第28話 道のり
聖都にある神殿、その最上階。神域の入り口とは真逆にある、城壁に囲まれた街を見下ろせる”石舞台”と呼ばれる陸屋根の広場に、大導主ユスノウェルは佇んでいた。
ここは、生贄の巫女のクライマックスである、生贄の儀式が行われる場所でもある。
立派な街並みを見下ろし、物思いにふける彼の表情は険しく、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。だが、全く意に介さず後ろから近づく者があった。
「ご報告いたします。」
「……レシュトロか。」
彼は振り返ることなく応じる。
「生贄の巫女並びに残りの奉献の徒の行方は依然掴めておりません。」
「……そうか。あと何日だ?」
「五日です。」
目を細め、顎ひげを撫でながら、そっとため息を吐く。
「五日経てば、アーオステニアの息子を処理せねばならんな。」
「そうですね。」
感情のこもらない相槌に、思わず苦笑いし、振り向いてレシュトロを見つめる。
意外なことに、レシュトロは微笑んでいた。
「ユスノウェル様が日夜民草の為に心を砕かれ、修羅の道を歩まれている事。そしてその為に親しき者に苦痛を強いねばならぬ事に苦しんでおられるのは存じております。」
ユスノウェルは、レシュトロの意外な言葉に、思わず彼女の顔をまじまじと見つめる。彼女のその口元は微笑みを湛えていたが、目元には、どこか狂気を感じさせる凄味があった。
「何か思い違いをしているようだが、彼らの処理方法はお前に任せる、という話だ。」
「……承知いたしました。」
再び街を見下ろし、ユスノウェルは目を細める。
「他に報告は?」
一瞬で無表情に戻ったレシュトロが、次の報告を始めた。
「二点ございます。まず、巫女を襲撃した集団についてですが、グルジオ帝国の関与が疑われます。」
「……疑われる?」
「捕らえた者のうち、一人がグルジオの下級貴族で、それ以外は全て雇われ者でした。傭兵やならず者、そして貧民で、ヌクメイ及びその近辺で事前に集めていたようで、彼らは自分たちが誰を襲っているかすらわかっていませんでした。
グルジオの彼ですが、家族を人質に取られて動いていたとの事ですが、直接の指示役の素性は分からないとの事です。彼以外にもグルジオの人間が何人も強制的に使役されていたようですが、今回の捕虜の中にはいませんでした。何でも、自決用の毒を渡されていたそうです。捕まったのが分かったら人質を殺すと。」
ユスノウェルが僅かに振り返り、目の端で眼光鋭くレシュトロを見つめた。
「だが……偽装の可能性も無くはない。首謀者に繋がるもう少し確かな証拠が必要だな。まぁ、どちらにしろ巫女にかかればすべてが明らかとなる。」
「はっ。今年の生贄の儀式が終了次第、グルジオ帝国内での活動人員を増員いたします。また、来年の巫女の選定地はグルジオ帝国から探すことと致します。」
ユスノウェルは鷹揚に頷き、続きを促す。
「続いて、例の湖畔の町、そこに隣接する森にて、マヨイグサを確認しました。各国で流通しているマヨイグサの出所はここで間違いないかと。」
「そうか……。中々尻尾を掴むのに時間がかかったような。」
「相手も相当警戒し、余所者が容易に立ち入れないよう対策を打っていたため苦戦したのですが、今回の奉献の徒に朧を忍ばせた作戦が奏功し、ようやく結果を出すことができました。作戦を許可頂き、ありがとうございます。」
見上げた先にある青空を、ゆっくりと鳥の群れが渡って行くのが見えた。それらは次第に小さな点となり、やがて青空に溶けて見えなくなる。
再び見下ろした街の様子は穏やかそのもので、僅かな異変も見られない。
ユスノウェルは、その平和な空気を味わう様に深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
「人々を食い物にして私腹を肥やす外道どもに、相応しき最後を与えてやろう。」
吐き捨てるようにそう呟いたユスノウェルの瞳には、憎悪の炎が宿っていた。
「なんだこれは……」
アガナタは、地理に明るい青の守護神官と二人で山道の確認をしていたところ、自然の猛威を目の当たりにして思わず声を上げる。
昨夜の雨で緩み、崩れ落ちた斜面がヌクメイへと続く道を覆い隠し、完全に飲み込んでいた。
緑に覆われた山は、そこだけ削り取られたように土が露出し、そのまま山の裾へと向けて土砂が何もかもを押し流している。
その爪痕の向こうに目をやれば、ヌクメイの街が遠目に見えた。だが、そこに至る道筋は完全に失われ、ヌクメイの立派な街並みがかえって、”自分たちが山に閉じ込められた”という現実をより強調して突き付ける。
朝日に顔を照らされ、眩しそうに目を細めながら、青の守護神官が口を開いた。
「ヌクメイに戻るのは無理そうですね……」
アガナタは顎に手を当てて考える。
山道を行けば、恐らく外敵の脅威からは逃れられるだろう。だが、一方でユオーミや怪我をしたオッドーと共に、この山を踏破できるのだろうか?
また、他にも懸念はある。馬の荷を捨てたせいで、食料は残り三日。節約して四日と言ったところか。その間に山を抜けなければならないのだ。
(できない理由をあげつらっても意味がないな。生存可能性を最大化する。最悪、ユオーミだけでも何とかできるように……)
アガナタは大きく息を吸い込み、力強く告げる。
「山を越える。青の守護神官、頼りにしているぞ。」
期待の言葉とともに肩を叩かれた青の守護神官は、少しはにかみ、頭を掻きながら、答えた。
「できる限りやってみます!」
アガナタは強く頷き、ヌクメイとは逆方向、遠くに見える山の頂を、挑むように睨みつける。
(現状では不確定要素が多すぎる。だからと言って立ち止まっても餓死するだけ。今は行動あるのみだ。行動の先に生まれる確定要素を繋ぎ合わせ、活路を見出す……)
背の高い青の守護神官を先頭に、奉献の徒の一行は深い森を歩く。
先頭に続き、オッドー、赤の守護神官、ユオーミ、拳骨の青神官、アガナタの順で進む彼らの歩みは、一番足の遅いユオーミに合わせており、比較的ゆっくりと進んでいた。
先頭の青の守護神官と赤の守護神官は剣を振るって藪を切り開き、道を作りながら進む。拳骨の青の守護神官は剣は抜かず、人一倍の荷物を背負って黙々と歩いていた。オッドーは傷を庇いながらも長い枝を杖として進み、ユオーミも遅れまいと必死で歩く。
そんな彼らを見つめながら、アガナタはこの先の道のりに思いを巡らせる。
歩みの速さ、体力、食料、水、自然の脅威。頭の中にある地図からおおよその直線距離は分かるが、上り下りや、曲がりくねったこの道を考慮すれば、楽天的に考えても五日はかかる。
実際には何かしらのトラブルの発生を見込んで、プラス一日。
……どう計算しても食料が足りない。
一瞬、餓死という可能性が頭をよぎるが、頭を振ってそれを打ち消す。
(食料が足りなければ、現地での調達を検討すべきだ。それに、水さえあればすぐには死ぬことは無い……)
見上げれば、木々が空を覆い、その隙間から青空がのぞいている。その空は、普段のと何も変わりはしないのに、視線を地上に移すと、鬱蒼と茂る木々と下草。
かつてそこにあったであろう道は、長い年月の中で緑の中に没し、その面影を失っていた。先頭を進む青の守護神官は、自らの記憶と、獣が下草や低木をかき分けた痕跡を頼りに道を探し、切り開きながら進む。
誰もが、本当に森を抜け、山を越えられるのか訝しんでいたが、アガナタは努めて普段どおりに振る舞い、一片の疑いも感じさせぬその言動により、メンバーの動揺を抑えていた。
どれくらい進んだろうか、やがて道はその傾斜を増し、より傾斜のきつい山間部へと踏み入ってゆく。
息を切らしながら、ユオーミは必死に坂道に挑む。
常にない程歩き、坂を登った彼女の足は時に痙攣し、その足元はおぼつかない。初めはユオーミに気を使っていたメンバー達も、次第に蓄積する疲労に、彼女に対する注意が途切れがちになる。
足場の狭い隘路を、邪魔な枝を片手で掴みながら通り抜け、赤の守護神官は振り返ってユオーミに手を差し出す。
息は荒く、無言で差し出されたその手を、足元に気を取られたユオーミは掴み損ねた。
「あっ!」
赤の神官は、自分の伸ばした手の先にいたはずの姿が消え、斜面に吸い込まれるように遠ざかってゆくユオーミに全身の血が凍りつく。
「巫女様ッ!」
咄嗟に叫ぶも、足場の悪い場所にいた彼女は身を捩って手を伸ばすのが精一杯で、ユオーミには届かなかった。
ゆっくりと傾き、背中から斜面に転がり落ちるユオーミ。
「くっ……!」
ユオーミの後ろにいた拳骨の青の神官も、慌てて手を伸ばそうとするが、荷物が重いせいで咄嗟に足を出すことができず、その手は空を切る。
驚いた表情のまま、ユオーミは体の後ろから斜面に倒れ込み、持ち上げられた足が一回転して一瞬足が地に着く。しかし、立ち上がる事は叶わず、そのままの勢いで再び背中から回転し、勢いよく斜面を転がり始めた。
叫び声に振り向いた青の守護神官とオッドーが、思わず目を見開いた。
(マズイ!このままでは立木に激突する!)
アガナタは、見上げた坂道の先から、ユオーミが斜面へ転落するのを見て思わず目を疑った。だが、それが現実であると認識すると、反射的に荷物を投げ捨て、迷わず斜面に足から飛び込んだ。自分の背中を斜面に押し付けるように体を倒して体が回転するのを防ぎつつ、仰向けのまま斜面を滑り降りる。
自身の背中を石や木の根が激しく擦る痛みに思わず顔をしかめながらも、ユオーミの転がる先を読み、彼女より先にその進路にある木の幹に足から突っ込むと、膝を使って衝撃を吸収して止まる。すぐさま斜面を見上げ、転がりながら今正に迫ってくるユオーミを確認した。
勢いよく突っ込んで来たユオーミの背中と後頭部を体で受け止め、その勢いに押された自身の背中が激しく木の幹に叩きつけられる。鈍い音を立てて軋む背中にアガナタは思わずうめき声を上げながら、必死でユオーミを抱き止めると、両足で踏ん張った。が、足元の土がずるりと滑って宙に浮き、木の幹に体重を預けたまま尻餅をついてようやく彼女の転落を防ぐことに成功した。
一瞬の出来事に、誰もが固まり、静まり返る。
驚きのあまり声が出ないユオーミ。
無事に彼女を受け止めて、安堵するアガナタ。
突然訪れた静寂の中、誰もがその結末に安堵し、息を吐きだした。
赤の守護神官は、ほっとして掴んでいた枝にもたれ掛かかって目を瞑ると、涙が滲んでくるのを感じた。自分の失態で巫女を危険に晒したという事実に打ちのめされながらも、無事であったことが何よりも嬉しかった。
「良かった……」
先頭にいた青の神官とオッドーは、思わず顔を見合わせ、大きくため息を吐く。
拳骨の青の神官もユオーミを見つめながら、目じりを下げて、うんうん、と何度も頷いていた。
アガナタは、抱えたままのユオーミを覗き込み、声を掛ける。
「……巫女様、大丈夫でしょうか?」
ユオーミは、目を見開いたまま、引き攣った表情で振り向き、アガナタを見上げた。
そして、コクコクと無言で三度頷いた。
その様子が妙に可笑しく、思わずアガナタは微笑みを零すが、同時に走った背中の痛みに思わず声が漏れた。
分かってはいたが、この山越えは一筋縄ではいかなそうだ……。
アガナタは、立ち上がろうとして中々体を起こせないユオーミを両手支えながら、この先待ち受ける困難さを思い、無意識に眉根を寄せた。
いつもありがとうございます。感想、お待ちしています!
<毎週 月・金 更新中>
【次回】 第29話:月光
11/3(月)19:00頃 更新予定です




