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生贄の巫女 ~偽りの巫女と仮面の守護者~  作者: 雨包おん
第5章 山中の洞穴:雨の中の絆
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第23話 捨て身



 その時、守護主神官は覚悟を決めていた。



 橋の上で奇襲を受け、そして、黒マントの男という剣技に関して驚異的な実力を持つ男を相手にして、巫女を脱出させるだけの時間を稼ぐという目的を達成する事ができた。


 しかし、ここまでその男の繰り出す強烈な突きを何とか捌いてきたが、いかんせん傷を負いすぎていた。


 次第に体が言うことを聞かなくなるのを感じながら、守護主神官の胸に様々な思いが去来する。


 最初に思い浮かんだのは、少年だった頃のアガナタの泣き顔。

 彼が思い人であったラニーアを亡くした時、アガナタは彼女の墓の前で涙を拭う事もせず泣き続けた。今でも、その瞳を忘れることができない。


 次に思い出したのは、亡き母の面影。

 病気がちだった彼女は、床で過ごすことが多く、子供だった彼は友達と遊びもせず、よく母のそばで過ごした。それは、多くを語るというよりは、見つめあって微笑みあうような関係だった。



 感傷的な気持ちになっている自分に気づき、守護主神官は苦笑いを浮かべ、改めて目の前の敵を見つめる。


(最後の敵として、不足は無し。)



 その時、黒マントの男の後ろ、ヌクメイ方面からこちらに近づいて来る影が見えた。


 奉献の徒は巫女を守ってヌクメイに向かったはずだから、敵か、もしくはおぼろか。

 どちらにしても彼は、この強敵との最後の戦いに水を差されるのは嫌だった。


(であれば、いよいよ決着だな……)


 だが、彼のその予想は完全に外れた。


 彼の瞳が、濃い赤のマントをはためかせながら駆けてくる赤の守護神官の姿を捉え、その顔が驚愕の表情に変わる。


「馬鹿な……!」



 自分が死ぬのは構わない。だが、このままでは死ななくてよい赤の守護神官までもが無意味に殺されてしまう。


「ん……何だ?」

 守護主神官の異変に気づいた黒マントの男が振り向こうとする。


(駄目だ! お前の相手は俺だ! 絶対に、あいつを死なせるわけにはいかない!)


 間違いなく、守護主神官が死んだ後赤の守護主神官は黒マントの男に瞬殺されるだろう。

 自分の死に部下を巻き添えにするなど、それでは死んでも死に切れない。彼女を生かす為に残された道は、せめて自分の命と引き換えにあの男の戦闘能力を奪うしかないだろう。だが、この状況からそれができるのだろうか?


(できるかどうかじゃない、やるんだ!)


 守護主神官は全身の血液が沸騰するのを感じながら咆哮する。


「おおおおおおぉぉぉぉ!!!」


 突然浴びせられた凄まじい闘気に驚いた黒マントの男は振り向くのをやめ、警戒しながら守護主神官に向き直る。

「な、何だ……!?」


 腰をかがめ、だらりと右側に剣を垂らす守護主神官。その構えは、まるで戦うのを諦めたかのようにも見えた。今までの攻防から考えれば、体の中心で剣を構えなければあの高速な突きを弾くことは叶わない筈だからだ。

 だが、その瞳にあるのは諦めではなかった。相手を射抜く程の殺気を放ち、向き合うものに強烈に死を想起させる。


 黒マントの男は無意識に唾を飲み込んだ。圧倒的に有利な立場に居ながら、なぜか冷たい汗が流れるのを感じ、再び激しく苛立ち始める。


「君さぁ、ホントに何なの? 俺より弱いくせに、さっきから全然俺の思い通りになんない! 邪魔ばっかりしやがってさぁぁぁ!!」


 目を見開き、爬虫類のように守護主神官を睨みつける。


「いい加減死ね!!」


 鋭い踏み込みから放たれる神速の突き。極限まで神経を研ぎ澄ませていた守護主神官は、左半身を引きながら体の中心から離れた位置にある自らの剣を渾身の力で振り上げる。体の中心を狙ったその突きに、その剣は間に合わない。剣を振り上げるその猛烈な反動で左半身は更に後方に捩じられ、体がほぼ真横を向くと同時に細身剣が守護主神官の腹部を切り裂く。


 体中で熱が暴走するような感覚を覚えながら、守護主神官は最後の力で振り上げた剣を細身剣に叩きつけた。


 激しい金属音を響かせながら、しかし、黒マントの男の手は弾かれることもなく正面に向けられ、その手には剣が真っ直ぐに握られたままだった。


 守護主神官はそれ以上手に力が入らず、剣を取り落とす。そして、体を捻った勢いのまま左肩から仰向けに倒れた。


 赤の守護神官が悲鳴のような声を上げた。

「主神官!!」


「……なんで、だよ。」


 黒マントの男は突きを繰り出したままの姿勢で自分の剣を見つめる。

 その細身剣は根元から3分の1辺りで折れ、先が無くなっていた。


 少し遅れて折り飛ばされたその刃が地面に落ち、耳障りな金属音を響かせる。


 黒マントの男は、握った剣を顔の前に掲げ、歪み、へし切られたようなその切断面を見つめた。

「なんで折れるんだよッ!!」


 子供の様に癇癪を起して喚きながら、一方では冷静に分析する。

(剣へのダメージの蓄積……確か石造りの欄干を三回本気で突いたな。おまけにこの男の馬鹿力を何度も受けた。この細身剣では耐えられなかったのか……。)


 男は、自分の方が守護主神官より強いと確信していたし、それは実際その通りだった。だがその戦いの結末は、思い描いたものとはあまりにも異なっていた。


 男に必要だったのは”圧倒的な勝利”だった。それこそが強さの証明足りえると。


 この場には男の仲間が使っていた剣がいくつも落ちている。それを使えば、いや、守護主神官は虫の息であり、武器すら必要なく、簡単にその命を奪えるだろう。

 ……だがそれでは、自分の得物を失った上での勝利など、辛勝でしかない。男にとってそれは強さの証明にならないどころか、圧倒的勝利の機会が永遠に奪われる事を意味していた。



 後ろから駆けてくる足音に、やる気なく振り向く黒マントの男。


 赤の守護神官から繰り出される連撃を、黒マントの男は酷く短くなった細身剣で捌きながらがなり立てる。


「クソがぁぁ!! 俺の方が強いのに、どいつもこいつもイキリやがって!!」


 赤の守護神官の連続攻撃の合間から、黒マントの男は強烈な踏み込みで強引にその間合いに入り込んだ。


「なっ!!」

 驚愕する赤の守護神官。


 黒マントの男は赤の守護神官の腹部に強力な蹴りを叩き込み、さらに追撃でうずくまる彼女の顔面を横から蹴り上げた。

 たまらず横に転がる赤の守護神官には興味を見せず、ゆっくりと守護主神官に近づく。


「決めたぜ。巫女は後回しだ。次のターゲットはお前にする。」


 倒れたまま黒マントの男を見つめる守護主神官は、無理やり微笑んで見せる。


「ケッ! 死ぬんじゃねぇぞ!!」

 そう吐き捨てて彼は周りを見渡し、近くにいた巫女が乗っていた馬を見つけると、それに跨ってヌクメイとは反対方向に去っていった。



「主神官!!」

 駆け寄る赤の守護神官は、守護主神官の惨状を見て思わず涙ぐみそうになった。

 彼は、皆を逃がすため、一人で戦い続けたのだ。

 全身傷だらけだが、特に腹部からの出血が酷い。


「止血をしないと!」


 止血に使えるものを探すため赤の守護神官が周りを見渡すと、荷を積んだままの奉献の徒のもう一頭の馬が、所在なさげに佇んでいるのが見えた。




 アガナタは、山の中程にある洞穴ほらあなの中で、赤の守護神官からの報告を聞きながら大きくため息をついた。


「そうか……。守護主神官を助けてくれた事、感謝する。

 だが、命令違反はこれっきりにしてくれ。私情を挟むと救えるものも救えなくなることがある。」


 赤の守護神官は不満そうに管理神官を見つめ返す。

「今回、命令違反をしなければ守護主神官は救えなかったかもしれません。ですから、私はもしもう一度あの時に戻ったとしても同じことをすると思います。」


 険しい顔で睨みあう二人。


 ふと視線を外し、再び管理神官がため息を吐きながら告げる。

「……分かった。言い方を変えよう。優先順位を見誤るな。そうしないと後悔することになるだろう。」


 赤の守護神官は微妙な顔をしつつ、「分かりました。」と頷いた。



 アガナタが赤の神官との会話を終わらせ、洞穴の奥に寝かされている守護主神官の所に行くと、熱にうなされ、荒く呼吸をする彼の血と泥で汚れた顔をユオーミが濡れた布で拭いていた。


「痛み止めの薬が効いたみたいです……。ようやく眠りました。」

「代わります。巫女様はお休みください。」


 ユオーミは守護主神官の寝顔を見つめ、呟く。

「守護主神官さんが、あの橋で一人で、私たちを逃がすために戦ってくれていたんですね。」


 この洞穴は奥行きがそこまであるわけではなく、会話は全員に筒抜けとなる。

 アガナタは言葉を選びながらユオーミに告げる。


「彼の献身は、生贄の巫女様というよりも、貴女自身に対するものだと思います。湖畔の町で巫女様たちが森に入った件について、その後で守護主神官に問い質したのですが、彼は嬉しそうに巫女様の覚悟を称えていましたよ。」


「そんな。私は……。」

 ユオーミは、偽物であることの罪悪感から思わず俯いた。


「貴女が立派な巫女であることは、私も、守護主神官も、他の皆も認める所です。自信を持ってください。それに、何があっても私たちがお守りいたします。」


 ユオーミはアガナタを見つめる。

 僅かに頷いたアガナタの瞳は半面に隠されて見えなかったが、ユオーミは彼の優しい眼差しを感じ取り、そして、そっと頷き返した。




 深夜、皆が泥のような眠りについている。アガナタは洞穴の壁にもたれて目を瞑っていたが、そっと目を開き、静かに皆の様子を見つめる。


 橋の上での戦闘。そして、負傷者を抱え、また、道なき道を進むという強行軍に、誰もが傷つき、疲弊しきっていた。


 それでも何とここまで辿り着けたのは、青の守護神官の一人がヌクメイ出身であり、この山についてもある程度把握しているのが大きかった。


 もとより、その前提があったからヌクメイの北に位置するこの山に身を隠す、という計画を立てたのだ。少数での逃亡。それを成し遂げるには、気力や体力だけでは足りなくて、地の利を得ることが絶対の条件だった。


 襲撃前夜、守護主神官との話し合いの中で、彼がヌクメイ出身であるを知れたのは本当に幸いだった。それが無ければ、駅馬車を使った脱走を強行する必要があったが、馬車では馬に追いつかれるし、そもそもその作戦は敵に読まれている可能性が高かった。


 元々は、非常に険しいこの山にも道はあったが、ヌクメイの北東に橋が掛けられ、駅馬車ができてからはそれらのルートは全く使われなくなったという。青の守護神官の彼は、その橋が作られている頃から、この山を遊び場にしていたそうだ。



 アガナタは、そっと首元から金属棒を取り出して見つめる。


 金属棒は微動だにしない。彼は山に入ってから、それから洞穴を見つけた後も、メンバーが用足しや薪集め等で集団を離れる度に密かにこの棒を確認していたが、それが振動することは一度も無かった。


 アガナタ自身はそれを見たことは無いが、朧は、親指ほどの長さの筒状の笛を使い、音無き音で情報をやり取りするらしい。要は、その笛を吹いても人の耳には音は聞こえないが、特殊な器具を使う事でその音を拾うことができるのだ。


 そして、その特殊な器具こそがアガナタが首に下げている金属棒だった。


 残念ながら、アガナタには小刻みな振動で伝えられるその情報の中身までは分からなかったが、その振動の強さで朧と自分たちの距離について参考にすることはできた。



「この中にネズミはいなそうだな……。そして、近くに朧もいない。」


 本当は、この山に詳しい青の守護神官が朧のスパイだという可能性もあった。だが、守護主神官が言うには、この奉献の徒の守護神官達のその剣捌きは、幼少より剣を習っているもの特有のものだという。


 朧がどのようにメンバーを集め育てているのか実体は分からないが、彼らは諜報部隊であり、生粋の戦闘集団という訳ではないはずだ。であれば、幼少より剣に特化した教育を受けていると思われる彼らは、朧の可能性は低いのではないか、という推測から今回の山越えルートは採用された。



 彼は、洞窟の外をそっと見つめる。


 いつしか空は分厚い雲に覆われ、星空を覆い隠していた。

 ゆっくりと流れる風が湿った空気を運んでくる。


 それは、雨が近い事を知らせており、まるで、彼らの行く先の困難さを暗示しているかのようだった。




お読みいただきありがとうございます。


<毎週 月・金 更新中>

【次回】 第24話:雨

 10/17(金)19:00頃 更新予定です

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