第20話 紐飾り
二人は、大通りから貧民街を抜け、さらに入り組んだ路地裏に足を踏み入れた。
時折、剣を持った目つきの悪い男たちが何かを探すようにうろついていたが、上手く身を隠しながら何とかここまで来た。
「あの……教会に行くのでは?」
大分落ち着きを取り戻し、一人でも歩けるようになったナァラは、次第に大通りから離れてゆく管理神官の後を付いて歩きながら至極真っ当な疑問を投げかける。
この街に詳しくないナァラではあったが、教会がこのような路地裏にあるとは思えなかった。
管理神官はナァラを振り返り、目を見て答える。その口元には、ナァラが不安にならないように微笑みを浮かべていた。
「ああ、教会ですか。散らばって逃げる際に『教会に保護を求めろ』とは言いましたが、あれは周りにいた敵に聞かせるためです。ああ言えば、敵は教会の周りをより警戒するでしょうから」
「え! ……あの、奉献の徒の他の人たちは?」
「奉献の徒の内部で事前に別の場所を指示してありました。『教会』と言うか、『前日の宿』と言うかで二パターンですね。あまりパターンを増やすと混乱状態では逆に誤りの元となりますので」
ナァラは管理神官の顔をまじまじと見つめる。
この管理神官と言う人は、ナァラが全く考えもしないことをいつも沢山考えているのだろう。言われてみると成程、と思うけれど全く想像もしない事を。
そうやってこの旅をこれまで上手く守ってきてくれたのだと、ナァラはそう感じた。
管理神官は、ナァラの視線に気づくとさらに微笑みを深くした。ナァラでも、それは自分を安心させるためだと理解できたが、半面を着けていないその眼差しと、今までとのあまりの豹変ぶりに思わずどぎまぎしてしまい、ふと目を逸らす。
「ご安心ください、ちゃんと集合場所で合えますよ。
ただし、日が落ちるまで時間を稼ぐ必要があります。街の外で落ち合うのですが、街道ではない街の外を歩いていると遠目からでも目立ちますからね。
それはそうと……」
管理神官は、ナァラが抱えているものを見ながら、説得を試みた。
「前にも言いましたが、それ、特に私のマントは何処かに捨てていきましょうか。邪魔でしょう?」
ナァラは、二人で茶色いマントに付け替えてから、管理神官の濃い青のマントと、自分の薄紫のマントを丸めて抱きかかえていた。
「いえ、捨てるのはちょっと……」
何度か捨てるよう進言したが、聞き入れられず、であればそれは私が持ちます、と管理神官が言っても、大丈夫です、の一点張りだった。
曰く、持っているだけで何だか落ち着くとか……。
(いざ走る際には邪魔にしかならないが、一方で、どうやら精神の安定にも一役買っているようにも見える。今は様子を見よう……)
管理神官は空を見上げる。
早朝の橋の襲撃から大分時間は経過し、既に太陽は天頂から西に傾きつつある。
謎の勢力も、朧も、憲兵も、流石に巫女が見つからないことに苛立っている筈だ。当然、町中を虱潰しに探そうとするはずで、そうなるとどこにいても見つかる危険はある。
そして、これだけ見つからないとなると、相手もこちらが変装している可能性を織り込み始め、より危険は増してゆくだろう。
何とかして日暮れまで時間を稼がねばならないが、管理神官はこの街に人脈は無く、協力者の力を借りてどこかに潜伏することはできない。
(さて、どうしたものか……)
気付くと、細い路地に入り込んでいた。周りでは、所々子供たちが遊んでいる。どうやら、彼らの遊び場になっているようで、中には楽器の練習をしている子もいる。
リスクはあるが、やはりどこかに潜伏できる場所を探すか、等と思いながら二人で進んでいると、道の先が行き止まりになっていることに気が付いた。
来た道を引き返そうと、道の脇に積まれた木箱に座って楽器の演奏をしている少年の横を通り過ぎ、先ほど曲がった角から元来た方を覗く。
(まずい……!)
元来た道の先、要はこの袋小路の入り口に当たる場所に、明らかに町人ではない風体の男の姿が見えた。
管理神官は焦り、何か使えるものはないか周囲に目を走らせる。
すると、リュートを練習中の少年と目が合った。
男はその奥を確認する為に路地に入った。この路地はどうにも子供が多くて鬱陶しいが、今だにターゲットが見つからないことを考えると、存外こんな路地に潜んでいる可能性も捨てきれない。
ボール遊びに興じる子供の声とは別に、奥からリュートの音色が聞こえた。
「何だ?」
角を曲がった先では一人の男が木箱に腰掛けてリュートをかき鳴らし、その向かいの木箱に腰掛けた子供が、その流麗な演奏に目を輝かせて耳を傾けている。
男の横には無造作に茶色い布のようなものが積まれており、その他にも雑多なものが置かれていた。その奥は行き止まりのように見えるので、この袋小路は地元住人が半ば倉庫の様に使っているのだろう。
リュートの男をじっと観察するが、濃紺のマントどころかマント自体を身に着けておらず、そもそも巫女らしき少女も見当たらなかった。
「あー、アンタ、ちょっと良いか?」
リュートの男に話しかけると、こちらを向き直ったが演奏を止めることはしなかった。向かいにいた少年が口に人差し指を当てて静かにしろと訴える。
「何か?」
「いや、アンタ、何してる?」
彼は不思議そうな顔でこちらを見つめ、答える。
「何を? ……見てのとおり、少年にリュートの手本を見せている。そちらこそ何者だ。この街の者ではないようだが?」
「……ふん。まぁいい。じゃぁそこの小僧。お前より少し大きいくらいの少女を見なかったか?」
男が少年の方を向き直り、問いかける。
「ん~、少女?」
少年は首を傾げ、リュートの男と目を合わせた。
つられて、男は怪訝そうにリュートの男を見つめる。
リュートの男は微笑み、リュートを激しくかき鳴らした。情熱的な曲に合わせて、足で地面を叩きリズムを取る。それはまるで、激しい命の脈動を感じさせるような、そんな旋律だった。
少年はその目を見張り、驚嘆の表情を浮かべる。
「少女なんて知らないよ。さっさとあっちに行けよ!」
男は、子供の態度に舌打ちをし、改めてリュートの男を見つめる。
「……」
この音は路地の外まで響いていおり、逃走中のターゲットが、いくら路地裏とは言え大きな音で堂々と楽器を演奏しているとは考えづらい。
世の中、昼間から楽器を弾いている暇な大人がいるもんだな……。これだから金持ちのボンボンは、と半ば呆れながら男は踵を返し、その路地から出ていった。
管理神官は額に一筋の汗をかきながら、そっと息を吐きだした。
そして、リュートの弦を爪弾きながら、自分の体で隠す位置で、上からマントを覆いかぶせた状態で隠れているナァラに小声で話しかけた。
「緊急事態とは言え、頭からマントを被せてしまいすみませんでした。ですが、申し訳ありませんが今はそのままでお願いします。ここは袋小路で逃げ道がなく、巫女様の姿が見えてしまうと確実に疑われてしまいますので……。しばらく演奏を続けて時間を稼ぎたいと思います」
ナァラからは、被せられたマントの隙間から僅かに管理神官の横顔の一部が見えた。
真横で演奏されるそのリュートの綺麗な音色に心を奪われ、息をのむ。
(上手……)
曲が終わり、向かいに座っていたリュートの持ち主の少年が拍手をした。
「お兄さん、凄く上手いね! もっと何か弾いてよ!」
「有難う。それじゃぁもうちょっとお借りするよ」
そして、優しく、包み込む様な美しい旋律が奏でられる。
暗いマントの中で聞くそれは、ナァラの感情のひだに染みわたり、波打っていた心の水面を鎮めていった。
不思議な感覚に包まれて、ナァラは、自分が今追われているという事も、何だか遠い出来事のように錯覚してしまう。
また一曲終わり、次の曲が始まる。ナァラは、切ない表情でリュートを演奏する管理神官の横顔に見とれていた事に気が付き、そんな自分に驚いて身じろぎする。
と、マントの中で自分の足元に何かが落ちたのを感じた。
拾い上げた小さな袋。恐らく、先ほど管理神官が自分のマントをナァラに被せた際に、腰に着けていた袋を一緒によこしてしまったのだろう。
しかし、ナァラはマントを被っているため、マントをどけないと管理神官にその袋を手渡すことができない。ナァラはマントの中で音楽を聴くこと以外することが無かったので、何の気なしにその袋を開け、そして、袋の中を見て心臓を掴まれたような衝撃を受けて硬直した。
「え……?」
袋の中には、ナァラの母が残してくれたものと同じ紐飾りが入っていた。
反射的に自分の右足を確認するが、そこにはいつもと変わらず自分の紐飾りがある。
では、これは一体……?
ナァラは居ても立ってもいられなくなり、管理神官に声を掛ける。
「あの、これ……」
管理神官は演奏の手を止め、ナァラに被せたマントの下から差し出された小さな袋と持ち上げると、チラリと中を覗いた。
刹那、管理神官の顔からあらゆる表情が消えるのを見て、ナァラは思わず息をのむ。
管理神官は無表情のままその小さな袋を腰の袋の中にしまい込むと、何事もなかったかのように演奏を再開した。
ナァラは、意を決して質問する。
「あの! その紐飾り……私のと一緒ですね」
「……そうですね、確かによく似ていますね」
言葉少なに答える管理神官から明確な壁を感じたが、ナァラは聞かずにはいられない。
「その紐飾りは、どこで手に入れたのでしょうか?」
しかし、管理神官は何も答えない。
無表情で楽器を演奏する彼が、ナァラには酷く遠い存在に感じられた。
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【次回】 第21話:告白
10/6(月)19:02頃 更新予定です




