第22話 教団
その聖都は、この大陸を統べる四つの国家の国境線が交わる場所に位置していた。
聖都及びその周囲の聖領は、どの国にも属さず、教団並びにその最高権力者である大導主により統治されている。
教団の権力は絶大でどの国も表立って教団に逆らうことはできず、聖都は不可侵の領域でもあった。
その力の源泉が、『生贄の巫女』と『鬼神』である。
その二つの力を用いて大導主は十五年に渡り続いていた大陸戦争を終結に導き、以後、三十年もの間大陸の平和を実現してきたのだ。
時には良からぬ野心を持つ王や貴族もいたが、その多くが鬼神の裁きによって消えていったと言われている。
その為、各国の民衆の教団への信頼は厚く、今も引き続き行われている『生贄の巫女』の儀式と『鬼神』の噂は、その権力を常に補強し続けてきた。
アカネイシア王国の第二の都市ヌクメイにも匹敵するようなその聖都の賑わい。その最奥部に位置し、背後の山の急な斜面にもたれ掛かる様にして作られた巨大な神殿。
この神殿の中の、さらに最奥部に大導主の私室はあった。
その私室の調度品は決して華美では無かったが、その全てが極めて上質なもので揃えられていた。
そんな私室で、テーブルを挟んで向かい合う二人の男。
二人とも、質素ではあるが、嫌味の無い上質な衣服を纏っていた。
一人は、鋭く大きな瞳をもち、口と顎に髭を蓄えた老人。
もう一人は、痩せた神経質そうな老人だ。
茶を飲みながら、髭の老人がもう一人に話しかける。
「そういえば、お前の子供たちはもう全員結婚していたかな?」
「長男長女の方は片付きましたが、下の次男次女はまだですな」
思った以上に茶が熱かったのか、しかめっ面をしながら髭の男がさらに質問する。
「次男は、確か養子だったな。名前は、ええと……」
「アガナタです」
「そうそう、アガナタだ。お前にしては珍しく、仕事に私情を挟むとはな。今年の奉献の徒の管理神官に自分の子供を推薦したいと言った時は少々驚いたぞ」
神経質そうな男は頭を下げ、礼を述べる。
「全ては大導主様のお陰です。ありがとうございました」
大導主と呼ばれた男は面白そうに話を続ける。
「しかし、長男はすでに結婚しており、役職も確かそこそこの地位にいた筈だ。今まであまり出世に精を出してこなかった次男を急に推してくるとは、な」
「本人の希望がありまして。また、実は長男の方は少し病気がちで……。総合的に考えた結果、大導主様にお願いした訳です」
大導主は茶に息を吹きかけ、ちびちびとそれを啜った。
「確かもう三十歳位だったな。まぁ、それまでフラフラしていても、その位になれば、己の人生とそのゆく先を見つめなおす時期だろうて」
「確か、大導主様はその位の年齢の時に大陸の平和を実現していましたね。流石です」
大導主は眉間に皺を寄せながら苦言を呈する。
「アーオステニア。……二人の時にはその大導主様というのはやめろ。お前わざと言っているだろう。そんな事を言ったらお前のことは神官長と呼ぶぞ」
「はっはっは!」
二人して笑っている所に、扉の外から入室を求める女の声が響いた。
「失礼いたします。レシュトロです。急ぎお耳に入れたい報告がございます」
入室を許可された髪の長い女が二人が腰掛けるテーブルの前まで進み出て、片膝をついて顔の前で手を組んだ。
「機微な情報故、お人払いを……」
チラリと神官長の方を見やりながら、レシュトロが進言する。
「よい。朧は確かに私の直属部隊だが、今は構わん。話せ」
レシュトロが、顔を強張らせて報告する。
「はっ。ヌクメイ北東の橋の上で、奉献の徒が未確認勢力からの襲撃を受けました。現在、巫女は行方が分からず、生死不明となっています」
「なっ……」
二人の老人の目が驚愕のあまり見開かれる。
「事前に異変を察知した朧も巫女の防衛に参加したものの、敵勢力が想定以上であったため制圧に時間がかかりました。ヌクメイの憲兵を動員して現在はほぼ制圧しましたが、一部は取り逃がしてしまいました」
「……奉献の徒はどうした!?」
目を険しくした大導主が問いただす。
「負傷した世話人4名は保護しましたが、管理神官、守護主神官及び三名の守護神官共に消息不明です」
顎に手を当て、目を細めながら大導主は神官長に問う。
「……アーオステニア、お前の息子は巫女を守り抜いたと思うか?」
「……状況からすれば、戦闘能力を持つ全員が見つからないのは不自然です。やられたのならば死体位は見つかるはず……」
「実は、巫女と管理神官らしき二人が港町アーバアリハ行きの駅馬車に乗っていたとの目撃情報があり、馬にて追跡していますが現在まで発見には至っていません。途中下車した可能性を考慮し、範囲を広げて捜索しています」
「それにしても……それだけ大規模に戦力を投入してきたという事は、事前に巫女の進行ルートが漏れていたとしか思えんな。アカネイシア王国か、グルジオ帝国か……。アカネイシアなら解明は時間の問題だが、グルジオが犯人となると厄介だな」
大導主はますます瞳を険しくし、暫く考えてからはっきりとした口調で言う。
「……七日だな」
「大導主様、それは……」
縋る様な瞳の神官長に、大導主は無情に告げる。
「アーオステニア。悪いが、私たちが三十年間守り続けてきたものを、お前の息子の為に捨て去ることはできない。
七日だ。七日以内に巫女と管理神官が無事に発見されなければ、予備を使用する。
レシュトロ、ヌクメイから徒歩で七日程の距離にある村を調べ、その村から予備の巫女を選定しろ。事前に選定してある予備の奉献の徒をその村の近くで待機させろ。ただし、七日経つまでは巫女にも奉献の徒にも事実は知らせるな。
七日経っても今の巫女と管理神官が見つからなければ、予備に切り替える。襲撃は受けたが無事に切り抜けた、という形にしろ」
「はっ。すぐに手配いたします」
「アーオステニア、分かっていると思うが、もし予備の巫女に切り替えた場合、仮に今のメンバーが無事に発見されたとしても、全員処理させてもらう」
「……」
神官長は一度俯き、それから思い詰めたような瞳で大導主を見つめる。
彼は自分の手がわずかに震えるのを感じながら、しかし、決意をもって口を開いた。
「……心得ております。全ては、生贄の巫女の秘密を守るため。ひいてはこの大陸の平和の為。私情を挟むような真似は致しません」
神官長の去った部屋で座ったままの大導主に対し、立ったままのレシュトロが向かい合っていた。
「この度は朧が動いていながら、無残な結果となり申し訳ありません。
完全に敵の実力を見誤りました。数で押せば排除可能と判断したのですが、数も質も想定以上でした。いかような罰でもお受けいたします」
頭を下げながら言う彼女を見つめながら、大導主は目を細める。
「よい。別に手を抜いた訳では無かろう。相手がそれだけ時間と人を投入し、入念に準備していたという事だ。
……それで、作戦に参加した朧のメンバーは無事なのか?」
レシュトロは顔を上げ、申し訳なさそうな顔をしながら続ける。
「五名が命を落とし、十三名が重傷。他に怪我人が多数出ました」
「そんなにか……。すまぬ。私のせいで」
目を伏せる大導主に、レシュトロが慌てて答える。
「ユスノウェル様のせいではありません! 我々が至らないばかりに……。それに、ユスノウェル様の為に尽くすことができて、本人達も満足だったと思います。
……本当は私が陣頭指揮を取れれば良かったのですが」
大導主は溜息を吐きながら首を振る。
「朧の長であるお前がここを離れる訳にはゆくまい。
……それはそうと、問題は何処から奉献の徒のルートが漏れたかだ。これだけの準備をしてきたのだ。かなり初期の段階でルートが漏れていたと考えられるが……」
レシュトロは底の見えない暗い瞳で大導主を見つめ、問いかける。
「……神官長を、調べますか?」
「ほう、我が友を疑うか?」
「ユスノウェル様以外は全て疑いの対象であり、処理の対象たり得ます」
艶めかしい微笑みを見せ、彼女はそう言ってのけた。
アガナタは暗闇の中で明かりも持たず、ヌクメイの北の山を少し入った場所にある大岩の近くで待機していた。周りには自分とユオーミの他に、青の守護神官が二人いるだけだった。
彼は懐から短い金属棒を取り出し、半面越しにその様子を伺う。実際には暗くて目視では分からなかったが、その金属棒に結ばれた紐からかすかな振動を感じた。
「あの、世話人の方たちが一人も来ないのは、何かあったのでしょうか?」
ユオーミが心配そうに尋ねると、アガナタはあっさりと答えた。
「これから進む道を考慮した結果、彼らと一緒ではそれを踏破する事は困難と判断しました。よって、彼らにはここではない集合場所を伝えてあります。恐らく、既に教団によって保護されているでしょう」
「え……?」
戸惑うユオーミ。今まで共に旅をしてきた仲間と、突然もう会えないと告げられて、言葉が出なくなる。
それを察したようにアガナタが捕捉した。
「一時的に別れただけです。暫く先になりますが、ちゃんと合流できますよ。ご安心ください」
半面を付けたアガナタの口元は、僅かに微笑んでいた。それは、本当に僅かではあったが、ユオーミからすれば、顔は見えなくても確かにそこに「アガナタ」がいると確信できる仕草だった。
だから、彼女はその言葉を何の疑いもなく信じることができた。
「そうなんですね。良かった。もう会えないのかと思いました」
「それよりも……」
アガナタは、遠くに見えるヌクメイの街の灯を見つめながら呟く。
「今待っているのは、守護主神官と赤の守護神官です」
(二人の事を心配している…)
ユオーミは、今日沢山のアガナタの表情に触れたからだろうか、半面越しであっても、アガナタの気持ちが少し分かるような気がした。
「岩陰に隠れて!」
突然アガナタが小声で囁き、皆が一斉に大岩の影に身を寄せる。
暗くてはっきりとは見えないが、確かに何者かの影が、こちらに向かって来ているのが見えた。
ユオーミを除く全員が剣の柄に手を掛け、息を殺して様子を伺う。
その影のシルエットは人の形のそれとは異なっていた。人の倍ほどの幅があり足が二本より多いそれは、少しふらふらしながら真直ぐにこちらに向かって来る。
(何だ? 馬ではないが、動物なのか? ……それとも、人が何かに擬態しているのか?)
そこでアガナタは、足元の小石を拾い、それを影の方向に放り投げる。石は放物線を描いて、その影の少し横に落ち、乾いた音を立てた。
その音に反応して、影の動きが止まり、暫しの沈黙の後、突然その影が言葉を発した。
「武とは、誇るものではなく隠すもの!」
静寂の中、聞き覚えのある声が闇の中に響いた。そして、それに呼応するように拳骨の青の守護神官が叫ぶ。
「攻めるものではなく、守るためのもの!」
そして、一斉に青の守護神官たちがその影に向かって走り出した。
それは、守護主神官を肩で支えながら歩いて来た赤の守護神官だった。彼女は、自分よりも相当体格の良い守護主神官を支えてきた為、汗だくになっていた。
「主神官! 赤の神官!」
拳骨の神官が主神官を引き取り、背の高い方の神官が赤の神官を支えながらその荷物を受け取る。
危険がない事を確認し、大岩の陰から出てきたアガナタとユオーミは二人の様子が只事でない事に気づき、あわてて駆け寄って来た。
守護主神官は苦しそうに呼吸をするばかりで言葉を発することは無かった。赤の守護神官も肩で息をし、その場に座り込む。
かつて、こんなに弱った彼を見たことがなかったアガナタは、顔を歪めて唇を噛み、赤の守護神官に問いかける。
「本当に、よく無事で戻った。
……だが、すまないが今は時間が惜しい。追手がかかっている状況で、ここでは明かりも使えず守護神官の状態を確認するのも難しい。暫しの休憩の後、出発できるか?」
俯いて呼吸を整えていた赤の守護神官は、ゆっくりと顔を上げる。疲れ切った彼女の顔の中で、その二つの瞳がギラギラと鈍い光を放っていた。
<毎週 月・金 更新中>
【次回】 第23話:捨て身
10/13(月)19:00頃 更新予定です




