第11話 兄妹
その湖畔の町には、昼過ぎ頃に到着した。
そこは小規模な町だったが、宿屋は無いとの事で町長の家に泊めてもらうことになった。想像以上の豪華な建物だった町長の家で、あてがわれた部屋で皆が荷ほどきや夜の告解の儀に向けて準備している間、ナァラは自由に町を回ってよいと管理神官からお墨付きを得て、顔を輝かせた。
もちろん、青の守護神官1人と赤の守護神官の計2人の護衛付きではあるが。
ナァラは町長の家から出た所で、すぐに二人の子供たちから声を掛けられる。
「すごーい、みこさまだ!」
「みこ様のおかげで、ぼくたちは暮らしてゆけるんだよね!」
兄は10歳くらい、妹はその半分くらいだろうか?
聞けば、町長の家の子供たちらしい。
「町長さんは、お二人のおばあちゃんかな?」
「そうだよ!バァバはこの町で一番偉いんだ!」
ナァラは、先程挨拶をした年配の女性と目元が似ているな、と思いながら、二人に微笑みかけた。
子供たちは興奮した様子でナァラに言い募る。
「僕たちの町を、あんないしてあげるよ」
「みこさま、いっしょにいこ!」
ナァラは、守護神官を振り返り、尋ねる。
「この子たちと一緒に回りたいのですが、良いでしょうか?」
背の高さは普通だが、ガタイの良い青の守護神官は、ちらりと赤の守護神官の顔を見た後、
「問題ありません。」
と答えた。
「巫女様、この町はこの前の宿場町と違い、外部からの人の流入が限定的なため安全だとの判断です。自由に散策されて問題ありません。ただ、私たち二人だけ念のために同行させてください。」
二人の守護神官の答えに、ナァラはにっこりと微笑み、子供たちに応えた。
「ありがとう。是非お願いするわ。」
「じゃぁまずこっちー」
「あ、おにいちゃん、まってー」
兄がパタパタと駆け出し、妹が慌ててついて行く。
微笑みながら、それを追いかけるナァラ達。
そして、神官達も彼らの後を追いかける。
「それにしても、警備が二人と聞いた時、てっきり主神官と赤の神官の二人だと思ったんだけど…。」
「ああ、それ。主神官はそのつもりだったらしいけど、管理神官様が止めたみたい。せっかく散策するのにこんな鬼神様みたいのと一緒だと、周りが引いちゃうだろうって。」
「ははっ!それはそうだな。てか鬼神様って…。では、その期待に応えられるよう、精々愛想よく行きますか。」
「そうね。なるべく巫女様の邪魔はしたくないから。」
守護神官たちの雑談を聞きながら、ナァラは、最近、奉献の徒の中で、守護主神官の事を鬼神様、と表現するのが一般化してきていることを思い出して笑ってしまった。
面と向かって鬼神様と呼べるのは管理神官位だが、他のメンバーも、本人のいないところでは結構気に入って使っていた。ナァラも、使ってみたいと思っていたが、本人が傷つくといけないし、本人のいない所で使うのも、何か違う気がしたので使ってはいなかった。
「ここがひろばだよー!」
「ひろばだよ!」
中規模の町には似つかわしくない、石畳で出来た広い広場が目の前に広がっていた。
この町は周囲を塀で囲われていて、入り口から少し行ったところに町長宅、そしてそこからさらに少し行った場所にこの広場は位置している。
こちら側が高台になっており、すり鉢状の地形の中央にある大きな湖、そしてその向こうに広がる広大な森を見下ろすような形になっている。
「綺麗!素敵な町ね。」
「そうでしょ!すごいんだよ!」
「しゅごいんだよ!」
この広場を中心に、主要な道はどうやら石畳で整備されているようだ。この広場に面する雑貨屋に並んで宝石店まである。町の人の衣服もみすぼらしくなく、生活水準は高そうだ。
(この前の町よりは小さいけれど、とても豊かな町みたい…。)
「こんどは船を見せてあげるー!」
「ふねー!」
石畳の坂を駆け降りる兄妹を、慌てて追いかける3人。
「豊かな町なんですね!」
「本当に…。今までいくつか任地を回りましたが、この規模の町では中々無いですよ。あの湖の恵みかもしれないですね。」
赤の守護神官の素直に感心する言葉を聞きながら、ナァラは町の路地に目をやる。
しかし、どの路地も綺麗なもので、行き倒れ等どこにも見当たらなかった。
(凄い!こんな町もあるんだ!)
みんなこんな町だったらいいのに、等と思いながら、ナァラは、子供たちに声を掛ける。
「待って、置いていかないで!」
石畳の道をひとり歩きながら、守護主神官は周囲に目を走らせる。
奉献の徒が訪ねてきたことは広まっているらしく、この怪しい風貌を見ても呼び止めるものはいなかったが、あちらこちらから視線を感じた。
彼は告解の儀の天幕を張る場所を見繕うため、今こうして町を練り歩いている。
(基本、天幕への出入りを覗き見られるのはご法度だ。できれば誰が呼ばれたかも知られたくは無いが…。盗賊対策だとかで、町は塀で囲まれて出入口は一か所。町の外に天幕を張ると、出入りした人間が丸わかりになる…)
坂を下りながら、湖を見下ろす。その大きな湖は、午後の太陽の光を受け、キラキラと輝いていた。
(建物が少ないのはあの町中から見える湖の辺りか…。だが、この町、何となくムラ社会っぽい雰囲気がある。おそらく殆どの住民はお互いの顔を知ってる。出入りの人間を隠すのは無理っぽいな。)
等と考えいると、少し先にある十字路の左から、見覚えのある、青の守護神官の格好をした男が歩いて来るのが見えた。
「…え?」
守護神官はその姿に反応して足を止め、怪訝そうな目でその男を見つめる。
守護神官は、当然誰よりもその服装を知っている。半面で隠したその目元。青のマント。皮鎧。腰にぶら下げた剣。全てが良く知ったその姿。
だが、そこにいる男を、守護神官の格好をしたその男を、守護主神官は知らない。
お互い常に顔は隠しているが、いや、顔を隠しているからこそ、骨格や肉付きで互いを認識している。だが、あんな顔つきの男は、守護神官の中にはいない。
その男が一瞬こちらを向いた途端、スッと元いた路地に引っ込んで姿が見えなくなった。
「おい!」
急いでそこまで駆けつけるが、その道の先には誰の姿もなかった。
守護主神官の額に嫌な汗が流れる。
(どういうことだ?一体誰が何の目的で俺たちの格好を…。装備を奪われたのか?…いや、それより巫女様は無事か!?)
理解を超える状況に、困惑する守護主神官だったが、瞳を閉じ、思考を集中させる。
(相手の目的が分からない以上、巫女様の安全が最優先だ。…町長宅で管理神官と会ったところで巫女様とは会えない。巫女様は町を散策中…。であれば…この町なら必ず湖周辺は通るはず。 視界が開けて、道の本数も限られる湖周辺で捜索するのが最速か。)
一瞬で方針を決定した彼は、目を見開き、全力で坂を駆け降り始めた。
「冗談じゃねぇぞ!くそっ!やっぱり俺が行くべきだった!」
「じゃーん。これがバァバのお舟!凄いでしょ!」
「じゃーん!しゅごしでしょ!」
その兄妹が指し示す船は、そこに居並ぶ船の中でも一回り大きく、また、装飾も一段と豪華だった。正直、漁に使う船には邪魔とも思えるその華美な装飾はしかし、この村の一番の実力者が誰なのを雄弁に物語っている。
「…す、凄いね!」
ナァラは、露骨な装飾ぶりに若干引き気味になりながらも、素直に感想を述べる。
「カ、カッケェ!」
何故か本当に感動している青の守護神官に、赤の神官が呆れ気味に突っ込む。
「…あなた、こういうの趣味なの?」
「いやいや、装飾がどうとかは良く分からんが、この、塊感が筋肉を連想させて…」
「は?」
「まぁ、でも、俺ん家、両親はもういなくて、弟2人と妹2人、俺が養ってるからさ。一応家長として、こういう甲斐性みたいなのは、正直憧れるかも。余裕がなきゃできないからな。」
「…ふーん。」
多くの船が係留されているが、巨大な湖からすれば、大した数では無いのかもしれない。
それくらい、大きな湖だった。
少し傾き始めた日差しで煌めいた水面を、風が揺らしながら駆け抜けてゆく。
その、爽やかな空気を胸いっぱいに吸い込んで、ナァラは、満たされた気持ちを感じながら、兄妹の後をついて歩く。
(なんて、気持ちいいんだろう…。)
そうして最後にたどり着いた場所は、湖に接する、深く大きな森の入り口近くの花畑だった。
そこには、黄色い大ぶりな花が咲き乱れ、甘い香りが風に乗って頬を撫でる。
その香りに誘われてだろう、多くの蝶が風に揺れて舞い踊っていた。
「わぁ…綺麗!」
ナァラは、本当に感動していた。
「ここはとっておきのばしょなんだよ!」
「ばしょだよ!」
立派な船も凄いけれど、なんだか、自然のものの方がほっとするのは何故だろう…。
少し考えて、ナァラは、「押しつけがましくないから」だ、と思った。
先程の船は、強く人の意志を受けて作られており、正に「凄いだろう」という意思を見る者にぶつけてくるような気がした。
ナァラは、そういうものが少し苦手だ。
けれど、自然はナァラに思いを強要したりしない。人間にどう思われるかなんて、これっぽっちも気にしていない。だから、それを綺麗だと思うこの気持ちは、全て自分のものなんだと、自信をもって思えるし、意図せずその美しさを作り出せる自然というものに畏敬の念すら覚える。
ナァラがその場の美しさに感動している間、兄弟たちの興味はどうやら怪しい格好をしている守護神官に移ったらしい。
青の守護神官が、両腕に兄妹をぶら下げてぐるぐるを回っていた。
ナァラがキャーキャー楽しそうに声を上げる兄弟たちの方に顔をやると、彼らのさらに向こう側、ここからはそれなりに離れた場所に、3人の男が立ってこちらを見つめているのが見えた。
ナァラがそっと赤の守護神官に囁く。
「あの人達、何かしら?」
「恐らく、森の入り口の見張りだと思います。この森は随分複雑に入り組んでいるらしく、”帰らずの森”なんて呼ばれて、時々行方不明者が出るそうです。だから、森の入り口は見張ってるとか言ってましたね。」
「帰らずの森?…怖い名前ね。」
「見張りがいなかったらこの子たちも森に入ってしまうでしょうね。」
「確かに…。」
ナァラが妙に納得していると、すっかり打ち解けた兄妹と青の守護神官が、並んで座って話し始めていた。
「ねぇねぇ、冒険のお話聞かせて!」
「ん~そうだな。つい先日は、森で盗賊に襲われたぞ。」
「とうぞく!」
「とうぞくー!」
目を輝かせる兄妹。しかし、続きを話そうとした青の守護神官は、背後から突然、頭に強烈な衝撃を受け、気を失いそうになった。
「なっ…!」
だが、彼も伊達に奉献の徒の守護神官に選ばれた訳では無い。
歯を食いしばり、消えそうな意識を必死に繋ぎ止める。
(油断した…敵か!)
前のめりにゆっくりと倒れる…と見せかけ、思い切り踏ん張った前脚をバネにし、その力で後ろに跳躍すると同時に体を捻った。振り向きざまに抜き去った剣を、捉えた敵の影に向かって叩きつける。
が、その剣が対象に届くよりも早く、彼の体の真ん中に強烈な蹴りが放たれた。
何とも形容しがたい鈍い音とともに吹き飛ばされながら、その攻撃者と目が合う。
(あ…)
そして、攻撃者の一喝が響く。
「無暗やたらと住人と話をすることは禁じられている筈だ。忘れたわけではないだろう!ましてや任務の内容を漏らすなど言語道断!」
幻想的な花畑でダイナミックに空を舞いながら、彼、青の守護神官は理解した。
最初の一撃は、守護主神官の強烈な拳骨だったのだと…。
「そもそも、敵味方の区別も…」
が、青の神官が花畑に叩きつけられた後、守護主神官が次の言葉を放つ前に、横にいた子供たちが泣き叫びながら走って逃げ出してしまった。
「あ!ちょっと待って!」
ナァラが呼び止めるも、聞く耳も持たずに村の方に走って行ってしまった。
「ちょ、ちょっと主神官。子供の前でやりすぎですよ!」
「む?いや、今のはこいつが悪い。お前も傍に居ながらなんてザマだ!」
「え?いや、その…す、すみません。」
「す、すみません…」
守護主神官に指摘をするも、逆に怒られて謝る赤の守護神官。それにつられて一緒に謝るナァラを見て、守護神官ははっとして目的を思い出した。
「巫女さま。ご無事でしたか!」
巫女の無事を確認した後、周囲に油断のない視線を走らせながら、息を整える。
見ると、呼吸も荒く、相当に汗をかいることから、かなり急いでここに来たようだった。
その様子を訝り、ナァラが訪ねる。
「どうか、されたのですか?」
その瞳を見つめながら、彼は冷静に判断を下す。
(巫女様が無事である以上、何も問題は無い。後は管理神官と情報共有すれば済む話…。)
「いえ、時間より早いですが、管理神官からの指示でお迎えに上がりました。町長の家へ戻りましょう。」
”鬼神”と呼ばれることを実は気にしている彼が意識して作った微笑み。しかしその顔は、その大量に流れる汗のせいでより凄みを増していた。
ナァラは、その凄みのある顔にどう返していいか分からず、小首を傾げながら曖昧に微笑み返した。
(鬼神様…)
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【次回】 第12話:失踪 9/5(金)19:02頃更新予定です。