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生贄の巫女 ~偽りの巫女と仮面の守護者~  作者: 雨包おん
第7章 ある村:過去との邂逅
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第36話 後悔



 オッドーは一人柵にもたれ、馬が気ままに草を食む様子をぼんやりと眺めていた。


 アガナタとユオーミが出かけて行ったのを見て、彼自身も何だか落ち着かなくなり、あてがわれた空き家でくつろいでいる皆を置いて出てきた訳だが、別段行く当てがある訳でもなく、何となく先程見かけた馬の放牧場に足が向いた結果だった。


 少し向こうでは、二匹の仔馬が追いかけっこに興じている。悪意も思惑もないその動きを見つめながら、オッドーは小さくため息を吐く。


 風が牧草を揺らし、彼の頬を撫でたかと思うと、僅かにマントが翻えった。



 彼は、この村には何度かアガナタと一緒に来た事がある。


 始めて来たのは十五年前、アガナタと一緒にラニーアを連れて逃げてきた時。自分たちの成し遂げた事に興奮し、希望に満ち溢れていた。

 そして、最後に来たのはそれから約一年後、ラニーアが亡くなった時。自分たちの無力さに打ちひしがれ、己の愚かさを呪った。



 アガナタが思い人であったラニーアを亡くした時、彼は彼女の墓の前で、涙を拭う事もせず泣き続けた。今でも、彼のその眼を忘れることができない。泣き腫らし、真っ赤になったその瞳。世界を呪い続け、己を断罪し続けた果てに、彼は、もはや今までの少年のままでいることなどできるはずもなかった。


 彼の中で何かが永遠に変わってしまったことを示すように、その瞳は、鋼をも溶かすような、けれどもどこか仄暗く冷たい炎を宿すようになる。


 少年の頃の自分は衝撃を受けた。並みの大人ですら持ち得ぬような覚悟を持ち、自ら運命を変える力を欲し、もがくその姿。そしてなにより、破滅をも恐れぬ意思を秘めたその瞳に。


 当時気が弱く、自らの意思を伝える事を諦めがちな少年だった自分は、その姿にあてられて奮い立ち、初めて父親の言いつけを破って、実家に帰っていた母に会いに行ったのだった。



 母は、病気がちな人だった。幼少の自分は、他の子どもたちと遊ぶよりも、とこせることが多かった母の傍で過ごすことが多かった。それは、今にして思えば母親が消えてしまう事を恐れていたのだと思う。母は口数の多い人では無かったので、互いに多くを語るというよりは、見つめ合って微笑み合うような、そんな感じの日々だった。



 だが、自分が八歳になったある日、母はいなくなった。

 父は、母は病気を治すために家を出て療養していると言った。


 父は下級貴族の出で、姉が二人に末っ子の自分という家族構成の中、もっと跡取りの男子が欲しかったのだろう。本当は、病気を理由に母と離縁していたというのを知ったのは、暫く後に継母が現れてからだった。


 やがて継母は新たな命を身籠ったが、結果的に生まれてきたその男子は既に死んでいた。そしてその後、彼女が再び子宝を授かることは無かった。


 その時の自分は幼過ぎて自分の気持ちをうまく表現できなかったが、今ならば分かる。


 もううんざりだった。誰かの欲望の為に罪のない多くの人が傷つくのは。

 大切なのは、ここに無い何かじゃない。今、目の前に当たり前のようにあるものだということに、どうして気が付かないのか。



 内向的な性格で、元々あまり皆と一緒に遊ばなかったため、良くからかわれ、軽くいじめにあう事もあった。そんな中で知り合ったのがアガナタで、彼は六歳にしては妙に大人びており、自分に対して変なちょっかいを出すことも無く、むしろ尊重さえしてくれた。だから、彼とだけは次第に仲良くなっていった。


 母がいなくなってから、母が棄てられたと知ってから、自分は力を欲した。自分がいじめられることが、まるで母を否定されたかのように感じるようになり、それが嫌で、剣の修行に没頭した。


 剣の腕前は徐々に上達してゆき、同年代では並ぶものがない程となった一方、友達はアガナタ以外できなかったが、別に寂しいとは思わなかった。母や自分を尊重しない人間など、父を含めてどうでも良かった。



 あの日、アガナタの覚悟にあてられ、離縁されてアカネイシア王都の実家に帰っていた母に会いに行った。それまで父の言いつけを破ったことは無かったが、あの日は、そうするべきだと感じた。


 けれど、そこで判明したのは、母は四年前に亡くなっていたという事実だった。



 長き呪縛を解き放ち、行動した自分に高揚感さえ感じていた。そして、母のいないその生家で自分に注がれる冷たい視線。

 墓の場所すら教えてもらえず、行き場を無くした感情を抱え、ただ、ひたすらに王都を歩き回った。


 日が落ちても歩みを止める事ができず、でたらめに歩いて、やがて酔っ払いにぶつかり喧嘩となる。剣など使わなくとも、鍛え上げた体は裏切らないと、そう思っていたが、さすがに六対一では多勢に無勢で、矢鱈滅多やたらめったに殴られ、そのまま路上に放置された。


 金品も、そして剣までも奪われ、痛みに呻きながら路上に転がる自分。いい気味だ、と思った。曇った頭で認識した世界ではなく、そのどうしようもない自らの醜態が、それだけが自分に現実を突きつけてくれた。


 そのまま眠っていたのだろう。朝日に顔を照らされて目覚めた早朝の王都は人気もなく、存外に冷たい空気に思わず身震いする。

 大の字に寝そべったまま首を上方に傾げ、天地が逆転した道がどこまでも続くさまを眺めていた。世界は昨日までとは全く別のものに見えたが、体のあちこちの殴られた場所が熱を持ってうずき、これが夢ではないことを告げていた。



 勇気を出して踏み出した一歩は、余りにも遅すぎたのだ。自分の愚かさに涙すら出なかった。何故、すぐに母に会いに行かなかったのか。何故、父の言いつけなどに従っていたのか。何故、自分の頭でもっと考えなかったのか。何故、親友に相談しなかったのか。何故、何故、何故……。


 そこに残っていたのは後悔だけだ。


 だが、どれだけ後悔を積み上げた所でどこにも行けはしないし、過去を清算することもできない。行き場のない衝動をぶつけるように、自分を罰するかのように、今まで以上に剣の鍛錬に没頭した。


 力を得た今、それでも消えない思い。

「後悔だけは、二度と御免だ……」


 気付くと、目の前に馬が佇み、こちらを見つめていた。鼻先を震わせ、ブルルルと低い声を出す。


「そう、自分から動くんだ。そうやって自分の人生を自分でコントロールしてこそ責任が取れる。」


 そう呟いて、馬の鼻先を優しく撫でた。




 翌朝、一行は馬に揺られながら次なる町を目指す。

 皆がそれぞれ一頭の馬に跨る中、ユオーミだけが赤の守護神官の馬に同乗していた。

 これだけの馬を借りる事が出来たのは、あの村が馬の産地であったためであり、それは幸運だったと言えるだろう。


 アガナタは、一枚の金貨とともに、後日、教会関係者が馬を返しに来る旨を伝え、礼を言って村を後にした。



 アガナタを先頭に、ユオーミと赤の守護神官、その左右を青の守護神官が固め、最後尾はやはりオッドーが守る。


 オッドーは馬の首を撫でながら空を見上げた。無事に山を越えた自分たちの気持ちを表すかのような気持ちのいい青空を、三つの雲がゆっくりと泳いでいる。


 その雲を眺めながら、あれはまるで……、等と思ったところで彼は苦笑する。

(偶然の出来事に意味を求めるのは趣味じゃないな。大事なのは、目の前に当たり前にあるものを、大切にすることだ。)



 ゆっくりと馬の背に揺られながら、先頭を行くアガナタが振り向き、皆の顔を順に見つめておもむろに告げた。

「皆に伝えておきたいことがある。恐らく知らない事ばかりで、私に不信感を持つ者もあるかもしれないが、これは巫女様に誓って真実だ。」


 突然の宣言に皆が戸惑い、顔を見合わせる中、オッドーは黙ってアガナタを見つめる。

 赤の守護神官の前に座るユオーミは、少し心配そうな顔つきで成行を見守っていた。


「これは、教団の公式の見解ではなく、私が独自に調査した結果分かった事だが……我々奉献の徒は常に教団に見張られ、適性があるか、規則違反が無いかを確認されている。


 問題があると判断された場合、即座に交代させられるだろう。だから、個人的な会話は慎まねばならない。幸い、山越えの際にはさすがの監視も付いてこられなかったようで、今もまだ大丈夫だ。

 だが、次の町に着いた瞬間から気持ちを切り替えてくれ。監視は、村人や旅人に変装して探るといった徹底したものだ。


 それと、山の最後に出会った白疫はくやくたみだが……これについては名前以外、私も情報がない。その為、彼らから食料の提供を受けたという事実を教団がどう捉えるか全く分からないため、白疫の民の事は秘密として欲しい。」


 アガナタの言葉に、守護神官たちは緊張した視線でお互いを見つめ合う。

 自分たちの旅の裏側で、教団の大きな力が動いていたという事実に気持ち悪さを覚えると共に、ルールの順守が思っていた以上に重要であったという驚きに、過去の自らの言動を思い出しているようだ。


 何とも言えない沈黙の中、おもむろに拳骨の青の守護神官が発言した。

「という事は、次の町に着くまではプライベートな会話をし放題、って事っすか?」

「……お前、私の話を聞いた感想がそれなのか?」


 呆れかえるアガナタの表情を見て、思わず赤の守護神官が噴き出し、それにつられて皆が笑い出す。

 拳骨の神官は何故笑われているのか分からず、首をかしげており、それがさらに、皆の笑いを誘った。


「あー、じゃぁプライベートな質問します! 皆さんは結婚してる、もしくはその予定とかあるんですか?」

「おーい、赤の神官?」

 手を挙げて突然雑談を始める赤の神官に、反射的に突っ込むアガナタ。


 しかし、意外なことにそれに答えたのはオッドーだった。

「俺は独身だし、予定もないな。」

 彼は口元をニヤつかせながらアガナタを見つめている。


(こいつ、楽しんでやがる……)

 何と言い返そうか一瞬言葉に詰まるアガナタ。すると、すかさず赤の守護神官がボヤキを含めながら続くことで、一気に空気が弛緩した。

「私もいませーん。守護神官なんかやってるせいか、中々お見合いの話もなくて……誰かいい人紹介してください!」


「確かに、赤の守護神官と結婚したいというのは聞いたことがないな……」

 拳骨の青神官が顎をさすりながらうなる。


 世間においては一般的にお見合いによる婚姻が多いが、自由恋愛というものも認められていない訳ではない。

 傾向として、男性の場合は地位や収入が一つの指標であり、女性の場合は淑やかさや家庭的なものを求める需要が高い。そして、確かに守護神官をやっている女性と見合いをしたい、させたい、知り合いたいという話はあまり聞かない……。


「うっさい!」

 拳骨の青神官の隣に馬を寄せた赤の神官は、ユオーミを支えつつ、バランスを取りながら彼の太ももを蹴り飛ばした。

「痛てっ! くっ、声がかからないのはそういう所なんじゃねぇの?」

「あぁん?」

 蹴られた青の神官がが忌々し気に毒づくと、赤の神官が凄んで見せる。


「お前たち、程々にしろ。」

 馬ごと二人の間に割り込み、呆れた顔で溜息を吐くオッドー。そんな皆の様子を眺めながら、微笑みを零すユオーミ。


「私もまだですが、この役目を終えたらいい人を見つけたいですね。」

「わはは! 俺はこの役目を終えたら結婚予定だぞ!」


 背の高い方の青の神官の言葉に即座に応じ、顔を引きつらせる赤の守護神官に対して勝ち誇った表情の拳骨の青神官。

 そんな二人の間で再び溜息を吐くオッドーに、突然アガナタが矛先を向ける。


「私も結婚の予定はない。……で、守護主神官はどんな相手を探してるんだ? 今まで見合い位はした事はあるのだろう?」

「……は?」


「あ、俺もそれ気になるっす!」

「私も聞きたーい!」

 アガナタの発言に、ユオーミがちらりとアガナタの表情を伺う一方で、他の皆が一斉にオッドーの方を向いた。


(こいつら……)

 十五年前のラニーアの事を考えれば、アガナタには明らかに結婚願望は無く、その話題を振り返すのは無理だ。やり返されることがないからこそあえて投げてきたその質問に意地の悪さを感じつつ、隠す事でもないのでつっけんどんに答える。


「まぁ、見合いは何度かしたが。何だろうな、ピンとこないというか……。俺の場合は、淑やかというよりは、元気で健康な方が良いのかもしれん。病気は、俺の力ではどうにもならないからな。」


 アガナタは運命を覆す力を望んだが、オッドーは現状を打破する力を望んだ。


 その結果、オッドーは自分の道を自分で選択できる程の力を得た。だが、人生には自分の力ではどうにもならないものもある。オッドーには、どうにもならないものに向き合い続ける自信はなかった。だからこそ、絶望的な戦いを続けるアガナタの事を純粋に尊敬していたが、同時に、その現実の重さにに軋み、潰れそうになる彼の事を心配もしていた。


「あ、だったら主神官。赤の守護神官とか丁度いいんじゃないですか!」


 拳骨の青神官が言ったのとほぼ同時に、鈍い音がして彼の顔面にオッドーの裏拳がめり込んだ。


「赤の守護神官に失礼だろう。おまえは、少しデリカシーを身に着けた方が良い。さもないと婚約者に逃げられるぞ。」

「ふぁ、ふぁい……。」


 主神官の口から「デリカシー」という言葉が出てきたのに一同驚きつつ、ふらつく拳骨の青神官をちらりと見て何事もなかったかのように一同は進む。


 ユオーミは、そっと首をよじって赤の守護神官の様子を伺う。口を一文字にしたまま、目をしばたたかせていた彼女は、ふとユオーミと目が合うと口元だけぎこちなく笑い、人差し指でユオーミの頬を押してそのまま前を向かせた。

「巫女様、バランスを崩すと危ないですよ。」


「う、うん……」

 ユオーミは、背中から伝わる心臓の波打つ音を感じながら、何故だか彼女自身も鼓動が早くなるのを感じて思わず俯き、そのまま馬の揺れに身を任せた。



 過酷な山越えを経て強い信頼関係を築いた彼らは、やがてこんな何気ない会話ができなくなることを寂しく思いながらも、奉献の徒としての任務に思いを馳せる。


 風が草をなびかせる様子は、まるで湖面を走る波のようで、その上を馬で進む彼らは、危機を乗り越え、ようやく嵐の水域から離脱した船のようでもあった。だが、彼らは、水面下から新たな影が近づいてきているという事実を知る由もなかった。




 そこは、どこかの貴族の館の一室。豪華な調度品で飾られた部屋で椅子に座り、憂鬱そうに葡萄酒を飲む男。そして、その後ろにはフード付きのマントを纏った女が立っていた。


 鋭く、大きな瞳を持ち、口ひげを蓄えた優男は、手に持ったグラスの中の紫色の液体を揺らしながらそれを見つめ、一気に飲み干す。


「酒は程々にしておいた方が良いぞ、居候殿。」

 長い睫毛に、血の通わないような冷たい目をしたその女の忠告を受け、優男が眉間に皺を寄せて振り向き、何事かを口に出そうとした時、唐突に扉がノックされた。

 そして、中からの返事を待つことなく一人の男が部屋に飛び込んで来る。


 飛び込んで来た男は、息を切らせながらも一気に報告する。

「巫女ナァラが発見されたそうです! 何でも、カラマナラス山脈を越え生還したとか!」

「なんと! でかした!!」


 優男が笑顔で立ち上がるが、続く言葉でその顔が凍り付いた。

「しかし、既に代わりの巫女の準備は整っており、巫女ナァラは処分対象として、専用の部隊が処理の為に向かっているそうです!」


 優男が絶望的な顔をして後ろの女を振り向いた。

「レイシア! どうするのだ! あの男は我々の切り札なんだぞ!」


「まぁ落ち着け。とにかく今は情報を集めるんだ。危機的状況ではあるが、今はあの男を信じるしかないな。兎に角、始末される前に彼らと接触しろ。朧も人目のある所で殺したりはしないだろう。」

 眉一つ動かさず冷たく言い放つ女の顔をまじまじと見つめ、優男は驚いた表情で問いかけた。


「……何とか、なるのか?」


「なぁに、始末される前なら何とかなる。いいから今は巫女と朧の情報を集めるんだ。それと、お前は今すぐアカネイシア王に謁見を申し込め。」


 女は口元にニヤリと笑みを浮かべ、冷たい目で優男を見つめる。


 その美しくも冷酷な表情に、優男は思わず息を飲んだ。喉の渇きを覚えた彼は、再び葡萄酒の瓶に手を伸ばし、女の目を見つめながら、瓶のままそれを一気に喉に流し込み、微笑んで見せた。





いつもありがとうございます。感想、お待ちしています!


これにて7章は終了です。

次章では、遂にアガナタ達と朧が衝突します。彼らの運命はいかに……


<毎週 月・金 更新中>

【次回】第8章:日没の攻防 第37話:確信

12/1(月)19:00頃 更新予定です

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