表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/20

第15話 旋律


見たこともないような大きな通りを、数えきれない程の人々が通り過ぎて行く。


「ここは、このアカネイシア王国のおいて王都に次ぐ第2の都市ヌクメイです。私も初めて来ましたけど、これは壮観ですね!」


前に見た宿場町とは、その通りの大きさも、店の数も、人の数も、比べ物にならないその規模に圧倒され、ナァラは軽く眩暈を覚え、大きく息を吐きだした。


「昼までまだ時間もありますし、宿には夕方に着けば良いとの事なので色々回れますね。巫女様、何か見てみたいものとかありますか?」

赤の守護主神官の笑顔に、ナァラは少し首を傾けて答える。


「ええと、ごめんなさい。今まで村から出たことが無かったから、正直どこに行ったらいいのか全く分からないの…。」

「そうなんですね。まぁ、私も分からないんですけどね。ははは。」


黙って聞いていた守護主神官が、呆れたように口を挟む。

「適当に露店を覗いて、それから中央広場に行きましょうか。その辺りで昼食を買って、教団の分教会で食べさせてもらいましょう。店で食べるのは警備上好ましくないので。」

「主神官はこの街、来た事あるんですか?」

興味津々、という感じで拳骨の方の青の守護神官が聞いて来た。


「昔、任務の途中で2日程滞在したことがある…。お前たちは?」

「自分はありません。」

「私は12歳まで住んでいました。この街もそこそこ変わってしまってはいますが、大体の事なら分かりますよ。」

もう一人の、背の高い方の青の守護神官がそう答えると、守護主神官は腰の袋から銀貨を取り出して彼に向けて放り投げた。

「巫女様の果実水を買ってきてくれ。ここで待ってる。」



管理神官たちは例によって宿の準備に向かっているため、ナァラは守護神官達と5人で通りを歩いていた。

林檎の果実水を口に含み、以前飲んだ時よりも随分甘い事に感動したナァラが思わずつぶやく。

「美味しい…。前に飲んだ時のより甘く感じる。」

赤の守護神官が苦笑いしつつ、店によって差がある事を伝えると、ナァラは真面目にそれを聞きながら、妙に納得した様子だった。


水分を補給すると眩暈も少し落ち着き、ナァラは周囲を見回す余裕が出てきた。

様々な露店から食欲を刺激する臭いが漂ってくる。

興味津々、といった様子のナァラを見て、背の高い方の青の守護神官が露店の商品の説明を始めた。

「あれは、豚の肉を串焼きにしてタレを塗ったものです。あっちは、調味料に漬け込んだ野菜を炒めたもの。あれは、…珍しいな、南方の果物ですね。」


自分がやろうと思っていた役を取られて、赤の守護神官は彼をジト目で睨んでいたが、彼が自分より詳しそうなことと、何より、ナァラの嬉しそうな顔を見ていると、そんな些細なことはどうでも良く感じられ、ナァラと一緒に彼の説明に耳を傾けた。


「あ、あの人たちは…?」


見慣れぬ、褐色の肌をした集団とすれ違い、ナァラは目を見張る。

服装も、今まで出会った人たちと異なって原色を基調としており、何より、肌の露出が多い事に驚かされた。


「南方の部族ですな。彼らは身体能力に優れ、また、性格も勇猛であることから、昔はよく傭兵として各地で活躍していました。今は随分と平和な時代が続いていますので、傭兵業は廃れ気味と聞いています。あれは、恐らく商人でしょう。」

守護主神官の解説を聞きながら、彼らを目で追い、ポツリと呟く。

「初めて見ました。肌の色が違う人たちもいるのですね…。あの…彼らは普通に、私たちと同じように暮らしているのでしょうか?」


南方人達を見つめたままの彼女の、その独り言のような声を拾いあげ、その真意をおもんばかって目を細めながら、守護主神官は答える。

「彼らはアカネイシア王国の国民として、その他国民と同様の義務と権利が認められています。ただ…、戦争が無くなり、彼らを見かける機会が減ったからなのでしょう。最近では彼らに対して一部差別的な言動を取る輩もいると…」



そこに突然大声と鐘の音が響く。

「どいたどいたー!」


4頭の馬に引かれた馬車が、人込みを押しのけるようにしてこちらに進んで来た。御者が、その御者台に固定された小さな鐘を打ち鳴らし、周囲にその存在を知らせる。

客車には10人ほどが乗り込んでおり、客車の上部には乗客の物であろう荷物が積まれていた。


初めて見る馬車が大迫力で目の前を通り過ぎてゆくのを、目を丸くして見つめるナァラ。

「あれは駅馬車です。あそこにある駅で切符を買うと乗車できるんですよ。アカネイシア王都行きと、あと、東の港町行きが定期的に出ていた筈です。」

青の守護神官が指さす方をみると、そこに駅があった。


駅は、入り口が大きく開いた建物部分と、その横に接続された屋根付きの客車置き場、うまやで構成されていた。建物内では、切符を買い求める客や、長椅子に腰かけて次の馬車を待っているであろう人々で賑わっている。


初めての事ばかりで、感情が追い付かなくなっているナァラを見て、赤の守護神官があわてて提案した。

「巫女様、少し休みましょうか。」



---



中央広場で石造りの花壇の縁に腰掛け、私は渡された水筒から水を喉に流し込んだ。


目をつむり、天を仰ぐ。そして、ゆっくりと深呼吸し、意識的に全身の力を抜いた。

熱くなっていた顔から、少しずつ熱が引いていくのを感じながら、私はほっと息を吐きだす。


ゆっくりと目を開くと、青空に浮かぶ雲が太陽を遮り、昼の強い日差しを遮ってくれていた。ゆったりと吹く風を感じながら心を落ち着けていると、ふと、聞きなれない音が聞こえてくる。


耳に入ってくくるその音を聞いていると、何とも不思議な気持ちになり、私は思わず音のする方に目をやった。


そこでは、旅装の男性が広場の石畳に座り込み、不思議な道具を抱えて、その道具に張られた糸を操って音を出していた。次々とかき鳴らされるその音は、まるで歌のようにメロディーを形作り、広場にその旋律を響き渡らせる。



私は、どこか物悲しいその旋律に耳を澄ませる。

音を聞いているだけなのに、何故だが心が波打つのを感じた。

その波は、優しく、静かに染み渡り、私の内側から色々な思いがこみ上げる。



優しかったお義父さん、お義母さん。そして、顔も知らないけれど、紐飾りを残してくれた本当のお母さん。


村長の家での生活。意地悪なあの娘。


見慣れた、村長の家での一日。


それがずっと続くと思っていた。そういうものなんだと、そう思っていた。

別に楽しい事は無いけれど、それが生きるという事なんだと。


けれどある日、突然私はあの娘の身代わりにされ、名前とともに棄てられた。


ただ、生贄として殺される。残りの人生はそれだけになった。

その時はそう思ったし、多分それは嘘じゃない。


でも、私は、生贄の巫女として外の世界を知った。

世界は、途方もなく広く、彩り豊かで、時にグロテスクな顔を見せながら、私に苦しみと喜びを教えてくれた。

どうしようもなく無知で、無力な存在。それが私。

それでも、そんな私が歩くのを助けてくれる人たちがいた。

私にも、味方になってくれる人たちがいた。


あの頃と今、どちらが良いかと問われれば…今だと思う。

仮に、終わりの時が迫りつつあるとしても、私は、今、”生きて”いるのだから。



…でも、本当は私は、偽物の巫女。

誰にも望まれておらず、皆を騙して巫女のふりをしている。

神様を騙しきれる訳もなく、いつか裁きの時が訪れる。


皆本当の事を知らずに、私を守り、支えてくれる。

偽物として彼らの前に引き出される私を、一体どんな目で見つめるのだろう。

その瞳で、一体何を思うのだろう。


途方もなく、罪を重ねて、そして、生きたいと願った。


私はいずれ罪人として裁かれる。

それでも、私の彼らへの感謝は消えない。

でも、彼らの気持ちを思うと、もうどうして良いのか分からなくなる。


彼らの失望を、彼らの悲哀を、癒す術を私は持たない。


立ち止まる勇気を持たず、罪を重ねる自分の弱さに絶望する。

偉そうに、告解者の懺悔を聞いたりして…本当に身勝手で、彼らと私は、何も違わない。


ふと、湖畔の町の町長が幻覚に怯え、泡を吹いて倒れた姿が思い出された。

いずれ、罪の意識に耐えかねて、私もああなるのかもしれない…。あれが、私の最後の姿。

…それが、私の報いなんだ。


そんな事を考えていたら、ふと、涙が頬を流れ落ちた。

この世界に一人ぼっちに戻ったような気持になり、後から後から涙が溢れてくる。


私は、咄嗟に両手でマントのフードを深くかぶり、下を向いた。

(まるで、自分を憐れんでいるみたいじゃない!そんな資格もない癖に…。)


そう、もともと自分は一人だった。今も、それは本質的に変わらない。

何故なら、私は生贄の巫女では無いのだから…。


滲む視界。両脇に、フードを押さえる自分の腕。目の前に見える自分の膝。そこに雫が落ちる。

これが私の世界の全て。他には何もない…。


ふと、誰かが背中を撫でた。

これは…隣に座っていた赤の守護神官さんだろうか。


「…」


その温かい手が、何度も私の背中を撫でる。

気持ちがぐちゃぐちゃで、なんて言ったらいいのか分からない。


ふと、視界の端にそれを見つけた。

お母さんの残してくれた、紐飾り。

そんな訳ないのに、何だか、お母さんに撫でられているような、そんな気がした。


「お母さん…」

思わず漏れた、言葉。


背中を撫でていた手が一瞬止まり、やがて、再び動き出す。

それは、とても優しくて、大切な物が壊れてしまわないようにと、そんな思いが伝わってくる。


涙が、止まらない。

泣くのをやめなくちゃいけないのに。

そう思えば思うほど溢れ出す涙。


嗚咽が漏れる。

気持ちが止まらなくなる。


ついには声を上げて泣き出した私。



そしてその手は、私が泣き止むまでそっと、背中を撫で続けたくれた。



お読みいただきありがとうございます。

感想、ブックマーク等応援頂けると嬉しいです。


<毎週 月・金 更新中>

【次回】 第16話:おぼろ

 9/19(金)19:02頃 更新予定です

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ