未来編2:玲奈と佐野 ― 手紙のない日々の幸福
季節は秋。
街路樹が金色に染まりはじめた頃、玲奈は新しく借りた小さなアパートのベランダで洗濯物を干していた。
部屋の中から、佐野の淹れるコーヒーの香りが漂ってくる。
「今日は何を書いてるの?」
玲奈が室内に戻ると、佐野はノートパソコンに向かって何かを打ち込んでいた。
「ブログ。手紙じゃないけど、誰かに言葉を届けたい気持ちは変わらないんだ。」
玲奈はうなずいて、彼の隣に腰かける。
「最初は、手紙じゃなきゃ話せなかったのにね。」
「でも、君と話してきたことで、“話す”ってことに自信が持てた。」
佐野はそう言って、玲奈の手を握る。
「今はもう、手紙がなくても大丈夫。
君の隣で、ちゃんと声に出せるから。」
玲奈は頷いて、小さな声で答えた。
「でも…たまに、書こうよ。たとえば、記念日とか。」
佐野は笑って言った。
「うん。あの日みたいに、“伝えること”を忘れないように。」
部屋の片隅には、ふたりが交わした手紙をしまった木箱がある。
開くことはもう少ないかもしれない。
でもそこには、ふたりが出会い、心を重ねていった証が、確かに眠っている。
手紙のない日々は、決して寂しくない。
それは、もう“伝えたいこと”を隠さなくてよくなった証だから。
風がそっと吹き抜け、乾いた落ち葉が一枚、ベランダに舞い込む。
玲奈はそれを拾って、佐野に手渡した。
「これ、今年の“手紙”代わりね。」
「…じゃあ、裏に君への一言、書いとくよ。」
ふたりのやりとりは、変わらずあたたかく、静かで、幸せだった。