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生贄の巫女 ~偽りの巫女と仮面の守護者~  作者: 雨包おん
第6章 山越え:剥がれ落ちた仮面
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第32話 白疫の民



――白疫はくやくたみ


アガナタは、アーオステニアに拾われ、文字の読み書きを覚えてからというもの、彼の書斎に入りびたり、そこにあるあらゆる本を読み漁ってきた。


大導主と共に大陸の平和実現のため、その知性を如何なく発揮してきた大神官アーオステニアは、教団一の知恵者と言われており、一部の信者からは「叡智えいちの宰相」という二つ名で呼ばれていた。その彼の書斎には、彼が長年にわたり集めてきた古今東西のありとあらゆる書物が収蔵されている。


今も増え続けているその蔵書。アガナタは実際、その殆どに目を通していた。


その中にある、各地の文化や風土について書かれた古い書物の中にあった一節。それが、アガナタが白疫の民について知る全てだ。逆に、それだけの書物がありながら、白疫の民にについて触れている物は他に一冊も無かった。


――いわく、白い髪、灰色の目を持つ彼らの体は、顔を含めて石のように固く、所々亀裂が入っている。

そして、彼らは旧来からの土着の教えを盲信し、技術や文明を否定し決して受け入れない。その奇妙な見た目と排外的な行動から、人々は彼らを病と不幸をもたらす民と恐れて迫害した。彼らは背が高く、身体能力こそ優れていたが、圧倒的少数民族であり、やがてこの地上から姿を消したという。


それ以上の記載はなかったが、その特異な特徴と言い、まるでおとぎ話のような民族だな、とその時のアガナタは思ったものだった。



今、目の前にいるこの男。白髪、灰色の目、そして何より、顔に入った亀裂。書物の中の記述と完全に一致する特徴から、彼らが白疫の民であることはまず間違いないだろう。とすれば、何かしらの病をうつされる危険がある。


一瞬、昼間の緑色の血の染みが頭をよぎる。


――ユオーミは、まさか既に。


アガナタは、一瞬で体中の血が沸騰し、思わず目の前の男に切りかかりそうになった。しかし、頭上の木から感じる気配を無視して実際にそうしたところで状況を打開できるとは思えず、必死に理性を働かせて踏み留まった。


アガナタは目の前の男を睨みつけるが、その男の顔はフードに隠れ、その表情を窺い知る事はできない。

(くそっ。身動きが取れない……)


満身創痍の今の奉献の徒では、仮に煙袋を使ったところですぐに補足されてしまい、逃げ切る事はできないだろう。完全に包囲されたこの状態で、アガナタの頭には現状を覆すような打開策は浮かんでこなかった。


アガナタの額に冷たい汗が流れる。


気味の悪い事に、動けない自分たちに対して、圧倒的優位な状況にある相手も沈黙を保っている。煽ることも、威嚇することもなく、微動だにしないこの男の目的が一体何なのか、皆目見当がつかかった。


(落ち着け……。可能性を探るんだ。少しでも生き残る事の出来る可能性を。)


アガナタは目を瞑って歯を食いしばる。そして、大きくため息をついた後、目を開いて剣を地面に放り投げた。

地面に転がる石に剣がぶつかり、甲高い金属音が響き渡る。


驚く守護神官達に向け、振り返ることなくアガナタは指示した。

「武器を捨てろ。この状況で抵抗は無意味だ。」


動揺する守護神官達。しかし、一番初めにオッドーが剣を捨てると、残りの守護神官達も戸惑いながらもそれに倣って武器を投げ捨てた。


こんな方法しか思いつかず、ユオーミの生殺与奪を相手に握られたことに耐えがたい苦痛を感じながら、それでもアガナタは努めて冷静に男に話しかける。


「我々は、生贄の巫女様とそれをお守りする奉献の徒だ。そちらと敵対する意思はない。」


暫しの沈黙の後、おもむろに正面の男が何事かを話し始めた。


それは、状況を打破できるかもしれない絶好のチャンスだったが、無情にも、誰も彼の言葉を聞き取る事が出来ない。

独自の言語なのだろうか、全く聞いた事の無い音の羅列に絶望する。

アガナタは焦り、一縷の望みを託して後ろの仲間たちを振り返るが、誰もが無言で首を振るばかりだった。


アガナタは腹を括り、この最後のチャンスを無にしない為に行動する。生き死に、特にユオーミの命に関わるこの状況で、滑稽だなんだと、そんな事はどうでも良い。たとえ言葉が通じずとも、何か打開策があるはずだ。


両手を大きく開き、敵意がない事を示しつつ、一歩前へと出る。

「我々は、ただこの森を抜け、山を下りたいだけだ。無断でそちらの領域に踏み入ったことはお詫びする。ただ、土砂崩れで街へ戻れなくなったため、やむなくこの道を通っているのだ。」


目の前の男は、僅かに首を傾げ、それからおもむろにこちらを指さした。

アガナタは自分が指をさされたことに戸惑いつつ、その意図を確認するため、自分を指さして見せる。だが、男は首を振った。

アガナタがその指の指し示す先から体を外し、そちらを向くと守護主神官と目が合う。驚いた守護主神官が、同じように自分自身を指さすも、再び男は首を振る。


守護主神官がどいたその先には、丁度うつ伏せの状態から体を起こし、両膝を付いて座り込んだユオーミが佇んでいた。

「……え?」

突然謎の男に指を指され、全員から視線を送られたユオーミが狼狽する。


白疫の民の男が大きく頷いたのを見て、アガナタは驚き、慌てて両手を広げて巫女と男の間に立ち塞がった。

「駄目だ! 巫女様を引き渡すことはできない。その代わり、それ以外の物ならば何でも渡そう。望むのならば、私の命でも構わない!」


必死で語り掛けるアガナタを見つめていたその男が、ゆっくりと歩き始め、やがてアガナタの目の前で止まった。


フードから覗く顔には幾筋も亀裂が走り、灰色の目の中心は仄かに金の輝きを宿していた。

顔の下半分を覆う白い髭のせいではっきりとは分からないが、顔のしわの深さから、それなりの高齢であるようにも見える彼は、ゆっくりと話始める。


やはり何を言っているのか聞き取る事は出来なかった。けれど、感じ取ったその意図に対し、アガナタは首を振る。


「巫女様だけは、決して渡すことはできない! 頼む、引いてくれ!」


アガナタの叫びに、男の目が歪み敵意が溢れ出した。

唐突に男の片手が延び、アガナタの首を掴んで締め上げる。そして、恐ろしい程の力で、人形でも持ち上げるかのように簡単にアガナタを持ち上げた。


アガナタは必死でその石のように固い手を掴み、緩めようとするがびくともせず、逆に、より高く持ち上げられ、その足が完全に地面から離れる。


「おい!」

アガナタがなすがままに首を締め上げられるのを見たオッドーが即座に動いた。前方に駆けだしながら地面に捨てた剣に手を伸ばす。


が、その刹那、頭上の木の上から、枝を踏み叩く音が一斉に響いた。

反射的に動きを止めるオッドー。その手は、剣には届かなかった。


「グ、オオ、ォォォ……」


身動きの取れない彼らの眼前で、一方的にアガナタが締め上げられる。

必死の形相で足をばたつかせる彼の口から洩れる、声にならない呻き声だけが辺りに響き渡り、それでも、誰も彼を助けることができない。

ただ、黙ってそれを見ている事しかできなかった。



「どうしてこんな事に……」

赤の守護神官は青ざめ、思わず呟く。


何が、いけなかったのだろう。何を、間違えたのだろう。

奉献の徒を導く、その希望たる管理神官が、一方的になぶられる様を見せつけられ、彼女の中で何かが崩れる音が聞こえた。



覚悟はあった。いや、あったつもりだった。盗賊に襲われた時、初めての事に膝が震えたが、何とか務めを果たした。その後、橋の上で謎の勢力に襲われた際は、余りの敵の数にもう駄目かと思った。そんな中、一人で守護主神官の元に駆け付ける等無茶もやった。それでも、結果的に何とかなった。


だから、心のどこかで何とかなると、そう思っていたのかもしれない。


そもそも奉献の徒に選ばれた時、この身に余る栄誉に震え、喜んでその任を受けた。けれどその時、この旅で襲い来る困難の、どれだけを理解し、覚悟していたというのだろう。


私はただ、浮かれていただけだった。


覚悟もなく、腕前も中途半端で、その報いがこの目の前の光景なのだとしたら、私は、私はなんて愚かだったのだろう。


誰もが血の気の引いた顔で、目の前の惨状を見つめている。

そんな中、ただ、守護主神官だけが、その眼から闘志を失わず、状況を打開する隙を伺っていた。


この人は、こんな状況でどうして諦めないのだろう。

「主神官……」

思わず漏れた声。

まるで何かに縋るようなその声に、自分で驚く。私は、私は……。


「……目を、逸らすな。まだ何も終わってはいない。」


静かな、守護主神官のその声に、思わず震えが走った。

私は、守護神官……。

恐怖心を必死に理性で抑え込み、目の前の光景を、目を見開き、強く見つめる。


心が、大きく軋む音がした。




息をすることができない苦しさの中で、アガナタは急速に視界が暗くなってゆくのを感じた。最早その口から声を出す事すら叶わず、耳からも音が遠ざかってゆく。


途切れ行く視界の中、ふと浮かんだのはラニーアの泣き顔だった。

(ラニーア……)


アガナタは、静寂に包まれた世界の中で、次第に体が軽くなってゆくような錯覚を覚える。


(ごめん……。君との誓いを守る事も出来ず、君の娘のユオーミを危険に晒し、挙句の果てその身を守る事が出来なかった……。あの時、あの場所に俺がいなければ、俺が一時の感情に流された愚かな行動をとらなければ、こんな事には……)



オッドーは鬼の形相で男を睨み、血がにじむほど強く歯を食いしばる。

誰もが悲痛な表情でアガナタの背を見つめ、最早祈る事しかできない。

ユオーミもあまりの事態に、目に涙を滲ませ、両手で口元を覆いながら震えていた。



(ラニーア……。最低なこの俺を、許して欲しいとは言わない。恨んでくれ。ただ、できることなら、君に殺して欲しかったが……)


目の前にぼんやりと浮かぶ、泣き顔のラニーアの口がかすかに動く。

それは、彼女が彼に送った、最後の言葉。

忘れたくても忘れる事の出来ない、その言葉。


『……生きて、アガナタ。』


白目を剥きかけたアガナタの目が、再び力を取り戻す。

最後の力を振り絞り、声にならない叫び声を上げながら、渾身の力で男の顔面に右の拳を叩き込んだ。


(ラニーア、君のいない世界は、地獄だよ……)


一瞬、時が止まったように感じられた。

誰もが息を飲み、驚きに目を見開く。


だが、男はピクリとも動かず、ゆっくりと力を失ってゆくアガナタの両手がだらりと垂れ下がった。


「やめてー!!」


ユオーミが泣き叫ぶ。


「もうやめて! 彼が何をしたっていうの!!」


守護神官たちは耐えきれず、思わず下を向く。

だが、オッドーだけが変わらず男を睨みつける。


男が手を緩めると、アガナタは人形のように力なく地面に倒れ込み、ピクリとも動かなかった。




いつもありがとうございます。感想、お待ちしています!


<毎週 月・金 更新中>

【次回】 第31話:叫び

11/17(月)19:00頃 更新予定です

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