第35話 因果
墓参りを終え、村を目指して並んで歩く二人。
日は傾き始め、雲が次第に赤く染まり始める中、長く伸びた二人の影が寄り添い、優しく彼らを追い越した風がそのマントと髪をそっと揺らした。
ユオーミは風に揺れる髪を手で押さえながら、チラリとアガナタの横顔を盗み見る。彼の顔は厳しい山越えでやつれてはいたが、今、墓参りを終え、憑き物が落ちた様に落ち着いたその様子は、ユオーミの目には誰よりも逞しく映った。
ユオーミの視線に気づいたアガナタがユオーミに笑いかける。目が合えば、微笑み返してくれる人がいるということ。それが、彼女の胸を温かいもので満たし、自然と、その顔から笑みがこぼれた。
彼女の飛び切りの笑顔がまぶしくて、アガナタは思わず目を細める。そして、ふと視線を前方に移し、少し寂し気な目をしながら感謝の言葉を口にした。
「突然の願いも関わらずお付き合い頂き、ありがとうございました。」
その他人行儀な口調に不満を覚えつつも、自分たちが既に村の中にいる事を思い出し、ユオーミも前を向いて答える。
「こちらこそありがとうございました。まさか、お母さんのお墓参りができるなんて……。
こんなこと言うのは変かもしれませんが、お母さんって、実際にいたんだなって、それがとても嬉しくて。でも、もう会えないと思うと悲しくて……。」
ユオーミは、その瞳が再び潤み始めたことに慌てて、服の袖でそれを拭った。
アガナタは黙って彼女の横を歩きながら、じわりと胸を締め付けられるような痛みを覚える。
彼女は、あまりに多くの物を奪われ過ぎた。実の母親を失い、養父母を失った。自分らしさを奪われ、名前すら奪われた。それに飽き足らず、運命は、彼女にその命を捧げろと迫っている。
それは決してラニーアが望んだ未来ではなく、ユオーミが求めたものでもない。何もかも奪われた彼女は今、唯一見つけた生贄の巫女という理不尽な運命にかろうじてその居場所を見出し、そこに縋っている。けれどそれは、逃れ得ぬ最期へと向かう旅路でもあった。
(自分が彼女の居場所になれれば、等と烏滸がましい事は思わないが……何か手を考えなければ。とは言え、この旅路では他人と、巫女としてではなく、個人としての繋がりを結ぶことは難しいのも事実。)
ふと、ユオーミが立ち止まった事に気づいたアガナタは、彼女より一歩進んだ状態から振り返る。そして、どうしましたか、と声をかけようとして息を飲んだ。
ユオーミの顔には恐怖が浮かび、正面を凝視したまま固まっていた。
アガナタが反射的に正面を向き直ると、少し先の方から、旅装の一人の老人が道を歩いてこちらに向かってくるのが見える。どこかで見たような顔のその男を必死で思い出しながら、アガナタが再びユオーミの様子を伺うと、ユオーミは明確にその男を恐れ、一歩後ずさった。
ユオーミのその様子を見た刹那、アガナタはその男を思い出す。
それは、ユオーミを偽りの巫女「ナァラ」として差し出したあの村の村長だった。アガナタは速やかにユオーミの前に立って視線を遮り、そっと囁く。
「巫女様、迂回して先に宿泊先へお戻りください。あの男は私が対処します。」
「あ、あの人は、何でこんな所にいるんですか!?」
思わずアガナタのマントを掴み、震え声で話す彼女の声を聞きながら、アガナタは腹の底から湧き上がる怒りを抑え込みながら答える。
「恐らくですが、本物のナァラの避難先を探しているのでしょう。」
かつて彼らへの復讐を検討したことのあるアガナタは、今後彼らが取るであろう行動について想像が付いており、即座に答えた。だが、ユオーミはその言葉の意味が分からず、黙り込む。
「……あの村では、ナァラは生贄の巫女として旅立ったことになっています。つまり、あの村には本物のナァラの居場所はもう無いのです。もし姿を見られれば、偽の巫女をたてた事実が露見し、あの村長もナァラもただでは済まないでしょう。
だから今、ナァラは家の中で息を潜めて暮らし、あの男はナァラが生贄の巫女に選ばれたという事実を知るものがない場所に彼女を避難させるため、この村を訪れているのだと思います。」
ユオーミはアガナタの言葉に衝撃を受ける。
今まで自分が身代わりにされた悔しさは感じても、その後のナァラがどうなるのかなど考えた事もなかった。けれども、今アガナタの説明を聞き、納得するとともに、その皮肉な運命に驚きを禁じ得なかった。
ユオーミという身代わりを差し出すことでその命を永らえたナァラ。けれども、その結果として、彼女は長年ユオーミがそうであったように、人目を避け、家の中に閉じこもって暮らさざるを得ない状況となっている。
そして今後彼女は、ユオーミが偽りの身分の発覚に怯えた様に、生まれ育った土地を離れ、事実の露見に怯えながら生きて行かなくてはならない。
ユオーミは、その因果応報の結末を聞いても、胸がすくようなことは全く無く、むしろ暗い気持ちになった。嘘をついて逃れた試練が、結果的に、今後一生怯えながら生きるという代償を決定付けたという事実。
別にナァラの事は好きではないが、あんなにも家の中で威張り散らしていた二人が、今では逃れ得ぬ圧倒的な運命の前に立ちすくむ小さな存在として、酷く哀れに思えた。
(確かに、生贄の巫女として身代わりを強いられた身ではあるけれど、今、私は多くの人に囲まれて、心満たされてもいる。一方のあの人たちは、破滅を恐れ、必死で足掻き、心休まることは無い。一体、何が運命を分けたのだろう……。)
「巫女様、大丈夫ですか?」
気付くと、アガナタが心配そうにユオーミの顔を覗き込んでいた。
ユオーミははっとして、アガナタの心配そうな顔に対して、目に力を込めて答える。
「……私は、大丈夫です。」
「お久しぶりです。《《娘さん》》はお元気でしょうか?」
俯きがちに歩いていたその男は、突然話しかけられて驚いて顔を上げ、恐怖に顔をひきつらせた。
目の前に、半面を着けた見覚えのある男が立ち塞がっていた。
「む、むすめ……?。」
咄嗟の事に言葉に詰まる。自分の娘と偽ってユオーミを巫女として送り出した以上、「娘は元気か?」という問いの意味する所は明白だ。
突然の事に頭が回らず、口を半開きにして、青ざめた顔でぼうっとアガナタを見上げたまま固まっている。
すると、アガナタの陰から一人の少女が姿を現し、男に話しかけた。
「お久しぶりです。色々ありましたが、私はこうして元気にやっています。七年間、お世話になりました。……皆さんにもよろしくお伝えください。」
家にいた時は見たこともない、はきはきとした話し方。強い意思の宿った瞳。別人のような凛とした佇まいの彼女はしかし、間違いなくユオーミだった。
「あ、……ぁ。」
動揺し、まともにしゃべる事もできない彼に対して、ユオーミは頭を下げる。
「管理神官さん、先に戻っています。」
アガナタが軽く頷くと、ユオーミは俯きがちにその薄紫色のマントを翻し、一人駆けだして去って行った。
小さくなってゆくその後ろ姿をぼんやりと見つめていた男に対し、アガナタが彼の肩を抱きながら冷酷に告げる。
「ごらんのとおりユオーミ様は大変立派に務めを果たされている。
……さて、色々聞きたいことがあるが、素直に答えるなら偽りの巫女の件について、私からは何も言わないことにしよう。」
悲壮な顔で浅い呼吸を繰り返しながら、男が首だけでアガナタの方を向き、その半面の奥にある瞳を探る。しかし、その真っ暗な洞穴のような瞳からは、何一つ窺い知る事は出来ない。
「何故、巫女をすり替える事が出来た? そんなもの村人に見られたらすぐにばれるだろう? お前、一体何をやった?」
肩を抱かれたまま建物の陰に引きずり込まれ、泣きそうになりながら男が必死に答えた内容は次のとおりだった。
ユオーミを育てていた養父母が流行り病により死を覚悟した時、養父は自身の甥にあたる彼にユオーミを託すことを願い出た。男はどこの馬の骨とも知れない養女を引き取るなど本当は嫌だったが、願いとともに渡された袋の中に金貨が3枚入っているのを見て心変わりし、引き取る事にしたそうだ。
しかし、彼も馬鹿ではなく、ユオーミを引き取ってからすぐに気が付いた。こんな田舎の村に住んでいる老夫婦が、何故金貨を3枚も持っているのか? ……それは、二人の残したこの娘と無関係と思えなかった。
ユオーミは養女だ。実の親が娘を託した際に渡したと考えるのが自然だが、これほどの金を渡せる人間などそうはいない。貴族か、大商人か。どちらにしても相手が悪い。相手が養育を望んだのか厄介払いを望んだのか、それは分からないが、もし今からユオーミを捨てたとして、もしもどこかでそれが相手に知られることがあれば報復を受ける可能性がある。
今更捨てる事も出来ず、かといって普通に育ててもいつか何らかのトラブルに巻き込まれる可能性があることに思い至り、男の酒量は次第に増え、やがてユオーミを憎むようになった。
そこで考えついた苦肉の策が、人目に触れずに育て続けるという事だった。とは言え、可愛い自分の娘と、この忌み子を一緒に育てるなど考えられない。
結果、ユオーミは使用人として虐げられ、偽りの巫女として旅に出るまで、七年間家の中に軟禁される事となった。
「なるほど、”存在していない子”との入れ替えだからこそ成立した偽りの巫女だったという訳だ。」
「ぐ、ううぅぁ……」
渾身の力で肩を締め上げられ、男が悲痛な呻き声を上げる。
アガナタは歯を剥き出しにして噛みつかんばかりの勢いでさらに問いかける。
「それで、何故お前はこの村に来た? 娘を逃がすにしても、何故この村なんだ!」
「ゆ、ユオーミの育て親である叔父と叔母は、元々この村に住んでいたんだ……。だから、一応遠縁の者がこの村にいて、それを頼って……。」
獣のような振る舞いとは裏腹に、アガナタは冷静に男の話を吟味する。
(言っている事の辻褄は合う。……聞きたいことは聞けたな。)
アガナタが力を緩め男を解放する。男は痛みから解放されてよろけると、足をもつれさせてその場に四つん這いになった。
「良いだろう、正直に話したから偽りの巫女をたてた事については何も言わん。」
四つん這いんの状態からアガナタを見上げた男の顔に安堵の表情が浮かぶ。
(ラニーアがこの村での生活に困らないように、俺が父上に土下座して工面した金貨。ラニーアは手を付けていなかったのか……。
彼女が娘の為に託したその金を自分たちの為だけに使い切った事、そして、ラニーアの眠るこの村にこいつらが住むこという事。……そんな事!)
「だが、俺はお前が許せない。」
一転、男の顔が絶望に染まった。
その情けない顔を見て、アガナタは先ほどユオーミに小声で言われた言葉を思い出す。
「貴方が私の為に怒ってくれている事、知っています。ありがとう。でも、ごめんなさい。あの人たちに危害は加えないで欲しいんです。
許せとは言いません。ただ、貴方があんな人達の為に野蛮な事をするというのは、私が嫌なんです。……我儘ですみません。」
アガナタは目を細めて鼻から息を吐きだすと、男の目の前に乱暴にしゃがみ込んだ。
「だから、二つお願いをしようと思う。これを守れば、もう私はお前やその家族に一切干渉しないと誓おう。
まず一つ、この村に娘を匿うのは諦めろ。」
男はアガナタを見上げながら黙ってコクコクと頷いている。
「二つ目。ちょっとお使いを頼まれてくれるかな。」
アガナタの目が怪しく光り、口元には何とも言えない微笑みが浮かんでいた。
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【次回】第36話:後悔
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