表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生贄の巫女 ~偽りの巫女と仮面の守護者~  作者: 雨包おん
第7章 ある村:過去との邂逅
35/50

第34話 墓



 守護主神官を先頭に村を出発する奉献の徒の一行。俯き気味に馬に揺られる巫女の様子とは異なり、奉献の徒はこれから始まる旅路に期待を膨らませ、その眼は使命感に燃えている。


 村の入り口を見渡せる場所にある小高い丘に、馬に乗った二つの影が佇んでいた。


 ブロンドの髪を肩口で揃えた女が、予備から正規の存在となった新たな巫女とその奉献の徒を見下ろしながら、部下であろう男に向かって話しかける。

「元の奉献の徒はまだ見つからないのか? 一体何を愚図愚図ぐずぐずしているんだ……。」


 苛立ちを隠そうともしないその話しぶりに気圧されながらも、彼は何とか答える。

「はっ。朧が総力を挙げて捜索していますが、依然として行方は掴めていないとの事です。ヌクメイ北の山に踏み入り、そこで全滅したのではないか、との見方も出ており、捜索隊を編成してはいるそうなのですが、土砂崩れで山に入る事すらままならないとか。」


「それはまた難儀な事だな。その姿を確認し、身元が分かるものを回収するまでは安心できないからなぁ。

 だが、我々の任務は元生贄の巫女並びにその奉献の徒の捜索と処理だ。これは、山中遭難説が外れた場合の保険となる訳だが。……何としてもレシュトロ様の期待に応えたい所だ。」

「彼らが無事だとして、どこにいるのか皆目見当がつきませんが、一旦ヌクメイに向かいますか?」


 彼女は奉献の徒を見下ろしたまま、少し考える。

「いや、ヌクメイにはベイツの奴がいる。巫女の襲撃阻止に失敗し、かなり焦っている筈だからあそこら一帯は既に虱潰しらみつぶしで探しているだろう。行くだけ無駄な気がする。」

「では、どうされますか?」


「可能性は薄いが、カラマナラス山脈を抜けたという前提に立つとしよう。ヌクメイ方面から抜けると思われる地点の周辺の村や町を調べる。……お前は先に町に戻って準備を整えろ。」

「分かりました。周辺の村や町を洗い出して監視プランを作成します。ニアティ様はこの後、新しい奉献の徒の監視を続けられますか?」

「いや、あっちは私がいなくても今のメンバーで大丈夫だろう。私も後で町に戻る。」



 部下の男が走り去った後も、ニアティは少しずつ小さくなってゆく奉献の徒を見つめていた。

 うなだれ、小さく丸まった巫女の背中を見送りながら、じわじわと這い上がってくる不快感に思わず舌打ちする。

(平和の為とはいえ、あんな少女を生贄にしなければならないなんて……)


 ましてやそれが、予備からの昇格であり、また、その発端となった元の巫女まで処理しなければならないという事実はニアティの気持ちを重くさせた。

 彼女はこの非人間的な任務にはほとほと嫌気がさしている。だが、誰かがやらねばならぬ事、という事実も理解しているつもりだ。


 そう、不満があるとすれば、巫女の悲劇の陰で、その生贄による平和の実現に不可欠な汚れ仕事をやっている自分たちのような存在を、多くの人々が知りもせずにのうのうと暮らしているという事だ。

 一方で、そんな仕事を公言できるはずもなく、覚悟の無い自分のような人間に朧は向いていない、という事を改めて痛感する。


「レシュトロねぇの役に立ちたかっただけなんだけどなぁ……」


 同じ孤児院で育ち、皆の姉となって面倒を見てくれたレシュトロ。

 とても面倒見がよく、皆から慕われていた。


 彼女が大きくなり、孤児院を出てから何をしているのか良く分かっていなかったが、それでも時々孤児院に顔を出してくれたため、多くの孤児たちがその日を心待ちにしていた。

 そしてその際、何かしら見込みのありそうな者はレシュトロに声をかけられ、後日孤児院から去って行った。


 ニアティは、レシュトロに憧れ、その役に立ちたいと思っていたため、彼女に声を掛けられた際にあまり深く考えず二つ返事で快諾した。そして、今に至る訳だが……


「手柄を立てて、胸を張って恩返しができたと思えたら引退したいって言うんだー!」


 ニアティは耳に付けた髪色と同じピアスを触りながらそう言って自分を奮い立たせると、馬を反転させ、部下たちの待つ町に向けて馬を走らせた。




「い、生贄の巫女様ですか!!」

 半面を着けた、しかも身なりもボロボロの怪しい旅の集団に対し、怪訝な顔で家の前で対応していた村長は、巫女の名を聞いて驚き、その場に手をついてひれ伏しようとしたため、アガナタが慌てて止める。


「いや、巫女様はそんな事は望まれていない。普通でお願いしたい。」

 ようやく落ち着いた村長に泊まれる場所がないか尋ねると、空き家があるという事で、そこを提供してもらう事となった。


「村長さん、ありがとうございます!」

 ユオーミの笑顔を受け、村長は最敬礼で答える。

「もったいない事でございます! 巫女様に使って頂くには汚い所ですが、それで良ければ好きなように使ってくだされ。一応手入れはしてありますので。」


 村長自らの案内で空き家に向かう一向。

「それにしても、今日は客人が多い日ですな。普段旅人など来ることもないような辺鄙へんぴな村ですのにな。」


 アガナタは村長の言葉に警戒の色を見せながら、問いかける。

「他にも人が? どんな人物なのですか?」

「何でも、昔この村に親戚が住んでいたとかで、この街への引っ越しを検討しとるそうです。変わっとりますのぉ。まぁ、確かに遠縁の者がいるようですが……。」

「……」


 途中、柵で囲われた草地に馬が放し飼いされているのが見えた。牧草をんでいる馬が、何事かとこちらを伺っている。

 ユオーミは興味津々という顔で村長に尋ねた。

「馬を飼っていらっしゃるんですか?」

「いやいや、飼っているというか、育てているんですわ。馬の育成がこの村の唯一の産業なんです。」


「そうなんですね。あ、ちっちゃい子もいる!」

 仔馬を見つけて思わずそちらに駆けて行くユオーミに、赤の守護神官が苦笑していると、横からオッドーの呟きが聞こえた。


「良い毛並みだ。これは中々大したものだな……」

 柵の中を駆ける馬を見つめながらその口元を緩め、少し和んだ雰囲気を漂わせるオッドーの様子を見て、赤の守護神官が訪ねる。


「もしかして、主神官って馬が好きなんですか?」

「ん? ああ、好きだな。馬は良い。面倒を見ていると懐いて可愛いぞ。仕事の無い日も、良く遠乗りに出かけたりしている。」


「へー! 馬をただ乗り物として見ているんじゃなくて、可愛がっているんですね。主神官って、動物にも怖がられてそうだからちょっと意外というか……」

「おいおい、俺は一体どういうイメージなんだ!」


 無事に人里に到達できた安心感からだろうか、各自軽口が口をつく。だが、肉体的疲労には抗い難く、案内された空き家に到着するなり、守護神官たちは家の中でへたり込んだ。


「あとで食事を届けてくれるそうだ。それまで各自自由にしてくれ。ああそうそう、井戸はここに来る途中にあったものを使って良いそうだ。」


「うおー! ようやくマトモなものが食べられる!!」

 拳骨の青の守護神官が両手を突き上げて叫び、皆の笑いを誘ったが、実際、誰もが同じ気持ちだった。もう、木の実や携帯食は当分見たくない……と。


 ワイワイと騒ぐ一同を横目に、アガナタはユオーミに声をかける。

「巫女様、お疲れの所大変恐縮ですが、お願いがあります。少し歩くのですが、一緒に来て頂けませんか?」

 珍しく曖昧な言い方をするアガナタに違和感を覚え、彼の目を覗くユオーミ。その揺れる瞳に思い詰めたものを感じた彼女は、心が騒めくの感じながらも、黙ってうなずいた。



 先を歩くアガナタの背中から緊張したものを感じ取り、ユオーミは自分も胸が苦しくなるのを感じた。

 危険の去ったはずのこの村で、一体アガナタは自分に何を示そうとしているのか。それなりの距離を歩いていることから、二人きりで話をしたい、という理由では無く、目的地がある様に思われた。


 途中アガナタは、路傍の花を少しだけ摘んだが、ユオーミはそれを何に使うのか分からず、もしかして自分にくれるのかなとも考えたが、そういう訳でもないらしい。

 やっぱり良く分からないなと思いつつも、ユオーミはアガナタの様子を伺い、彼が一体何に緊張しているのかについて思いを巡らせた。


 そんな事をしながら歩いていると、気付けば村外れまで来ており、目の前には人気のない墓地が広がっていた。


 墓地を前にして、アガナタの呼吸が浅くなる。その時、ユオーミは半ば無意識に彼の手を握っていた。

 それは、アガナタの強い緊張を和らげたいという思いだったのか、自分の不安からの行動だったのか。それとも、その両方だったのか。


 アガナタの手は冷たく、ユオーミの手は暖かかったため、握ったユオーミも、握られたアガナタも驚いて思わず見つめ合う。

 しばしの沈黙の後、アガナタはユオーミに頷き、それから前を向いて大きく息を吐きだすと、ゆっくりと歩き始めた。


 墓地には、所々に木が生えておりその合間に墓標の木柱が整然と並んでいる。新しい木柱もあれば、苔むし、朽ちかけているものもあり、手入れが行き届いていない墓では、雑草が生い茂っていた。


 アガナタは、ユオーミが朽ちた木柱を見つめている事に気づき、説明する。

「この地方では、亡くなった人は土葬され、その上に木柱を立てて墓標とする。墓標は概ね5年から10年程度で朽ちて無くなり、その場所は再び埋葬の為に利用される。だから、朽ちてしまうと、もうその人の墓は無くなってしまうんだ……。」


 墓が無くなる。残された者からすれば、それはまるで故人がこの世にいたという事実が消えてしまうかのようにも思えるが、それは、いつまでも故人に縛られるのを防ぐとともに、墓地の野放図な拡大を抑えるという昔の人々の知恵でもあったのだろう。



 墓地の奥の更にその端、他の墓から少し離れた所でアガナタが立ち止まった。


 その墓は、かろうじてそこにあった。


 その木柱は、ほぼ朽ち果て、風化により割れてしまったのか元の長さの三分の一程の長さしかなく、ここが墓地でなければただの古木の木片にしか見えなかった。ただし、意外に手入れはされているようで、雑草の数は少なく、背丈も低い。


 アガナタは、震える手で先ほど摘んだ僅かな花のうち、半分をユオーミに手渡し、残りをその墓標の前にそっと置くと、胸の前で両手を組んで、目を瞑って祈りを捧げた。


 ユオーミは、驚いた表情でアガナタの横顔を見つめる。


 彼の次の言葉を聞くのが怖かったが、その一方でそれを聞くのを渇望する気持ちがある事にも気が付いていた。

 彼の祈りが酷く長く感じられる。整理の付かない感情が吹き荒れ、焦がれるようにその終わりを待つユオーミ。彼女の視線の先にある、アガナタの横顔。その半面から、一筋の涙が零れ落ちた。


 そして、彼は目を開くとユオーミに向き直り、涙をぬぐう事もせずその一言を告げる。


「君のお母さんの、ラニーアのお墓だ。」


 ユオーミは、その言葉を聞いて悲しみと温もりを同時に感じた。

 自分を生み、身寄りのないこの地で寂しく命を散らした母の無念と寂しさ、そして、彼女に寄り添い、その死後に墓を建て、彼女の事を忘れないでいてくれた人がいるという事実。


 ユオーミは屈み込み、そっと墓標に花を捧げると、胸の前で手を組んで目を瞑る。


「……お母さん、ユオーミだよ。随分遅くなっちゃったけど、会いに、来れたよ。」


 込み上げる思いが抑えきれなくなり、ユオーミは嗚咽を漏らす。涙が後から後から溢れ出し、頬を濡らした。


「お母さん……」


 アガナタの手が、彼女の震える背中をそっと撫でる。

 その手の動きはぎこちないものだったが、ユオーミにとってその温もりは何物にも代え難いものに感じられた。



いつもありがとうございます。感想、お待ちしています!


<毎週 月・金 更新中>

【次回】 第35話:因果

11/24(月)19:00頃 更新予定です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ