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生贄の巫女 ~偽りの巫女と仮面の守護者~  作者: 雨包おん
第6章 山越え:剥がれ落ちた仮面
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第31話 血


 あれから何日かが過ぎた。


 一行は立ち塞がる山々の峰を越え、森を突き抜け川を渡って道なき道を進む。時に大自然に阻まれ、引き返して迂回する、といったことを繰り返しながらも、次第に下り坂の割合が増えてきたことに、山からの脱出への手応えを感じ始めていた。


 とは言え、食料は既に尽きており、僅かながら食べられる野草を見つけては食べているものの、根本的な解決にはならなかった。また、弓も無く、狩りで獲物を捕る事すら叶わない。

 誰もが疲れ果て、その注意力は散漫となっている。空腹により力も入らず、明らかに進行速度は遅くなっていた。


 そんな状況の中で唯一の救いは、水に困らなかったことだ。先日の雨のお陰もあってか、山の至る所で湧水を確認することができた。



 山の斜面から流れ出てくる湧水をすくい、喉を潤すと、赤の守護神官は手ごろな石に腰掛け、ぼんやりと考える。

(お腹空いたなぁ……)


 あれ程士気の高かった一行も、今では葬式に参列する人々の様に力なく、無言で歩いている状態だ。自分たちでさえそうなのだから、まだ子供である巫女にとってはより厳しいものがあるだろう。荷物こそ背負わせていないものの、これほどの苦労を強いてしまっている事に彼女は申し訳なさを感じていた。


 ふと、聖都で暮らしている妹が思い出された。彼女より十歳年下の十二歳のその娘は、生意気盛りで手を焼くことが多かったが、二歳の時に父親を亡くしており、人一倍の寂しがり屋だった。

 彼女が奉献の徒に選ばれ、暫く家を空けると決まった際も、祝うどころか数日口をきいてくれなかった程だ。


(今頃、母さんを困らせてるんだろうな……)

 そんな事を考えて思わず頬が緩ませながらも、彼女は気づいていた。この山越えに無事に下山できる保証はなく、場合によってはもう二度と家族と会う事はできないかもしれないと。


 誰もが心の片隅にそんな思いを抱えつつ、それに気づかないふりをしながら、淡々と日々山道を進んでいる。何かが零れ出してしまいそうになるのを、必死で誤魔化しながら……。



 休憩中、少し道の先を見てくると言って出かけていった背の高い方の青の神官が、少し興奮した様子で戻って来るのが見えた。


 行き止まりの報告にしては少し様子が異なる。何事かと、彼が管理神官に報告する内容に耳を澄ませ、思わず目を見開く。

「道が、あります。あれは明らかに獣道じゃない! 人が通ってできた道です!」


 皆の顔に、何日かぶりに希望の光が差し込むのを感じ、赤の守護神官はほっと息を吐き出す。

(まだ、私たちは頑張れる……。)



 確かにその道は、ここ数日歩き続けてきた道なき道ではなく、人ひとり分程の幅ではあったが、森を切り開いて作られた道だった。


「このまま、麓まで続いているかもしれん。でかしたぞ!」

 アガナタに褒められ、得意そうな青の守護神官を先頭に、道を進む。道は深い森を抜け、岩場へと通じていた。山の斜面を切り開いて作ったと思われるその岩場の道をさらに進むと、突然道が途絶え、驚いた一行だったが、その道の先は崖の下に繋がっているようで、人五人分程の背丈高さのの切り立った岩壁の下に、引き続き道が続いているのが見えた。


「ここを降りるしかなさそうだな……。皆、巫女様のフォローを頼むぞ。」

「はっ!」


 その崖を下るという行為は、疲労と空腹に苦しむ彼らにとって確かに困難ではあったが、そこに道があるという目に見える希望が、辛うじて皆の気力を繋いでいた。


 落石を警戒して一人ずつゆっくりと崖を降りる事とし、一番最初に荷物を置いた青の守護神官が降りていった。思いのほか身軽だった彼は、危な気なく下まで到着し、合図を送る。

 次の神官が降りる前に、ロープを使って全員分の荷物を降ろし、それからオッドーが続いた。先に降りた青の守護神官が、後ろから手や足を掛ける場所に指示を出し、問題なく下まで到着する。


 続くユオーミは、その崖のあまりの高さに青ざめ、足を震えさせていたため、脇の下に輪を作ったロープを通し、上でアガナタと青の守護神官がそのロープを確保しながら崖を降りる事とした。


「あ、あの! 絶対に手を離さないで下さいね!」


 震える手足で必死に岩を掴み、足を掛けるユオーミ。歯を食いしばり、ロープに支えられながら少しずつ降り、時々身動きが取れなくなって皆に励まされながら、何とか下まで辿り着いた。


「私、降りられました……」

 額にびっしりと汗をかきつつ安堵の表情を浮かべる彼女を下で迎えたオッドーは、その様子を見て思わず眉間に皺を寄せた。


 途中の岩で斬ってしまったのだろう、彼女の左手の平が血で赤く染まっていた。


「巫女様、手に怪我をされています。痛みは大丈夫ですか?」

「え? ……あ、本当だ。え? あの、どうしましょう!?」


 崖を見上げると、その中程に彼女の赤い血がこびりついている突き出した岩が見える。


 言われて初めて気が付いた、という風な様子ではあったが、真っ赤な血を見て顔を青くしている彼女を宥めながら、その手を水で清めで包帯を巻き、オッドーは、まだ崖の上にいるアガナタにこの事を伝えたら飛び降りて来かねないと思い、黙っていることにした。


 皆が順調に崖を降り、最後にアガナタが掘りてきたところでオッドーが声を掛ける。

「崖を降りる際に、巫女様が手に怪我を負われた。」

「何ッ!」

「落ち着け、大したことは無い、思ったより傷は深く多少血は出たが、傷口は綺麗だ。あれなら治った後も傷口は目立たん……」


 目を剥いて掴みかかりそうなアガナタを宥めて状況を伝えると、彼は最後まで聞かずにユオーミの所に駆けていってしまった。

「巫女様!」

「……」


 駆けてゆく友人の背中を見つめながら、オッドーは溜息を吐く。


 確かにこの旅が始まった時からアガナタには張り詰めた雰囲気があったが、それでも管理神官としてあらゆる事態に対応し、状況を制御できていた時はまだ余裕も感じられた。

 だが、ヌクメイでの襲撃を経て、幾多の困難を前に、事態は完全にアガナタの制御の外へと移ってしまった。さらに、ユオーミとの感情的な衝突を経て、アガナタは完全に余裕を無くしている。

 現在、アガナタにとって、ユオーミを生かす事が彼の存在理由になり、精神的バランスを欠いた危うい状態だ。


(ユオーミという、彼女そっくりのその忘れ形見を目の前にして、あの時の出来事を乗り越えろなどと土台無理な話だ。……あるいは、これこそが、十五年前に生贄の巫女の逃亡を手助けしたことに対する鬼神の裁きなのかもしれないな。)


 強迫観念に駆られ、無謀な挑戦を口にする友を見るのは辛かったが、オッドーは、それは自分自身の感傷だと割り切る。だた、十五年前、アガナタと共に関与したあの日の出来事に対して責任を取る。そして、彼と彼女の最期を見届けるのが自分の役目だと、そう感じていた。



 ユオーミはやはり動揺していたのだろう、一生懸命アガナタに状況を説明し、アガナタの反応を見てからようやく安心した表情を見せる。

 ユオーミの怪我の程度を確認し、落ち着きを取り戻してこちらに戻って来たアガナタを見つめ、オッドーは思わず苦笑いする。


「落ち着いたか?」

「まぁな。しかし、確かにお前の言う通り傷口が深い。早く山を下りて医者に見せたい所だ。」

「……そうだな。崖のあそこにも血がはっきりと付く程だ、浅くは無かろう。」


 後方の崖を親首で指し示しながら言うオッドーに対し、アガナタは崖を見上げ首を傾げる。

「どこに血があるって? 何だか変な染みならあるが。……あれは苔か?」

「は?」


 あんなにはっきりと血がついているのだ、見間違うはずがないとオッドーが振り返り見上げたそこには、確かに赤い血は見当たらず、突き出た岩に濃い緑色の染みが付着している様子が見えた。


「……いや、あれだな。巫女様の血がついて、真っ赤になっていた。……筈だ。」

「……苔ではないようだが、緑色の染みに見えるが?」

「見間違え、ではない。実際に巫女様は手に怪我をしているし、俺が見た時は赤だった。」

「……」


 アガナタは黙って崖まで歩いて行き、剣を鞘から僅かに抜き、それで自分の指先を少し切って血を滲ませると、それを崖の岩にこすりつけた。


 二人はその赤い染みを見守るが、ついぞその色が変わることは無かった。


「薬師では無いので分からないが、聞いたことは無いな。傷口から何か悪いものが入り込んでいないと良いのだが……」

 顎に手を当て、真剣に考えこむアガナタ。

「やはり早く医者に見せた方が良さそうだな。……急ごう。」

 二人で頷きあい、妙な胸騒ぎを感じつつ急ぎ仲間たちの元へと向かった。




 再び深い森を進んでゆく一行。今まで以上に木が生い茂り、昼間だというのにこの森は薄暗かったが、道は確かにその森の奥へと続き、それを辿り、歩みを進めた。


 その森は非常に深く、苔むした大木があちらこちらに見え、その大木を避けるように道は波打つように森を抜けて行く。

 聞いたこともないような鳥の声が頭の上から聞こえたが、姿は見えない。どこまで行っても景色が変わらない道のりに、知らず知らずに心が疲弊していくのを感じながらも、彼らには進む以外の選択肢は無かった。


 どれくらい進んだろうか、道はひたすら続いているが、この調子で行くとこのままこの道で夜を迎えることになる可能性が高い。野営するのであれば、せめて少し開けた場所でないと、視界が狭く、野生動物に襲われた際に対処が難しい事から、それは避けたかった。


「……」

 オッドーは歩きながら違和感を感じていた。いつしか鳥の鳴き声は聞こえなくなり、替わりに、妙な気配を感じるようになったのだ。

(まるで、誰かに見張られているような……)


 立ち止まり、注意深く辺りを見回すも異常は見当たらない。

「主神官、どうかしましたか?」


 後ろから赤の守護神官が声を掛けてきたが、不確実な内容で不安を煽るのは賢明でないと判断し、オッドーは適当に誤魔化しす。


「いや、何でもない。」


 何度かの休憩を挟み、途中、オッドーはアガナタと協議をしたが、結局進むより他ない、という判断となり、そのまま進むこととなった。


 ただでさえ深く、暗い森。その外側では日が傾き、次第に辺りが暗さを増してきた。

 これ以上は危険だな……とオッドーが思ったその時、先頭を行く青の守護神官が立ち止まり声を上げた。

「あの……!」

「ん? どうした。」


 青の守護神官が道の先を指さし、オッドーがそちらに目を向けると、道の先に灰色のローブを纏った人影がこちらを向いて立っていた。


 フードを深くかぶり、その表情は伺えないが、口元からは白く長いひげが覗いていた。その背は高く、恐らくオッドーと同じ位だろうか。

 ただ、無言でこちらを見つめるその様子は、辺りの薄暗さと相まって異様な雰囲気を醸し出していた。


 深い山の中で荷物も持たず、無言で佇む男。


 オッドーは相手から目を逸らさずにアガナタに声を掛ける。

「管理神官、来てくれ。」


 呼ばれて駆けつけたアガナタも、その異様な雰囲気に眉をしかめる。だが、このまま睨みあっていても埒が明かないと判断し、皆に指示を出した。

「私が相手と話をしよう。お前たちは荷物を置いてこの場で待機しろ。攻撃の意思があると思われたくないから武器には手を掛けるな。ただし、相手が仕掛けてきたらためらうな。いいな。」


 ゆっくりと相手に近づいて行くアガナタ。相手は全く反応せず、あと少しで一息に飛び掛かれる距離という所まで近づくと、フードの間からその顔が僅かに見えた。


 真っ白な髪に灰色の目。そして、亀裂が走りひび割れた肌。

 アガナタは、一気に血の気が引くのを感じ、腰を落とすと抜剣して力の限り叫んだ。


「は、白疫はくやくの民だ! 巫女様を守れ!! 防御円陣!」


「はくやく…?」

 突然の知らない単語とアガナタの慌てように驚きながらも、守護神官たちは皆剣を抜き、ユオーミを背にして円陣を作る。


 と、それとほぼ同時に、辺り一帯の木の上から、重い物が枝に飛び乗ったような、どん、という音とともに、強く枝が軋む音が一斉に響いた。


「囲まれている! 上かッ!!」

 守護主神官が吠えるが、ただでさえ薄暗く、枝が茂っているため何も見えない。ただ、衝撃の余韻で枝が揺れているの僅かに見えるのみだった。だが響いた音の感じからすると、その数は十では効かないだろう。

 そして、道は狭く、頭上の木にいるであろう敵の脅威から逃れる場所はない。


「巫女様、伏せて!!」

 赤の守護神官の叫び声に驚き、ユオーミは訳も分からず頭を抱えてうずくまった。


 敵の得物は不明だが、飛び道具を一斉に放たれればこちらは即座に壊滅するだろう。

 数で負け、姿は見えず、その武器さえ分からない。


「……畜生! 味な真似をしてくれたな!」

 周囲の木々を見上げながら、あまりの打つ手の無さに絶望するオッドーは、口の中が酷く乾くのを感じつつ、激しく顔を歪ませ、歯を剥き出しにして必死に闘争心をかき集めた。




お読みいただきありがとうございます。


<毎週 月・金 更新中>

【次回】第32話:白疫の民

 11/14(金)19:00頃 更新予定です

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