第33話 叫び
「アガナタさん!!」
ユオーミが駆けだす。オッドーが制止しようとするが、それを振り切りアガナタに駆け寄った。
「チィッ! 全員、巫女様を守れ!!」
オッドーはそう叫び、すぐさま剣を拾い上げると、オッドーに縋りつくユオーミと、白疫の民の男との間に割って入り、立ち塞がる。
他の守護神官達も、一瞬反応が遅れたが、真っ先に赤の守護神官が剣を拾い上げてユオーミの元に駆け出すと、他の二人も慌てて後に続いた。
三人はすぐさまユオーミを囲み、片膝をついて頭上に剣を向け防御態勢を整える。
(問題は、木の上の敵……!)
赤の守護神官は、頭の上に覆いかぶさる木を見上げ、固唾を飲んで様子を伺う。……が、姿を見せない頭上にいるはずの敵は、沈黙したまま動かない。
突如、白疫の民の男が何事かを喚く声が聞こえた。
そちらを見やると、剣を構えたオッドーを前にして、男が後ずさりしながら距離を取っているのが見えた。オッドーは両手で握りしめた剣を肩の高さに構え、その切っ先を相手に向けている。
オッドーはチラリとアガナタとそれを介抱するユオーミを見た。
(本気で戦闘となれば、間違いなく一瞬で制圧される。今できる精一杯は、敵を牽制しつつ、この場から逃げ出す時間を稼ぐこと……)
オッドーは、腹部の傷に痛みを感じつつ、膝をかがめて姿勢を低くし、剣を握り直すと、ゆっくりと一歩前に出る。
「アガナタさん、しっかりして下さい!!」
ユオーミは、必死でアガナタを揺さぶり声を掛ける。けれど、彼の首は力なくユオーミの動きに合わせて揺れるばかりで、返事をすることは無かった。
眉間に深い皺を刻んだままのアガナタの目元は半面に覆われ、表情は伺えないが、その口は開かれたままだ。返事をしない彼の肩を必死に揺すり、ユオーミは泣きながら彼の名前を呼び続ける。
「お願い、返事をして!!」
そうする間も、白疫の民の男は喚き響き続けていた。
まるで、焦りながら何かを促すような、必死で言い訳をするかのようなその耳障りな音に、突然ユオーミが爆発した。
「うるさい、黙れ!! お前なんかどっかいけ!! この人殺し!!」
真っ赤な目で男を睨みつけ、感情を真っ直ぐにぶつける彼女の顔は、張り裂けそうな悲しみと怒りの色に染まり、無力でありながらも、圧倒的強者を前にして揺るがないその瞳は彼女の高潔さを感じさせた。
「うわあぁぁーー!!」
彼女は目を瞑り、最早泣き叫ぶように男に向かって吠える。その悲痛な叫び声に、誰もが胸を締め付けられ、それをこらえるかのように守護神官たちは歯を食いしばって敵を睨みつける。
すると、白疫の民の男は狼狽えた様に後ずさり、最後に一言何かを叫んだかと思うと背を向けて走りだした。同時に、頭の上から枝が激しく軋む音が複数響く。
「来るぞッ!」
守護神官達が目を見開き、敵の攻撃に備える。だが、断続的に響く頭上のその音は次第に遠ざかり、やがて森の奥に消えていった。
ふと目の前にいた男に目をやるも、彼の姿も跡形もなく消えている。
「助かった……?」
訳も分からず、あっという間に去って行った脅威に、赤の守護神官は驚きながら辺りを見回す。深い森は変わらず彼らを包み込み、白疫の民が現れる前と変わらず、静かにそこにあった。
青の守護神官達も、狐につままれたような様子で、盛んに辺りの様子を確認している。
「本当に、彼らは去ったのか?」
オッドーは目を閉じ、耳に神経を集中する。葉が風にゆれる、囁くような音が響くのみで、樹上に彼らの息遣いは感じられない。代わりに彼の耳に飛び込んできたのは、ユオーミの悲痛な叫び声だった。
「アガナタさん!」
返事をしない彼の血の気の無い顔の両頬を手で包み込み、ユオーミは絞り出すように繰り返し名前を呼び続ける。その瞳から零れた涙が彼女の頬を伝い、アガナタの顔を濡らした。
「……失礼します。少しどいていただけますか?」
辺りに敵がいないことを確認したオッドーが、荷物から取り出した水筒の口を開けながらユオーミに声を掛ける。そして、訳も分からずユオーミがアガナタから少し体を離すのを確認すると、おもむろに水筒の水をアガナタの顔にぶちまけた。
「ゴホッ!」
突然の刺激に、反射的にアガナタがむせかえる。
水攻めと、絞められた首の痛みに激しくむせかえりながら、驚きで見開いた目に、間近で彼の顔を覗き込むユオーミの顔が映った。
「アガナタさん!!」
いきなりアガナタの胸元に顔をうずめたユオーミの行動に驚き、むせながらも肩に手を置いて止めさせようとするアガナタ。しかし、ユオーミの震える声を聞き、思わず手が止まり何も言えなくなった。
「良かった……。無事で。本当に……。」
「……」
胸元に乗る重さに温かさを感じながら見上げた空は、深い森の木々に遮られ、僅かに見えるのみだった。そこに浮かぶ茜色の雲も、じきに闇に覆われるだろう。
アガナタは、力の入らない自分の体と、胸元で泣いているユオーミというこの状況を飲みこめず、考え込む。
(確か、道を見つけて、深い森を歩いていた。それから……)
(白疫の民!!)
全てを思い出したアガナタは一気に体を起こそうとして、強烈な首の痛みに思わず顔をしかめる。今の状態では、ユオーミを押しのけて起き上がるのは至難の業のようだった。そこで、自ら辺りの様子を確認するのを諦めてユオーミに尋ねる。
「敵は、……奴らは?」
「もう、いません。良く分からないけど、帰って行きました。」
「え……?」
ユオーミに助け起こされて、彼女に寄りかかりながら周りを確認するアガナタ。事実として白疫の民がいなくなっており、さらに辺りに敵の気配は感じられない。信じられない気持ちで思わず呟いた。
「信じられん。……何故だ?」
「分からん。突然引いた。」
眉間に皺を寄せてオッドーが答えるのを聞きながら、アガナタは考え込む。
「何にしても、早くここを離れた方が良いだろう。意味があるかどうか分からないが、少しでも遠くに。」
アガナタはチラリと隣のユオーミを見る。体を起こす際にも、本当は青の守護神官に手伝ってもらおうと思ったのだが、ユオーミが自分がやると頑なに主張したため、現在に至っている訳だが……。
守護神官たちは興味深そうに二人の様子を見つめていた。
だが、この巫女の旅を力強くけん引する管理神官が目の前でその命を散らしたかもしれない、という衝撃的な光景に彼らですら強烈な喪失感に襲われたのだ。この十四歳の少女が、それによって彼を失う事を極度に恐れたとして、何ら不思議はないと思い直す。
「……」
泣きはらした真っ赤な目でニコニコと自分を見つめるユオーミを前にして、アガナタはやはり何も言うことができなかった。
その時、突然赤の守護神官の裏返った声が響いた。
「て、敵です! 白疫の民です!!」
「!!」
全員が色めき立ち、彼女の指し示す方を見ると、少し先にやはりローブを纏った白疫の民が一人、大きな袋を抱えて立っていた。
守護神官全員が一斉に剣を抜き放つ。オッドーが正面の男と正対し、他の三人がアガナタとユオーミを囲んで剣を構えた。
しかし、今度は頭上の木々に敵の気配は無い。
「チッ。何を考えているかサッパリ分からん。我々を制圧するのに一人で充分、という事か?」
吐き捨てるようなオッドーの言葉を聞きながら、アガナタはじっと白疫の民を見つめる。
すると、彼は一度大きくお辞儀の様に頭を下げた後、自分の持っている大き目の袋を指さし、それからその袋を地面に置く。そして、再び一礼すると振り返り、そのまま森に消えていった。
「オイオイ……。本当に訳が分からんぞ。」
「守護主神官。すまんが、あの袋の中身を確認してきてくれ。」
驚いた表情で振り向くオッドーに、アガナタは静かに答える。
「相手の方が圧倒的有利のこの状況で、今更我々に対して策を弄するとは考えにくい。……何か意味がある気がする。」
結論から言うと、その袋に入っていたのは食料だった。
そこに入っていた木の実と干し肉、そして果物。白疫の民から送られたそれを食べる事を誰もが躊躇う中、おもむろにアガナタがその木の実を口に入れて食べ始めたのを見て、皆が度肝を抜かれる。
「お前、何食べてんだ! 毒かもしれんぞ!!」
オッドーの叫びを聞きながらも、アガナタは平然とした顔で木の実を噛み砕きながら言う。
「先ほども言った通り、今更我々を騙す理由がない。殺す気ならとっくにやっている。つまり、これは毒ではなく、本当に食料なはずだ。」
半信半疑な彼らを前に、さらにアガナタは続ける。
「理由は分からないが、彼らが我々に食料を提供したという事は、敵対するのを止めたという事だ。だから、もう襲われる心配をする必要はない。
――そして、ここには道があり、彼らがここに現れたという事は、恐らく獣の類もあまり近寄らないだろう。そういう訳で、今日はこれを食べたらここで野営することにする。」
「ハァ?」
オッドーに限らず、皆が話の展開について行けず、驚愕の表情を浮かべる。
「感情としては、皆の思っているとおり、何故彼らが態度を変えたのか分からず、気味が悪いと言った所だ。だが、事実に基づき合理的に判断すれば、彼らが我々に食料を提供した時点でその脅威は去ったと考えるべきだろう。」
皆が顔を見合わせ、何とも言えない表情を浮かべる中、何故かユオーミだけが目を輝かせながらアガナタを見つめていた。
そんなユオーミを横目でちらりと見た後、オッドーが観念したような表情を浮かべ、両手を挙げて降参の意を示す。
「気持ち的には全く受け入れ難いが、管理神官の指示に従おう。どのみち日も暮れ、下手に動くのは危険だ。遠くに逃げる体力もないしな。」
そう言ってから、おもむろにアガナタの手元にある袋から木の実を掴み取り、口に放り込んだ。
その夜、最初は落ち着かず、中々眠りに付けなかった守護神官達も、質素ながらも久しぶりに食べた食料の満足感と極度の疲労に、やがて身を寄せ合いながら深い眠りに落ちた。
そして、何事もなく朝を迎えた際には、一同驚きながらも、最早誰もアガナタを疑わなくなっていた。
それから三日後、彼らは山を下りて森を抜け、ついに開けた草地へと辿り着くことになる。
「やった! やったぞ!!」
歓喜に沸き返り、思わずへたり込む巫女や守護神官たちの肩を叩き、オッドーと頷きあうアガナタ。
誰もが傷つき、疲れ果ててはいたが、命の危険は大幅に小さくなり、皆穏やかな顔をしている。
これまでの危機と困難の数々を思えば、一人も欠けることなくヌクメイからここまで来たのは奇跡と言っても良いだろう。
皆のやつれた顔を眺めながら、アガナタはこのメンバーとの間に生まれた信頼関係を思って目を細める。
(問題は山積しているが、今は、これで良い……)
ユオーミと目が合い、彼女の微笑みに対してアガナタも微笑み返す。
この山越えで彼女に随分と醜態を晒したのを思い出して羞恥の念に苦しみを覚えつつも、ずいぶんと成長を感じさせる彼女の微笑みに眩しさを感じていた。
アガナタは取り出した地図と地形を見比べ、自分たちの概ねの位置を割り出し、近くに村がある事に安堵する。人の文明圏まで、あと少し。
(……)
地図に記載されたその村の名前を見ながら、知らずに眉間の皺を深くしたアガナタは、暫くそのままそれを睨んだ後、ふと我に返り、皆に向かって語り掛けた。
「皆、本当に良くやってくれた。一人でもいなければこの山越えは成し遂げることはできなかっただろう。本当に感謝している。ありがとう。
……恐らく、後半日ほどで近くの村に辿り着けるはずだ。あと少しだけ頑張って欲しい。そこでゆっくりと休養を取り、それから教会と接触する手段を考えようと思う。教会と接触さえできれば、我々は奉献の徒の任務に戻れる。ようやく、元の旅に戻れるんだ。」
喜びの声上げ、抱き合う皆の様子を見つめながら、アガナタは目を細める。だが、その時、ヌクメイで彼らが襲撃を受けてから、既に八日という時間が経過していた。
お読みいただきありがとうございます。
これにて6章は終了し、新章に続きます。
短い章ですが、彼らの過去との邂逅をご覧ください。
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【次回】第7章:ある町 第34話:墓
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