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生贄の巫女 ~偽りの巫女と仮面の守護者~  作者: 雨包おん
第8章 王都への道:赤と黒の咆哮
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第38話 毒



「いやー、巫女様や守護神官様たちがご無事で良かった!」

「本当ですね!」

 太り気味の青の世話人とふっくらとした世話人がそう話しながら用意された馬車に乗り込むと、残り二人の世話人たちもそれに続く。


 ヌクメイでの襲撃の後、教団に保護された彼らは、巫女及び彼らに指示を出す管理神官が行方不明という事で、教団からの指示のもとヌクメイの教会に留まっていた。


 巫女や神官たちの安否を祈ること以外特にすることもなく、かといって教会から出る事すら認められず、落ち着かない日々を過ごす。

 それが昨日、事件から十日程経った頃だろうか、ついに巫女が見つかったとの連絡が入った。


 早速合流を、という事で専用の馬車が用意され、今こうして四人で乗り込んでいるという訳だ。


 無言で御者が鞭を振るい、馬車が走り出す。

 歩きとは比べ物にならない程早く、楽な旅路。皆、初めての経験に高揚感を覚えながら車窓の外の景色を眺めた。ヌクメイの街を抜け、忌まわしい記憶の残る石橋を渡り切り、さらにその先へと馬車は進んでゆく。


「それにしても……。」

 つぶらな瞳の痩せた青の世話人は、車窓からは見えない位置にいる三つの影が気なって仕方がなかった。

 馬車の前方に一人、後方に二人、武装し、馬に乗って駆ける護衛がいるのはどういうことか。奉献の徒の一員とは言え、唯の世話人四人。それを運ぶ馬車に、何故護衛が、しかも三人も。


 彼は、思い切って客車と御者台の間にある小窓をスライドして御者に尋ねる。

「業者さん、何でまた護衛が世話人を運ぶのに護衛がいるんですかね? ご存じですか?」

「……夜通し走るための、盗賊対策です。」

「へ?」


 巫女が見つかり、合流するのは良いとして、馬車で夜通し走るというのはどういうことか? 何をそんなに急いでいるのか気になりはしたが、御者はそれ以上質問には答えることは無かった。


 世話人たちが思わず顔を見合わせる中、砂煙を捲き上げながら、馬車と護衛は街道をひたすら先へと進んで行った。




 奉献の徒が、教団からヌクメイでの襲撃後の経緯について取り調べを受けたその帰り道、アガナタはユオーミの好奇心を満たし、また、不愉快な取り調べに怒る皆の気分をなだめる為、鍛冶屋の工房の見学を企画した。


 半面を着けた不審な集団の登場に鍛冶屋の親父は大いに警戒感を示したが、生贄の巫女の登場と渡した過分な心づけにより、厳つい見た目にそぐわぬ笑顔で鍛冶仕事について機嫌よく紹介してくれた。


 炉の中で燃え盛る激しい炎と赤熱した石炭。その圧倒的な熱と煙。真っ赤な金属とそれを叩くハンマー。赤熱した鉄を水で冷やす際に上がる激しい水蒸気。

 そして、その全ての作業を行う職人の煤けた顔と逞しい腕。


 正直、疲弊した体を引きずっている皆に必要なのは体の休憩ではあったのだが、きな臭くなりつつあるこの状況において、気持ちの切り替えと、今後の事を考えての判断だった。


 この試みはアガナタの想定以上に上手くゆき、ユオーミは目を輝かせ、それを見た守護神官たちの気持ちを上向かせることに成功する。




 それは、そんな寄り道を経て戻った宿での夕食の時の事だった。


 食事は別々に食べるルールの為、まずユオーミの食事が運ばれてきた。料理を運んできた宿のおかみさんに対し、部屋の外で応対したアガナタが問いかける。

「今日の食事、昨日と雰囲気が違う様に見えるが、宿の主人が作ったのかな?」


 おかみさんは少し驚き、素直に答えた。

「良く分かりましたね! 今日は巫女様とその護衛の皆さんに上等な料理を用意するとかいう事で、教団の方が出来立ての料理を持ってきて下さっだんですよ! 夫の料理とは少し違いますが、これも美味しそうですね。」


 笑顔で配膳版ごと料理を受け取ると、それを持ってユオーミの部屋に入るアガナタ。中にはユオーミと給仕を行う予定の赤の守護神官がおり、部屋に広がった香ばしい香りに、思わず二人の目が料理に釘付けになる。


 アガナタはその配膳版を赤の守護神官に手渡すと、おもむろに部屋の窓を開け放ち、続いて配膳版の上から、メインディッシュである鳥胸肉のハーブ焼きを鷲掴みにすると、勢いよく窓の外に放り投げる。


「は!?」

 料理の香りに思わず口の中に涎が広がっていた二人は、突然の出来事に口を開けたまま窓の外を見つめ、哀れな料理は放物線を描いて窓枠の視界から消えていった。


「な、な、な……ナニしてるんですか!!」


「毒です。」

 我に返り絶叫するユオーミと赤の神官に対し、アガナタは配膳版の上にあった布で手を拭きながら、まるで天気の話でもしているかのように普段と変わらぬ様子で告げた。


「困りましたね。これでは晩御飯にはあり付けそうもない。……既に日も暮れ始めており、これから外に買出しに行くのは危険ですね。」

全く困った様子を見せずそう言ってのけるアガナタは、見るものが困惑する位いつも通りだ。


「あの……どういう事でしょうか?」

 不穏な言葉を受け、青い顔で不安そうに自分を見つめているユオーミに対し、アガナタは微笑みを浮かべて答える。


「恐らくですが、ヌクメイで襲ってきた連中の手が早くも伸びてきたようです。」

「は、早すぎませんか? 私たち、山を抜けてまだ数日しか経っていないんですよ!」

 たまらず赤の守護神官が声を上げるが、アガナタはそれと対照的に落ち着いた様子でゆっくりと説明する。


「私の見た所、彼らは人目に付かない方法で私たちを排除しようと狙っている。逆に言うと、常に多くの人目に付くような場所であれば安全だろう。」

 そしてユオーミに向き直り、おどけた様子で優雅に礼をした。

「巫女様。私にお任せください。多少不便はお掛けしますが、巫女様に指一本触れさせはしません。」


 アガナタは下に向けたままの顔をしかめながら考える。

(奴らは機密理に我々を処分するつもりだ。巫女が人前で殺されたなどとなればそれこそ教団の威信に関わるからな。であれば、”替えが効かなく”してやれば良い。)


 そして、取り調べの場にいたニアティの顔を思い出す。

(あの感じ。あの女は常識人だ。であれば無茶はすまい。一気に出し抜いて我々はアカネイシアの王都を目指す。

 ……だが、教団が巫女の入替えを画策しているこの状況。事ここに至って、最早全てを守り切るのは難しいかもしれん。)


 首から下げた紐の先にある金属棒が絶え間なく振動するのを感じながら、アガナタは目を瞑り、密かに息を吐きだした。




 教会の聖堂の椅子に三十名ほどの黒ずくめの者達が座り正面を見つめる中、その視線を受けて立つブロンド髪の女。マントの間から覗く彼女の胸元には、左右3本ずつナイフが鞘に入った状態で縦に並べて装着されている。また、腰には細身剣が左右一本ずつ吊られており、左右の手をそれぞれの剣の柄の上に置いて目を瞑っていた。


 明かりを灯しているとはいえ、既に日が落ちた聖堂の中は薄暗く、集まっている者達の身なりやその人数から、異様な雰囲気が漂っていた。

 ニアティは細く長く息を吐きだすと、目を見開き、そこに居並ぶ者たちの顔を見回したのち、ゆっくりと語り出した。


「任務の確認を行うぞ。侵入班は八名。最優先目標は巫女だ。

 食事に遅効性の毒を混ぜておいた。効き目には個人差があるため、効きが悪いものもあるかもしれん。もしまだ動ける者がいるようであれば、吹き矢で無力化しろ。この針には即効性の毒が塗ってある。

 警備という名目で事前に宿に話は通してあり、各部屋の合鍵もある。とは言え、騒ぎを起こされても困る。気取られるなよ。無効化された標的を大袋に入れて運び出し、荒野で処理する。


 包囲班十五名は弓を構えて逃走を阻止だ。窓や扉から出てくるものがあれば遠慮なく矢を放て。

 因みに、宿の主人たちには秘密の打ち合わせがあるという理由で今夜は別の宿に宿泊させている。処理完了した後、巫女様は既に旅立ったと説明すれば良い。」


 そこで言葉を切り、再び皆の顔を確認する。

「すべては、大陸の平和の為。我らその土台の支柱とならん。

 作戦開始は夜中だ、まだ時間はある。それまで自由にしろ、ただし、教会からは出……」


「ニアティ様!!」

 突然、聖堂の扉を押し開け、息を切らせて副官の男が飛び込んで来た。


「事前確認は今終わったところだ。何だ、奴らに何か動きがあったのか?」

 目線だけで副官を捕らえ、ニアティが応じる。


「食事が、窓から投げ捨てられました!」

「……は?」


 思わず副官の方に顔を向けたニアティは、一瞬言っている意味が分からず呆けた顔をする。当たり前だが、食事は窓から投げるものではない。それが、窓から投げ捨てられた。


「……つまり?」

「恐らく、毒入りなのがバレてしまったようです。」


 ニアティは、今日の取り調べの終わりに見たアガナタの笑顔を思い出す。そして、別れ際の言葉も。


(また、お会いいたしましょう。)


 そう、あの男は「また」と言った。つまり、朧による襲撃はお見通しという事だったのだ。


 歯噛みするニアティの傍まで来て、副官がいぶかりながら言う。

「それにしても、毒に気づいたのなら何故態々(わざわざ)窓から投げ捨てたのでしょう?」

「我々の思惑に気づいていると、それをこちらに知らせた。つまり、牽制だ。」


 意味が分からず首を傾げる副官に苛立ちながら、ニアティが続ける。

「奴らは我々の存在を明確に意識し、毒を見抜いたばかりか、それに気づいたことを誇示してきた。つまり、我々の目的も手の内も分かっているぞと突き付けてきた訳だ。その結果、どうなると思う?」

「ええと……ちょっと夜襲がやりにくいですね。」


「そうだ、夜襲もバレている。恐らく宿の中には罠が張られているだろう。そんな所にノコノコ突っ込んでみろ。目的を達成できないどころか、最悪騒ぎを起こされてこの計画自体が世間に知られてしまうかもしれん!」


 副官は顔を青ざめさせて言う。

「そんな事になれば、我々が勝手に巫女を害そうとしたという事にされて、こっちが朧から切り捨てられてしまいます!」

「分かっている! クソッ! 夜襲は中止だ!」


 その言葉に、座って話を聞いていた黒ずくめの男たちがざわつく。やがて、その声は次第に大きくなり、うねりとなって聖堂に響き渡った。


「一旦解散だ! 別命あるまで待機せよ!」

 副官の男がそう声を張り上げると、集まっていた朧のメンバーたちは互いの顔を見合わせながら、のろのろと立ち上がり始める。


 ニアティは忌々し気に椅子に腰かけると、右側の肘当てに肘を乗せて手首を折ると手の甲で頬杖を突き、足を組んだ。


(アガナタ、やはり只者ではないな……。まぁ、緒戦は向こうの勝利かもしれないが、そもそも教団が彼らの処理を決定した時点で向こうに勝ち目はない。時間を稼いだところで結末は変わらないというのに、健気なものだ。)


 アガナタはこちらの動きに気づいており、それはつまりユオーミが最早生贄の巫女には戻れないという事実も理解しているという事でもある。にもかかわらず抵抗を止めないその男の顔を思い浮かべながら、ニアティは複雑な思いを抱く。


(絶望的状況にあって、それでも巫女に殉じるか……。奉献の徒としてこれ以上相応しい者はいないな。実に惜しい。)


 ぞろぞろと聖堂を出て行く仲間たちを見つめながら考え込んでいたニアティは、そっと目を瞑る。

(だが、お前が有能なお陰で私は罪悪感を抱きにくくて助かるな。弱者をなぶるのは、趣味じゃない。)


「……まぁいい。スマートではないが力づくと行くか。所詮護衛は五人。次の町まで辿り着かせはしない。」


 そして、短く息を吐くと目を開き、口元に笑いを浮かべた。





いつもありがとうございます。感想、お待ちしています!


<毎週 月・金 更新中>

【次回】第39話:疾走

12/8(月)19:00頃 更新予定です

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