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第4話 路地裏


初め、ナァラはその影が小さな獣か何かかと思った。

しかし、それはよく見ると人間だった。薄汚れた顔。ボサボサの髪。ボロボロの衣服。


(小さな子供…?)


その子供は、ひったくるように落ちていたパンを拾うと、あっという間に元いた路地に消えていった。


守護神官たちは、何事もなかったかのように警戒を解く。


赤の守護神官は、そっと振り返り、子供の消えていった路地を見つめるナァラに気付き、咳払いをした。


「…巫女様、大丈夫ですよ。」



しかし、ナァラは赤の守護神官の言葉に反応を示さず、一点を見つめたままゆっくりと立ち上がった。


「今の子は…?」


独り言のように呟き、少しずつ歩き始める。


そんなナァラの様子を見て、赤の守護神官が慌てて声をかける。

「巫女様、そちらに行ってはいけません。」


ナァラは、その時、赤の守護主神官がいたことに初めて気が付いたようにそちらに顔を向け、まっすぐな瞳で問いかけた。


「どうして?」


今までのおどおどした様子と異なるナァラの雰囲気に気圧されつつ、彼女は答える。

「危険です。」


「何故?」

急に表情が読み取れなくなったナァラに見つめられ、言葉が継げなくなる。

(私は、何を動揺している…?)


咄嗟に言葉が出てこず、彼女は救いを求めるように守護主神官の方に目をやる。



守護主神官は、じっとナァラを見つめていた。


応えない赤い守護神官に興味を失ったかのように、再び前を向き、歩き出そうとするナァラ。



「巫女様、どうされましたか?」

ナァラの傍らまで歩み寄り、落ち着きを払った声で守護主神官が声をかける。


「あっちに、行きたいの。」

抑揚のない声で答えるナァラに、守護主神官が答える。


「…分かりました。一緒に参りましょう。」


「主神官!」

思わず声を上げた赤の守護神官を一瞥し、守護主神官が告げる。

「巫女様がそれを望まれている。住人を相手に後れを取る我らではない。お前たちは周囲を警戒しろ。」


「はっ!」

一斉に、守護神官達が応えた。



路地裏の奥では、先ほどの子供が、さらに小さな子供と二人で必死でパンに噛り付いていた。先ほどのパンを二人で分けたのだろう。

路地の入口からナァラはその様子を黙って見つめる。


「あの子たちは…?」

「浮浪児ですな。親がいないため、住む場所もなく、こういった路地裏を寝床にしているのでしょう。」


「親がいない…」

黙って見つめていると、路地裏のさらに奥の方から大人の男が姿を現した。格好から見るに、こちらも浮浪者だろう。


それに気づいた子供たちは咄嗟に逃げようとしたが、小さい方の子供が男に組み敷かれた。


「あ!」

思わずナァラは声を上げた。


男が子供からパンを奪おうとし、子供の腕をねじ上げた。と、一旦逃げたもう一人の子供が男の背中を蹴りつけた。

「弟を放せ!」

男は体制を崩すも、子供の手を放さず、組み敷いたままの状態で振り返り、憎悪に満ちた目で背中を蹴った子供を睨み付けた。

「てめぇ、やってくれたな…。大人しくしねぇとこいつの腕をへし折るぞ!」

「痛たたた、助けて兄ちゃん!」


ナァラは咄嗟に隣に立つ守護主神官を見上げ、その袖を掴んだ。

「助け…」


「おい!!」


それは、さながら獣の咆哮だった。

その声は路地裏中に響き渡り、そこにいた男が飛び上がって逃げ出した様は、まるで音圧で男が吹き飛んだようにも見えた。

子供たちは腰が抜けたようにその場にひっくり返っていたが、兄が必死に這いつくばりながら、弟を引きずって路地裏の闇の中に消えていった。


事態の収束を確認し、守護主神官は咳払いをしてナァラに声をかけた。

「…失礼しました。巫女様、大丈夫ですか?」

真横から突然発せられた凄まじい威圧に、ナァラは頭の中が真っ白になり、危うく気絶しかかっていた。動悸と冷や汗が止まらない。


蒼白となっているナァラの顔を見て、守護主神官は狼狽を見せ、

「申し訳ありません!一旦横になりましょう。おい、赤の守護神官!来てくれ。」



赤の守護神官に抱きかかえられて運ばれ、先ほどの露店の長椅子に横になるナァラ。


「巫女様、大丈夫ですか?」

心配そうに見つめる守護神官達。



ナァラは、横になったままぼんやりと空を見つめる。青い空を、千切れ雲がゆっくりと流れていく。

何故だか、急に村長の家での日々がぼんやりと思い出された。

確かに、楽しい事は少なく、辛い事ばかりだったけれど、それでも…


「…恵まれていたんですね。」

「は?」

「いえ、何でもありません。あの…守護主神官さん…」


「ここにおります。先ほどは大変失礼いたしました。」

片膝をつき、頭を下げながら謝罪する守護主神官に、ナァラはそっと告げる。

「ありがとうございました。」

「え?」

「あの子たちを、助けてくれて。」

「…一時凌ぎにすぎません。彼らの日々は、何も変わらない。」

「それでも。…助けてくれた。そういう人がいたという事、そういうことがあるという事が、大切なのではないでしょうか。」


何か言おうとして口を開いたが、結局何も言うことができず、守護主神官は、黙ってナァラの目を見つめる。

その複雑な表情を、ナァラは見つめ返す。



ナァラにとって、巫女に選ばれてからのこの数日は、全く現実感がない日々だった。皆が自分に気を使い、構い、守ってくれる。あまりに今までの生活と違いすぎて、何だか夢を見ているような、地に足がつかないような感覚。


けれど、先ほどの路地裏での出来事を見て、急に視界が晴れた気がした。やはり、これは現実なんだと、妙に納得したのだ。

(もう、自分を憐れむのは終わりにしよう。私のすべきことは…)


気持ちに整理がついて気が緩んだ為だろうか、急速に体が重くなり、ナァラは気を失ってしまった。



--------------------------------


「お前が付いていながらなんという体たらくだ!」


管理神官は、大声こそ出さなかったが、相当怒っている様子だった。

眉間にしわを寄せ、自分よりも背の高い守護主神官に掴みかかりそうな勢いで詰め寄っている。


あの後、ナァラが気を失ってしまい。目を覚ました後も体調を確認しながらゆっくりと歩いたため、宿に到着するのが予定より大分遅くなってしまった。

路地裏を覗いた挙句、巫女が気絶したと聞き、管理神官は巫女の無事を確認した後、守護主神官に食って掛かったのだ。


「面目ない。」

頭を下げると管理神官とぶつかりそうだったため、彼は直立不動のままそう答える。


「それで済む話か!そもそもお前は自覚が…」


「あの、管理神官さん」

奉献の徒の責任者である管理神官が怒りだしたとあって、皆が仲裁に入ることができずに見守る中、恐る恐る、といった様子でナァラが二人の間にそっと割って入った。


「巫女様!」

管理神官は突然巫女が目の前に現れたため、ふと我に返り、自らの醜態に気づいて動揺した。


「守護主神官さんには、路地裏を見せてほしいと私からお願いしました。我儘を言って申し訳ありません。」

「いえいえ、巫女様。謝る必要はありません。私も少し取り乱してしまい申し訳ありません。ただ、無理だけはなさいませぬよう、それだけはお願いいたします。」



管理神官は気を取り直し、巫女を見つめる。

昼までと少し雰囲気の違う彼女に戸惑いつつ、この後の予定について考えながら巫女の様子を伺った。

多少の疲れは見えるが、倒れたという話からすれば血色は悪くなく、足取りもしっかりしているように見える。


「巫女様、体調はいかがでしょうか。この後、告解の儀を予定しておりますが、今日はやめておきましょうか?」


管理神官がナァラを見る瞳は、純粋に心配の色が浮かんでいた。


「大丈夫です。私、頑張ります。」

目に力を込めて管理神官を見つめ返す。


「・・・」

顎に手をやりながら少し考え、管理神官は答える。

「…分かりました。では、この後、予定通り告解の儀を執り行わせていただきます。ただし、くれぐれも無理はなさいませんように。何かあればすぐに私を呼んでください。」


そして、守護主神官の方を向いてこう告げた。

「先程はすまなかった。詳しい話は後で教えてくれ。」

「いや…分かった。こちらもすまなかった。」



「よし、儀式の準備を再開するぞ。」

管理神官は手を叩き、皆に指示を出す。

「守護神官たちを中心に急いで天幕を完成させてくれ。守護主神官は周辺の様子の確認して、事前情報と相違がないかチェックだ。

ああ、そこの青の世話人、町長の所に行って、少し遅れると伝えてくれ。準備出来次第、再度連絡すると。

他の世話人は、既に荷を解いてある儀式道具一式の搬送だ。」


ナァラが、テキパキと指示を出す管理神官を見つめていると、突然彼と目が合った。

「巫女様は宿の部屋で体を清めた後、着替えをお願いいたします。赤の世話人、一人手伝いを頼む。ああ、赤の守護神官は巫女様の護衛だ。巫女様の体調にはよくよく気を付けてくれ。」


「承知しました!」


一斉に動き出す奉献の徒のメンバーたち。

気まずい空気から一転、活気に満ちた状態になったことに一番安心していたのは、他でもない管理神官その人だった。


部屋に向かう巫女の背中を見送りながら、自嘲気味に笑う管理神官。

(冷静さを欠いては駄目だ…計画が台無しになってしまう。だが…。)


巫女たちの姿が見えなくなり、一人となった彼は、皆と合流するため宿の出口に向かおうとして、ふと、棚の上に置かれた鏡が目に付いて立ち止まった。


鏡の中の男は、眉間に皺をよせ、思い詰めた表情でこちらを睨みつけていた。

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