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生贄の巫女 ~偽りの巫女と仮面の守護者~  作者: 雨包おん
第9章 王都:命の証明
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第47話 憂い



(どうしてこうなったの……?)


 王都での告解の儀を前にして、ユオーミはその身を清めるための湯浴みを済ませ、濡れた髪の水分を布に吸わせて乾かしていたのだが……。


 今、彼女の髪を梳いて整えているのは例の侍女ではない。その侍女は部屋の壁際に控え、戸惑いつつも黙ってこちらを見つめている。


 大きな鏡の前に座らされ、髪を梳かれるユオーミ。その鏡には、困惑の表情を浮かべる彼女自身と、楽しそうに櫛を操るニアティが映っていた。



 髪を乾かし終わり、侍女がユオーミの髪を整えようとした所に、たまたま準備の進捗を確認しに来たニアティが部屋に入ってきた。すると、ニアティは二人の様子じっと見つめた後、ユオーミの隣に立ち、こう聞いてきた。


「巫女様、もし、差し支えなければ、私に髪を梳かさせて頂けませんでしょうか?」

「……え?」


 突然の申し出にユオーミは驚き、思わず固まってしまう。そんなユオーミを見て、ニアティは少し寂しそうな顔で「ご迷惑でしょうか?」と聞いてきた。


「いえ、大丈夫です。お願いしてもよろしいでしょうか?」

 ユオーミは胸が痛くなり、咄嗟にそう言ってしまった。


 アガナタは彼女の事を信用できると言っていたが、それでも、やはりあの襲撃の現場で出会った彼女の印象は強烈で、できれば近くにいたくは無かったが、ユオーミの返事を聞いて嬉しそうにする彼女の顔を見て、思い直した。


(……今だけなら、いいかな)


 少し遠慮しつつ、それでも楽しそうに髪を梳くニアティの姿は、騎馬に乗った凛々しい姿とはかけ離れており、本当に同じ人物なのだろうかと、ユオーミは自分の記憶を疑いたくなる程だった。


(ええと、ニアティさんは、確か教団の偉い人、よね……?)


 どうにも落ち着かず、意を決してニアティに尋ねるユオーミ。

「あの、ニアティさんは、他人の髪を梳くのがお好きなんですが?」

「いえ、まぁ。そうですね……。私、子供が好きなんです。孤児院育ちなんで、弟分や妹分は沢山いたんですが、特に髪を梳いてあげるのが好きで……。あ、別に巫女様が子供だとかそういう意味ではありませんよ!」


 そう語る彼女の瞳は、遠い過去を見つめているようで、それは、とても優しいものに見えた。


「子供のお世話が好きなんですね。それこそ孤児院で皆の面倒を見るのとか向いていそうですね!」

「……そう、ですかね。いや、うん」


 鏡の向こうでユオーミの髪を梳いているニアティの顔が曇る。そこには、先ほどまでのやさしさとは異なり、どこか憂いを帯びた瞳が揺れていた。


 ふと、そんな彼女と目が合うと、彼女は作り笑いをして、ユオーミには、それが却って彼女の抱える悲哀を強調させた様に感じさせた。


「巫女様。私、応援しています」

「え?」


 扉をノックする音が聞こえ、ニアティが入室を許可すると、副官の男が部屋に入って来た。

「ニアティ様、ご報告があります」

「どうした?」


 一瞬で仕事の顔に戻ったニアティが駆け寄って来た侍女に櫛を預けて副官の男の方に歩み寄る。


 小声で話されるその内容は、ユオーミの耳には届かなかったが、真剣な顔で聞いていたニアティが呟いた言葉の断片が聞こえ、はっとして鏡越しにニアティを見つめた。


 彼女は、確かにこう口にした。

(マヨイグサ)


 それは、湖畔の町の告解の儀で耳にした、人を薬効で依存させる、危険な薬草。


 たまらず、ニアティに問いかける。

「あの! 何かあったのでしょうか?」


 振り返ったニアティは、ユオーミの必死さに少し驚きつつも、「すみません。巫女様には関係のないお話です」と言った後、それを取り消した。


「いえ。……関係ないことは無いですね。巫女様も訪れたことのある湖畔の町、覚えていらっしゃいますか?」


 コクコクと頷くユオーミに、ニアティは少し困った顔をしながら、その言葉を口にした。

「その湖畔の町が、……鬼神に破壊されました」




 ニアティは教会の廊下を早足に歩きながら、軽くため息を吐いた。


 先程のユオーミの凍り付いたような顔を思い出して後悔する。

(やはり、言うべきでは無かったか。いや、しかし……)


 ニアティは、王城の外でユオーミと向き合った時の彼女の顔を、その瞳を思い出す。

 極限状態でなお心折れず、決意をもってニアティに挑みかかる様な、あの瞳。


 それが、十四歳の少女だなどと、とても信じられなかった。その事実に畏敬の念すら覚えつつ、あの年齢でそこに至らざるを得なかった道のりの険しさを思い、胸に痛みを覚える。


 そしてあの部屋で、最後に言った言葉。

 彼女は、鏡越しにニアティの目をしっかり見て、こう言った。

「本当の事を教えてくれて、ありがとうございました」


(きっと、乗り越えられるのだろうな……)


 何だか誇らしい気持ちを覚えつつ、廊下の角を曲がる。すると、後ろから付いて来ていた副官が彼女の横に並び、声を掛けてきた。


「ニアティ様、先ほどのお戯れは一体どういう作戦なのでしょうか?」

 ニアティは呆れつつ、横目でチラリと彼を見つめる。

「戯れに見えたか?」


「え? いや、その……。他に何が?」

 その、動揺しつつも真面目な回答に、ニアティは思わず笑ってしまう。それと同時に、そのように見られている自分を改めて実感した。


「本音だよ。元々私は子供が好きだ。だが、任務で子供に会える訳でもなし、会えたとしても立場的に子供と戯れる訳にもいくまいよ。今回は巫女様のお世話という事で、まぁ、役得だな。……少々強引ではあったが」

「しかし、奉献の徒を警戒するよう指示があったかと……」


 この男は本当にまじめだな、と内心溜息を吐きながら、それはまぁ長所だろうなと、思い直し、答える。

「奉献の徒は警戒する。しかし、巫女様を警戒しろとは言われていない。

 彼女はまだ十四歳の子供だ。何もできはしまいよ。それに、その年で人々の罪を背負って務めを果たそうというのだ。自分が十四歳だった時の事を思い出してみろ。せめて我々は、彼女に心安らかにあって欲しいと、そう願うべきではないのか?」

「……。そう、ですね。分かりました」


「世界は、弱者に対してあまりにも優しくない。我々が歯を食いしばって任務に赴くのは、そういう弱者が生み出されるのを少しでも減らすためだ。そう、……戦争は、地獄なんだ。

 欺瞞でも自虐でも何でもいい、我々は、信じて行動するのみ」

「心得ております!」

「うん」


 ニアティは階段を降りながら、気持ちを切り替える。

「ここからは仕事の時間だ。精々愛想よく行くとするか」

「はっ!」


 そして、儀式用の天幕の張られた中庭へと向かう為、教会の扉を押し開けた。

 午後の日差しが降り注ぎ、一瞬目の前が光で覆われる。その眩しさに二人は思わず立ち止まり、それから、綺麗に手入れされた花の咲き乱れる庭園を、目的地に向けて力強く歩み始めた。




 王都における告解の儀は、それまでのものとは異なっている。


 王族が強制的に巻き込まれ、ひた隠しにしたい秘密が暴かれるかもしれないこの儀式は、殆どの告解者にとって当然歓迎されるものではない。

 教団側もそれを理解しており、少しでも疑念を晴らし、不満を減らすべく、幾らかの配慮をしている。


 儀式を取り仕切るのは、普段から王都の教会にいて王と面識のある者とすると共に、儀式の場となる天幕の事前確認を認め、さらにその周辺の警備を教団と王の近衛兵とで半分ずつ出し合う、というものだ。


 要は、告解の内容に、密かに聞き耳をたてたりしないという事を証明しつつ、疑念があれば意見を言いやすい状況を作る事で信頼関係を醸成しよう、という訳だ。



 広大な教会の中庭の、その中央に張られた天幕の中。そこをくまなく調べる王の近衛兵長に教会の主教とともに付き添い、ニアティは内心溜息を吐く。

(怪しいものは何も出てこないぞ。時間の無駄だな……)


 そんな思いはおくびにも出さず、笑顔で彼の質問に答えながら、儀式の準備に不備が無いか目を走らせた。


 一方、天幕の外側では、教団の守護騎士たちと近衛兵が交互に、均等の感覚で取り天幕から少し距離を取って囲んでいた。告解の儀の前、まだ日の明るいうちから、既に警戒は始まっている。


 それは、会場に不届き者を近づけないと共に、目を離した隙に相手方が何か仕込むのを防ぐ意味合いも持っていた。



 天幕を中心に、少し離れて警備が等間隔で取り囲むその儀式の場の様子を、ユオーミは教会の四階にある客室のテラスから見下ろしていた。


(今夜、あそこで王様と会う……)


 目線を上げると、広大な街並みが見渡せ、その威容に息を飲む。

 どこまでも広がっているかと錯覚するような、こんなにも大きな街を、上から見下ろしている自分に全く現実感が伴わず、戸惑うユオーミ。


 大きな建物、縦横無尽に走る通りと、そこを行き交う人沢山の人々がとても小さく見え、その一人一人に自身の生活や人生があるのだと思うと、その途方もなさに、最早ただただ、感動するしかない。


 この何もかもの、桁違いのスケールの大きさに圧倒されつつ、さらに顔を上げると、その視線に先には巨大な王城が佇み、街を、そしてユオーミを見下ろしていた。


 その奥にいて、この国の全てを統べるアカネイシア王。


 その王と今夜対面するという事実に、思わず身震いし、ユオーミは自分の両腕を抱きしめた。

 本当は胸がつぶれそうで逃げ出したかったが、彼女はそれを良しとしない。


 彼女の為にその身を捧げ、文字通り身を挺して守ってくれた仲間たち、そしてアガナタ。彼らの期待に応え、胸を張って再開できるように。彼女はそうありたいと願う。だから、ここで怖気づく訳にはいかなかった。


 左手首の紐飾りを反対の手で包み込み、ユオーミは視線を巡らせる。敷地内に点在するいくつかの建物。そのどこかに、奉献の徒の皆がいる。


「私は、自分に負けない。……私たちは、やり遂げる」

 彼女は瞳を閉じると、深く息を吸い、そう、呟いた。





お読みいただきありがとうございます。


<毎週 月・金 更新中>

【次回】第48話:信念と覚悟の剣

 1/9(金)19:00頃 更新予定です

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