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第18話 襲撃


「すごい!立派な石橋!」

ナァラが馬上から感嘆の声を上げる。


一行は、ヌクメイの街の縁を北西から南東に流れる大きな川、そこに掛かる大きな石橋を渡っていた。

ここは、王都行きの駅馬車も通る経路であり、この立派な石橋は幅も広く、相当頑丈に作られている。


「それに、水面が随分下の方にあって、とても高い橋なんですね。ちょっと怖い位…」

「あまり覗きすぎて、落ちないようにお気を付けください。今はこの川の水位は低いですが、雨期に入りますと水量が増し、水位もかなり高くなります。それに負けないように高く、頑丈に作られているのです。」

巫女の馬の横を歩きながら、管理神官が答えた。


一団は、今日はいつもと並びが異なっていた。

先頭が守護主神官。続いて巫女の馬を引く青の世話人。ナァラ。その両隣に管理神官と赤の守護神官。その後ろに赤の世話人2人が並び、荷物を積んだ馬を引く青の世話人。最後に青の守護神官2人という隊形だ。


橋の左側に目をやると、正面に大きな川が流れ、向かって川の左側、つまり右岸側に険しい山が見える。山が川と接する部分では、川に削られたのか山の斜面は切り立った崖となっていた。

この山はヌクメイの北側に接しており、この山を抜けることができれば相当王都への近道となるはずだが、非常に険しい山であるため、この山を抜けるルートは存在していない。


まだ早い時間という事もあり、橋を渡る通行人の数はそこまで多くなかった。



管理神官は昨日の守護主神官との会話を思い出す。


「襲撃があるとすれば、警戒中の憲兵がいて大規模な作戦を取りにくい街中ではなく、ヌクメイから出る際に必ず渡る橋の上が濃厚だろう。橋の上は左右に逃げ場がなく、前後から挟撃すれば確実に目標を補足できる。

襲われる側としては、その場で敵を制圧できなければ、橋を戻るか、渡り切るかしかない。だが、こちらとしては橋の先がどうなっているか分からない以上、制圧に失敗した場合はヌクメイに戻るべきだ。

ヌクメイなら憲兵がいるから、そこまで引き返せば一時的には敵を食い止めることができる。そこまで引き返せるかどうかは彼我の戦力次第だが…。」


「引き返すことを前提に陣形を組み立てるのならば、俺が先頭になろう。敵を食い止める殿しんがりを務める為にな。逆に血路を開くために青の守護神官2人を最後尾に配置する。お前と赤の守護神官で巫女様を死守しろ。俺にかまうなよ。街に入ったらすぐに身を隠すんだ。」



雄大に流れる川の流れ、険しい山、立派な石橋。

ナァラは馬に揺られながら、それら自然の美しさに目を奪われている。

川の上を優しく風が流れ、橋上の彼らのマントをそっと揺らした。



まもなく橋の中程かという頃、橋の向こうから歩いて来た商人風の男の手が不自然に揺れ、その手の中で何かが光った。


守護主神官は、光に反応して反射的に剣を抜く。抜いたそのままの勢いで弧を描き、巫女の乗る馬の眼前に振り抜くと、何かを弾いた音が響く。


弾かれた何かは、硬質な金属音とともに足元に叩きつけられた。


そこにいた誰もが、反射的にそれを見る。

それは、投擲用のナイフだった。

守護主神官によって弾かれていなければ、それはナァラの胸元に深く突き立っていただろう。


皆が一瞬固まる中、鬼の形相で守護主神官が吠えた。

「敵襲だ!巫女様をお守りしろ!」



守護主神官がナイフを投げてきた男を睨むと、その横をすれ違うように歩いていた旅人らしき男が突然腰から剣を抜き、ナイフを投げた男の腹を裂いた。


血を流して倒れる男。その向こうを歩く何人もの旅人や商人らしき男たちの殆どがどこに隠し持っていたのか剣を構えていた。


「どうなっている!?」

守護主神官が戸惑い、管理神官を振り返りながら叫ぶと、彼は丁度敵と斬り合っている所だった。


打ち合わせた剣で一気に押し切ろうとする管理神官。しかし敵も必死で耐え、押し返そうとする。鍔迫り合いとなる中、ふと管理神官が力を抜いて相手の剣を受け流す。バランスを崩した相手の剣が空を切ると同時に管理神官が一歩踏み込み、剣の柄の頭を相手の腹目掛けて渾身の力でたたき込んだ。


「おおおぉ!」


そのまま柄を振り抜き、相手を吹き飛ばす。男は橋の欄干に頭をぶつけ、倒れ込んだ所を管理神官にとどめを刺された。



管理神官が辺りを見渡すと、橋のあちらこちらで戦闘が繰り広げられ、大混乱となっていた。


「敵も、味方もいるが…。」


橋の上を歩いていた者たちに、未確認の襲撃者がいるのは想定内だったのだが、それ以外の勢力が積極的に介入してきたのは想定外だった。襲撃者と戦っている彼らは、恐らく朧だ≪おぼろ≫だ。


朧は巫女を守るべく、襲撃者達に切りかかっている訳だが、双方旅人や商人に変装しており、こちらはその顔も知らないため、誰が敵で味方か分からない状況だった。


(恐らく朧は、この場所で我々が巫女様を守っている間に敵を殲滅できると踏んだのだろう。だが、敵も数では負けていない。一方的な制圧は困難だ。俺は、巫女様の運命を他人に委ねるつもりはない!)

管理神官は眉間に皺を寄せながら、即決即断し、指示を出す。


「周囲には敵もいるが味方もいる。双方変装していて判別不可能だ。我々は巫女様を守りつつ橋を戻りヌクメイを目指す!馬は捨てろ。青の守護神官は血路を開きつつ、邪魔になる者がいる場合は、敵味方の判断無しで排除しろ!敵味方が分からない以上、巫女様の安全を最優先するんだ!」


動揺する巫女を馬から降ろし、赤の守護神官と両脇を固めてから、管理神官は守護主神官を振り返った。



橋のあちらこちらで斬り合いが発生する中、その混戦を抜けて奉献の徒に到達する者がいるが、後方にあっては守護主神官がその全てを防いでいた。


「振り返るな!前を見て走れ!」

二人を相手取り、一人を切り捨て、もう一人を蹴り飛ばしながら守護主神官が叫ぶ。

(こいつら、プロだ…。その辺のゴロツキとは訳が違う。)


「主神官!」

ナァラの肩を抱いていた赤の守護神官が後ろを振り返ってその名を叫ぶ。

管理神官は歯を食いしばって守護主神官の背中を睨み、絞り出すように叫んだ。

「必ず戻ってこい!」



倒れた敵にとどめを刺しながら、守護主神官は彼我の戦力を分析する。

(このレベルならば、守護神官達は地力で負けはしない。だが、彼らで道を切り開けるかは運の要素が強いな。朧と敵の数、それとヌクメイの憲兵が騒ぎに気づいて応援に来てくれるかどうか…。)


正面から駆けてきた新手が守護神官に斬りつける。

彼は上から来るその剣を受け流しつつ、斜め前、相手の体の横に自分の体を逃がすと、下から剣を切り上げ、そのまま相手の体を切り裂いた。


再び橋の先に向き直る。


(矢が来ないのは幸いだ。恐らくあちらこちらに朧がいる為、隙が多い弓の使用を避けているのだろう。これなら何とかなるか。…ん?)


正面から、黒いマントに身を包んだ男が悠々と近づいて来る。

細身の剣を手にした中肉中背のその男は、襲い来る朧を高速な突きで一撃で仕留めてゆく。

頭の後ろで一つに纏められた漆黒の髪は長く、背中の中程まで届いており、剣を振るうたびに蛇のように揺れていた。


瞬く間に3人を葬り去り、守護主神官と目が合う。


「いいねぇ、殿しんがり。そういうの、好きだぜ。」

「闇討ちしてくる奴の言うセリフじゃねぇなぁ。」


お互いに睨みあいながら、不敵に笑う。


「闇討ちは雇い主の指示だ。俺の趣味じゃないが、まぁ、それで弱い奴は死ぬし、強い奴は死なない。それだけだ。」

「じゃぁ、俺は死なないな。」

「いや、俺が殺す。」


黒マントの男から笑みが消えると同時に、鋭い踏み込みから抉るような突きが心臓目掛けて放たれた。

守護主神官が剣で咄嗟に払うが、その一撃は重く、大きく弾くことができずに肩を掠める。さらに、すぐに剣を引き戻し、瞬く間に2発、3発と連続で放たれるその突きに守護主神官は防戦一方になる。


守護主神官が何とかその連撃を受け流すと、男がほう、と声を上げ、微笑みを浮かべた。元々細いその眼が、さらに細くなる。

左手で握るその剣の刃を右手でつまみ、刃先を点検するように見つめた。


「君、やるねぇ。あの突きを弾くなんて。なるほど、君は強い。」

「お前ら、自分たちが誰を襲っているのか分かっているのか?」

「フフ…。生贄の巫女さ。それを知った上で命を狙ってる。」

「ほう、神に楯突くわけか。」


男は面白そうに笑い声を上げた。

「君、強い癖に神とか言うんだね。そういうのは弱い奴の戯言だと思ってたけど…。まぁ、神だろうが何だろうが、強ければ勝ち、弱ければ死ぬだけだ。」

「普通の奴は、巫女を襲うなんて金貨100枚積まれてもやらないぜ。」

「だろうね。金で動く奴も少しはいるけど、殆どは家族が人質に取られてるとかみたいだからね。」


眉間に皺を寄せ、守護主神官が吐き捨てる。

「下種が!」

「それは雇い主だね。俺は、俺の腕を高く評価してくれるなら何でもいいよ。それに…」


守護主神官は会話を引き延ばしながら相手を観察する。

(あの踏み込みと突きは脅威だ。間合いはこちらよりも長く、何よりすぐに次の攻撃が来る。普通の相手なら細身剣ごと吹き飛ばせるが、奴の突きは重く、それも難しい…。)


「巫女を殺せば鬼神が会いに来るんだろう?」


「は?」

一瞬意味が分からず、守護主神官は間の抜けた声を上げる。


「俺さぁ、鬼神とやり合いたいんだよ。」

「…言ってる意味が分からねぇなぁ。お前狂ってるのか?」

「俺って強い訳。鬼神の強さは分からないけど、やり合って勝ちたいんだよね。みんな鬼神が来るからビビッてる訳だけど、俺がその鬼神を殺せば、この大陸の誰もが俺を恐れるようになる。世の中、強い奴が好きにして良い訳。強さが正義なんだよ。」


「そんなつまんねぇ事の為に巫女様を傷つけさせる訳にはいかねぇな。もっとセコい犯罪でもして鬼神を待ってろや。」

「はは、つまらないかどうかは勝ったやつが決めるの。それに、仕事で結構殺してるんだけど、一向に鬼神が来てくれない。だったら巫女を狙うのが一番効率がいいよね?」


守護主神官は頭に血が上るのを感じながら、必死で冷静さを保つ。

相手は一見隙だらけのようだが、あの突きを思うと攻めあぐねる。頭の中で幾つもの剣筋を思い描くが、その殆どで自分が貫かれるイメージが浮かんだ。


「もういいだろう?俺が用があるのは鬼神なんだよ。おまえはただの邪魔者だ。」


守護主神官は、冷静に力量差を見極める。

(こいつは強敵だ…。たが、目的はこいつを倒すことではない。勝利条件は、巫女様をヌクメイまで逃がす時間を稼ぐこと。そこまで逃げれば後はアイツが必ず何とかしてくれる。であれば…俺は俺の務めを果たすのみ。)


二人の横を、剣を持った男が通り過ぎようとする。黒マントの男が反応しない所を見るに奴の味方なのだろう。奉献の徒を追うつもりだ。


「チィッ!」


守護主神官が横を抜けようとする男に飛び掛かる。振り下ろした剣は、男が水平に構えた剣で受け止められるが、それを無視して剣を流し、左前方に自身の体を転がす。

すると、鋭い風切り音が響き、黒マントの男の突きが守護主神官の頭を掠めた。転がりながら体をねじり、起き上がりざまに下から力の限り剣を振り上げる。


その剣は、守護主神官の顔面を狙って寸分違わず繰り出された黒マントの男の突きを間一髪で弾いた。強烈な振り上げを受け、男の細身の剣が大きく跳ね上げられるが、男は必死で剣を掴み、その手から弾き飛ばすことは叶わない。だが、それでも黒マントの男は上体をのけぞらせ、大きな隙ができた。


しかし、その隙を活かす間もなくもう一人の男が斬りかかって来る。


「おおおおぉぉぉ!!」

守護主神官は咆哮を上げ、顔の前で剣を水平に構えたまま突進する。相手の剣を受け止めてなお勢いを失わず、そのまま相手の体を橋の欄干に叩きつける。そこからさらに渾身の力で腕を伸ばして剣で力押しすると、相手は力負けして押し込まれ、守護主神官の剣がゆっくりとその首に食い込んでゆく。


声にならない悲鳴を上げ、その男の首と胴は別れを告げる。頭だけが橋から川へと落ちてゆき、はるか下にある水面に波紋を残して消えていった。


守護主神官は即座に右に体を転がす。後ろから3度放たれた鋭い突きは、僅かな差で守護主神官の左肩を掠めた後、首のない体と、さらにその向こうの欄干を3度抉り、石で作られた装飾がはじけ飛んだ。


黒マントの男は苛立たし気に守護主神官を睨む。

「お前、でかい体のくせに、後ろが見えてるみたいにちょこまかと動きやがって…。」

「そんなんで鬼神を殺れるのかぁ?俺にてこずってるようじゃ無理じゃないのか。」

「黙れ!雑魚がァァ!!」


怒りの感情を剥き出しにして、黒マントの男から猛烈な連続攻撃が放たれる。

守護主神官は襲い来る突きの嵐をギリギリで凌ぐが、完全には軌道を逸らしきれず、その度に体の端を切り裂かれる。


黒マントの男は思う様に仕留められない事実に苛立ち、自分の右手の人差し指と中指を噛み始めた。

「くそぉぉぉ。巫女が逃げちまう。このクソがぁ!」


守護主神官は今、ヌクメイ方面を向いている。橋の中程にあたる、黒マントの男の後ろでは、いくつかの死体が転がっているが、既にそこで戦闘は行われていなかった。橋の先、ヌクメイ付近で人がもみ合っているのが遠目に見えるという事は、あと少しで奉献の徒はヌクメイに入れるだろう。少なくとも時間稼ぎは成功したようだ。

(勝負に、勝った。)

無意識のうちに微笑みがこぼれる。


「お前何笑ってんだァ!!!」

怒りのあまり叫んだ黒マントの男は、急に顔から表情を消し、ぶつぶつと呟いた後、大きく深呼吸をする。


「いいね、君。良いよ。職人って感じだ。仕方ない、巫女はまた今度にしよう。

…でも、おかしくないか?世の中は強い奴が好きにしていいはず。俺の方が強いのに、何で君の思い通りになってるのさ?」


守護主神官も大きく息を吐き、それに答える。

「その理屈で行くと、俺の方が強いって事じゃないのか?」

「それは無いね。よし決めた。今後の為に、俺の方が強いって事をはっきりさせよう。華麗に君を殺してそれを証明しようじゃないか。」


口元にうっすらと微笑みを浮かべる黒マントの男。だが、その目は全く笑っていない。


(先ほどまでの焦りが無くなった…。全力の攻撃が来る。)


「終わりにしよう。」


鋭さを増した猛攻を前に、守護主神官はギリギリで急所を守る。肩や腕、脇腹に傷を増やしながらも必死に耐え、反撃への手がかりを探り続ける。

次第に体が言う事を聞かなくなってくるのを感じながら、守護主神官は自問した。


(後悔は、あるか…?)


浮かんだのは、友の眼差し。そして、巫女の笑顔。


(後悔はない。いい、旅だった。)


また一つ、左肩に深めの傷を負いながら、守護主神官は満足げに微笑んだ。





いつもありがとうございます。感想、お待ちしています!


<毎週 月・金 更新中>

【次回】 第19話:逃走

9/29(月)19:02頃 更新予定です

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