第42話 二身一体
傾き、辺りを赤く染めてゆく太陽を右手に見ながら、アガナタはユオーミとともに王城を目指して疾走する。
アガナタは、左肩に突き刺さった矢が馬の動きに合わせて揺れる度、焼かれるような痛みを感じつつ、脂汗を浮かべながらも意識は別の方へと向かっていた。
(頼む、無事でいてくれ……)
残してきた味方の事を考えて心が折れそうになるが、目の前で震えながら馬にしがみついているユオーミの心中を思い、自分を鼓舞する。
(ここで俺が揺らいでどうする!!)
元より、教団がユオーミの排除を決定した段階で、彼女が巫女としての務めを続ける事は不可能だった。いや、教団からの後ろ盾を失った状態では、巫女の務めどころか、朧を相手に明日の命を繋ぐことすら覚束ないだろう。
だが、彼女は巫女としての務めに生き甲斐を見出し、責務を全うしたいと言った。その彼女の思いを実現するため、そして、その先にある「生きるに値する現実」を提示する為、アガナタは何としてもその状況を打破する必要があった。
起死回生の策としてアガナタが考案したのは、生贄の儀式の列席予定者とユオーミとの面会だ。これにより、儀式の際に巫女が別人になっていると、巫女の入替えが発覚してしまう事から、教団はユオーミを排除できなくなる。
元々、奉献の徒のルートはこの後アカネイシア王都に至り、そこで王族との告解の儀に臨むはずだった。だが、朧はそれまでユオーミを生かしておくつもりはないだろう。
であれば、朧を出し抜き、無理矢理にでもアカネイシア王に謁見すればよい。
現状、朧はユオーミ達を襲撃してきているが、謁見が実現すれば、教団は巫女の入替えが出来なくなり、辻褄合わせとして「今襲ってきているのは正体不明の賊」という事にした上で、ユオーミに対する朧による保護すら復活させるだろう。そうすれば、ユオーミとアガナタ達は元通り生贄の巫女として聖都を目指すことが可能となる。
彼女に牙を剥いた朧と手を取り合うなど唾棄すべき事態ではあるが、彼女の命を繋ぐため、彼女の願いを実現するため、それも甘んじて受ける覚悟はある。
それに、その関係は感情を越えた利害によって成立しているが故に強固で、誰かの思惑でその関係を破棄される危険がない、むしろユオーミを守るために理想的なものですらあった。
傾き始めた太陽が、日没が近い事を告げていた。王都は周囲を堀に囲まれており、四方にある城門には吊り橋がかけられている。そして、それらの吊り橋は日没とともに上げられ、門も閉ざされてしまう。
だが、仲間たちの献身により何とか敵の追撃を振り切れたおかげで、このまま順調に進めれば恐らく王城へ滑り込めるだろう。
「ユオーミ、顔を上げても大丈夫だ。」
アガナタに声を掛けられ、恐る恐る顔を上げるユオーミは、疾走する馬の上から見える城壁が少しずつ大きくなってゆく様を目の当たりにし、息を飲む。
敵に襲われ、生きるか死ぬかの極限状態にありながら、ユオーミの口を突いて出たのはそれとは全く関係のない言葉だった。
「お、大きい……。あれ、あの壁全てが王城なんですか!?」
予想しない言葉に少し虚を突かれながらも、アガナタは優しく答える。
「そうだ。城壁の中央辺りから少しだけ突き出ている出っ張りが見えるかい? あれがアカネイシア王が住まう、彼の王城だ。あの街の中心の、城の最奥に住む、アカネイシア王に会いに行くんだ!」
進行方向のはるか先にある筈のその城壁は、高さこそ分からなかったが、ユオーミの感覚からすれば信じられない程の幅を誇っている。
(王様なんて、お話の中でしか聞いたことがないけれど……)
あの巨大な壁の中にある城、街そして周囲の領地を一手に統治するという王。これから会うというその相手が、ユオーミには想像できず、さらにその王と面会するという事に対して、頭では恐れ多い事と理解しつつも全く現実感を伴わなかった。
西日に照らされた城壁が少しずつ迫ると同時に、ユオーミはその大きさに圧倒され、さらにその巨大建造物を築いた支配者たる王に会う、という事実に息が苦しくなる。
今までとは違う意味で手の震えを覚えたユオーミはしかし、彼女を守るために敵に向かっていった奉献の徒の皆を思い、自分を奮い立たせる。
(……皆が、私の為に戦ってくれている。だから、次は、私が戦う番。怖くて逃げだしたいけれど、でも、それでは胸を張って生きられなくなる! だから、私は、皆の様に向かってゆく!)
「お願いします! 私、やります!」
ユオーミの手の上に重ねていた手のひらから彼女の震えを感じ取ったアガナタは、運命にたじろぎ、それでも進もうとするその彼女の決意を理解し、強く、彼女の手を包み込んだ。そして、その思いに応える。
「行くぞ! もう少しだ!!」
「はいっ!」
「!! 伏せろ!」
視界の端に何かが飛び込んで来たのを感じ、アガナタは咄嗟にユオーミに覆いかぶさると、数本の矢が彼らの頭の上を横切ってゆく。
「チィッ!!」
アガナタが体を伏せたまま振り返ると、後方から三騎の新手がこちらに弓を向けていた。あれだけいた敵のうち、追走してきたのがたった三騎という事実は、オッドー達守護神官の身を挺した献身と、それがもたらした圧倒的な結果を示していた。
だが、敵が少ないとは言え、護衛がいないこの状況でいつまでも逃げ切れるものではない。アガナタは馬を蛇行させて第二射を躱しつつ、相手の動きを冷静に見定める。三騎はアガナタの左右と背後に分かれ、包囲して討ち取るつもりのようだ。
(囲まれれば終わりだ……)
アガナタは咄嗟に判断すると、三射目を辛うじて避けた直後、馬首を右に回して相手に側面を晒すと、突然馬を停止させた。
右後方から包囲を狭めつつあった敵は、突然アガナタが止まったことにより、一瞬で標的との距離が詰まって慌てる。このままでは激突してしまうと、武器を持ち替える暇もなく手綱を操り、すんでの所でそれを避けるが、すれ違いざまにアガナタに切り捨てられて落馬した。
突然止まった事に驚き、そっと顔をあげたユオーミは、猛烈な勢いですれ違った敵が肩から血をまき散らしながらそのまま落馬する様を見て固まってしまう。
そのせいで、再度アガナタが走らせ始めた馬の動きに体がついて行かず、体が右に傾いた。
「あ……!!」
「ユオーミ!!」
咄嗟にアガナタが彼女を右手で支えて事なきを得るが、ユオーミの視界には、直前までアガナタが握っていた剣が彼女の代わりに地面に落ち、一瞬で遠ざかってゆく様が見えた。
(そんな!!)
アガナタに元の位置まで掴み上げられたユオーミは、申し訳なさと絶望に満ちた顔で彼を振り返る。
「ご、ごめんなさ……」
しかし、アガナタは獣のような顔で行く先を睨みながらも、不敵に笑い、気勢を上げた。
「突破するぞ!! 掴まってろ!!」
追いすがる二騎は、標的が武器を取り落としたことに頬を緩め、武器を弓から剣に持ち替えた。相手が反撃できないのであれば、中々当たらない弓ではなく、剣で確実に仕留めようという魂胆だ。
気付けば王都はかなり近くなり、その城壁の巨大さが一目で分かるようになっていた。
(あと少しだというのに!!)
武器を失ったその瞬間、極限状態で戦い続けたアガナタの心の中で、何かに亀裂が入ったような音が聞こえた気がした。必死で馬を駆りながらも、疲労と痛み、そして焦りからか、急激に思考が混濁しつつあった。
(まずい……!! なんでもいい、とにかく意識を繋ぎ止めろ!!)
「ウオオオォォォォォォ!!!」
アガナタは吠える。こんな所で、ここまで来て終わらせてなるものかと、次第に重くなってゆく体を、扱いかねるほどの爆発的な感情で無理やり動かす。
「ユオーミ!! 俺は! 俺は!! あああァァァァ!!!」
自分でも何を言いっているのか分からず、けれども叫ぶのを止めればもう戦えないという直感。ただ、滾る思いをぶちまける。
「俺が! 俺は! 止まれるかよォォォ!!!」
ユオーミは、突如叫び始めたアガナタの声を聞きながら、思わず涙がこみ上げてくるのを感じた。自分の為にすべてを投げ出して絶望的な戦いに身を投じ、押しつぶされ、それでも這い上がろうとするアガナタ。彼の限界を超えたその献身を全身で感じながら、何もできない自分。
そして、堪えきれず、涙が溢れ出した。
背後から迫る敵の一振りを体を前に倒して逃れるが、直撃こそ避けられたもののマントの上から背中を切られ、声にならない悲鳴を上げる。
更に、左後方からももう一人の敵が迫る。アガナタはそれを察知すると、咄嗟に馬を左に旋回させて敵の前を横切るが、その際に左腕を切り付けられ、浅くない傷を負った。
「グッ……。アアアァァァ!!」
叫びながら意識を保ち、何とか馬を操るアガナタは、傷口が熱を放ち、体中の血が沸騰するような錯覚を覚えると同時に、目に異変を感じた。
次第に視界が色を無くしてゆく。そして、急速に世界が暗闇に閉ざされたかと思うと、全ての物が、ただ赤い輪郭としてのみ知覚され、まるで、黒い紙に赤いインクで描かれた世界に迷い込んでしまったかのようだった。
(目が!! ……これは何だ!?)
極度の混乱と鈍る思考。ふと視線を落とすと、馬の首、生贄の巫女、そして、自分の手が赤い線として目に映る。この巫女は、ラニーアだろうか、と唐突に疑問が湧く。
(君が、迎えに来たのかな……。それも悪くはないけれど、だが、今は。)
「俺は!!」
(もう止めて!!)
彼の魂を絞り出すような絶叫にその苦しみを感じ取り、思わず叫び出しそうになるユオーミ。
(もう、苦しまないでいいから!!)
けれど、その思いは口にしてはいけない。彼女は、胸が張り裂けそうな悲痛な思いを抱きつつ、確信を持ってそれを抑え込む。
(これは、自分の辛い気持ちから逃れたいという、私の我儘。)
彼の思い。自分の思い。
(私に、今できること……)
彼の我儘。自分の我儘。
(今、すべきことは……)
彼を、彼の思いを信じ抜くこと。
「アガナタさん!! 私たちは、やり遂げられます!!」
「ユオーミ。君を!!」
「逃げても無駄だ!! 観念しろ!!」
アガナタの旋回により、直列になった敵が背後から迫り、その剣を振り上げた。
「守り抜く!!!」
アガナタが咄嗟に懐から取り出した小袋を敵に向かって投げつける。虚を突かれた相手が反射的にそれを叩き切ると、薄茶色の粉末が激しく飛散した。
「しまっ……!!!」
ヌクメイでも使用したその粉末は瞬く間に煙のように広がり、敵を二人纏めて包み込む。
「がぁぁぁぁ!!!」
馬が激しく暴れ、乗っていた男たちも放り出されてのたうち回る。
「やった!!」
ユオーミの歓声を聞きながら絶叫し、城門を目指して馬を操るアガナタは、浅い呼吸を繰り返しながら、ユオーミに尋ねる。
「すまないが、色が見えなくなった。明るさが分からないんだが、太陽はまだ沈んでいないか?」
「え!? ま、まだ、日没まであと少し時間があります!! あの、大丈夫ですか?」
赤と黒の二色の世界で、明るさも分からず馬を走らせるアガナタ。不安そうに振り向くユオーミに優しく微笑みかけるが、その焦点は定まっていないように見える。
(まだ、潰れてくれるなよ、この体!)
ユオーミは、そんなアガナタの様子を見て胸が潰されそうになりながら、それでも自分にできる事を果たそうとする。涙を流し、顔を歪めながらも前に向きなおって大声を張り上げた。
「このまま真っ直ぐです!」
「……助かる! 行くぞ!!」
アガナタは歯を食いしばり、ユオーミの導きに従って馬を走らせる。太陽が山にかかり始め、視界の先に、その鋭い光の照らされた吊り橋が姿を現し始める。
ユオーミは泣きながらも頬を緩め、アガナタに声をかける。
「吊り橋が見えてきました!」
「良しッ! いけるぞ!!」
ユオーミは、手綱を握るアガナタの手の上に自分の手を重ね、強く握った。
沢山の仲間が命がけで切り開いた道が、今、最終目的地へと繋がろうとしている。
湧きおこる大きな感情のうねりを、その小さな体でどう受け止めてよいか分からず、ユオーミは泣きながら微笑み、感情を吐き出すように叫んだ。
「アガナタさん! これなら、日没に間に合います!!」
「そうはいかない」
ふと、誰かの声が聞こえたかと思うと、突然馬が暴れ出し、ユオーミは空中に投げ出された。
いつもありがとうございます。感想、お待ちしています!
絶体絶命の状況で、それでも折れないアガナタ。そして迎える結末は……
<毎週 月・金 更新中>
【次回】第43話:怠惰
12/22(月)19:00頃 更新予定です




