表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生贄の巫女 ~偽りの巫女と仮面の守護者~  作者: 雨包おん
第8章 王都への道:赤と黒の咆哮
42/50

第41話 無価値



 背の高い方の青の守護神官。

 彼は体のあちこちに傷を負い、汗と砂埃に塗れ、痛みと恐怖に顔を歪めながら仰向けに倒れ込んだ。


 唐突に沸いて出た死の恐怖に戸惑いつつも、ふと、眼前に広がる青空とオレンジに染まり始めた雲にふと目を奪われる。


 必死で空気を求めて呼吸を繰り返す彼の脳裏に、両親の顔が浮かんだ。



 彼は、中級の貴族の生まれで兄弟もなく、両親の愛と期待を一身に受けて育った。

 甘やかされて育ったからだろうか、彼は幼少の頃より”自分は他人より優れている”という自信を持っていた。だが、ある程度大きくなってくると嫌でも周りとの実力差が見えてくる。


 自分が凡人であるという事実を認める事ができず、それでいて、劣等感を糧に努力する事も出来ない。そんな中途半端な生き方の中で、幼馴染たちと比較されるのを避け、知り合いの誰もいなかった守護騎士団へと身を投じた。


 訓練初日のしごきでそこを選んだことを激しく後悔し、できない言い訳を探しながらも、結局、流されて七年が過ぎた。


 可もなく不可もなく、大した結果も期待もされず、なんとかそこに居場所を見つけ、細々と生きる。両親の期待に応えられていない自分に嫌気がさしながらも、それでもいつか皆を見返してやりたいと密かに思っていた。


 奉献の徒に選ばれた時は、天にも昇る心地で、皆にその事実を伝えられない事が残念でならなかった。


 だが、すぐに疑問が沸く。なぜこんな中途半端な自分が選ばれたのか。

 結局その答えは分からず、実力不足が露呈することに怯えながら、奉献の徒の守護神官として任務に就くこととなった。


 初めこそ緊張したが、慣れてくると、ただ護衛として巫女と共に旅をするという任務は、その名誉に対して酷く楽な任務だと感じた。護衛と言っても、あの生贄の巫女を襲う者などいるはずもない。これなら、自分の実力が問題視されることは無いだろう。そう思った。


 だが、その矢先に盗賊に襲われ、さらにヌクメイでは謎の集団の襲撃を受けた。


 案の定、もう一人の青の守護神官に実力は全く及びはしなかったが、少人数のこの奉献の徒において実力不足を言い訳に隅で傍観している訳にはいかず、無我夢中で剣を振るい、そして生き残った。別段、誰から文句を言われることもなく、むしろ主神官からは時に温かい言葉さえもらった。


 だから彼は、この仲間たちといたいと願い、少しでもそれに見合った実力を身に着けたいと思った。


 そして訪れた予期せぬ山越え。先導を任され、越えられるかどうか分からないと誰もが思った道のりを踏破した。管理神官から明確な信頼を受け、感謝の言葉を告げられた。


 そこで気が付いた。自分が奉献の徒に選ばれた理由はこれだったのだと。


 守護騎士団では年に一度、三日かけて山を越える野戦訓練が行われる。二日も家に帰れず泥だらけになる訓練を、多くの騎士たちが非常に嫌がったが、彼は子供のころから山に親しんでいた事もあり、全く苦では無かった。むしろ、自然環境における様々な知識を生かし、自分の所属する小隊に貢献して小隊長に褒められた事もあった。


 山越えで皆の役に立てたことで、彼は自分が奉献の徒の一員であるとようやく受け入れる事が出来た。実力不足を恐れず、一緒に旅する皆に貢献したいと、そう心から思えるようになった。


 ――その矢先の出来事だった。



 仰向けに倒れた彼は、槍を手放し、両手を使って懸命に自分の体を起こそうとする。しかし、手元が汗と土で滑り、まごついてしまう。再び矢を射かけられれば、次は助からないという確信が恐怖を呼び、体を硬直させる。


(評価に怯えていた時は、死なんて怖くなかったのに、皆の役に立ちたいと思っている今は死がこんなにも恐ろしいなんて……)


 必死でもがき、起き上がろうとする彼に対し、先ほど矢を放った男たちが馬を旋回させながら此方に狙いを定めた。

 自分のマントを自分の手で抑え込んでしまい上体が引っ張られるが、敵から目を逸らすのを本能が嫌い、同じことを繰り返して中々起き上がれない。


 此方に突っ込んでくる三騎の騎馬を前に、毒づきながら自分の無能を呪った。

「クソッ!!」


 その時、響き渡った敵の副官の声。

「馬を失った奴など捨ておけ! 狙いは巫女だ!! 急げ!!」


 こちらをひと睨みして再び反転して遠ざかってゆく敵を見つめながら、彼は自分の無力さに絶叫する。


「畜生ォォォォ!!」


 草原に一人仰向けに寝そべったまま脱力し、目の前に広がる空と雲を睨みながら、彼は歯を食いしばって悔しさに震えていた。


(殺す価値すら無いというのか!!)



 滲んだ瞳に映る空に浮かんだのは、両親の寂しそうな瞳。


 多くの幼馴染が進んだ教団中央府ではなく、適性があるとも思えない守護騎士団への仕官を告げた時、戸惑いながらも、応援してくれた両親の瞳はしかし、隠し切れない寂しさを湛えていた。


 町で出会う旧友たちが彼に侮りの視線を向け、時には侮蔑的な冗談を向けられる事よりも、父と母を悲しませた自分がただ情けなく、周りに軽んじられる自分を愛してくれる両親に申し訳なく、それでも奮起できない自分に絶望を感じた、あの日々。


 胸を締め付けるこの痛みは、一体どこから来るのだろう。でくの坊であるというのなら、いっそ痛みなど感じなければ良いのに、そうはならない現実が憎かった。


 放っておけばよいのに、態々自分より下の者を探し出し、見下す奴ら。そんな事をして自己嫌悪を感じない彼らの醜さを蔑みつつも、誰よりも自分自身を嫌悪し、駄目な自分を否定することでかろうじて自尊心を保つ、そんな自身の心根が残念でならなかった。


 まるで色の無い灰色の日々をただ受け入れ、大切なもの一つ持たず、ただ転がり落ちるだけの自分が大嫌いだった。


「何もかも、消えてなくなればいい……」


 こんな時まで他力本願な自分に心底失望する。……だが、それでも思い出す言葉がある。

(お前のお陰でここまで来れた。感謝する。)


「畜生……」

 地に投げ出されたまま、ただ、空を見上げ、滲んだ瞳から止めどなく溢れる熱い雫。堪えきれず、誰もいない草原で一人、彼はむせび泣いた。




「クソッ!!」


 後方から降り注ぐ矢を避けて馬を走らせながら、赤の神官は舌打ちした。


 巫女の元に駆け付けようとするも、後方から現れたニアティ率いる新手に補足され、思うようにいかない。さらに、チラリと振り向いた際に青の守護神官の姿が見えず、もしや、という思いが頭をかすめる。


 だが、今は自分の身を守らねばならない。敵はぱっと見で十騎程おり、このままでは囲まれて殺されるだろう。


(だ、誰か……)

 一人きりで多数の敵に襲われ、絶望感と極度の緊張で吐き気をもよおすも、必死で堪え、馬を走らせる。


 彼女は、ふと周りを見回し、無意識にいるはずの無い守護主神官の姿を探していた自分に気が付き、愕然として思わず叫んだ。

「違う! 誰かじゃない! 私がやるんだ!」


 この後に及んで他人に助けを求めていた自分の弱さに苛立ちながらも、必死で意識を集中させ、手綱を握り直す。


 反撃して敵を減らそうにも、数が多すぎる。追い付かれればそこでお終いだ。かといって、このまま走り続ける訳にはいかない。何か手を考えなければと焦るも、何の良案も浮かんでは来なかった。



 敵が矢を放つ度に進路を変えながら走り続けていたが、彼女が気づかぬ内に敵が回り込んでおり、再び進路を右に変えた際に、正面から敵が突っ込んで来て思わずパニックになる。


「!!」


 咄嗟に弓を絞って放った矢は敵を掠めるにとどまり、相手は構わず突撃してくる。それは、ブロンドの髪をなびかせる指揮官らしき身なりの女だった。


 赤の守護神官は、今正にぶつかり合おうとしている相手が女であることに気が付き、再び驚きつつも迎撃態勢を取る。

 最早弓を放つ暇は無いと腰の剣を抜き放った赤の守護神官に対して、ニアティは腕を交差させ、鞘に納めて胸元に装着した六本のナイフのうち二本の柄に手を伸ばす。


 向かい合う二人は急速に距離を詰め、赤の守護神官がすれ違いざまに斬り付けようとしたその瞬間、ニアティが両手でナイフを投擲した。突き出した両手の先で、放たれたナイフは狙い通り標的を捕らえ、振り上げた赤の守護神官の右肩と、彼女の馬の眉間に突き刺さった。


「ァッ!!」


 すれ違いざまに暴れる馬から振り落とされる赤の神官をチラリと見た後、ニアティが味方に叫ぶ。

「馬の無い敵は無視しろ! 巫女を追え!!」


 彼らが去った後には、肩をナイフで刺されたまま、頭から血を流してうずくまる赤の神官だけが残されていた。




「……あれは?」

 オッドーは、混戦状態の中、槍を振り回して敵を馬から叩き落しながらも、少し離れた場所を走る新手の出現に顔をしかめた。その集団はオッドー達を無視し、はるか彼方に豆粒の様に見えるアガナタ目指して疾走している。

 その集団の先頭に、一人マントを身に着けた女が見えた。


(敵将か!)


「青の神官、あの敵将を追うぞ!」


 すぐさま馬をそちらに向かわせるが、一向に距離が縮まる気配がない。このままでは、敵将に追いつくのはアガナタに敵が襲い掛かってからとなってしまうだろう。


 オッドーは即座に判断し、馬を走らせたまま槍を片手で持ち、大きく右後方で構えると、狙いを定め、渾身の力で槍を投擲した。


「おおおおォォォォ!!!」


 圧倒的多数の敵を相手に有利に戦いを進めてきたのは、槍の持つリーチにより、相手の剣の範囲外から敵を攻撃できたからだ。その有利を今、自ら放棄する。


 槍は放物線を描いて空を切り裂き、猛烈な勢いでニアティの隊列目掛けて突っ込んだ。



 彼らは、はじめ何が起きたのか分からなかった。ニアティの左後方を走る部下の馬が突然地面に叩きつけられ、乗っていた男が放り出されると、そのまま隣の味方に激突し、巻き込まれた方も落馬する。


「!? さ、散開しろッ!!」

 突然の事に味方はパニックに陥り、安全を確保するために咄嗟にニアティが叫んだ。


 一体何が起こったのか? 散開して距離を取って停止し、恐る恐る現場を確認すると、馬が槍に貫かれ、そのまま地面に縫い付けられて絶命していた。


「な……!? これが飛んできたのか?」

 一体どこから、と思うと同時に、獣のような咆哮が響き渡る。驚き、全員が咄嗟にそちらを向くと、剣を片手に奉献の徒の守護主神官が馬で猛然と突っ込んでくる姿が見えた。


 半面で顔を隠したその男は、絶叫しながらあっと言う間にこちらに肉薄し、突然の事に唖然としていた味方を即座に切り捨てた。


 ニアティはその男の放つ圧倒的な威圧感に飲まれそうになりながらも、必死で叫ぶ。

「殺せ! コイツは主神官だ!!」


 我に返った味方が弓を引き絞り一斉に矢を放つも、急所は盾で守られ仕留め切る事ができない。第二射を整える間に新たに味方がやられる様を見せつけられ、青ざめながら副官が叫んだ。


「ニアティ様は巫女を追ってください!! この男はここで討ち取ります!!」

 強張った副官の顔を見つめながら、ニアティは顔を歪めつつも、一瞬で決断する。


「分かった!! 先に行って待っているぞ!!」

「させるかァァァ!!!」

「こいつを行かせるな!! 馬を狙え!!」


 歯を食いしばり、馬首を王都へとむけると、ニアティは全力で馬を走らせる。最後にチラリと後方を振り返ると、腕と太ももに一本ずつ矢を受けた主神官が、多数に囲まれながらも新たに味方を切り伏せているのが目に入る。


 その男の顔は返り血で染まり、雄叫びを上げながら暴れ回る様は、伝説の鬼神を思わせた。


 前に向き直って巫女を追走するニアティは、背筋に寒いものを感じながら必死で馬にしがみつき、まるでその恐怖を振り払うように必死で目の前を睨みつけた。




お読みいただきありがとうございます。


ユオーミを守り走り続けるアガナタに新手が迫る……

<毎週 月・金 更新中>

【次回】第42話:二身一体

 12/19(金)19:00頃 更新予定です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ