息で話しかけるな」
「上等だテメェ! スカしやがって。前々から気に入らなかったんだ!」
そう叫ぶが早いか、青筋をたてた大男が腰の剣を抜き放ち、力任せにヴァスローに振り下ろした。
しかし、彼の剣は椅子を叩き切ったのみで、その一瞬の間にヴァスローは男の眼前に肉薄していた。力任せに剣を振り下ろしたせいで突きだした格好になっている男の顔。その顎目掛けてヴァスローが強烈な掌底を叩き込むと、大男は机を巻き込みながら後ろに倒れ込み、まま白目を剥いて動かなくなった。
驚きのあまり声を出せない男たちを見渡し、ヴァスローはつまらなそうに吐き捨てる。
「相手にする価値がないね。まぁ、君たちの事好きじゃないから、全員殺していいなら相手してもいいけど?」
過激な言動とは裏腹に、彼は冷静に状況を判断していた。
(相手は人数こそ二十を超えるが、傭兵とは名ばかりのゴロツキばかり。一人派手に血祭りにあげれば総崩れだね。それに、俺は部屋の隅に立ち、テーブルがあるため囲まれにくいから数の優位は働かない)
細身剣の柄に手を掛けた彼に睨まれ、男たちは怯えて後ずさる。
その時、突然入り口の扉が開き、マントにフードを被った男が店に入ってきた。
「……ん?」
全員が一斉にそちらを向く。ヴァスローはつまらなそうに。他の男たちは助けを求めるように。
倒れている坊主頭の男と、その前に立つヴァスローを見比べ、事態を理解したフードの男は、溜息を吐きながら彼に話しかける。
「おいおい、その辺にしとけ」
「俺、コイツらと一緒は嫌だって言ったよね? 馬鹿は嫌いなんだけど」
フードの男は再び大きな溜息を吐くと、諭すのを諦め、用件を伝えた。
「ターゲットの巫女はこの王都に到着しているらしい。恐らく近日中に動き出すはずだ。王都を離れてからが勝負だ。準備をしておけよ」
その言葉に、一転笑顔を浮かべるヴァスロー。その目は、どこか狂気を感じさせるもので、フードの男はそれに気圧されながら心の中で毒づく。
(勘弁してくれ。いくら仕事とはいえ、こんなヤバい奴と一緒にやってられるかよ……)
大きな窓から午後の光が差し込む教会の廊下。そこを歩くニアティと、隣を歩く副官。そして、少し太った年配の男。
「ユラーカバネに動きはありません。特に何をするでもなく宿に留まり、たまに外出する位です。その外出も、散歩といった感じで、誰とも接触してる様子は見られませんでした」
副官の報告を聞きながら、彼女は思いを巡らせる。
(奴はこの王都で一体何をしている? いや、表面的に捉えるなら、生贄の儀式までの時間潰しなのかもしれないが……。 そもそも、奴が巫女ナァラと接触したのは偶然なのだろうか? 謎が多すぎるが、今の所動きが無くて正体が掴めない。
……そうだな、それなら水を向けてみるか)
そんな事を考えながら歩いていると、目的の部屋の前に辿り着いていた。
彼女は、少し口角を上げ、その部屋の扉をノックする。
少しして、内側から扉が開かれた。
扉を開いた侍女の横を通り過ぎ、彼女は部屋の主に挨拶の言葉を告げる。
「巫女様、こんにちは。ご機嫌は如何でしょうか?」
「ニアティさん、こんにちは。お陰様で元気でやれています」
ニアティが満足そうに頷くと、その顔をユオーミは上目遣いで見上げ、遠慮がちに尋ねた。
「あの……。それで、皆さんの様子はどうでしたか?」
ニアティは、そんなユオーミの様子を見て微笑みを深めながら応じる。
「はい。初めは皆酷い怪我でしたが、管理神官をはじめとして、皆随分回復してきています。この様子なら、巫女様が王都を発たれる際にはきっと護衛の任を果たせると思います」
「良かった! あの、それで……」
パッと表情を明るくしたユオーミ。そして、再びニアティの様子を伺うように口ごもる。
ニアティは、くるくると表情を変えるユオーミを愛くるしく感じ、微笑みが止まらない。それと同時に、ちくりと胸が痛んだ。
(ちょっと、意地悪し過ぎたな)
そして、先日のユオーミの言葉を思い出す。
『お願いがあるんです。あの、管理神官さんや、守護神官さんたちにメッセージを伝えてもらえませんか? 私、皆のお陰で無事にここまでこられて、今は一人ぼっちだけど、ちゃんと巫女の務めを頑張ってるって、伝えたいんです。お願いします!』
「ええ、皆喜んでいました。特に管理神官は、それはもう……。『体調を万全にして巫女様をお待ちしています』と伝えて欲しいと頼まれました」
ユオーミからの伝言を聞いたアガナタは目の色を変え、一気に体を起こしてニアティに迫ろうとして、肩の痛みに悶えてそのままベッドから転げ落ちていたが、彼女はそのことは巫女に伝えないことにした。
「よかった……」
目を輝かせて心底安心したような表情を浮かべるユオーミを眩しそうに見つめながらも、ニアティはアガナタとユオーミの関係にうらやましいものを感じていたい。
か弱き、尊いものを守る守護者。それは、朧の一員である自分とは対極に位置する存在だ。
朧である自分を思い出し、胸苦しさを覚え、「もしも……」という幻想を振り払う。そんな感傷は毒でしかない。人にはそれぞれ役割があり、誰もが自分の事情を抱えている。
(誰かを羨むなど、それこそ不敬。彼らの苦しみを、何も知りはしないのだから)
ユオーミの話す管理神官や守護神官たちの自慢話に相槌を打ちながら、ニアティは、それが途切れたタイミングで本題に入った。
「実は、本日は医者を連れてきました」
「……え?」
確かに、ニアティの後ろにはいつもの副官とは別に、少し恰幅の良い初老の男性が立っている。彼は、鞄を両手で持ったまま、ユオーミに微笑み会釈した。
「巫女様は山を越えられたり、襲撃を受けたりと心身ともに疲労が蓄積している事と思われます。そこで、改めて医者に検査を受けて頂きたいと思いまして」
ユオーミは小首をかしげる。
「お医者様なら、ここに来てすぐに見て頂いたと思いますが?」
「おっしゃる通りです。ですが、実は一つ検査が漏れていまして……。大変申し訳ありません」
ばつの悪そうな顔で告げるニアティ。
この数日間、ニアティはユオーミにあれこれと世話を焼き、常に優しく接してきた。初めこそ警戒していたが、そんな彼女を、ユオーミも信頼し始めていた。
「分かりました、大丈夫です。……よろしくお願いします」
「ありがとうございます。ちょっと痛いかもしれませんが、我慢をお願いします」
「え!?」
そう言いながら、医者はテーブルに置いた鞄から布と針を取り出すと、微笑みながらユオーミににじり寄ってきた。突然取り出された針に思わず後ずさりするユオーミ。
それを見つめるニアティが腰の後ろで交差させたその肩てには、拳ほどの大きさの、あまり厚みの無い石の板が握られていた。
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【次回】第51話:真意
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