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生贄の巫女 ~偽りの巫女と仮面の守護者~  作者: 雨包おん
第5章 山中の洞穴:雨の中の絆
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第24話 雨



 翌朝、洞穴の外は土砂降りの雨だった。



 アガナタは、守護主神官の傷とこの天気を理由として今日一日この洞穴で待機するという判断を下した。


「各々、昨日の疲れを癒してくれ。この天気では、敵もここまでたどり着くのは無理だろう。」


 そうは言ってみても、さして広くないこの洞穴ほらあなに閉じ込められた状態で、特にやることもない上、巫女以外は五人とも半面を付けた奉献の徒であり、個人的な会話も難しい。


 さらに、昨日の襲撃犯が追跡してくる可能性もゼロとは言えず、気も休まらないとなると、自然、溜息の回数が増えてゆく。


 アガナタは、狭い洞穴の中に苛立ちが少しずつ降り積もってゆくのを感じつつ、傷が痛むのであろう、時々顔を歪める守護主神官の横に腰掛け、その容態を確認していた。



 一方ユオーミは、朝、目が覚めて、まず周りに奉献の徒の皆がいる事を確認した。昨日のような疲弊しきった険しい顔ではなく、少し穏やかになった彼らの表情を確認したことで、ようやく逼迫した命の危険から逃れられたという実感を得ることができた。


(昨日は、色々な事がありすぎてゆっくり考える暇はなかったけれど……)


 洞穴の入り口からは、鉛色の雲と、激しい雨風に打たれて大きく枝葉を揺らす木々が見える。天気こそ荒天だったが、周りの苛立ちを他所に、ユオーミは皆が周りにいることで心は落ち着いていた。雨の音を聞きながら昨日の事を思い返し、自分の気持ちや状況を整理する。


 橋の上での襲撃、分散しての逃走、命の危機、アガナタの献身、そして、偽りの身分の告白と、母ラニーアとアガナタの縁。


 何もかもが現実離れしすぎていて、それらが本当の出来事だったのかふと不安になる。けれど、「アガナタ」という名前を知っているという事実が、それを現実だと証明してくれた。


 ユオーミは足首の紐飾りを見つめ、それから、少し離れた場所に腰掛けているアガナタの横顔をそっと盗み見る。


 ふと、彼の泣き顔を思い出す。いつもの澄ました様子と全く違うその表情に、思わずふふふ、と笑みが込み上げる。……が、よく考えたら自分も顔をぐちゃぐちゃにして酷い有様だったと思い出し、急に恥ずかしくなって下を向いた。


 けれど、こんな事を考えられるのも身の危険が遠のいたからだな、としみじみと思い、改めて奉献の徒の皆に感謝の気持ちを覚えた。



(それにしても、どうしても腑に落ちないことがある。)


 生贄の巫女は、全ての人々の罪を背負い、世界の平和のために生贄として散ってゆくと言われている。では、昨日のあの男たちは何故ユオーミを狙っていたのだろうか。


 橋の上で襲われた時、最初にユオーミに向かってナイフを投げてきたし、その後、路地裏でも躊躇いもなく斬り付けてきた。つまりそれは、巫女の命を狙っていたという事だ。


 平和の象徴たる生贄の巫女がいなくなって、一体だれが喜ぶのというのだろうか?


 皆の為にこの身さえ捧げている自分の命が狙われ、何が起こっているのか全く理解できず、ユオーミは激しく混乱していた。


 放っておいても生贄として勝手に消えてゆく存在である巫女を、態々殺しに来た。

 世界を、人々を理解しようとしているユオーミからすれば訳が分からず、そして居たたまれない気持ちになる。


(生贄の巫女って、一体何なの?)

 激しい雨が地面を叩く音を聞きながら、ユオーミは一人、悶々と考え続けた。




 アガナタは守護主神官の包帯を取り換えながら、傷の状態を確認していた。

 特に腹部の傷が酷いものだったが、その生々しい傷口は縫合され、現在は僅かに血が滲んでいる状態だった。


(赤の主義神官の機転が無ければ、間違いなく死んでいたな……。)


 赤の守護神官は、橋の上で守護主神官に最低限の応急措置を施した後、何とヌクメイで医者を頼ったという。奉献の徒であると身分を明かした上で助けを乞い、その医者も最大限の協力を惜しまなかったそうだ。


 一つ間違えば立ちどころに敵に居場所を掴まれ、場合によっては集合地点まで敵に漏れかねない危険な行為ではあったが、結果から言えば、それが管理主神官の命を繋ぎ止めた。


(動けたとして、明日……。あまり長期間身を隠すと教団側がどう出るか不確定要素が大きい。この荒天では敵が山に入ってくるのも難しいが、我々も身動きできない。天気が落ち着くのを待つしかないな……)


 だが、その一方でアガナタは今後の方針について決めかねていた。


 ヌクメイは一旦安全になったと判断し、街に戻って教団の保護を求めるか、それともこのまま獣道を抜けて山を越えるのか。


 山越えルートを取った場合、恐らく未確認の敵からの追撃は確実に振り切れるだろう。山から出た場所で近くの教会に保護を求めれば、そこで奉献の徒としての勤めに戻れるはずだ。


 ただ、問題は地理に明るい彼も、実際に山を越えたことが無い、という事だった。

 昔あったという山を越えるその道が、今も使える状態で残存し続けているかどうかは甚だ怪しい。また、食料の残量やユオーミ、守護主神官の体力が持つのかという懸念も拭えない。


 ……では、ヌクメイに戻るべきか?しかし、敵方には守護主神官を重症に追い込むほどの手練れがいる。一時的に去ったとはいえ、やはり敵全体の規模や勢力が全く分からない状態で迂闊にヌクメイに戻るのは危険が伴う。



(決め手がない中、どうしたものか……)


 包帯の捲き直しが終わり、守護主神官の上着のボタンを留めていると、ユオーミが近づいて来るのが見えた。


 彼女は思い詰めた表情でアガナタに尋ねる。


「あの、管理神官さん。生贄の巫女とは一体何なのでしょうか? なぜ、私は命を狙われたのか、管理神官さんは知っているのではないでしょうか?」



 いきなり核心を突く質問に、アガナタは返答を躊躇う。しかし、すぐに問題はないと思い直した。ただ、いつも通りに対応すればよいのだ。


 暫しの沈黙の後、表情を排し、アガナタは答える。

「申し訳ありません、任務に関係のない話は禁止されています。」


 しかし、ユオーミは引き下がらなかった。

「関係あります! 何故襲われたのか分からなければ、生贄の巫女が一体何なのかを知らないままで、私は、これからどんな顔で、これから会う皆さんの懺悔を聞けばいいのですか!」


 ユオーミの真剣な一言に、アガナタは言葉を失う。

 彼女は、本当に巫女としての職務に誠実だ。それに対して、自分はどうだ?


 規則を言い訳にして不誠実な対応を繰り返す自分の言動に後ろめたさと罪悪感を感じつつ、しかし、本当の事を伝える訳にはいかない。


 確かに今、ここは朧の監視下には無い。だからここでの会話が問題となることは無いだろう。しかし、問題はそこでは無かった。


 ユオーミが巫女の職務に対し、真摯に、そして前向きに取り組もうとしているこの状況で、巫女が命を狙われる事に関する極めて政治的な理由を伝えることは、彼女の仕事に対する思いを阻害し、冒涜する行為に思えたのだ。


 政治的な理由で自分の命が狙われていると知れば、それは彼女の仕事に対する姿勢と全く関係のない力学により、その身が危ぶまれているという事になる。果たしてそれを知って、今まで通り職務に向き合うことができるだろうか……?


 アガナタは、これから続く神殿までの道のりにおいて、ユオーミの前向きな気持ちを大事にしたいと考えていた。願わくば、彼女の思いはそんな政治という俗っぽい世界を超越したものであって欲しかったのだ。


 だから彼は、表情を消して無情に告げる。


「申し訳ありません。規則ですので。」


 けれど、ユオーミの瞳には、彼は今までの様に無表情とは異なって映る。歯を食いしばり、心なしか覇気が無いように見える彼のその苦しそうな表情を見て、ユオーミはさらに問い質す事が出来なかった。

 だから、彼女は何も言わず、元居た場所に腰を下ろすと、膝を抱えて俯いた。



 洞穴の中が、先ほど以上にやるせない気持ちで溢れている。


 湿った土の臭い。したたり落ちる水滴。まとわりつく湿気。固い地面。

 閉鎖空間と継続的な緊張が苛立ちを生み、それがさらに周りに伝播してゆく。


 事務的な態度で巫女に冷淡に接する彼に対し、誰も意見する者はいないが、明らかに不満の目で見つめている者もいる。



「一体この雨はいつ止むんだろうなァ。」

「アンタ、声が大きいのよ。それに、いつ止むかなんて分かるわけないでしょ!」

「ああん? 声がデカいのは生まれつきだ。何イライラしてるんだお前!」


 赤の守護神官と拳骨の青の守護神官が些細なことで言い合いを始めた。

 場の空気の苛立ちが目に見えて膨張し、その棘を深めてゆく。


「アンタがガサツなのよ。大体アンタはいつも……」

「オイオイ! そういう感じで来るのか? それならこっちも……」



「黙れ! 下らないことで言い争うな!」

 思わずアガナタも声を荒げてしまい、すぐに後悔した。


 赤の守護神官は聞こえよがしに大きなため息をつき、それから唇をかみしめ、そっぽを向くいた。


 一方の拳骨の青の守護神官は、聞こえるように舌打ちをしながら、前日の襲撃で腕に受けた傷口をしきりにいじっている。


 背の高い方の青の守護神官は、ただ、黙って洞穴の外の雨を無表情で見つめていた。


 一時的に口論こそ収まったが、その場の不機嫌な空気はより密度を増し、そこにいる誰もが息苦しさを感じていた。外は土砂降りで一旦距離を取る事も出来ず、皆の苛立ちは行き場を失い、洞穴の中は完全に行き詰まりとなっていた。



「うるせぇなぁ。ゆっくり眠れやしない。」


 突然響いたその声に、誰もが驚きそちらを向いた。

 皆の視線の先で、横になっていた守護主神官がもぞもぞと身を捩り、上体を起こそうとする。


 管理神官が慌てて彼の上体を支え、洞穴の壁にもたれ掛けさせた。

「おい、まだ寝ていろ。」


 しかし、守護主神官はそれを無視して話し出した。

「お前には管理神官としての責任がある。教団により定められた厳しい規則があり、言いたいことが言える訳ではない。恐らく、命令無視は叱責では済まないような厳しい罰則もあるのだろう。」


 驚いたような表情で守護主神官を見つめる皆の顔。アガナタは皆に聞かせるような内容でないことに焦り、慌てて口を挟む。

「おい、お前余計なことを……」


 しかし、守護主神官は止まらなかった。

「一人で抱えて英雄気取りか? そういう所が鼻につくんだ。」

「なっ……お前、いい加減にしろ! 任務に関係ない話をべらべらと!!」


 今まで上手くやって来た情報管理をぶち壊すような事を言う守護主神官に対し、アガナタは本気で腹を立てた。

 そして、言わなくていい事まで口を突く。

「お前こそ俺の見ていない所で随分好き勝手やってくれてるじゃないか!」


「ああ? 何だとお前。上等じゃねぇか!!」

「だったら何だ!」


 おもむろに立ち上がる守護主神官。


「なっ、お前! 傷が開く……」

「ちょっと顔貸せや!」


 守護主神官がアガナタの肩を掴んで外へ歩き出すが、咄嗟にアガナタはその手を振り払う。


「放せこの野郎! 良いだろう。行ってやるよ!」


 一向はあっけにとられ、土砂降りの雨の中に消えてゆく二人を、ただ見つめていた。





いつもありがとうございます。感想、お待ちしています!


<毎週 月・金 更新中>

【次回】 第25話:過去

10/20(月)19:00頃 更新予定です

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