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生贄の巫女 ~偽りの巫女と仮面の守護者~  作者: 雨包おん
第8章 王都への道:赤と黒の咆哮
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第39話 疾走



「腹減った~!」

 拳骨の青の神官が食堂の椅子にどかっと腰掛けながら大声を上げる。

 他の面々も、大声こそ出さないが、気持ちは一緒だった。


 昨夜の毒事件から何も口にしていなかった一行は、空腹に耐えつつ夜を明かし、こうして朝、店が開くと同時に皆で押しかけて来たという訳だ。


 食堂と言っても、朝の時間店を開けているのは、労働者が働きに出る前の朝食を摂るための店で、大きな鍋で豆や屑野菜を煮込んだスープを提供することから、一般的には大鍋屋などと呼ばれている。


 これから働きに出るであろう労働者でごった返す店内で明らかに浮いている奉献の徒の一団は、そんな事は気にせずに、小さいテーブルに肩を寄せ合い、スープと、一緒に出された固いパンを貪る。


 これほど人がいる中で敵が襲ってくることは無いだろうが、こっそり調理場で毒を盛られても困るので、交代で店の裏口を警戒しており、今は守護主神官が見張っている所だ。


 皆が一通り腹を満たし、拳骨の神官に至っては五杯目のスープを平らげ、人心地ひとごこち付いた表情を浮かべたのを見計らってアガナタが口を開く。


「皆、効いてくれ。皆も知ってのとおり、今朝早くに地元教会の司教が宿を訪ねてきた。その指示について伝達する。」


 皆が真剣な眼差しでアガナタを見つめた。昨晩あんな事があったため、誰もが、自分たちの状況、そして、これからどうなるのかを気にしている。


「まず、現状、我々はテント等、告解の儀に必要な道具を持っておらず、また、世話人もいないことから、速やかに王都へ向かえとの事だった。はぐれてしまった世話人たちと合流し、そこで正式に任務に復帰する。」

「世話人さんたちは無事だったんですね!」


 ユオーミが顔を輝かせて素直に喜びを表現する。その表情を見つめながら、アガナタは、現実的には合流どころか、恐らく朧によって各個処分される状況にある事を思い内心溜息を吐く。

(今、実は本当の敵が教団だ、等とは言えないな……)


「その通りです。彼らはヌクメイで保護されていましたが、今王都に向かっているそうです。もう少しで会えますよ。


 ……話を戻しますと、王都までの道中では儀式は行いません。教会からは、巫女様用の馬と荷運び用の馬、そして食料が提供されました。まずは西に向かい城塞都市ロソルネイ。そこから南に進み、アヴァハを経由して王都に至ります。通常であれば徒歩で三日で辿り着く道のりになります。


 今回は、途中の町はそれぞれ一日で移動できる距離にあることから、王都まで野宿する必要はありませんが……。」


「問題は、敵ですね。既に怪しい男たちを何人も見かけました。教会は何と言っているのですか?」

 背の高い方の青の神官が緊張した面持ちで訪ねてくる。


 宿を出てこの店に来る道すがら、何人もの朧と思われる者とすれ違った。彼らは殺気を隠そうともせず、当然守護神官達もそれに気づいていた。


(姿も殺気も隠さないという事は、つまり我々を確実に抹殺するというメッセージでもある。死人に口なし。死にゆく相手に何を見られても問題ない、という訳だ。

 町中で襲う事はできないのだから見え透いた策ではあるが、駆け引き慣れしていない守護神官達にはこのプレッシャーは堪えるだろう。)


「毒については証拠が無い事から、一旦様子見、つまり教団としての支援は特に無い。

 まぁ、司教とてそんな荒事に慣れている訳でもなく、本部の指示がなければどう対応して良いか分からないんだろう。」


「そ、そんな!!」

「じゃぁ、どうするんですか!?」

 赤の守護神官が困惑した顔で抗議の声を上げ、拳骨の神官が口から泡を飛ばしながら問いかけた。


 それに対し、アガナタは努めて淡々と答える。

「昨夜毒を盛った連中はまだ諦めてはいない。我々を完全に補足しており、恐らく人目のない所で仕掛けてくるだろう。町中は安全だが、次の町までの道中が一番危険だ。間違いなく待ち伏せをしている。」


「!!」

 息を飲む一同。ユオーミに至っては不安そうに口を開けたままアガナタを見つめている。


 アガナタは全員と目を合わせた後、きっぱりとした口調でこう言った。

「お前たち、巫女様の為に命を捨てる覚悟はあるか?」


 アガナタのギラついたその眼に皆が一瞬息を飲む。けれど、一人、また一人と、その視線に対して、強い意志の籠った瞳で応じ、一斉に答える。


「あります!」

「もちろんです!」

「あるに決まってるっしょ!」


 あの絶望的な山越えは、彼らの弱い心を打ち砕き、危うくその命すら終わらせるほどの困難だった。だが、彼らはその危機を乗り越え、最早奉献の徒という道具を超越し、強力な絆で結ばれた親衛隊へとその姿を変えつつあった。


 その様子を見てアガナタが満足そうに頷くその向かい側で、ユオーミは言葉にならない思いで胸が一杯になり、体を小さく震わせ、目に涙を貯めながら、それが零れないよう口を一文字に結んで必死で耐えていた。




「さてと、どう出るかな?」

 ニアティは教会の中で接収した部屋の執務机に座り、顎に手を当てながら薄く微笑んだ。


 確かに昨日はアガナタに後れを取ったが、最早彼らは正式な巫女でも奉献の徒でもない。言ってみれば、既に勝負はついており、あとは、どう後始末をするかだけ、という状況だ。


「知恵比べでは分が悪いのは認めるが、では、力押しならどうかな? いかに屈強な守護者がいたとしても、一斉に矢を受けて無事でいられる訳ではない。」


 向かいに立つ副官も微笑みながら応じる。

「城塞都市ロソルネイでは、すでにこちらの町との間で盗賊が出たとの噂を流し、往来を封鎖しました。こちらの町でも巫女が出発し次第同じようにし、目撃者が出ないようにいたします。」

「これで、奴らに隠れ蓑は無くなる。……しかし。」


 神経質そうに眉間に皺を寄せるニアティを副官が不思議そうに見つめる。

「しかし?」


「なぜ無駄と分かっていながら抵抗するのか。

 私が逆の立場なら、巫女が恐怖や苦痛を覚えないよう、あえて毒入りの食事を勧めるな。抵抗しても絶対に勝ち目はなく、結果として巫女は恐怖に晒され、傷つけられることになるのだぞ?」


「現実を受け入れられないのではないでしょうか? どんな優れた者であれ、いや、優れているからこそ負けを認められない、という事もあるのでは。」

 ニアティは手首を折り、手の甲に顎を載せて考える。しかし、昨日の取り調べの様子を思い浮かべてみた所で、あの男の心の内を見透かすことはできなかった。


「……普通に考えれば、最初の襲撃で全滅するはずだが、あの男の事だ、一度や二度は襲撃を凌ぐかもしれん。だが、その時の為に態々世話人を人質として呼び寄せている。手札は大いに越したことは無いからな。」


 その時、扉を叩く音とともに、外から上ずった声が響いた。

「失礼します! 奴らが動きました!」


「動いたか。入れ。」


 副官が開けた扉から転がり込むように入って来た男は、かなり急いで来たようで、額にびっしりと汗を浮かべ、息を切らせていた。

 それを見て、ニアティは溜息を吐く。

「何を慌てている。みっともないぞ。奴らが町を出発したのなら手筈通り進めろ。」


「そ、それが、奴らは馬で町を出ました!」

「ハァ? だから何だ。巫女用と荷運び用に馬を二頭与えただろうが。」

「いえ、奴らは我々の用意した馬は使わず、別に用意していたと思われる五頭の馬に乗って町から出たのです! しかも、ロソルネイのある西ではなく、街道の無い南西目掛けて走り去りました! 現在、すぐに馬で動けた三名で追跡しています!」


「……は?」

 副官は意味が分からず報告の男とニアティの顔を見比べている。

「……南西? 直接王都を目指しているのか?」

「恐らくは……。」


 ニアティは眉間の皺を深くして考える。


(待ち伏せを読み、馬二頭では逃げきれないことから何かしらの手段で馬を調達した。そこまでは良い。だが、王都に行ってどうするのか? 王都だろうが聖都だろうが、教団が排除を決めた以上どこにも彼らの居場所など無い。無い筈だが……。)


「我々の待ち伏せを予測し、迂回ルートを取ったのでしょうか? 馬をどこから見つけてきたのかは分かりませんが……。」

「確かに待ち伏せは回避できるが、根本的な問題は解決できていないぞ! 奴は何を考えている!?」

「王都に何かあるのでしょうか?」


「……あっ!!」

 ニアティは立ち上がって目を見開く。

「追え! 追うんだ!! 王都の朧とも連絡を取って迎撃させろ!! 全員だ!! 近辺の朧全員で奴らを討ち取れ!! 絶対に王都に近づけるな!!」

 絶叫するニアティが、青ざめた顔に冷や汗を浮かべて部屋から飛び出してゆくのをポカンと見送った副官は、次の瞬間訳が分からないまま慌てて主人の後を追って駆け出した。




 ラニーアの墓のある村から借りた五頭の馬。アガナタはこれを教団に引き渡さず、一時的に隠匿し、教団から提供される宿が判明した後で機密理に別の宿のうまやに預けていた。

 これは別段アガナタが朧による襲撃を予測していた訳ではなく、何が起こるか分からない状況における手札として温存していのだが、結果的に今回はこれに救われた事になる。


 アガナタは慎重に馬を走らせながら、彼の体の前で一緒に馬に乗っているユオーミに話しかける。

「ユオーミ、ちょっと荒事になるが振り落とされないように注意してくれ。大丈夫、必ず君を守り抜く。」


 駆けぬける馬の疾走感とこれから起こるであろう争いを思い、緊張した面持ちでちらりとアガナタの方を振り向くユオーミ。そこに穏やかな笑顔のアガナタを見つけ、彼女も頑張って笑顔で答えようとした。だが、その試みはうまくいかず、口角がわずかに上がったのみで、結果的に強張った顔が強調される結果となった。


 アガナタは、ユオーミが両手で掴んでいる鞍の前方の縁に片手を伸ばし、彼女の手を上から包むと、微笑んだまま頷いて見せる。それを受けて、ユオーミも顔の強張りを少し緩めて頷き返し、前に向き直った。


 疾走し、激しく上下に揺れるアガナタの馬。蹄が大地を抉りその巨体を前進させる度、鈍く低い音が響いて土ぼこりが舞う。

 アガナタは、ユオーミの髪が激しく風になびく様を見つめた後、顔から微笑みを消して周りを見回した。


 彼の馬を囲むように守護神官達が四方を固め、少し距離を取って馬で並走している。

 先頭を守護主神官、左右に青の神官。彼らは槍を片手に持ち、反対の腕には木製の盾をベルトで固定していた。

 最後尾を走る赤の神官は、背中と馬の両脇に矢筒を装着し、弓を片手に臨戦態勢だ。


 なお、これらの武具は、鍛冶屋の工房を見学した際、店の親父に依頼し、密かに馬を預けた厩に収めさせたもので、布でくるんだ状態で町から持ち出し、ある程町から距離を取った所で偽装を解いた。


 朧によるユオーミの排除を察知した時点で、アガナタはすぐに行動を起こし、直後に工房見学を行った。それ自体が既に規則違反だったが、事ここに至ってそんな事を気にしていても始まらない。

 様々な音が響き渡る工房内での会話は、いかに朧であろうと聞き取れないと踏んでいたが、まさにその通りであった。鍛冶屋の親父に多目に渡した心づけの結果が、今彼らの手の中にある。


 皆の状態を確認し、再びユオーミの踊る髪を見つめた後、アガナタが唐突に叫ぶ。

「最終確認だ! 我々の勝利条件は、巫女様をアカネイシア王に謁見させる事! 詳細は省くが、これが実現すれば巫女様の安全を確保できる!! 敵は極力殺すな。だが、必要ならば躊躇う必要はない! 行くぞ! 我らの忠誠をその身でもって示せ!!」

おう!!」


 全員が目に闘気を宿らせ、一心不乱に馬を駆る。五匹の馬はまるで一つの生き物のように一糸乱れぬ隊形を保ちながら、王都のある南西へと駆け抜けていった。




 一方ニアティは、十騎程の部下とともに巫女の消えた南西方向へ馬を走らせていた。

「急げ!! 急げ!! 生死は問わん。奴らの王都入りを阻止しろ!!」


 並走する副官は必死で馬を操りながら大声で報告する。

「王都や近隣の町に展開していた朧全体に指示を送りました!! しかし、馬の確保に難があり、恐らく王都側から二十騎程度、その他近隣から五騎程度の規模となると予想されます。」


「事前に追っている三騎と合わせて約四十。五騎を相手にするには十分だ!!」

 目を血走らせ、興奮気味に叫ぶニアティの横顔を見ながら、副官が遠慮がちに声を上げた。

「これは最早戦争なのでは? ニアティ様は一体何を危惧されいるのでしょうか?」


 それを聞いたニアティは、顔に侮蔑の表所を浮かべ、副官を睨みつけながら吐き捨てる。

「貴様は阿保か! 奴ら、あの巫女をアカネイシア王に謁見させる気だぞ!!」

「は、はぁ……。しかし、王都内で彼らを襲う必要はなく、王都から出た所を襲えば良いのでは?」


 ニアティは常にない程興奮し、噛みつかん程の勢いでまくしたてる。

「この阿保! お前の頭には豆が詰まっているのか!! アカネイシア王があの巫女、ナァラと謁見してみろ! 各国の王族は生贄の儀式の際に列席するのだぞ!! その時に巫女が入れ替わっていたらマズいだろうが!!」

「あ……!!」


 副官はその事実に衝撃を受ける。

 つまり、ナァラが王と顔を合わせた時点で彼女の排除は不可能となり、自分達の任務は失敗するという事だ。つい先程まではどう処分するかを考えていた相手に完全に裏をかかれたことを知り、副官の男はアガナタのしたたかさに戦慄する。


「急げ!! 王都は周囲に堀があり、日没とともにつり橋を上げる! 殺せ! それが無理でも日没まで何とか動きを封じるんだ!!」


「りょ、了解しましたッ!!」

 副官は、この先の作戦に対する不安と、普段のニアティからは想像できない程の狂乱ぶりへの恐怖から、顔をひきつらせながらやっとのことで頷いた。





お読みいただきありがとうございます。

次回、遂に奉献の徒は朧と衝突します。果たして彼らの運命は……


<毎週 月・金 更新中>

【次回】第40話:衝突

 12/12(金)19:00頃 更新予定です

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