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第2話 巫女の務め


一行は、4度の休憩の後、小川の近くで野営の準備をすることとなった。


「そちらのテントで休みになりがらお待ちください。」

手伝おうとしたナァラは、にこやかに微笑む赤の世話人にやんわりと断られてしまった。


仕方なく、青の世話人たちが設営してくれた一人用のテントの中に腰掛け、足を外に投げ出す格好で皆の様子を眺める。

日が傾くには少し早い時間。しかし、太陽は日中の勢いを失い、少しずつ空気が冷え始めていた。


奉献(ほうけん)()の皆がそれぞれ準備をするのを見つめながら、ナァラは旅の初めに管理神官が言っていたことを思い出していた。


「初めに、奉献の徒の決まり事をお伝えします。

 我々は巫女様を無事に神殿へとお連れするという職責を全うするためにここにおります。我々は役職としてここにおり、個人として存在しているわけではありません。むしろ、個人としてここにいてはいけないのです。


 ですので、皆が半面で顔を隠しておりますし、お互いの名前も知らず、役職名で呼び合います。互いが誰なのかも知らないし、知ろうとしてもならないのです。

 そういう訳ですので、巫女様も我々を個人として見ていただく必要はありません。道具か何かとお考え下さい。」


とんでもない事をさらっと言われた気がしたが、その時、ナァラは雰囲気に飲まれて何も言えなかった。


管理神官と守護主神官が何やら周囲の地形について話をしているのを見つめつつ、彼らもお互いが誰かを知らず、やりにくくないのかな、などどナァラはぼんやり考えた。


こんな集団なので、当然休憩中も会話が弾まない。


ナァラが一度うっかり、赤の世話人に「普段は何をされているのですか?」と聞いてしまった時、すかさず管理神官が

「巫女様、申し訳ありませんが個人的な会話はお控えください。」

と割って入ってきた、ということがあった。



管理神官がふとこちらを振り向き、ナァラと目が合った。

と言っても、半面のせいでどこを見ているのか分かりづらく、目が合ったとナァラが思っただけかもしれないが。


管理神官がナァラに近づいて来て声をかけた。

「巫女様、体調はいかがでしょうか。」

ナァラは、疲れのせいからか、少しぼんやりする頭を少し振ってから立ち上がり、勇気を出して口を開いた。

「あの…、質問してもよろしいでしょうか。」


「…どうぞ。」


「なぜ、奉献の徒の皆さんは、お互いを知る必要が無いのでしょうか。」


わずかな沈黙の後、管理神官は答えた。

「巫女様のお仕事の邪魔をしないためです。」


「…どういう事でしょうか?」


「巫女様の大事なお仕事に、旅の途中で人々の懺悔を聞く告解(こっかい)()、というものがあります。これは、決して楽な仕事ではありません。ある意味、他人の負の思いを受け取る行為です。


告解の儀で聞いた内容は口外してよいものでは在りません。


色々な人々の思いを受け取り、抱えたまま旅を続けてゆく中で、時間をかけて、巫女様の中で様々な思いを消化し、解釈してゆくのです。


これはとても大切な儀式で、これを経て巫女様は人々の本当の代表、代弁者となり、そうなってようやく神殿にて儀式に臨むことができるのです。

 

旅に同行する我々は、いわば俗物。一緒に旅をしてゆく中で、交流があると、巫女様のそのお仕事に何らかの影響を及ぼしてしまう危険があるのです。

奉献の徒の一同は、神殿までお供をさせていただくため、どうしても接触時間が長くなりますので。

その影響を排除するため、奉献の徒は、個人としてではなく、役職のみに特化するのです。」


ナァラは、互いを知らずにいる理由よりも、告解の儀の内容の重さに圧倒されてしまった。


(偽物の巫女が、人々の懺悔を聞いて、その代弁者になる?どんな悪い冗談なの!

仮に本物の巫女だったとしても、物凄く重くて大変な仕事じゃない。神様を、皆をだまして、そんな大変な事、できない。そもそも、こんな大切な儀式で、神様に嘘が通用するの?…嘘がばれたら、私、どうなってしまうの?)


たまらず言葉が口をつく。

「あ、あの…私、そんな大変で大事な事、できません。そんな、皆の思いを抱えるとか、代弁者とか、私には荷が重すぎます!」


半面のせいで管理神官の表情は分からない。

じっとナァラの顔を見つめている。


「その…あの、本当は、神様に選ばれたのは私じゃなくて、人違いとか、何かの間違いなんじゃないでしょうか?私にはそんな事できるとは…。あの…。」


管理神官は何も言わない。


ナァラも、今更巫女の任を降りることができないであろう事くらい分かっている。

しかし、改めて聞いたその職責の重さに、そして、重大な嘘をついている罪悪感に、そして、その先に待ち受ける運命の恐ろしさに、現実を受け入れられなくなっていた。


「わた、私、多分ちゃんとできなくて…それで、できないと、きじ、鬼神様に、さば、裁かれますか…?」


教団の教義に出てくる「鬼神」という存在。

天より目を凝らし、地上にて悪をなす人間に裁きを与える。

そんな、神話のような、おとぎ話のような話。


しかし、作り話と一笑に付すこともできない。何故なら、鬼神に関する噂が時々聞こえてくるからだ。

人身売買をしていた商人と、それに関わった貴族が鬼神の裁きを受けたとか、盗賊団が滅ぼされたとか、そういう噂が、数か月に一度流れてくるのだ。


だから、誰もが半信半疑ながらも、鬼神がいない、とは言わない。人々は心のどこかでその存在を認め、だから、悪い事はしてはいけないと自らを戒めている。誰も見ていなくても、鬼神様は見ていると。



そんな中で、巫女と偽って人々の代弁者となり、儀式に臨むという大罪を、鬼神が見逃すとは思えない。

よりによって教団の中枢で、一年で最も大事な儀式を欺こうというのだ。一体、どれだけ重い罪なのか想像もつかない…。


ナァラの中で、二つの思いが交差する。

(今なら、私が偽物であると訴え出れば助かるかもしれない)

(でも、仮に巫女をやめられたとして、再びあの村長の家に戻るの?一体どんな目に合うの?)


ナァラは、怖くて、心細くて、苦しくなって、何かにすがりたくて、無意識に管理神官の方に手を伸ばした。



管理神官は、そっとその手を取って、静かに言った。


「巫女様が不安に思うのもごもっともです。まだ何もされていないのですから、何ができるのか分からないのも当たり前です。

また、責任の重さに不安を覚えるのは、誠実に職務と向き合おうとするからこそ。そのような方が、無事に任務を務められない訳がありません。

歴代の巫女様たちも、皆14歳の少女でしたが、立派にその勤めを果たしました。大丈夫、貴女ならできますよ。」


(私はその「巫女」では無いの…)


ナァラは、また泣きそうになってしまった。もうどうしたらよいのか分からない…。


管理神官は、そんなナァラの様子を見て、少し考えてから言った。

「分かりました。仮に、仮にですが、巫女様がその任を果たせないとして、鬼神が来たとしましょう。大丈夫です。その全ての責任は奉献の徒の管理神官である私にあります。裁かれるべきは私でしょう。

それに、もし鬼神が巫女様に害をなそうとするのであれば、私や、守護神官たちが全力で貴女を守ります。鬼神に会ったことはありませんが、何とかなるんじゃないですかね?奉献の徒に選ばれるくらいです、あの守護神官たちも大層腕がたつのですよ。」


ははは、と軽く笑いながら、管理神官は握った手をナァラの顔の前で包み込む。


「大丈夫、貴女は一人ではありません。命を懸けて貴女を守ります。」


瞳と瞳がぶつかる。

(自分にも、味方になってくれる人がいた…?)

その事実が、ナァラにとって先ほどまで無機質に感じたられた管理神官の瞳を、何だかとても暖かいものに感じさせた。


管理神官は、そっとその手を放しながら、優しい口調で付け加えた。

「それと、先ほどおっしゃった、人違いでは、という話ですが、もしそうだったとしても、それも含めて神の意志なのではないかと、個人的には思いますよ。

…大丈夫です。貴女なら、やれます。」



ナァラは、ふと、自分の体が緊張でガチガチになっていた事に気が付き、小さなため息とともに体の力を抜いた。


周りでは焚火がおこされ、湯を沸かす準備が進んでいる。


森の向こうから、赤の守護神官が弓を背負い、右手に鳥を掲げながら此方に近づいて来ている。どうやら獲物を仕留めてきたらしい。その顔には笑顔が浮かんでいる。



「今夜は、鳥の肉が食べられそうですね。苦手ではないですか?」


「いえ、大丈夫です。お肉は好きです。あまり食べた事はないですけど…。」


「食べて体力を付けましょう。旅は長いですから。」



空が少しずつその光を失い、流れる雲が茜色に染まる。

優しい風が通り抜け、木々が囁くように揺れた。


ナァラは、世界が急激に広がっていくような錯覚を覚えた。空も、森も、何もかもが途方もなく広く感じられた。世界の大きさに圧倒される。



「あの、夕食の準備、お手伝いします。いえ、手伝わせてください!」

吹っ切れたような表情のナァラの言葉に、管理神官は、刹那逡巡し、微笑みながら答えた。

「分かりました。ですが、刃物と火には気を付けてください。大切なお体ですからね。」



その夜、ナァラは、質素ではあったけれど、暖かい食事に感動し、厚い毛布にくるまって、満たされた気持ちで眠りについた。





彼女の不安に寄り添い、命がけで支えようとする管理神官の言葉に、ナァラの心はどのように揺れ動いたでしょうか。世界への扉が少し開いた、彼女の新たな一歩にぜひあなたの声をお聞かせください。

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