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第3話 宿場町

そこは、ちょっとした規模の宿場町だった。

通りには人が溢れ、様々な店が立ち並んでいる。

物売りの呼び声。走り回る子供たち。露店の食べ物の臭い。人々の笑い声。

何もかもが活気に満ちていた。


村では見たことのないような人の多さに圧倒され、ナァラは目を丸くする。


「中々大きな町でしょう。今夜はここで宿を取りますよ。」


ナァラは、今まで村の外に出たことが無かったし、人生の約半分は村長の家から出る事すら叶わなかった。馬を引く青い世話人の声が聞こえているのか、いないのか。ナァラは、馬上から見る、初めて目にする「町」という景色に心を奪われていた。


「凄い…」


今まで見たこともない程大勢の人々が行き交う通りを眺め、半ば放心していたナァラは、管理神官がすぐ近くまで近づいてきたことにも気づかず、話しかけられて慌てて我に返った。


「巫女様、私は世話人たちと宿の手配をしてまいります。巫女様は守護神官たちと少し町を見学でもされて、後から宿までお越しください。

それと、申し訳ありませんが、人も多く、いざという時に馬を走らせられない上に、馬上ですと人目を惹きますので、安全上の理由から馬から降りて歩いていただいてもよろしいでしょうか。馬は先に宿に連れてゆきます。」


そう言って、管理神官は世話人達に馬を引かせ、雑踏に消えていった。



ナァラの周りには、守護主神官と、三人の守護神官がおり、守るように四方を取り囲んでいる。


「巫女様、管理神官様は安全上の理由、等と言いましたが、この町は治安も悪くなさそうです、ご安心ください。町を見学しながらゆっくり宿に向かいましょう。」

ここ数日で、少し仲の良くなった赤の守護神官がナァラに笑いかける。



ナァラは旅の中で、名前も顔も分からず、個人的なことも聞けない奉献の徒の面々とどう話していいか分からなかったが、彼女はそんなナァラに積極的に話しかけてくれた。


初めて話をしたのは、旅立ちの日の夜に、彼女が鳥を仕留めてきた時だ。ナァラは、ずっと村長の家に閉じ込められていたため、外の事はほとんど知らない。彼女は、仕留めた鳥について、その名や習性など詳しく教えてくれた。

彼女は「年頃の巫女様にするお話では無かったですね」と言ったが、ナァラにとって知らない事ばかりで、純粋に話を聞くのが楽しかったし、誰かと話をするのが嬉しくて、そして、ありがたかった。



(なんだか、お姉さんができたみたい…)


彼女の微笑みに、ナァラも微笑みで返す。

「はい。あの…よろしくお願いします。」



どこまで行っても人が途切れることがない通りを歩きながら、ナァラは店頭に並べられた品々を眺めた。何もかもが珍しく、話すのも忘れてひたすら見つめる。


数えきれない程の人々とすれ違う。

大人も、子供も、老人も。小奇麗な身なりの人も、そうでない人も。

話し声、ささやく声、笑い声、呼びかける大声。

色んなものが一斉に押し寄せてきて、ナァラは不意に眩暈を覚え、よろけてしまった。


咄嗟に赤の守護神官がナァラを支える。

「巫女様、大丈夫ですか!」


半面越しでも分かる、彼女の心配そうな眼差しがナァラの顔を覗き込んだ。

体の不調よりも、咄嗟に支えられたことが、支えてくれる人がいる事が嬉しくて、ナァラははにかみながら答える。

「あ…はい、大丈夫です。ありがとうございます。ちょっと眩暈がして…。」



「…人に酔われたのかもしれん。人通りの少なそうな休憩所で休みを取るぞ。」

振り返ってナァラと赤の守護神官のやり取りを見ていた守護主神官が、守護神官たちにそう告げた。


この守護主神官という人物は、ナァラが会った事のある人物の中で一番背が高かった。いま、人ごみを歩いてみても、同じような背の高さの人は殆どいなかった。

その大きな背中が、人波を割って進む様を、ナァラはぼんやりと眺めた。


その背中から、なぜか、ナァラはとても張り詰めたものを感じたが、それが何なのか分からなかった。



一行は、守護主神官を先頭に、ナァラの周りを守護神官が固めて進んでいく。


ナァラは、唐突に不思議な感覚になった。


つい先日までは、ナァラは”ナァラ”ではなく、村長の家で使用人として働いており、義父母が亡くなってからは、誰かに守られる、という事は無かった。常に自分が悪くて、周りが正しい、そんな毎日。


ところが今、4人もの大人がナァラを守ってくれている。

その違和感。


もちろん、ナァラは生贄の巫女で、彼らはそんな彼女を無事に神殿まで案内するのが仕事だ。仕事だからやっているに過ぎない。彼女個人ではなく、あくまで巫女として接しているのだ。


そして、はっとする。



(私は、本当の巫女ではない…。)



先ほどまで感じていた温かさが、突然牙を剥き、ナァラの心に爪を立てた。


(彼らは真実を知らないからこそ、私を守ってくれているけれど、その行為は決して報われる事はない。そして、いつか、この行為が全く無意味だったと知る時が来てしまう。

その時、この人たちは一体どんな気持ちで私を見るのだろう…。

私は、何と言って謝ればいいのだろう…)


ナァラは眩暈が酷くなるのを感じ、目を閉じ、天を仰いだ。

このまま消えてしまいたいような気持を抱え、息を吸い込む。


倒れてしまえば楽になれるだろうか、という考えが頭をよぎるが、倒れればさらに彼らに迷惑をかけてしまうジレンマに絶望する。

(私には、倒れる資格なんて無い…)



ふと、手を握られる。

その手の暖かさに、ひどく驚き、思わずナァラは目を見開いた。

見ると、赤の守護神官が心配そうにナァラの顔を覗き込んでいた。そこに、偽りの気配は微塵も感じられない。


「…私は、大丈夫です。」

必死に笑顔を作り、再び歩き始めた。



その店は、大通りから脇道へ少し入ったところにある飲料を販売する露店だった。

倉庫か何かの壁を背にし、3面がカウンターになっている。木で作った屋根がカウンターとその中を日差しから守っていた。


「店主、悪いが少しの間貸し切りで頼む。」


突然、腰に剣を佩いた半面の集団が押しかけてきた為、店のカウンターで談笑していた客たちはあっという間にいなくなってしまった。

初老の店主は顔を青くしたが、カウンター置かれた銀貨と、それを置いた守護主神官の顔を何度か見比べた後、愛想笑いをして答えた。

「へい、旦那。何をご用意いたしやしょう?」



ナァラは、椅子に腰を下ろし、目の前に置かれた白い果実水を見つめる。

林檎の香りのするそれを見ながら、村長の家の食卓によく林檎が並んでいたことを思い出す。ただ、ナァラ自身が林檎を食べたのは、それこそ養父母が存命だった頃まで遡るが。


自分とはもう縁が無いと思っていた林檎。その果実水が自分の為に用意されているこの状況に、ナァラはぎこちなさを覚えた。


正直、何をしてもらうにも罪悪感を感じ、気が進まなかった。が、せっかく出してもらったものに手を付けないのも失礼に当たると思い、ナァラは果実水を口を付ける。


途端に口に広がる甘酸っぱさと瑞々しさに目を見開き、思わず声が出る。

「美味しい…」


隣に腰掛けていた赤の守護神官が目を細めてこちらを見て微笑んだ。

「美味しそうですね。

 親父さん、この果実水、この方のお代わりと、私にも同じものを1つ頂戴。」


ナァラは急に恥ずかしくなって思わず俯いてしまった。

「巫女様、遠慮はいりませんよ。好きなだけ召し上がってください。私も頂きます。」

「あの…ありがとうございます。」


出された果実水に口を付けた赤の守護神官はしかし、意外そうな顔をして、ナァラと自分のそれを見比べた後、店のつくりや周りの様子に目をやった。


人に酔った巫女を休ませるため、大通りから少し入ったところにある、人通りもそこまで多くない通り。店の作りも、しっかりしているというよりは質素そのもので、所々痛みが見られる。

当然、仕入れている果物の質も推して知るべしで、酸味が強く、まぁ、お世辞にも美味しいと彼女には思えないが、店構えからすれば順当と言えるかもしれない。



「あの、巫女様。果実水、おいしいですか?」

「?ええ、とてもおいしいです。」

「そうですか。喉も乾いているでしょうから、是非そのもう1杯も召し上がってくださいね。」

「はい、ありがとうございます。」

再び赤の守護神官が周りに目をやると、横目でこちらを見ていた守護主神官と目が合った。



赤の守護神官が言ったとおり、ナァラは喉が渇いていたのだろう、遠慮しつつも二杯目の果実水も飲み干してしまった。


水分を十分に補給すると、ナァラは眩暈も収まってきて、気持ちも落ち着いてきた。

少し余裕が出てきた彼女は、周りの様子に目をやる。


先ほどの大通りでは人が多すぎてじっくりと周りを見ることができなかったが、ここは人も多くなく、ゆっくりと観察できる。


周りでは、守護神官たちが周囲を警戒しつつ、茶で喉を潤していた。


通りは、村と違って様々な人が行き来していた。

小奇麗な格好をした夫婦が、子供と手を繋ぎながら楽しそうに通り過ぎた。両親に手を引かれ、時々足を浮かせてその手にぶら下がりながら、笑顔で親の顔を見上げる少女。後ろをついて歩いている女性は使用人だろうか。


彼らは、ふと守護主神官と目が合い、その異様な風貌に思わずギョッとした。

「パパ、あれ、もしかして鬼神様?」

無邪気な子供が、守護主神官を指さしてそんな事を言うものだから、その一行はさらにギョッとして、子供を抱えるように慌てて立ち去って行った。


そして、その後には、使用人が持っていたかごから転げ落ちたパンが1つ、残されていた。



守護主神官は何事もなかったかのように周りに目を配っている。


「やっぱり俺達って、半面なんかつけてるから怪しいですよね?」

「まぁ、普通顔を隠している奴は怪しいよな。」

「それにしても、鬼神って…。そんなに怖いですかね?」

「まぁ、主神官様は鬼神様より怖いかもな。」


真面目な顔でそんな事を言い合う青の守護神官たち。


彼らにも見た目が普通でないことの自覚があったのだと、妙におかしくなってナァラは思わず微笑んだ。



と、その時、小さな影が一行のすぐ近くを駆け抜けた。


守護神官達が一斉に反応して体をそちらに向け、赤の守護主神官も流れるように椅子から立ち上がり、ナァラと影の間に自分の体を差し込む。


小さな影は、周りの反応に驚いて立ち止まり、俯いていたその顔を上げた。


ナァラは影よりも周りの反応に驚いて腰を浮かせたが、守護神官たちの落ち着いた様子で危険はなさそうだと判断し、再び椅子に腰かける。


そして、彼らの視線の先にある影を見た。



それは、ナァラよりも小さい少年だった。

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