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生贄の巫女 ~偽りの巫女と仮面の守護者~  作者: 雨包おん
第9章 王都:命の証明
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第48話 信念と覚悟の剣



 満天の星空の下、儀式用の天幕の中で厳つい目をした初老の男の顔が蝋燭の明かりに照らされていた。目じりに深く皺が刻まれたその瞳が、挑むように生贄の巫女を睨みつけている。


 向かいに座るユオーミは、彼の放つ威圧感に圧倒され、思わず膝が震えそうになるのを足に力を入れて必死に堪える。


 今までは、いつも誰かが近くにいてくれた。告解の儀の時でさえ、合間合間でアガナタが顔を出してくれた。しかし今、ユオーミの近くに、味方はいない。

(それだけで、こんなにも心細いなんて……)


 奉献の徒の皆の大きさを改めて感じ、いかに今まで自分が守られてきたのかを痛感する。

 しかし、その事実に気づいた所で誰かが助けてる訳でもなく、彼女は今、一人で儀式に挑むしかない。


「巫女様、どうぞよろしくお願いいたします」


 口調とは裏腹なその厳しい瞳に、ユオーミはオッドーやアガナタが山の洞穴で語っていた言葉を思い出す。


『王族や大臣は必ず告解の儀を受けなければならないのです。何でも、巫女様に罪を告白することで悪しき心を忘れ、善政を行う礎となっているとか』


『告解の儀において、不思議なことに、誰もが本音を語ってしまう、という説もあるらしい。神より与えられたその力の前では、王族、大臣ですら、真実を語る事から逃れる術は無いとか』


『事実はどうあれ、自らの企みが露見してしまうと、そう彼らが思えば、良からぬ企みを持つ者たちは巫女様が邪魔になるでしょう』


 王国を支配する彼らからすれば、ユオーミは、恐らく招かれざる客だろう。何よりも、その非友好的な瞳がそれを雄弁に物語っている。


 はるかに年上の大人から、至近距離で向けられる敵意。覆い隠す事さえ辞めた、その剥き出しの感情が酷く恐ろしかった。


 ユオーミは、口の中がカラカラに乾いている事に気づき、机の上の水差しに手を伸ばそうとする。だが、彼女の一挙手一投足を捕らえる目の前の強い眼差しに息が苦しくなり、それを諦めて手を膝の上に戻した。


 無意識のうちに天幕の出口に目をやるが、そこに、探している姿は見当たらない。

(アガナタ、さん……)


 その目線が酷く無遠慮な、探る様な瞳とぶつかる。侮り、品定めするような、その視線。


 不意に、涙がせり上がってくる。


 ――これは、自己憐憫か。それとも、傷つき、一人ベッドに横たわっているはずのアガナタにすら助けを求めようとしている、自分のどうしようもない程の弱さへの絶望か。


(違う、そうじゃない!)


 命を懸けて、彼女を守ってくれて人がいた。彼女は、自分が侮られたことが、彼女にとって大切な彼らの、その献身が侮られたように感じられ、悔しかったのだ。


(そんなの、例え神様だったとしても許さない!)


 込み上げる感情に、体中が熱を持つ。


 ふと、彼の言葉が蘇る。


『約束してくれ。真実を知った事の苦しみを、決して一人では抱えないと。君の苦しみを、俺にも背負わせて欲しいんだ。君はもう、一人ではないという事を、忘れないで欲しい』


(アガナタさん。本当のことをいうと、私は今、怖いです。真正面からぶつけられる敵意に、それで心が折れてしまうかもしれないという恐怖に。そして、貴方の期待に応えられないかもしれない自分への絶望に……)


 ユオーミは、ぎゅっ、と強く瞳を閉じる。



 けれど、――私はひとりじゃない。



(私の仕事は、人々の悩みを聞くこと。そして、その罪を、その弱さを受け止めること……。

 皆に胸を張って自分が巫女だと言えるように、守るに値する巫女だと彼らが信じられるように、私は、自分にできる最善を尽くしたい!)


 ユオーミは、静かに目を開いて相手を見つめ返すと、覚悟を決め、儀式の始まりを宣言した。


「……よろしくお願いします。それでは、始めましょうか」



 上質な衣装を身にまとい、ユオーミの向かいに座るアカネイシア王国の宰相である彼は今、表情こそ顔に出さないが、内心緊張していた。油断すれば、ふと何か言ってはいけないことを口走ってしまうのではないかと。


 彼は、告解者として告解の儀に参加するのは今回で三度目だった。



 大陸に四つある国のうち、毎年、どれか一つの国が告解の儀に参加することとなるが、それは、その年選ばれた生贄の巫女がどの国に住んでいるかで決まる。


 生贄の巫女を選ぶのは「神」とされているが、その居住国は、不思議と四つの国が順番に選ばれることが多い。


 つまり、例外はあるが、各国の王族や幹部は、四年に一度告解の儀に参加することとなるのだ。

 結果、一生に一度告解の儀に参加できるかどうか分からない庶民と異なり、何度も告解の儀に参加することとなる彼らは、それを名誉と感じるよりは、義務と感じるようになる。


 巫女に対して不思議と色々な事を話してしまい、後で思い返しても何を話したのかはっきりと思い出せない。基本的にこの儀式を盗み聞くことはできず、ただ、巫女と、巫女を通して神だけがその内容を知っている。


 当然、儀式の内容を巫女が大導主に伝えているのでは、という疑念が湧いてくるが、実際の巫女を前にしてその思いはかき消される。


 どの巫女も、生贄として消えゆく運命に打ちひしがれ、心ここにあらず、という様子で懺悔を聞いている。いや、聞いているのかすら怪しかった。だから、この生贄の少女たちが、「政治的に複雑な事柄や陰謀に関わる悪意を逐一覚えて報告している」等とは考えにくいと、誰もがそう感じていた。


 それなのに、邪な心を持つ者の元に鬼神はやってくる。


 やはり、巫女には神より与えられし力があるのではないか。そうして、巫女は王やその臣下たちから恐れられ、今日に至る。



 香が焚かれ、上品なその香りが天幕の中を厳粛な雰囲気に変えて行く。


「あなたの悩みを、聞きましょう」


 宰相は、自らの意識が混濁し始めている事に気づかず、話し始めた。


「……私は、正直どうしたら良いのか分からないのです。そんな自分が情けなく、恥ずかしくすら感じています」

 眉間に皺を寄せ、先程までの警戒心を剥き出しにした様子がまるでなかったかのように、率直な言葉を告げる宰相に面くらいながらも、ユオーミは相手が何を伝えようとしているのか、意識を集中させ、続きを促す。


「一体何があなたを苦しめるのですか? 良ければ、聞かせてください」


 そして、つまびらかに語られるアカネイシア王国の現状。

 それは、これほどの威容を誇る王国が、実際には非常に危険な状態にあり、国を割る様な争いが間近に迫っているという事実であった。


 アカネイシア王は現在その身を病に侵されており、恐らく長くは生きられないという事。王子は二人おり、王は第一王子を後継指名しているが、後妻である現王妃が、自分の息子である第二王子に王位を継がせるべく、大臣や将軍を巻き込んで様々な陰謀を巡らせているという事。


 王宮内は第一王子派と第二王子派とで真っ二つに割れ、やや第二王子が優勢な状況だが、病に侵され、往年の覇気を失った王ではこれを抑える事が出来ず、これに起因した事件や事故が多発しているそうだ。


 宰相である彼はこの状況に心を痛めつつも、下手にどちらかの味方をすると、他方が王となった暁に、自らが失脚し、最悪の場合家族もろとも投獄されることを恐れ、なんら有効な手を打てていない。


 ――その結果、歯止めを失った闘争は過激化の一途を辿る事となった。


 ユオーミは、国の偉い立場にある人間が、覚悟を持たず、ただ、目の前で国が壊れてゆくのを傍観している事実に衝撃を受けた。


 宰相というものがどのような役割を担っているのかユオーミには詳しくは分からなかったが、国政の大事な部分を担っているであろうことは分かる。

 いわば、国の一部を任されている彼が、国の危機に際して手をこまねいている……。


 ふと、脳裏にアガナタやオッドーの顔が浮かんだ。彼らであればどうするだろうか?

(彼らは、決して傍観したりはしない。自分でできる範囲の力を使って、状況を打破しようとするはず。――では、アガナタさんたちとこの宰相さんの違いは一体何だろう?)


 目の前の宰相は、初めとは打って変わって、深く皺が刻まれた顔の真ん中で、おどおどした瞳を落ち着きなく彷徨わせていた。


「あなたは、どうしたいのですか?」

「わ、私は、死にたくない。今の役職を失いたくない。誰にも脅かされたくない!」


 彼は話しながら次第に興奮しだし、虚ろな瞳で中空を睨みながら、口から唾を飛ばして絶叫する。

「私が一体何をしたというのだ! なぜこんな目に合う! わ、私は悪くない!」


 そして、一瞬口ごもり、それからはっきりと口にした。

「そうだ! 王が悪いんだ! 病に侵され、精彩を欠いたあの男が悪いんだ! くそっ、どうするつもりなのだ!!」


 ユオーミは思わず目と閉じる。

 この国の頂点近くまで辿り着いた彼は、きっと優秀な人材だったのだろう。それが今、彼の知る日常が崩れ去ろうとする状況を前に、成す術もなく立ち尽くし、果ては王が悪いと叫んでいる。


(病にかかるのも、衰えるのも自然なことで、たとえ王であろうとそれは罪ではないはず……。この人が言っている事は、ただ、変わりゆく現状に怯える自分に対する、憐れみ)


 弱い事は罪なのだろうか。


 強き者ですら、積み上げた権力、実績、それらを持ってしてもどうにもならない事はあるだろう。力を持たない弱き者であればなおさらだ。


 自分の力が及ぶかどうか分からない圧倒的困難を前にして、貧富や年齢は関係なく、人は、自らの在り方を突き付けられるのかもしれない。


 傷つきながらも立ち向かう人々。狼狽え、嘆いてあがくことを諦める人たち。


「心を強く持ちたいと願い、それでも、誰もがそうあり続けられる訳ではない……」

「は、はい……?」


 ユオーミは視線をテーブルに落とし、言葉を続ける。それは、目の前の宰相ではなく、自分に向けられた言葉でもあった。

「弱いという事。それは、罪ではないと、そうであって欲しいと、私は思います。一方で、強くありたいと、そう願う気持ちの尊さを、私はこの旅で学びました」


 そして、目の前の男を見つめる。

「……あなたは、どうしたいのですか?」


 男はユオーミから目を逸らすことができない。真っ直ぐなその瞳。呼吸する事すらはばかられる様な、そんな尊さに圧倒され、絞り出すように漏れ出た言葉。


「わ、私は、失うのが恐ろしい。……助けてください! 助けて、欲しいのです!!」

「……」



『神より与えられたその力の前では、王族、大臣ですら、真実を語る事から逃れられる術は無い』


 ユオーミは考えを巡らせる。一国の宰相が、こんな年端もいかない娘に、誇る事もできない弱さを、国の一大事をさらけ出すこの状況。

 ……やはり、神の力は存在するのだろうか。だとすれば、この話は鬼神の耳にも届くかもしれない。


(――つまり、今後の話の流れ次第では、誰かが鬼神の裁きを受事もあり得る。……鬼神の、裁き?)


 ユオーミは湖畔の町の事を思い出し、唐突に話題を変えた。

「宰相さん、あの、湖畔の町が鬼神の裁きを受けたと聞いたのですが、本当でしょうか?」


 宰相は急に話が変わり、目を白黒させながらも、何とか答える。

「ああ、鬼神の裁きですか。確かにその報告は入っております。ヌクメイからの報告では、町も森も大部分が焼け落ちていたとか。


 相当数の死傷者が出ているようです。生き残った住民の話では、鬼神を見た、と証言する者もいるそうで、だた、どうもあの村は禁制品の薬物の栽培に関わっていたようで、その薬物のせいで幻覚を見ていた可能性は捨てきれません。


 しかし、盗賊の仕業にしては破壊が大規模で、略奪の痕跡もなく、また、他国の軍隊が動いたという情報もない事から、やはり鬼神の裁きなのではないかと、そう噂されています。

 事実を確認するため、王都からも昨日調査隊を向かわせた所です」


「やはり、鬼神様いるのですね……」

 それに対し宰相は、意地の悪そうな微笑みを浮かべてこう返した。


「いやいや、鬼神など教団の作り出したおとぎ話ではないでしょうか。鬼神などいる訳がない。巫女様に言うのも何ですが、恐らく教団が持つ何らかの武力集団の仕業だと、私はそう思っております」




 続いて面会したアカネイシア王は、病により弱り、杖を突きながら天幕に現れた。このような状況でありながら、天幕内では介添えを受ける事が出来ない現実に、この儀式の重さと、教団の力を思い知る。


「巫女様に、拝謁いたす」


 かつては威厳に満ちていたであろう彼は、目が落ち窪んでやせ細り、豪華な衣装を身に着けてなお王というよりは病人という方が正確ではないかとユオーミには感じられた。


「正直、私の命は長くは持たない。第一王子を後継者として指名はしているのだが、どうやら、城内は混乱しているようだ。……自分に力が無いばかりに。不甲斐ない」


 彼は息苦しそうに一度言葉を切り、続ける。


「王位をめぐる混乱について、側近たちは言葉を濁すが、私でもその位分かる。


 王として、私の死後、国内で争うような事だけは無いようにしなければならない。

 その思いから、先日第二王子を地方に左遷する勅命を出したのだが……。いや、出したはずだったのだが、実際には何も起きなかった。恐らく、王妃とその協力者の仕業だろう。私の命令は最早どこにも届かず、既に権力から切り離されていたのだ……。


 今の私は、私室から出る事すら自由に叶わない。体に障る、という理由でな」


 一国の頂点に上り詰めながら、病によりその力が衰えた途端、身内の裏切りによりその権力が奪われ、半ば幽閉状態にある彼。


 その無念。執着。絶望。諦観。

 それでもなお、彼はできる事をしようと足掻く。


「巫女様、最早この身など惜しくはない。恥を忍んでお願いする。息子たちの話を聞いて、正しい方向に導いてはもらえないだろうか」


 机に両手を付き、頭を下げるアカネイシア王。


「このままでは国が内戦に陥り、多くの血が流れ、無辜むこの民が辛酸を舐める事となってしまう。巫女様、何卒ご慈悲を!」


 ユオーミは王の突然の行動に驚き、慌てて顔を上げさせる。

「そんな! 顔を上げてください!」


 ユオーミには正直その重みは分かりかねるが、一国の王が巫女とはいえ一介の少女に頭を下げるなど、驚天動地の行いだろう。


「いや、聞き届け頂くまで頭は上げぬ!」

「わ、分かりました! だから顔を上げてください!!」


「おお! かたじけない!」

 顔を上げた王の顔は、天幕に現れた時よりも少し穏やかで、少し悪戯っぽくも見えた。


 王の申し出に、ユオーミは戸惑う。

 本当は、巫女の仕事は人々の懺悔を聞くというもので、それ以上の干渉は禁じられている。人々の代表たる生贄の巫女に国政に関わる仲裁を依頼する等、ルール違反以外のなにものでもない。けれど……。


『行動には責任が伴います。』

 ふと、守護主神官の言葉を思い出し、一瞬体に震えが走った。


 彼女は、自分は取り返しのつかないことをしようとしているのではないかと不安になる。


(けれど、彼はこうも言っていた……)

『貴女が信念と覚悟を示す限り、守護主神官である私はあなたの剣となりましょう』



「巫女様の良心に付け込む卑怯な事をしていると、そして、巫女様の任務から外れた内容であると、それは重々承知しておる。本当は、これは心に留め、口に出すつもりは無かったのだが……。今日は、久しぶりに部屋から出る事が出来て気分が良く、少し口が緩んだのやもしれん」


 優し気な瞳で見つめる彼の視線を受け止め、見つめ返すユオーミ。彼も、力を失ってなお、プライドをかなぐり捨てて自分にできる唯一の事をやってのけた。


 ユオーミは、それがルール違反だと理解しつつも、自分にできるかもしれない、新たな自分の役割に胸の高ぶりを感じていた。


(私が、誰かの為に……)


 できるかどうか分からない。けれど、彼女にとって、それを理由に挑まないなどという事は、これまでの旅の経験から考えられなかった。


(望むのならば、自ら手を伸ばさなければ……。それを、彼が、彼らが教えてくれた。傍にはいなくても、私の心には、確かに彼らがいる!)


 心が熱を放つの感じながら、彼女は確かに一人では無いと、そう確信していた。



 瞳に強い力を宿した、そんな巫女の様子を見ながらアカネイシア王は目を見開く。

(王位について二十五年。今まで、多くの巫女たちと会ってきた。しかし……)


 そして、目を逸らすことなく、真っ直ぐに彼女を見つめた。

(この少女には、歴代の巫女に無い、強い意志の力を感じる)


 そんなアカネイシア王を力強く見つめ返し、ユオーミは静かに思いを告げる。

「私、やってみます」


 そして、アカネイシア王は、彼女が心の鞘から強い光を放つ「信念と覚悟」という剣を抜き放ったのを、確かに目の当たりにした。





いつもありがとうございます。感想、お待ちしています!


<毎週 月・金 更新中>

【次回】第49話:疑念

 1/12(月)19:00頃 更新予定です

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